それから一週間たっても、倖がりんに話しかけてくることはなかった。


 りんは学校の玄関口でもそもそと上履きを脱ぎながら、ここ数日のことを思い返していた。

 今朝も倖は欠伸をしながらスタスタと教室に入ってくると、机につくなり突っ伏して寝てしまう。

 仲良くしていたときでも朝はああいう感じなのがスタンダードだった。以前は何とも思わなかった一連の倖の行動。けれど今は、それを見ていると何だか妙に息苦しい気がして、録に挨拶もできなかった。


 勇気を出して声をかければ、きっと返事くらいはしてくれると思う、のに。


 りんの脳裏に、倖に声をかけて無視される迫田さんの姿が浮かんでは消える。迫田さんはあっけらかんと笑っていたが、きっと自分はそんな風には笑えない。


 倖に声をかけて、あからさまに無視されることが、何より怖かった。


 〝林田りん〟と書かれた靴箱の扉を開けローファーを取り出し、上履きをしまう。カタン、と扉が閉まる音が固く虚ろに響いて消えた。

 しばらく2人だったせいか、1人で帰るのが妙に寂しく感じる。ちょっと前まで、ぼっちで帰ることが当たり前だったというのに。

 言葉をかわしたのも、あの、慶と引き合わせた日の翌日だけで、それ以来視線が合うこともない。

 日常は、倖から手紙をもらう以前の日常へと逆戻りした。

 りんは軽くため息をついた。

 そうしてピクリと身じろぎして、りんは動きを止めた。

 靴箱を正面に捉えた左目の、眼鏡のきれた外側、ぼやけた視界にはっきりと赤いものが動くのがわかった。

 左、運動場は左手になる。

 りんはゆっくりと再度大きなため息をついた。

 あんなに遠いのに、何でわかってしまうのだろう。

 慶に勧められるままに縁なしの眼鏡にしてみたが、失敗だったかもしれない。以前の物に比べて縁がないぶんカバーできる範囲が小さくなってしまった。

 りんは運動場手前まで重い足取りで歩を進めた。

 運動場の中央にでんと陣取るサッカーコート内では部員がボールを奪い合い右に左にと走り抜ける。

 今日はサッカー部が試合をしているようだ。どうやら1、2年生と3年生にわかれての試合らしく、クラスメイトと思しき顔もちらほら見える。

 りんは眼鏡を少しだけ上にずらす。

 あれは、コート内をゆっくりと横断していた。横断しながらも時折止まっては土産を置いていくので、遅々として前に進まない。

 りんの心配をよそに部員はみな器用に臓器の手前で進路を変更したりする。視えているわけでもないのに不思議なものだ。

 

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