12
夕方の駅は混雑していた。
足早に行き交う人々の邪魔にならない、駅舎の奥まったところにある大きな柱の陰。
そこで、りんは立ちつくしていた。
右手には灰色の錆びたコインロッカーが申し訳程度にあり、左手には自動販売機がある。
柱はその狭間にあった。
コインロッカーを利用する客などほとんどいないし、駅舎を出ればすぐにコンビニがあるので、柱の陰にぽつんと一つだけある自動販売機などを利用する人も、当然ほとんどいない。
その、埃を被った自動販売機の白々とした光に照らさて、りんは予想外の展開におろおろと口元に手を当てると、忙しなく視線を動かした。
彼女の目の前には、腕組みをして睨み合う2人の人間がいる。
どうしよう。
りんは冷や汗をたらして、震える両手を握りしめた。やっぱり、告白とかではなくて、ケンカとかタイマンとかお礼参り的なことだったのだろうか。
2人のうちの1人は、倖だ。
彼は腕組みをしたまま、目の前の人物を睨みつけ微動だにしなかった。
学校が終わってから、約束の時間まで少しぶらぶらと時間を潰して他愛のない話をした。
道中、彼はとても機嫌が良かった。いつもより口数は少なく、いい意味で緊張している様子ではあったのだが、特に何も問題はなさそうだった。
こんな険悪な雰囲気になる要素など、これっぽっちもなかったというのに。
指定された駅の柱の陰で、先に来ていたいとこを嬉々として倖に紹介したとたん。
今のような状態に。
どうしよう。
2人とも動かない。
と、とりあえず、なんとかしないと?
「あ、あの慶くん。倖くん、こう見えて、っていうか、あのこのとおりすごく真面目な方で、一途なんです。」
そう、いとこの慶に倖の良いところをアピールしてみる。
倖は昨日の今日だというのに、髪を黒く染め直し制服も真面目にきっちり着こなして登校してきた。金髪の倖とはまた違い爽やかな好青年然とした彼に、いつもは遠巻きにするだけの女子達も心なしか距離が近く、いつも以上の視線が倖に向けられていた。
そうして、ざわめく女子達の黄色い声を背中に、ここまでやってきたのだ。
今日でいったい何人の女子が恋に落ちたことか。
兎にも角にも、倖の良いところは第一に、好きな人のためなら自分のスタイルをもかなぐり捨てられる、その一途さだ、と思う。
必死にアピールするりんとは対称的に、慶はりんへとギギギィと表情のぬけた顔を向け、へぇ、と気のない返事をした。
慶は社会人だ。
確か今年で23歳。
この駅の近くの眼鏡屋に勤めるサラリーマン。
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