03話.[気分が下がった]

「よ」

「あれ、嘘じゃなかったんですね」


 いきなりそれってどうなのだろうか。

 確かに志津にああ言われるまでは行く気はなかったけど、なんかちょっといまので気分が下がった。


「あー、志津が忙しくなっちゃってね、それで頼まれたから今日は来たんだ」

「そういうこともありますよね」

「あ、当分の間は行けないみたいなんだ」

「それも仕方がないですよ、たまにでもどちらかが来てくれれば嬉しいです」


 いやでもまさかこんなに急にやめるとは思っていなかった。

 数ヶ月チャレンジして、それで上手くいかなかったらやめると思っていたからこちらが困惑している。

 お気に入りの場所だったから受け入れたものの、そうでもなければ私だって……。


「今日はボールを多く持ってきたので杉本さんもやりませんか?」

「いいね、私もじっとしているより体を動かせているときの方が好きだからやらせてもらうよ」


 適当な壁に適当に蹴っているわけではなく、ぶつけてもおっけーな壁がある。

 それにここは広いし、人が来たらそのときだけはやめておけばぶつけてしまうなんてことにもならない。

 最近はなんでも禁止禁止禁止となっているからこの存在はスポーツ少年、少女達にとってありがたいことだろう。


「それにしても君は部活が終わった後にこうしているわけだけど、疲れないの?」

「あ、えっと……」

「うん?」

「実は部活、やっていないんですよ」


 えぇ、それならボールを蹴りたいだけの少年ということなの……?

