05話.[心配していない]
「大変大変、大変だよ!」
「落ち着いて、なにが大変なの?」
今日は高安君にも眞屋さんにも誘われなかったから大人しく家で休んでいたときにこれだった。
彼女はなんてことはないことで大袈裟に反応したりするから正直、またかと言いたくなる件だ。
「端君の友達が部活に戻らないかって言ってきたんだよっ」
「そりゃ仲がいいならそういうこともあるでしょ」
なんて言いつつ、勝手に人間関係でトラブルがあって辞めたと考えていた私としては少し意外な出来事だった。
実は勝つためにやるサッカーがつまらなかったということ?
「でもさ、部活に戻っちゃったらあの時間だってなくなるかもしれないし……」
「真面目にやる子だから毎日ではなくても自主練をするでしょ」
「私は毎日がいいの!」
いや、そんなことを私に叫ばれても困る。
こちらができることはない、それに言ってしまうと端君のことを考えている場合ではないのだ、暇人だけどいつ高安君が来るかは分からないから。
「落ち着こう、ともかに叫んだってともかを困らせちゃうだけだから」
「落ち着いてくれてありがとう」
「うーん、仲良くできるなら、楽しくできるなら部活に戻るのが一番だよね」
だけど端君は高校でももうやる気はないと言っていた。
高校の話をしていたぐらいなのに友達に戻ってこいと言われたぐらいで戻るとは思えない。
どう選択しようがあの子の自由だけど……。
「困っていそうだったら志津が話を聞いてあげて」
「ちゃんと相談してくれるかな?」
「え、そのとき志津もいたんでしょ?」
「いたけど、友達が来た後すぐに帰っちゃったから」
どんな顔をしていたのかはだいたい想像することができる。
さすがにそこで呼び止めるということはできなかったか。
ただ私にも本当のところを吐いてくれる子だから抱え込んでしまうということはない気がした。
「もう漫画読む!」
「お好きにどうぞ」
電子書籍派に変わったからといって紙の本はそのままだからお客さん的にはいいのではないだろうか。
眞屋さんだってすぐには帰らせない魅力がある。
高安君が来たらどういう反応をするのか、どういう行動をするのかと気になったけどどうしようもない。
徹底しているから部屋に上がらせるなんてことにはならないというのもあった。
「ぐぐぐ、いま頃この女の子みたいな恋をしているはずだったのにぃ」
「できるよ、まだ二年生になったばかりなんだから」
「だけど学校での端君のことは全く知らないからなあ……」
仲のいい女の子がいる可能性はやっぱり高い。
志津はずっと関わってきたというわけでもなし、ここから勝っていくためには時間を増やすしかない――ないけど、積極的にいきすぎれば必ずいい結果になるというわけではないから難しい話だった。
「ともかはどうなの?」
「お互いに時間つぶしのために一緒にいるね」
「でも、気になる子とはいられているんだから羨ましいよ、学校でも見られるわけなんだからさ」
「んー、まあそうなのかもね」
関われているだけで幸せ者なのかもしれない。
自覚したときに相手はもういなかった、なんてことにならないように気をつけなければならない。
でも、何度も友達としてとか言われているから自覚することになる前に高安君がいなくなりそうだった。
「困ったら言いなさいよ、私が協力してあげるから」
「うん、困ったら頼むよ」
それからある程度時間が経過したタイミングで志津が帰り、見送りに行ったついでにリビングに寄った。
「あら、志津ちゃんはもう帰ったの?」
「うん、落ち着かないから家で悩むんだって」
「ふふ、そういうときもあるわよね」
考えられる脳があるから仕方がない。
私も志津もこれから生きていく中でこんなことが何回もあるだろう。
それでそのときにいかに上手くやれるかというところだけどどうなるのか。
「でも、あなたも志津ちゃんも私と違って明るいからなにも心配していないわ」
「別に自分を下げなくても……」
「本当のことだから、学生時代、特に高校生のときを思い出すと……」
