倖がどこに行くか悩みまくっていた日の、その放課後。

 りんが年季の入った木目の下駄箱で靴に履きかえていると、やおらちょいちょいと肩をつつかれた。

 肩をつつきあうような友人はいないのに、と恐る恐る振り向くと、なんのことはない。

 迫田さんだった。

「りんちゃん今日も倖くんとお出かけ?」

「うん。まだどこに行くかは決めてないけどね。」

「そっか。」

 そうして彼女は少し先にいる倖をチラリと見ると、がんばっ、と小声でりんに向けてガッツポーズをした。

 なんの応援ですか?

 と言いかけて、りんは口をつぐんだ。彼女の背後、しらけた目でこちらを見据えるクラスメイトの女子が2人。

 応援されるような何かがあるわけでもないのだが、何度も違うと否定しても、納得し難いのだろう。

 迫田さんはともかく彼女たちの白けた視線には冷や汗のでる思いがする。

 クラスに馴染みたくてしょうがなかったのは確かだが、何か手を間違えたような。

 じゃあ行ってらっしゃーいと屈託なく、ぶんぶんと大きく手を振る迫田さんに気圧されるように、とりあえず小さく手を振った。

「いくぞー」

 のんきな声で先に進む倖が呼ぶ。

 男の子というのはきっと、こういう女子のあれやこれやなんて全く知るよしもないのだろう。

 とっとっと小走りに横にならぶと、倖が意味ありげにチラリとりんに視線をむけてくる。

「なんですか?」

「いや、大丈夫か。」

「なにがですか。」

「あれだよ、さっきみたいな、ああいう陰険なかんじなの。」

「……気づいてたんですか?」

「気づくだろ普通。」

「……陰険て言ってもそこまでひどくはないですよ。まだまだ挽回できます。」

「何を挽回するつもりだ。」

「お友達になることです。幸い迫田さんは話しやすくて優しい感じなので嬉しいです。」

「……ちょっと待て。」

「どうしました?」

 唐突にピタリと足を止めると、倖がりんに向き直る。つられてりんの足も止まった。

「あいつらと仲良くなる前に、まず俺からだろ、順番的に。」

 りんは軽くため息をついた。

 何を言っているのだこの人は。

「はいはい、わかってますよ。連絡先欲しいですもんねー。」

 りんは半ば呆れたように倖に答えて、歩みを再開させる。

 小馬鹿にしたような言い方をするりんに、倖はむっとして口を開く。

「俺はけっこう仲良くなってるつもりだぞ。」

「……まぁ、そうですね。正直、私も、予想外です。」

「俺も予想外だった。1日で嫌になると思ってたのにな。」

「1日、は早くないですか。」

「1日でももったらいい方なんだよ、俺の場合。耐えられねーもん。」

 耐えられないって、何に耐えられないというのか。

「あの、さ、」

 追いついてきたりんと並んで歩きながら、倖が躊躇いがちに口を開く。

「さっきも言ったけど、俺、けっこう仲良くなってるつもりなんだよな。……あとどれくらい仲良くなれば、とかちょっと教えてくれたらテンションあがるんだけど。」

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