早朝の教室。

 10月に入ったばかりではあるが、今朝はかなり冷え込んでいる。

 窓の外には冬空らしい、薄い青空。手前にある裸の桜の木の枝にはぷっくりと肥えた雀が三羽止まり、毛繕いをしている。

 そのふくよかな様は見ているだけでほっこりと暖まるようだが、林田りんが着席する教室内は外よりも寒々としていた。

 りんの他には、まだ誰も登校してきていない。

 そのキンと冷えた空気の中、緊張のあまり汗ばむ手を握りしめ微動だにせずにりんは自身の席に着席していた。 

 一番乗りで登校したのには、理由があった。


 原因は、眼鏡である。


 いとこの慶が勧めてくれた縁なしの眼鏡。山とつるは赤銅色で、以前の黒縁の眼鏡に比べると、印象がだいぶ軽やかになった、と思う。


 視えるものを視えなくしてくれていた、黒縁の眼鏡。


 それが何が原因なのか突然その用を足さなくなってしまい、慌てて慶の勤める眼鏡屋に駆け込んだのだは、昨日のことだ。

 そこで熱心に薦められたのが、この縁なしの眼鏡だった。

 これなら今日すぐにでも引き渡しできるから、と慶が言うので、りんは渋々縁なし眼鏡を試着した。それを見て、似合う似合う、と慶は無責任なことを言って笑っていた、が。

 実際のところ、どうなのだろうか。

 結局押し切られる形で購入してしまい、自宅で何度となく、なんなら角度も変えて鏡を見てみたが、到底似合っている自信などつかなかった。

 今日は新しい眼鏡で登校するにあたり、印象が違う姿で満員の教室に入る勇気などりんには全くなかったので、いつもよりも大分早めに登校したのだった。

 攻め込むよりも、迎え撃つ方が気が楽、とでも言おうか。

 それに、予習をしているふりをして顔を俯かせていれば、眼鏡が変わったことに気づく人なんて、そうそういないはずだ。

 そうだ、きっとそうだ。

 そう自分を納得させていたとき、数名の生徒が廊下ではしゃぐ声が聞こえた。りんはわたわたと横にかけたリュックから手探りで教科書を掴みとり机に広げる。

 そのままペンケースも取り出して予習している振りをしようとしたのだが、広げた教科書に視線を落として固まった。掴みだしたその教科書が、よりにもよって美術の教科書だとは。

 適当に広げたページには写実的なスケッチとともに、君も書いてみよう!、との文言つきで載っている。やたらリアルな伊勢エビのスケッチに目を奪われながら、これは予習すべき内容ではないかもしれない、と冷や汗をかく。

 他の教科書に変えようとリュックに手を伸ばしたとき、廊下でたむろしていた生徒が引き戸を開けて入ってくる音がした。

 

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