1時限目は体育だった。

 ざわざわと喧しい更衣室でりんは途方に暮れて立ち尽くしていた。

 体育着を忘れてしまった。

 昨夜のうちに準備して入れておいたような気がするのだが、りんの目の前で口を開けているスポーツバッグには体育着が入っていない。

 ノーブランドの少しくたびれた紺色のバッグをりんは再度ガサガサと探した。

 ない。

 ドアを開ける音が更衣室内に響き、着替え終わった生徒が次々と出てゆく。

 忘れたものは仕方ない、か。

 早々に諦め、りんは制服のまま更衣室を出ると職員室へと足をむけた。

 こういうことは授業が始まる前に先手を打って、早めに報告しておくにかぎる。

 その時、女子更衣室の隣のドアががちゃりと音をたてて開いた。

 隣は男子更衣室だ。

 タイミングよく出てきたのは倖だった。りんを見ると怪訝そうな顔で口を開く。

「どこいくんだよ。制服のまんまで。体育やらないのか?」

「それが、体育着忘れたみたいで。」

 今から先生に言いにいくところなんです、と倖の隣をすり抜けようとしたとき、その倖に腕をつかまれて引き留められた。

「香取、忘れ物に厳しいぞ。誰かに借りれないか?」

 言われてりんは戸惑ったように倖を見返した。

 体育担当の香取先生は、数学の先生だと言われた方がしっくりくるようなひょろっとした先生だが、忘れ物に厳しいとは知らなかった。

 具体的にどう厳しいのかはわからないが。

 よそのクラスの女子から借りることができればいいが、自分のクラスの女子ともまともに話せていないのに、よそのクラスに友達などできるはずもない。

「借りるあてがないので、諦めて申告しにいこうかと思って。」

 言いおいて行こうとするりんの腕を倖が離そうとしなかったので、りんは軽くつんのめった。

「あー…、仲良しさんだから忠告しとくが、香取は制服のまま体育やらすぞ。」

「制服って、嘘ですよね?……正直に言ってもですか?」

「言っても言わなくても。ホントに誰からも借りれないのか?」

「…借りれるものなら、借りたいんですが…。」

 りんはさらに途方にくれて眉を下げる。

 友だちがいないとこういう時に困ってしまう。

 最近しゃべるようになった唯一の友だち?の迫田さんは残念なことに同じクラスだ。

 借りれるはずもない。

「……仕方ないな。俺、予備持ってるけど借りるか?」

「予備?」

「あぁ、いつ制服汚れるかわからないし。念のため。」

「……まじめですね。」

 まじめ言うな、と軽口を叩きつつ倖は男子更衣室へと引き返した。

 その間、更衣室から出てくる男子生徒の好奇の目にさらされながらりんはしばし大人しく待つ。

 出てきた倖から体育着をありがたく受け取ると、りんは急いで女子更衣室へと戻った。

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