 それにしては一生懸命すぎて逆に微妙になってしまっている気がする。

 ストレス発散のためだったとしても声を出しているわけではないし、物を雑に扱っているというわけでもないからね。


「あの中学校は部活強制入部ですけど、嫌になって辞めたんです」

「え、中学の部活って辞められたっけ?」

「学校生活に影響が出ると判断されて辞められました」


 そこまでのことだったか。

 学校生活にまでとなると物凄く部活が嫌だったか、人間関係が上手くいかずにというところだろうか。


「でも、サッカーは好きなので毎日宿題を終わらせた後にこうしてここで蹴るようにしているんです。部活はもう高校になってもやるつもりはありませんが」

「そっか」

「試合には出られなくてもこうしてボールを蹴られるだけで楽しいんです、それに上手い子がいっぱいいましたからそもそも無――な、なんふぇすか?」


 近づいておいてよかった、離れていたら止めることもできないから。

 過信するのは危険だけどだからといってマイナス方向に考えればいいというわけではないのだ。


「いちいち言わなくていいよ、さ、続きをやろうよ」

「……はい」


 ここのいいところは近くに道路はあっても住宅がないということだった。

 そういうのもあっていつまでもやることができる、文句を言われるかもしれない場所でこそこそとやるよりは分かりやすく発散できる。

 まあもうあのことは気になってはいないから発散さえておかなければならないことなんてないけど。


「はあ~、始まりが遅いからすぐに暗くなっちゃうね」

「ですね」


 そうだ、返すために今日はジュースを買わせてもらおう。

 無理やり押し付けるように渡して公園をあとにする。

 今日はいい感じだった、少なくともこの前のあのときよりは遥かにいい。


「ただいま――あれ、この靴……」


 喋り声が聞こえなかったからリビングには顔を出さずに部屋に向かう。

 部屋の扉の前で少し深呼吸、終わったらノックもせずに扉を開ける。


「こんばんは」

「えぇ、志津じゃないとは分かっていたけど……」


 全く知らない子が自分の部屋にいるというのは気になるものだ。

 しかも呑気に読書なんてしていらっしゃる。

 最初からそうだった、初対面だろうがなんだろうか自分らしく対応することができるというのはいいところだけど。


「純って手強いわよね」

「なんで眞屋さんは嫌なの?」

「追われる恋は嫌なの」


 ある程度の妥協は必要だけど、適当すぎてもいけない。

 別にこれは自由だから責められるようなことではなかった。

 自分の好みの人間だからこそ頑張ろうとなれるから。


「単純に好きなタイプではないだけだけれど」

「でも、高安君はきっとこれからも変わらないよ」

「だから? あの子が現状維持を続けようと私には関係ないもの」


 それは分かりやすくアピールをしてこなかったらの話だ。

 高安君がどれぐらい積極的に行動しているのかは分からないけど、動かないまま終わるなんてこともありえない。

 知らなくてもそれぐらいは簡単に想像することができる。


「今日ここに来たのは他の子を頼ることにするわ、そう言いにきたの」

「そっか、うん、次の子は上手く動いてくれるといいね」


 言い終えたというのに彼女は帰ろうとはせずに漫画を読み始めただけだった。

 私は気にせずに着替えて、読書を始める。

 活字でなくても問題にはならない、これが私流の読書なのだ。


「ふふ、面白いわね」

「うん、面白いんだよ」


 悪く言ってこないならそれでいい。

 クラスメイトよりこの子の方が怖くなかった。




「こんにちは、あなた最近は廊下で過ごすようにしているのね」

「逃げているとかじゃないよ?」

「それは見ていれば分かるわ」


 この子のなにが怖くないって別のクラスだということだ。

 広めようと思えば簡単に悪い噂を広げられるけど、そんなしょうもないことを彼女がするとは思えない。

 願望が混ざっていることは認める、でも悪いことばかりを考えている人間ばかりではないのだ。


「他の子を探さなくていいの?」

「いいわ」

「じゃあお相手をお願いしたいんですけど」

「いいわよ、私は教室にいたくなくて出てきているからありがたいわ」


 教室にいたくないなんて意外だ。

 もっとも高安君と同じクラスだったらもっと逃げていると思うけど。


「っと、少し離れましょう、純が来るわ」

「分かった」


 私としても一緒にいたくはないから助かる。

 遠回しに何度も振られるのはごめんだ、あとああいうことが増えるとちょっと文句も言いたくなるから。

 これはお互いのためにしていることだけど、高安君のためでもあった。


「はぁ、こんなことをあと何回繰り返せばいいのかしらね」

「ずっとだよ、ちゃんと諦めさせないならね」

「そうよね、でも、あの子が諦めるわけがない」

