そして一度、そういう態度をとってしまったら、そこから引き返せなくなってしまった。

ただ、それだけなのだ。


 あとは。


 自分の無意識の行動を自覚してから、胸のあたりがもやもやする。

 そう。

 最近、ふと気づけば視線でりんを追っている。

 それはドキドキするとか、そういったものとは正直程遠く、本当にただ気づけば視界に入っているのだ。

 そういうときには総じて、脳内にまるで絵画のように過去の1コマ1コマが、フラッシュバックのように鮮烈に甦る。


 靴箱のとこで振り向いたあいつが、逆光効果で八割り増し、何となく、かわいく見えたような気がしたところとか。


 昼食時に大量のパンを平らげる倖を見て、マヌケ面で呆気にとられているところとか。


 UFOキャッチャーの台を職人のような眼差しで吟味して、ゲットした獲物をドヤ顔で掲げているところとか。


 カーレースで倖に負けて、死ぬほど悔しそうにしているところとか。


 図書館で見た、うなじの感じと太ももの白さとか。


 ……ちょっと待て。

 倖はこめかみに手を当てて呻いた。


 違う。これは違う。絶対に。


 視界に入ると妙にそわそわして落ち着かないが、それはきっと、急に話しかけなくなったことへの後ろめたさからだと、そう、きっとそうに違いない、と自分に言い聞かせて納得させる。

 それに、あの子のことを考えているときの胸の高鳴りとりんのそれとは一線を画すのだ。

 だから一層、意味がわからず、混乱するのだった。

 そうして暢気な柴田との約束を思い出し顔をしかめる。自分がりんと距離を置いているからといって、柴田がりんに近づくのは何故か許容できなかった。

 あいつのことだから、容量よくりんに取り入り、あっという間に仲良くなってしまうに違いない。

 もしかすると、自分よりも。


 ムカつく。


 それを想像しただけでイライラとしてしまったので、思わず、自分で聞くと言ってしまった。

 自分で聞くと言ってしまった以上、実際に聞かなければいけないのだが、この一週間、あからさまに避けてしまった手前非常に声がかけづらい。

 とりあえず、明日。

 あした、何て声、かけようか。

 なるたけ自然に見える方法はないかと思い巡らしながら、倖は駅へと向かい帰路についた。

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