辺りを包む空気はカラカラと一気に乾燥してきていた。

 りんは倖について歩きながらかさつく唇をペロリと舐める。毎年のことだが、冬になると表皮が捲れて唇がピリリと裂けるのだ。リップで保湿してもなかなか追いつかないので冬は憂鬱だ。

 唇を指でなぞると表皮が捲れたその下にはパツンと張った薄皮が顔を出している。裂けて血が出るのも時間の問題かな、と諦め半分、けれど半分はやはり諦めきれずリュックの中のリップを後ろ手でごそごそと探した。

 倖の家はりんの家とは反対方向で、5つ目の駅を降りたところだった。改札を出るとすぐに右に折れ、しばらく歩くぞ、と言うなりすたすたと倖は先に行ってしまう。


 銀杏の並木が綺麗な通りだった。


 まだ完全に色づいてはいなかったけれど、それでも特有の爽やかな緑のトンネルは目にも鮮やかだ。所々色味が薄くなってグラデーションを作っている。それが黄金色に染まるのも、そんなに時間はかからないだろう。秋も徐々に深まりつつあった。

 ふと、前を行く倖が金色に色づいた通りを歩く姿を想像する。


 さらさらの金髪と整った容姿の青年が色づいてハラハラと落葉する銀杏並木をいく。


 きっと、とても絵になるだろう。

 手探りでがさごそとリュックの中身を漁りながら、ほぅ、とりんは感嘆のため息をついた。

 金色の銀杏並木ではないが、緑萌える銀杏並木を歩く倖もまた、とても様になっていた。

 まぁ、それはさておき。

 ない。リップが。

 ないとなると、余計に唇が乾く気がする。

 りんは立ち止まりリュックを降ろすとガバリと口を大きく広げ、目当てのものを探そうと手を突っ込んだ。

「おい。」

 真上で聞こえた声にびくりとしてそっと見上げると、無表情で見下ろす倖と目が合う。

「おまえな、立ち止まるなら止まると一声かけろ。」

 知らない奴に話しかけて恥ずかしかっただろ、とぼやいてくる。

「すみません、すぐ走って追いかけるつもりだったんで。」

 そう言い訳しながら、それにしてもキレイだ、と目を細める。

 下から見上げると倖の背後に銀杏の緑が広がっている。零れ落ちる金髪に暗く陰った、倖の顔。

「何がキレイって?」

 思わず口に出していたらしい心の声を倖に指摘され、りんは素直に答えた。

「倖くんが、ですよ。銀杏の緑色した三角の葉っぱの背景に、とてもよく合っててキレイだなぁて。」

 言いながら、リュックに視線を落とす。

 倖は呆気に取られたようにりんを見下ろしていたが、ぐっと口を引結んでりんの隣にしゃがみこんだ。

「座り込んで何探してたんだよ。」

 リュックを覗き込んできた倖に、リップです、と答えて隣をみると倖の耳がやたらと赤いのが目に入った。

「耳、赤いですけど、そんなに恥ずかしかったんですか?」

 知らない人に話しかけちゃったの、とりんが呆れぎみに言う。それを無視して、リップ、と倖は呟いた。

 

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