当のりんはといえば、ボールが飛んできたことにも気づいていなかったのだろう。ボールに、というよりもぶつかられたことにびっくりしているようだった。何歩か後ろによろけたものの転ばずにすんだその様子に、大して強くぶつかられたわけでもないだろうことがわかった。

 転ばずに耐えたりんが走り去ったサッカー部員の方へと視線を向けている。キョトンとした表情までも目に浮かぶようだった。

 倖はほっと胸をなで下ろす。怒鳴られたみたいだが、ぶつかって転んだり怪我などしなかったのならそれでいい。

 ずるずるとしゃがみこみため息をつくと、横でニヤニヤとこちらを見る柴田と目があった。

「……なんだよ。」

「いやぁ、倖ってりんちゃんのこと、好きなんだなぁ、て思って。」

「おまえはアホか?」

 俺は一目惚れしたあの子のことが好きだっつってんだろ、と睨みつける。

「そりゃそうなんだけど。りんちゃんのこと心配するくらいには、心境の変化があったってことなんじゃない?」

「……ちっと顔見知りなったから気になっただけだっつぅの。」

 顔見知りねぇ、と柴田が呟き運動場へと視線を落とした。

 コート前でしばらく立ち止まっていたりんだったが、結局くるりと踵を返すとゴール横を通って正門へとむかっていく。

「あれ?今日は変な動きしないんだね。」

「……。」 

「毎日、何してるんだろね、りんちゃん。」

「……。」

「ねぇねぇ倖、何してるのってりんちゃんに聞いてみてよ。」

「……いやだね。自分で聞けよ。」

「だって、倖の方がりんちゃんと仲良しさんじゃん。」

 僕、話したことないもん、と柴田が口を尖らせた。

「仲良しじゃねぇ。」

 こちらを見もせずに呟く倖に、柴田は眉をしかめた。

「あのねぇ、倖、ちょっと大人気なくない?」

「なにがだよ。」

 露骨にりんちゃん避けすぎでしょ、と柴田が言う。

 倖はぐっと言葉につまり、絞り出すように声に出した。

「……避けてねぇ。」

「避けてるよ。」

「用事がなくなっただけだよ。」

「用事、って連絡先聞くやつ?」

「そうだよ、もう、仲良くする必要ねぇし。」

 その手のひら返し、けっこうひどいと思うけどね、と柴田は呟く。

「そういや、眼鏡とって、ってお願いしてみるやつは?」

 倖は苦い顔になり、やめた、とだけ返した。

「え、なんで。」

「どう考えても違うだろ、あいつは。」

 だからその可能性を消すためにも素顔見せてもらったほうがいいんじゃないの、と柴田は呆れて言う。

「まぁ、倖がそこまで言うんだったら、僕は別にいーけどさ。けどなぁ、乗りかかった船じゃないけど、僕、りんちゃんの素顔、めっちゃ見てみたかったんだけど。」

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