「別にどこでもいーぞ、今日暇だし。」

 どこでもいいと言われるのが一番困る。困るが、どこでもいいのなら。

「図書館、行ってもいいですか?」

 ちょうど返したい本があったんですよね、とりんはカバンをポンポンと叩いた。

「……図書館~??」

 倖は数歩先で振り返ると、眉間の皺を深くしてイヤそうにそう言った。

「そこまでイヤそうにしなくても。どこでもいいと言ったのは嘘ですか?」

 嘘つきですね、とりんもしかめ面で応戦した。

「イヤじゃねーよ。そうじゃなくて、普通こういう時さ、どこでもいいぞと俺が言ったら、2人っきりになれるところに行きた~いとか、倖くんちに行きた~いとか、なるんじゃないのか。」

「なりませんね、用事ないし。」

 即答するりんに倖は不思議そうな顔をして、その後残念そうな顔になる。

「おまえ、本当に女か。終わってるな。」

「大きなお世話です!……2人っきりになって連絡先聞き出そうとしたって、そう簡単にはいきませんよ。」

 りんはツーンとそっぽを向いて答えた。

 りんのその言に、倖がその手があったか、と小さく呟く。

「そうか、2人っきりになって聞き出せるものなら何時間でも2人でいるぞ、何なら今から、」

「図書館に行きましょう。」

「そうだな、図書館でも2人っきりになれるしな。」

「と、しょ、かん、に行って!借りた本返して!すぐ帰るんです!」

 ちっ!と倖が小さくもなく舌打ちした。

「舌打ちやめてください、嫌いなんで。」

「嫌い言うな。……わかった、今日は図書館な、」

「では決まりですね!」

 りんはポンとひとつ手を打ち、小走りで倖の横に並ぶ。

 倖はその様子を、不思議な生き物でも見るかのような目で見下ろしていた。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 倖と行った図書館は、行ってみればどうということもなかった。

 念のため図書館に入る前に、図書館では大きな声で喋ったらダメですよ、と言えば、お前は俺を何だと思ってんだ、と睨まれた。

 開放的なホールを抜け受付で手続きを済ませ、そのまま取り置きしてもらっていた本を一冊借りる。

 賞味10分程度。 

 その間そばに突っ立っていた倖が、もう終わりかよ、と呆気に取られていたが、帰りますよ、とスタスタと出口へと向かった。

「なぁ、図書館ってもう本当に終わり?」

「終わりですよ。用事も終わったし、さぁ、帰りますか!」

 と倖に笑いかけた。

「……こんなん、仲良くなる暇もないんだが。」

「そうですか?」

 そうすっとぼけて、りんは明後日の方角に視線を逸らした。

「倖くんは、おうちどこですか?」

「俺?桜川町の方。」

 結局諦めたようにりんの横を歩きながら、倖が答えた。

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