母らしくない顔をしている、一体どんな高校生活だったのか気になる。
ただ、待っていても教えてくれはしなかったし、それどころか「ご飯を作るわ」と行動を始めてしまったから諦めた。
その時点で触れるなと言われている気がする、さすがに私から見てもそれは分かりやすすぎた。
「それよりあなたは最近、すぐに帰らないようにしているの?」
「友達に誘われたり、近所の公園で過ごしているというだけだよ」
「そう、家が嫌というわけではないならいいわ」
「嫌なわけがないでしょ、お母さんとも仲良くできているからね」
専業主婦だから一番顔を合わせることになるけど、厳しいように見えて厳しくない人だから喧嘩をしたことはほとんどない。
大人だからそうなる前に上手く折れてくれるというか、うん、そんな感じで。
「今日も出しゃばらない程度に付き合うよ」
「ありがとう」
小さくてもこういうことを繰り返していけばいい方向へ変わっていくはず。
そのためいまはこうして過ごしていこうと決めた。
「横、いいかな?」
「友達はいいの?」
お弁当袋を持った少年がひとりでやって来た。
ふたりだけになるのはやめようと考えていると必ずこういうことになる、雨が降ってきてほしいときに絶対に晴れるのと同じアレだった。
「大丈夫、こっちは離れられてありがたいぐらいだよ」
「はぁ、今日はダークな高安君か」
「うん、ちょっとね」
結局こちらがいいよと言う前に彼は横の椅子に座った。
明日からは外で食べよう、まだ梅雨ではないからそれでも問題はない。
というか志津が悪い、いつまでもぼんやりとしていて相手をしてくれないからだ。
「久間さんしかいない杉本さんがたまに羨ましくなるよ」
「多ければ多いほどいいというわけではないよね、中学のときは四人ぐらいいたけど結局続いたのは志津だけだし」
「聖奈とも去年出会っただけだしね、僕には杉本さんにとっての久間さんみたいな存在がいないんだ」
すぐにどうこう変わったりはしない、言っても意味のないことだ。
関係を続けられるように努力をしていたのであればそれでいい。
「それに関係の長さだけが全てではないよ、高安君が一年間の間に眞屋さんを好きになったようにね」
「そうか、杉本さんの言う通りだね」
「それはやめて、これはただ私が私なりの意見を吐いているだけだから」
とりあえず母作のお弁当を食べ終え、容器を片付けた。
ダークな彼を放置すると悪いことになりそうだからここに残る。
黙っていれば彼は悪い子には見えないからずっとこうならいいんだけどな。
「そんなにいっぱい見つめても受け入れたりしないよ?」
「はあ~、喋ると残念だ」
離れた場所に座って外を見つめる。
これだけ奇麗なのに自分の内側は曇っていてどうしようもない。
志津がいてくれれば上手く変えられるのに端君のことで意識を持っていかれているから期待するべきではない、と。
「今日は珍しいところで食べているのね」
「教室から逃げたかったんだ、聖奈はなんで来たの?」
「私も教室から逃げたかったのよ」
強そうなこの子でも教室から逃げているのだから私が逃げたって全く問題ない。
まあ、本当なら逃げた先に誰かがいないのがベストではある。
人といるのが嫌いということではないけど、そのときそのときによって変わってくるのだ。
「あら、あなたもいたのね」
「眞屋さんはこっちに座って」
「分かったわ」
この子も正直、味方なのかどうかが分からない。
いまのところ敵対はしてきてはいないものの、自分の選択次第によっては……。
「ねえ、高安君って面倒くさいね、眞屋さんに毎回アピールしていたようにこっちには毎回友達としているということを言ってくるんだよ?」
「それでも好き好き好きと言われるよりはマシよ、何回吐きそうになったか……」
「えぇ、それは大袈裟でしょ……」
「いえ、イライラしすぎて本当にそうなったことがあるのよ」
ちらりと確認してみたら彼は真顔でこっちを見てきていた。
