あいつと過ごしてきた時間の中で、好きにならざるを得ないような出来事があったかと言うと、断言できる。

 ない。

 ではなぜ?

 全く好みのタイプではないというのに。

 まぁ、一緒にいてもなんの気兼ねなく過ごせて言いたいこと言えるし、楽なことは確かだが。

 いや、でも、好きになるってそういうことじゃないだろ。

 好きになるっていうのは、こう、あの子と会った時みたいにビビっとくるもんだろ。

「……すか?……倖くん、聞いてますか?」

「ん?わり、聞いてなかった。」

 思考に没頭しすぎて、りんの言うことを全く聞いてなかった倖は悪びれなくりんを見返す。

「で、なんだって?」

「……あの、だから、気持ち悪くないですか?」

 りんは小さな声でぽそりと言った。

「さっきのやつ?気持ち悪かったな。」

 倖が何でもないことのように返答する。

 気持ち悪かったが、何だか夢でも見ているようというか、現実味がないという感覚の方がまだ強い。

「違います。さっきのあれじゃなくて、私の、こと、です。」

 倖はキョトンとしてりんを見返した。

 何言ってんだ?こいつ。

「お前の何が気持ち悪いんだよ。」

「だから、ああいうのが視えたりして、人と違うじゃないですか。中二病じゃないけど、何か精神的におかしいんじゃないか、とか思いませんか?幻覚視てるんじゃないのか、とか。……薬やっるんじゃないか、とか。だから、ちょっとでも私のこと嫌だと思ったら、無理して仲良くしてくれなくても、いいです、と、思った次第で、」

 ゴニョゴニョと俯きながら言い募るりんに、倖は半眼になりデコピンをした。

「ったい!」

「んなこと、ちょっとも思わんから早く歩け。それに気持ち悪いも何も、俺も視てるし。」

「ちょっともですか?……嘘ですよ。」

「何で、お前が決める。おら、とっとと歩け。」

 半ば強制的にりんを反転させると、背中を押しながら歩きだした。

「……嫌じゃないですか?一緒に歩いたりするの。」

 りんが額を押さえながら倖を見上げる。歩みを止めて、その手をどかしてやると思った以上に赤くなっていた。

「デコピン強すぎたな、わり。」 

「聞いてますか?倖くん。」

 なおも焦ったようにしつこく聞いてくるりんの手を掴んだまま、倖はため息をついた。

 そうして、そのまま手を引き歩きだす。

「何なんだお前、誰かに気持ち悪いとか言われたことでもあんのか。」

「……。」

「あんのかよ。……前の学校のやつか?ゲーセン行った時に話してた。」

「……。」

「まったく。お前がどう言おうと、んなやつ友達と認めんからな俺は。」

「で、でも!」

「でももくそもねぇっつーの。」

 有無を言わせず引っ張りながら正門へと向かう。後ろからついてくるりんが、でもツグミちゃんは小学校からの友達で、としどろもどろになりながら呟いているのを、倖は顔をしかめて聞きながした。

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