「諦められたら複雑?」

「いえ、それはないわ」


 それならいいか、いますぐにでも動いてあげられる。

 戻ると約束をして教室へ移動し、友達と楽しそうに話していた彼に言う。

 その瞬間にしんと静まり、友達達はこっちを一斉に見てきた。


「え、誰?」

「誰って同じクラスの杉本ともかだけど」

「ちょちょちょっ、な、なにやってるのともかっ」


 おっと、志津が来た。

 いま教室にいる子はみんな静かになっていたからこれはすごい。

 強くないからこういうときは固まってしまうというのに、今日のこのときに動けるのだから。


「なにをやっているのってはっきり言わせてもらっただけだけど」

「だ、だからってこんなところで……」

「だって教室を出ると警戒されるから仕方がないでしょ」


 眞屋さんがいない限り、この前みたいに外では話せない。

 廊下に出ても駄目、それなら教室内で動くしかない。


「それに高安君はこの前自由に本当のところを言ってくれたからね、だから私もはっきり言わせてもらったんだよ」

「……明らかに歓迎されていないんだけど」

「別にそんなことどうでもいいよ、このタイミングが一番よかっただけだから」


 眞屋さんが嫌がっているのだから仕方がなかった。

 直接あの子が動くよりも角が立たない。

 まあこれで私は嫌われるかもしれないけど、そういうのを利用して上手くやりたいと思う。


「それより戻った戻った」

「あ、ちょ、押さないで……」


 あの場所に戻るのはやめた。

 内側だけで謝罪をし、椅子に座って深呼吸をする。

 少しずつ教室内も元通りになっていく、高安君を除いて。

 まずはどんな手段を使ってでも話せなければ話にならないのだ。


「あまりにも急すぎるから言いたくなる気持ちも分かるけど抑えてほしい、これは僕と杉本さんの問題だから」


 勢いでやらなければ意識を集められない人間である私とは全く違かった。

 ただ静かにいつも通りの声量で十分だと言わんばかりの彼に周りは頷く。


「純がそう言うなら」

「うん、ありがとう、君達が優しい子でよかったよ」


 上手いな、これは牽制にもなっている。

 事を大きくしたくないのはもしかしたら彼なのかもしれない――なんて、きっかけを作った人間が言っている場合ではないか。

 だって私は一番嫌なことをしたから、他人経由で知ることになるのは一番嫌だろうからだ。


「待たせておきながら来ないのはどうなのかしらね」

「ごめん、色々な意味でごめん」

「ん? ああ、そういうこと」


 彼女はこちらの肩に手を置くと片方の手でぱちんと頬を叩いてきた。

 でも全く痛くなかった、音だけはよく鳴っていたのに上手すぎる。


「勝手なことをしないでちょうだい」

「ごめん」


 彼女は最後まで高安君の方を見ることなく教室から出ていった。

 予鈴が鳴り、本鈴が鳴り、教科担任が入ってきて授業が始まる。

 ただあれは効果があったのだろうかとずっと考えることになった。

 私は眞屋さんのイメージを下げたくなかった、あそこで私が代わりに言ったのはそういうことからだ。

 あ、だからか、本当にいいことをしてくれた。

 あそこで叩いてしまえば私が独断で勝手にやったものだと誤解してくれる。

 それで全てこちらにということになるし、あの子はあの子で本当のところを高安君に知ってもらえたことになるから大きい。

 ……ずっと断り続けてきている時点ではっきりしているんだけどさ。


「杉本、この問題の答えは?」

「あ、②です」

「正解だ、集中していないように見えて集中していたんだな」

「すみません、思い切り考え事をしていました」

「はは、正直に言うんだな」


 怒られることはなく静かに椅子に座った。

 私と眞屋さんにとってはいい結果かもしれないけど高安君にとっては違うからちゃんと付き合わなければならなかった。




「きみぃ、やってくれましたなぁ」

「口調がおかしいよ?」

「……杉本さんのせいだよ」


 確かに私が動いた結果だけど謝ったりはしない。

 謝るぐらいならするなという話だ、眞屋さんには謝ってしまったけど。

 でもなんかすっきりした、無理やりにとはいえ誰かのために動けたということでもあるから悪いことではない。


「そもそも言われなくてもやめるつもりだったよ、どう動いても聖奈が振り向いてくれるとは思えなかったからね」

「え、じゃああのときやめておいてくれればよかったのに」

「あの後考えたんだ、はぁ、これなら杉本さんとちゃんと話しておけばよかった」


 仮に会話をしていても眞屋さんが困っているようだったら私は動いていた。

 そもそもそれがなかったからこそ動いているわけだからいまさら言ったところで意味はない。


「なに? 僕に間接的にでも振られたから仕返しをしてやろうって?」

「違うよ、困っていそうな女の子のために勝手に動いただけ」


 そこまで問題のある人間ではない。