彼女がいるときはどんなときでもにこにこしていたのにおかしい。
とはいえ、そこまでではなくてもアピールしてきたのはこの感じを見るに本当のことのわけで、文句を言える立場ではないか。
じゃなくて、その前に私が思い切り喧嘩を売っているわけで。
「別に眞屋さんを使って君に文句を言いたいわけじゃなかったんだよ、説得力はないけどさ」
「え? あ、僕に言っているのか」
自分が悪いのは分かっているけどここでそうやってとぼけるのはやめてほしい。
文句があるなら言うべきだ、そうすることができないのであれば彼もまだまだということになる――と、内側でとはいえさらに煽るようなことをしていく。
いやでも必要なことだ、それに眞屋さんと違って気になる異性というわけではないのだから言えるだろう。
「だ、だって真顔だったから……」
「違うよ、三人でいることが自然になっていて驚いていただけだよ」
「私が無理やり参加しているだけだけど」
長期間一緒に過ごせたわけでも、濃密な短期間であったわけでもない。
誰がどう見てもそうなる、彼の友達流に言うなら「なにこの子、勝手に参加してきているんですけど」で終わってしまう話だった。
「杉本さんはうるさくないからいいわ、うるさい人間だったらこうして話していないから」
「でも、意地悪だ」
「あら、私のために動いてくれたから私はそう思っていないけど?」
「杉本さんは僕にだけ厳しいからね」
基本的に隠す人間性ではないというだけのことだ。
相手が志津でもなんでも味方をしたりしないのはそこからきている。
それでも続けられているのは何故なのか、あの子に聞いてみなければ分からないことだった。
「外に出ようっ、これだけ晴れているのに校舎内にいたらもったいないよっ」
「待ちなさい、外に出るなんて嫌よ」
「えぇ」
結局付き合ってくれなかったからひとりで移動した、はずだったけど、
「友達は心配性だなあ」
「僕もそう思っていたところだったからね」
今日も付いてくる彼のせいでひとりにはなれなかった。
「どうしたらいいですかね?」
端君は複数人の先生達を説得して部活を辞めている。
どんな理由からだろうがそこは変わらないわけで、戻るとなった際に同じようなことにならないのかと言われるはずだ。
「ねえ端君、あなたが部活を辞めた本当の理由は――」
「断ります、やっぱり部活はもう嫌なので」
「あ、そう」
彼はなんのために私に相談を持ちかけたのか、どうしてこのときだけ志津を頼らなかったのかという話だった。
まあでも、聞いたところで役に立てるようなことはできないからこれでよかったのかもしれない。
「はいこれ、一緒にやりましょう」
「志津を呼ぶよ」
「これは久間さんはしてくれないので……」
「わ、分かった分かったっ、だからその顔はやめてっ」
この時点で誰かとやりたいということの証明になってしまっている。
何度も言うけど体を動かすことが好きだから私的にはいいけどね。
志津はどうせ「私には無理だからっ」とか言って恥ずかしがっているのだろう。
もったいない、それこそこの子が好きなことに付き合ってあげれば可能性だって上がるというのに。
「あっ」
「よいしょ……っと、受け入れたのであれば集中しないと」
「……ストーカー、あ、ボールありがとね」
当たり前のように上手なところを見せてくるところが嫌な子だった。
私がもし男の子でサッカー選手として上を目指しているところにこれだったら折れてしまうかもしれない。
「あ、この前の……」
「初めまして、僕は高安純、よろしく」
この前会ったくせに自己紹介をしていなかったのか。
どれだけ眞屋さんに会いたがっていたのかという話だ、友達としてでもなんか微妙な気がする。
や、別に嫉妬しているとかではないよ? 私はただ眞屋さんがまた吐き気を感じることのないようにしたいというだけでね。
「僕は端英志と言います、よろしくお願いします」
「最近知ったけど、端君は毎日ここで練習をしているんだね」
「はい、これをしていられるときが一番楽しいんです」
