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りんちゃん!これはお友達第一号を作る絶好のチャンスでは。
こんな風に話しかけられたら自然と笑顔が出てしまうのに、これをガン無視できてしまう倖はある意味すごいのかもしれない。
まぁ、倖くんきっかけで迫田さんと仲良くなれそうなのは有り難いけれども。
「もちろん、いいよ!……あ、迫田さん、わたしも、」
「……あ!ごめん呼ばれてるみたい、またあとでね!」
さーこーっと廊下から呼ぶ声に迫田さんは軽く手を上げて返事をする。立ち上がりながら、ごめんね?と手をあわす仕種をするので、大丈夫だよ、という意味を込めて小さく手を振りかえした。
迫田さんは呼んでいた生徒と一緒にしばしキャラキャラとドア付近で笑いあうとそのまま教室を出て行ってしまう。
残念。
りんは軽く肩を落とした。
せっかくもっと仲良くなれそうだったのに。こんなチャンス、もうないかもしれないのに。
いや、そんなことはない。
チャンスはあるはずだ、だって後ろの席だし。
その時のためにも迫田さんの下の名前、予習しといとたほうがいいかな?せっかく、りんちゃん、て呼んでくれるんだし迫田さんのことも名前呼びしたい。
……そういえばさっき、さこ、て呼ばれてたな。うーん、私にはちょっとハードル高い呼び方かも。
休み時間はまだ少しある。りんは配られていたプリントにクラスの係りの名簿があったのを思い出し、名前が載ってないか取り出して見てみることにした。
彼女は確か掲示物係りじゃなかっただろうか。ちなみに転校したてのりんはまだ何の係も割り振られていない。担任の先生に忘れられている可能性大だ。
A7の用紙の中程に倖の名前があった。体育用具係り。なるほど。
その先を指先で追いながら見ていた時だった。
眼鏡の外、レンズのきれている向こう側を、よたよたと歩く何かが横切った。りんの右手側の机の横をよたよたと教壇のある方へと歩いてゆく。
生徒しかいない、この教室で。
紺のチェックのヒダスカートか同じ柄のズボンを履いている生徒しかいない、この教室で。
そのよたよたと歩く物は白のワンピースらしきものを身につけていた。あえてしっかり確認なんてしないからわからないが、トップスとボトムが同じタイミングで揺れ動いている気がしたから。それが前の方へと歩いていき、眼鏡の端から消える一瞬。
真っ白いスカートの裾に赤黒いシミが広がっているのがチラリと視えた。
どきりと、りんの心臓が跳ね、鼓動が早くなる。
久しぶりに、視えた。
でもそれだけ。大丈夫。わたしにはこれがある。
眼鏡にそっと触れて眼鏡の外の部分を手のひらで覆い隠す。
大丈夫。
もう視えない。
もう、視えない。
しばらくそうしてじっとしているうちに、休み時間は終わり授業の始まりを知らせる予鈴がなった。
倖が教室の前の扉から入ってくる。ちらりとこちらを見た気がしたけれど、気づかないふりをした。
後ろの席の椅子を引く音がする。迫田さんが、席に戻ってきたらしい。
日直のやる気のない号令が響く。
きりーつれーちゃくせーき。
りんも、慌ててそれにならう。
そうして、両手をそっと眼鏡から外した。
眼鏡の外には、もう何も見えなかった
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