そうして徐にりんの唇をつんとつつくと、荒れてんな、と首を傾けた。

 寒いからだろうか。倖の頬も少しだけ色づいてみえた。

「リップ、ないのか?」

 言われてリュックの中を手でかき回して探すもやはり見つからない。

「いつも横のあみあみに入れてて、すぐ取れるようにしてるんですけど、定位置になくて。」

 落としたのかな?と諦めてリュックの口を閉めるりんに、ん、と倖がリップを差し出してきた。

「使え。」

「……いいんですか?」

「別にいい。」

 りんは躊躇いつつそれを受け取り、唇にのせる。油脂分がしっとりと唇を潤し、蜂蜜の甘い香りがふわりと香った。

「これ、蜂蜜入ってるんですね。」

「いいぞ、それ。」

 ほらいくぞ、と立ち上がり倖が先へとりんを促す。

 りんは慌ててリュックを背負い、倖にリップを手渡した。

「確かにすごいねっちりしてます。保湿されてる感じが、いつも使ってるものよりいいですね。」

「ちと割高だけどな。」

 りんが唇をんぱっと合わせるのを倖はチラリと見下ろしながら、うち銀杏並木のすぐ先だから、と今度はゆっくりと、りんに並んで歩き出した。



  ◇◇◇◇◇◇



 銀杏並木を抜けて、すぐ左手にあった大きい一軒家が倖の家だった。

 赤い屋根の、少しメルヘンチックな。

 かわいいお家ですね、と感想を言えば、親父の趣味だ、と苦々しげに言われた。

 男の子のおうちにお邪魔するのは初めてのことだったので、恐る恐る玄関をくぐる。

 すると木目調の靴箱が左手に、あがってすぐのところに2階へと続く階段があった。その階段しかり、廊下しかり、どれもが優しい風合いの木で作られておりメルヘンチックな外観とも相まってとても可愛らしい。

「……すごい、可愛いおうちですね。木目ってやっぱ落ち着きます。」

 お邪魔します、と靴を揃えながらりんが感動したように言うと、親父の趣味だ、とまた苦い顔をされた。

 2階の倖の部屋に促されて入ると、真正面に青い猫が鎮座していた。

「威圧感がすごいですね……。」

 三段ボックスの上、窮屈そうに座らされた猫は笑顔で出迎えてくれたが、倖の部屋であるということを考えるとその笑顔もやたらと胡散臭く感じられた。

 リュックをベッドに投げだすと、倖は憮然とした表情でりんを振り返った。

 ベッドの枕元にはリラックスしたクマがやる気なさそうに壁に寄りかかり、キレイに整えられた掛け布団からはエロいお姉ちゃんが顔を出していた。

「……一緒に寝てるんですか?」

「抱き枕なんだから当たり前だろ。」

 抱いて寝てるさ、と腕組みをした。

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