「ぬいぐるみって、目があるじゃないですか。あと鼻と口も。手足もあるし。」

 だから苦手なんです、とりんが困ったように茶を啜った。

「おまえは何を言ってるんだ。」

 倖は心底理解できないと言った体で頭を抱えた。

「でも1つは持って帰れ。定員オーバーだ。」

 と、机の下に置いてある灰色の巨大なビニール袋を指差した。

 何ですかあれ、の意で倖に視線を返すと、顎で取れと促される。ごそごそと這ってビニール袋を掴み中をのぞき込む。

 白と黒の毛並みが見えた。

「あれ?これ、倖くんにも捕れそうと勧めたパンダじゃないですか?」

「そ。」

「すごい。捕れたんですね。ちなみに何回で?」

「……一回だ。」

「一回で、ですか。……それは本当にすごい。あの位置から一回で捕るとしたら、やっぱりちゃぶ台返しですか?」

「……おまえ、ホントに何言ってんのかわっかんね。」

 倖は瞳を閉じて唸り、また茶を一口啜った。

「それ、持って帰れ。」

「これを、ですか。」

 袋から出してみると、思った以上に大きい。座ったりんよりも頭1つ飛び出している。デザインとしてはオーソドックスで、可愛らしいというよりは写実的なパンダだ。

「そいつだけ異様に大きいんだよ。」

 眼鏡仲間ということで連れて帰れ、と倖が凄んだ。

 眼鏡仲間。

 確かに目の周りの黒縁は眼鏡みたいだけど。さわりと撫でると肌にとても心地よい。

「さわり心地いいだろ。連れて帰れ。」

 再度凄まれて、ため息をこぼす。

 最近はあまりないが、人の形をしたものは色々と、少し怖いのだが。

 しかし、まぁ、仕方ない。

「これ1つ連れて帰ったら他のは引き取ってもらえますか?」

 じゃないとイヤです、とりんも凄んでみた。

「……頃合いを見てクマも連れて帰ったらどうだ。同じ熊系だし。」

 クマというのはあのリラックスしたクマのことを言っているのだろうか。

 りんはチラリとベッドに視線をやると、結構です、と即断した。

 りんがこれ以上譲る気がないとみた倖は、しゃあねぇなぁ、と頭をかいて折れてくれた。

 その様子にほっと息をつき、クッキーをまた一枚口に運ぶ。

「あからさまにほっとすんなよな。」

 倖がやはり憮然とした顔で言う。

 りんはバツが悪そうに、お茶でクッキーを流し込み話題を変えた。

「それにしても倖くんのお父さんて、すごいですね。もしかしてこの部屋もお父さんの趣味ですか?」

 倖は顰めっ面で、なんでだよ、と返した。

「俺の部屋のインテリアは俺の趣味で決定してるに決まってんだろ。」

 あいつの趣味で出来上がった部屋なんて冗談じゃねぇ、とザクザクとクッキーを噛み砕く。

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