「アハハハハッ!!」

 昼休みの屋上。天気の良い青空の下で大笑いする柴田を倖は蹴り飛ばした。

 笑われている原因はわかっている。

 〝彼女〟のことだ。

「なに?じゃあ、あんなストーキングまがいのことまでしといて、林田ってあの林田さんだったの?」

 ワハハッとさらに笑い転げる柴田を倖はさらに二度三度と蹴りつける。今日は何度こいつを蹴っただろう。


 いっそのこと、俺のことも誰か蹴ってくんねぇかな。


 圧力のある夏空は去り、上空には透明感のある空が広がっている。流れる雲も薄雲で箒ではわいたかのようにゆるやかに曲線を描いていた。

 秋空は何もなくても見ているだけで多少しんみりすると言うのに、空までが今日の倖の落ち込み具合にさらに追い討ちをかける。

 心で涙を流しながら倖はため息をついた。

「おまえさぁ、目、そんな悪かった?さすがに天使には見えないな。」

 あの子は天使だなんて言ってたくせに見間違いにも程がある、と笑い転げる柴田を無視して、倖は屋上のフェンスに体を預けた。

 足下には持参したパンが手つかずのまま転がっている。ショックが大きすぎて食欲も失せていた。

「それ、俺が一番思ってるよ。いつのまにこんな視力落ちたんだろー……。」

 倖が柴田の言にやけくそ気味に乗っかりつぶやいた。

「ちなみにこないだの視力検査、いくつだった?」

「2.0」

 即答で返してやると、また懲りずに大笑いする。まぁ、誰かに笑ってもらえるだけいいのかもしれない。一人で考えていたら、落ち込んでいくばかりだ。


 今朝、あの彼女が同じ学校だったことに浮かれて、そのまま後について登校したのだが。

 なんと、彼女が入ったのは1年3組。

 倖と同じクラスだったのだ。

 うちのクラスで転校生といえば一人しかいない。

 林田りん。

 先週転校してきたばかりの、暗い女。いつも太い三つ編みを後ろに一本こさえ、眼鏡をかけている。

 彼女も確かに眼鏡をかけていた、かけていたけど。

 眼鏡をかけた彼女の顔は見ていないが、そんなことを差し引いても。

「いやだって、あの子、お前が話してた女の子の印象とは全然違うし。」

「だよなー、まぁつけてる時もさ、おかしいとは思ったんだよ。スカート長いのとかおさげとかは、まぁ、学校だから?真面目なのかな、とって思ってさ。でもなぁ、顔がなぁ、全然違うんだよなー。」

 林田りんは世間一般のかわいい女子というカテゴリーからは大分外れているのだ。眼鏡がそうみせているのか、とも思うが、眼鏡ごときでそんなに代わるものだろうか、とも思う。

「目がなぁ、小せぇんだよな。」

 ぽつりと本音を漏らすと、

 人違いなんじゃね?とくっくっくっと肩をふるわせながら無責任なことを柴田が言った。

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