ぶつかったと思う瞬間もあるが、何事もなかったようにサッカーを続けている様子をみると、うまく避けているのだろう。

 コート内に置かれた臓器は2つ。どこの臓器だかはわからないが、どちらも小さい。対してコートの手前、りんの少し前に置かれた臓器は飛び抜けて大きい。

 肺、だろうか。

 どうやって引きずり出すのだろう。

 肋骨あるのに。

 そう、詮無いことを考えているうちに、肺の目の前まで来てしまった。

 どかした方が、いいだろうか。

 そう、りんが逡巡したとき。

「おい!邪魔!!」

 怒鳴り声が聞こえたかと思うと、急にコート内から人が飛び出してきて強かにりんにぶつかってきた。

 その衝撃によろよろと後ろにたたらを踏むが、幸いなことに転ぶことはなかった。なかったが、ぶつかった所は地味に痛かった。

 転ばずにすんだことにほっと胸をなで下ろし、飛び出してきた部員の方をみると、サッカーボールを追いかけて走って行ってしまい、既に側にはいなかった。

 どうやら、ボールが飛んできたところにちょうどりんがいたらしい。サッカーは、コート外も危険がいっぱいだ。

 りんは肺と思われる臓器にチラリと視線を投げた。

 篠田さんは、元気になっていた。もっとひどいことになるのでは、と危惧していたが、杞憂だったようだ。

 転んで体調を崩しても、2週間もしないうちに元気になるのだったら。

 りんはてらりと鈍く光る臓器から視線を外し、踵を返した。

 どうせ、コート内の臓器はどかすこともできない。だったらこの一つの肺をどかすことに、一体何の意味があるというのか。

 他の帰宅部の生徒と同じようにゴール横を通り、りんは正門を目指した。正門付近では、赤黒いそれが自身の腹に手を突っ込んでもたもたとしている。それを横目に追い越しながら、そういえば、とりんはふと思う。


 これのことは、あまり怖いと思ったことはないな。


 全く怖くないと言ったら嘘になるが、これはどちらかというとグロさや気持ち悪さというものの比重が大きい。

 ただ、これが悪意を持ってこちらに向かってきたら、それは怖ろしくて仕方がないとは思うのだが、それでもあれの怖さとは種類が違う気がするのだ。


 教室のあの、白いワンピースとは。


 翻る赤いシミを思い出し、りんはブルリと小さく震えた。

 脇では赤黒いものが、いまだに何かの臓器を取りだすのにもたついている。不器用なのだろうか。だとしても、お手伝いなどはできないが。

 その様子を後目に、りんはそのまま振り返らずまっすぐに正門から出て家路を急いだ。


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