つかず離れず。

 彼女のあとをついて行き、自宅を把握する。そうして頃合いをみて、ばったりと出会い、連絡先を交換するのだ。

 そのためには、多少のストーキングもいた仕方ない。

 そう己に言い聞かせていたとき。

 ピーロリローリロ ♪

 ひどく場違いな楽しげなスマホの着信音が鳴り響いた。

 びくぅぅうっっ!

 倖は黒のスラックスの尻ポケットに刺さっている携帯に手をあてた。

 音量でか……!

 彼女がチラリとこちらを振り向く素振りを見せる。

 慌てるな、慌てるな、おちつけ俺……!

 自分自身に声援を送りながら、高らかに鳴り響く画面に指をすべらせた。

 するとすぐに、柴田のぶち切れ気味の声が耳に届く。

『倖さ、何時くらいに来るわけ?』

「どこに」

 彼女はすでに前を向いて歩いている。どうやら怪しまれることはなかったようだ。

『はぁ?どこって、僕んち。来るんでしょ?今日。来るって言ったよね?』

「あ、行けなくなった。またな。」

 倖はためらうことなく通話を切った。間髪入れずに再度着信音が鳴り響く。サイレントにする暇も何もあったもんじゃない。倖はイライラと通話へとスライドさせると早口でまくしたてた。

「あのな俺いま忙しんだよ。」

『忙しいって何やってるの?母ちゃん倖が来るからって大量にカレー作ってるんだけど。』

「まじで?あー、今日は無理、かも。」

『だから、なんで。』

 柴田にぞんざいに返事を返しつつも、視線の先では彼女が住宅街にある小さな十字路を右に曲がっていく。

 倖は見失わないように小走りで角まで行くと貼り込みの警察官よろしくベタリとブロック塀に張りつき通話口に囁いた。

「彼女に会った。今つけてる。」

『……つけてるの?ストーキングってやつね!』

「そうだけど、違う!」

『違わないでしょ。というかさ、そんなことしなくていいからとっとと声かければいんじゃない?』

「今日の俺の髪の毛、紫。」

『だーかーらー、何度も言ってるじゃん!んなこと気にするなって!』

「うっさい!あーもう見失うだろ!切るぞ!」

『しょうがないなぁもう。母ちゃんにもそう言っとくわ。ま、頑張れ』

「だから……っ!」

 母ちゃんに言うって、何て言う気だ。通報されたらどーすんだよ。倖のこめかみをたらりと冷や汗が流れおちた。

 いや、ここは柴田の母ちゃんを信じよう。

 あいつは、拡散してたら殺す。携帯を握りしめて倖はそうひとりごちる。

 そうこうしているうちに彼女は右手にある小さな一軒家に入っていく。駐車場には黒の乗用車が一台止まっていた。表札は〝HAYASHIDA〟となっている。

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