それはいい。

 その状態で林田りんに密着しているだけなら、まだ許せる、セーフ(?)だろう。

 しかしあろうことか、膝にかけられた背広の隙間からおっさんの左手がりんの左手と手をつないでいるのが見えてしまった。

 右手は背広の中へと消えている。おそらくりんの太ももあたり。

 もしかしたら、もっとその先へと。


 ガン!!


 考えるより先に体が動いていた。

 目の前に置かれたテーブルを倖は思い切り蹴りつけていた。

 びくり!と身じろぎして固まったおっさんがこちらをそっと伺いみる。その膝の上から背広がぱさりと床へと落ちた。


 おっさんの右手はりんのスカートを太もも半ばまでたくしあげ、その先へと消えていた。


 瞬間立ち上がって机を乗り越えようとした倖よりも早く、おっさんは上着とカバンをひっつかんでばたばたと逃げていく。

 逆光で顔が見えなかった。

 ちっ!と大きな舌打ちをして、追いかけるか逡巡するも乱れたままのスカートで爆睡するりんを見て思いとどまる。

 何事かと何人かの視線を感じたが、図書館の中でも奥まった席ということもあってか、大きな音を立てたわりには職員もやってこない。

 そしてこいつも起きない。


 なぜ起きない。


 イライラとしたまま雑誌が散らばったテーブルを乗り超えて、どっかとりんの隣に乱暴に座った。

 スカートの中に手を突っ込まれてなぜ起きない。

 自分など襲われるはずがないとタカをくくっているのか。

 それとも今までそんな危機など感じたこともないほどノンキな日常だったのか。

 もしくは、両方か。

 チラリと下げた視線の先にはりんのふっくらとした太股とソファに投げ出された左手。

 たくしあげられたスカートが目に痛く、そっと手を伸ばしておろしてやる。

 その時少しだけ触れたりんの太股のヒンヤリとした感触にドキリと胸がざわめいた。

 これでは童貞みたいではないか。

 女の太ももなんて、飽きるほど触ってきただろう。

 倖はその感触を忘れるために、殊更強く手を握りしめフルリと一つ頭を振った。

 こいつは林田りんだ。

 かわいくないのだ。


 それに俺は、あの子のことを。


 太ももの色の白さにどきりとしたとか、耳から肩のラインにどきりとしたとか、ヒンヤリとした触り心地の良さそうな肌の感触とか、そういったことはこの際置いておく。

 多少どきりとしたのは欲求不満のせいだろう。

 ここのところヤってないし。

 倖はアホみたいに寝こけるりんを半眼で見下ろす。


 いつまで寝る気なんだこいつ。


 ちっとも起きる気配のないりんを横目でみながら、叩いて起こすか起きるまで待つか、少し悩んだ後、倖は後者を選んだ。


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