彼はボールを蹴ってから「学校はつまらないので」と呟いた。
部活がどうこうではなく学校自体が嫌なのか、それならダッシュでここに向かいたくなる気持ちも分かる気がする。
少しでも翌日に持ち込まないために、自衛するために色々なことをするからだ。
「僕はストレス発散のためにしていたから君は偉いよ」
「サッカー部だったんですか?」
「そうだよ、まあでも部活のことに関してはストレスはなかったんだけどね」
こっちは人間関係で面倒くさいことになっていそう……。
それでもにこにこ笑みを浮かべているのだろう、そういうところは簡単に想像することができる。
それを見ることにならなくてよかったと思った――なんて、にこにこ優しそうなところをいいと思って近づきたいと考えていた私的には説得力もないけど。
「八つ当たりをしているわけではないから君は大人だ」
「そ、そうですか」
「杉本さん」
「あ、はい」
「ありがとう」
こっちはベンチまで移動して座っておく。
勝手に帰ろうものなら怒られそうだから仕方がない。
……何気にこれで飽きられてどこかに行かれてしまうというのも嫌だった。
やっぱり志津が言っていたようにこれはいい状態なんだ。
気になっている存在が勝手に来てくれるということ、毎日毎日勇気を出して近づくということをしなくていいというのが大きい。
まあ毎日「友達としているだけだから」と言われていたら勘違いすらもできないけどさ。
「上手だね」
「あれ、今日は意地悪じゃないね」
やっぱり近くまで戻った結果がこれだった、私が意地悪だったときなんか一度もないのに……。
「はあ~」
「冗談だよ、ありがとう」
ぐっ、ここでいい笑みを浮かべやがって……。
結局、ずっと彼のペースというわけだ。
それでいつか眞屋さんと同じぐらい魅力的な存在と出会ったら離れるのか。
所詮私とは時間つぶしのためでしかないというのに……。
「危ないっ」
「ふぇぶ!?」
「な、なんで前に立つの……」
そんなのいまこのときぐらいは意識を向けてほしいからだ。
どんな形でもいい、別に友達のままでいいから一緒にいたいと思ってほしい。
「ああもう血が出てるよ、今日はもう家に行こう」
「ははは、これでやっと君が意識を向けてくれたね」
「その前から普通に相手をしていたでしょ……」
端君に謝罪をして公園をあとにする。
どうやら今日も付いてきてくれるようで「なんでひとりで行こうとするの」と文句を言ってきていた。
「いやでもまさか跳ね返ったボールにではなく蹴った後のボールにぶつかるなんて」
「このままだと嫌だったんだよ、普通に終わっていくだけじゃ嫌なんだ」
「だからってぶつかる必要はないよね? そう言ってくれれば僕だって――」
「他の子と違うことをしないと君は見てくれないよ、こうでもしないと眞屋さんどころか他の友達にも勝てないよ」
えぇと引かれるだけでこれも意味のないことなのかもしれないけど、それでも終わったときになんにも行動できなかったとはならないからいいのだ。
「あ、ここまででいいよ」
「え、家まで送るよ」
「いい、それじゃあね!」
家まで来てもらうのは違う。
そりゃいつかはそんなこともあればいいかなと考えているものの、怪我とかで来てもらうのは違うから。
「ただいま」
見せると不安にさせるから洗面所に直行し、ぶしゃぶしゃっと顔を洗った。
自分贔屓なのかもしれないけどそんなに酷い顔はしていなかった。
むしろああして行動できた分、満足気な感じ、というところ。
「おかえりなさい」
「ただいま、ご飯を作るの手伝うよ」
「今日はいいわ、座っていなさい」
「そう? じゃあ座っているね」
ソファに寝転んで目を閉じる。
食材を切る音や、炒める音なんかが聞こえてきて心地良かった。
それとなんなくあともうちょっとしたら六月になって外で過ごすこともあまりできなくなるなと考えたのだった。
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