 彼が私を受け入れられなくてもそれは普通のことだ、だけどこの時点でそういう人間だと思われていることだ。

 この時点で話にならなかった、まだ興味を持っているという段階で本当によかったと思う。


「僕はああされて困っているんだけど、きみは女の子のためにしか動いてくれないのかな?」

「知らない人を警戒して一緒にいようとしない人のためには動けないでしょ、ひとりで勝手に動いたところで変人扱いされるだけだし」


 彼の友達からすれば私が彼と関わらないことが一番いいだろう。

 というかそれよりも名字すら覚えられなかったことがあれだった。

 いやまあ私だって知らないから人のことは言えないけどさ。


「はぁ、もう変わらないから飲食店にでも行かない?」

「え、君が私を誘ってくるなんて……」


 それだけ衝撃的だったということなのか、それだけ怒っているということなのか、よくない状態であることだけは確かなことだ。


「もう自分を守っても仕方がないからね、それに僕のことが気になっている人を誘っても迷惑をかけることにはならないでしょ」

「もしかして……」

「うん、ただ友達としていただけなのに相手の人に周りが迷惑をかけてさ、それで一緒にいられなくなったんだ」


 直接やったわけではないにしろ、その人からすれば彼と関われば~とこの前の志津みたいに考えてしまったということか。

 普通は自分を守りたくなるものだから仕方がない、同じことが起き続ければどんなに聖人だろうと嫌になるものだ。


「いらっしゃいませ」


 飲食店内は平日ということもあって空いていた。

 案内された席に座った後にこの後どうしようと悩んだ。

 いや、あの約束があるから行くべきだけど、男の子と過ごした後に別の男の子と過ごすというのも微妙だなあと考えてしまったことになる。


「でも、ははは、ああやってアピールをしてきた女の子は初めてだよ」

「眞屋さんは諦めてと言うだけじゃ微妙だったからだよ」


 彼がいるからないとは思うけどそっちに対して意識を向けさせたくなかった、最初から最後まで私が動いているだけという風にしたかったのだ。

 で、優秀な彼女は感情的になることもせずに最適な行動をしてくれた。

 私だったらああはできなかった、きっときょろきょろして終わるだけだった。


「僕は聖奈のことを知っているから頼んだなんて思わなかったけどね」

「だけど眞屋さんはずっとあの感じを続けてしまいそうだったからさ」

「と言うけど、聖奈はいつだって曖昧な態度ではいなかったけどね」


 それは目の前で見せてくれたからよく分かっている。

 ふたりきりのときも「実は」とはならずに平常運転だったからなおさらだ。


「ドリンクバーを頼もうか」

「うん」


 注文を済ませてくれたからジュースを注ぐために席を立つ。

 荷物を見てもらうかわりに注ぐことになったから先に頼まれた物を注いで、それからうーんうーんと悩むことにした。

 あまりお腹に余裕はないから考えて注がなければならない、だけどどうせ払うからには色々な飲み物を飲みたいというわがままな自分がいる。


「これでいいや」


 席に戻って美味しくて甘いジュースを体に入れていく。

 全く知らない相手がいても落ち着いて対応ができてしまうというのがいいことなのかどうかは分からない。

 しかも目の前に座っている子は気になっている子だというのにこれだ。


「今日のあれは僕にとっての目覚ましみたいな感じだったよ」

「諦められるの?」


 ちゃんと吐かせておかないと駄目になる。

 本人次第で簡単に変わってしまうことだから頑張らなければならない。

 眞屋さんが好きだったのであればまた話は違ったけど……。


「じゃあ逆に聞くけどさ、杉本さんは僕を諦められる?」

「相手が嫌がっているなら諦められるよ」

「……その言い方だと僕がとんでもないやばい奴みたいじゃん」


 そこまで言うつもりはないけどあそこまで相手がはっきりとしているのであれば考えて動く必要があった。

 恋愛感情を持ち込めば関係も簡単に変わってしまう、どれもこれもこれまで通りにはできないだろう。


「分かったよ、ちゃんと諦める、聖奈にはこの後ちゃんと言うよ」

「うん」


 それならここいらで終わりだろうから公園に向かおうか。

 またボールを持ってきてくれていれば蹴って遊ぶのもいい。

 このジュースのエネルギー分は消費しないとお腹に贅肉が……。


「だからさ、これからはこうしてたまにでもいいから付き合ってよ」

「んー、悪いことをしたつもりはないけどいいよ」

「ははは、想像していたのとは本当の君は違ったなあ」


 当たり前だ、想像なんて大抵は当たらない。

 彼も私もこの件で学べたことがあるからそう悪い話でもないということで終わらせておけばよかった。

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