「ていうか、あれって触れるのか?」

 転ぶってことは足が触れてるってことだよな、と倖が気味悪そうに言った。

「そうだとおもいます。私も、視えてないときは触れないんですけど。……昔、まだ慶くんの眼鏡じゃなかったときに触られたことあったから、物は試しに、と思って。」

「……ど、どんな感触、だった?」

 倖が思わず勢い込んで聞くと、げんなりとした表情でりんが答えた。

「何でそんなこと聞きたいんですか。……別に普通でしたよ。普通の、生肉?レバーとか鳥もも的な、」

「やっぱもういいや、」

 自分で聞いといて気持ち悪くなったので、すかさず拒否する。自分で聞いてきたくせに、と憮然とした表情でりんは歩きだした。

 その後ろから倖は漫然と歩いてゆく。

「なぁ、今日はどかさないのか?内蔵。」

「んー、……篠田さんも今田さんも、元気になってるんですよね。……だったら、もういっかなって。」

 りんは振り返りもせずに小さな声でそう答えた。

 歩調に合わせて揺れるりんのおさげを見ながら、またチラリと花壇の方へと視線をやる。

 さっきのアレは花壇横を通っていた。ということはゴール横のこのルートには内蔵はないということだ。それにどこかホッとした。

 ホッとしながらも、どこに置いてあるか視えないという状況に、寒々とした空恐ろしさを覚えた。

 ……放課後前までは、ただ、何とかしてこいつの眼鏡を外したい、という一心だったのに。

 それだけだったのに、何だこの展開は。

 りんはいつもと変わらないように見える。

 眼鏡をかけているときは視えないと言っていたが、端からチラチラ視えるとも言っていたし。

 こいつにとって、ああいうのが視えてしまうのが日常ということか。


 ……難儀なことだな。


 りんの背中で揺れるおさげを見るともなしに見ていると、それが急にクルリと振り向いた。

「あの、倖くん。」

 西日に照らされ逆行になったりんが、こちらを振りむく。

 それまで見ていた栗色のおさげが、りんを追いかけてフワリと宙を舞った。

 その一連の動きに不覚にも見惚れてしまってから、はっと我に返る。

 これ、前にもあったな。あった。

 あったけど。

 何なんだ今日は。

 顔が赤くなっている自覚があった。

 昼飯食ってたときも、屋上でスイーツ食ってたときも、ふとした瞬間のりんの仕草に胸が高鳴ってしまった。

それに、倒れかけたりんを支えてあんな体勢になったのが、更によくなかった。


 これではまるで、俺がりんに好意を持っているみたいではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る