あるひと夏の怪談

三神拓哉

マサユメカユメ

 その頃の俺は見渡す限り見渡してもあるのは田んぼだけ、そんなド田舎に住んでいた。どこに遊びに行くにしてのチャリンコは必須だったし、庭で猿や鹿と遭遇することも別に珍しいことじゃなかった。そんなところだったから自動車だけは異様に普及していたんだと思う。

 今は高校卒業したを機に上京して、親孝行もせずフリーターとしてせっせこ働いている。そんな俺でも、あの頃はかなりのいい子ちゃんだった。学校では先生の言うことをよく聞き、家では家事の手伝いは当たり前、女の子には優しく接し、ご近所さんの畑仕事もよく手伝っていた。

 で、ここから話すのはこのころに俺たち一家に降りかかったある事件の話だ。

 あれが最初に起こったのは夏休みが始まって少し経ったぐらいの日の事、畑の手伝いのお礼にとお隣さんが野菜をお裾分けしてくれたらしく、昼飯は茄子とピーマンの天ぷらにそうめんだった。

 俺は父ちゃんと縁側で昼飯を食おうと向かっていったんだが、父ちゃんが庭の方を向いて固まっていた。一点に視点を固定して動こうとしない父ちゃんを不審に思い、視線の先を追った。庭を見るとそれは明らかだった、何が起こってこうなったかは分からないが異常に荒れていた。

 地面の大部分は猪が掘り起こしたんじゃなかってくらい堀リ起こされていたし、一部は何年放置したらこんなになるか分からないくらいの鳥の糞が張り付いていた。

 父ちゃんハッと思い出すように、母ちゃんを呼んでくるように言って庭の様子を見に行った。俺は言われたとおりに急いで母ちゃん連れてきた。母ちゃんは庭を見て絶句していた、俺ももちろん驚いたし、怖かった。けど母ちゃんが取り乱している姿が一番怖かった。

 そのあとは父ちゃんが連絡したのか警察の人達が来て、事情聴取というモノをされた。警察が帰っていく頃には夕方になっていた。

 その日の夜、家族会議が行われた。父方の親であるじいちゃんにばあちゃん、父ちゃん母ちゃん、姉、そして犬のアレックス、計六人と一匹。じいちゃんは基本独りで畑仕事、父ちゃんは働きづめの事が殆ど、姉ちゃんは学校以外で部屋から出てくることの方が珍しい。そんな感じだったので、みんなが集っているのを見るのは久しぶりだった。

 議題はもちろん庭で起こった出来事。

 話の流れはまず、父ちゃんがみんなに庭での事の説明をした。みんな驚いていたが父ちゃんは一呼吸置いただけで続ける。明らかに人為的なものであるからしばらくは夜道や人気のない所は通らないように注意した方がいいこと。俺が気付かなかっただけで家においてあるシャベルが使われていたらしい。庭を元通りにすることは決定として、自分たちの手でするか業者に頼むかどちらにするかを質問した。

 じいちゃんは庭を荒らした奴に無茶苦茶キレていて、絶対取っ捕まえて警察やらに突き出してやるって言っていた。元々あの庭はじいちゃんが丹精込めて育てたものだったし俺なんかよりも思うことがあるのだろう。

 たしかこのあたりだったと思う僕が事の重大さを理解し始めたのは。

 あの庭が荒らされていたのは明らかに人の手によるもの、ということは家の中に入って庭を荒らして帰っていくまでを誰にも気づかれずに行った人が、理由は何であれまだこのあたりにいる。そんな危険人物が俺たちを狙っているかもしれないということ。じいちゃんには悪いが今回は庭が荒らされただったからよかったものの、もしターゲットがばあちゃんだったら、母ちゃんだったら、無事じゃすまないだろう。じいちゃんだってあんなこと言ってるけど返り討ちに合うかもしれない。

 そして、もし狙われたのが俺だったら。この時はそんなことばかり考えて落ち着きを失っていた。だからだろう、姉ちゃんが心配して声をかけてきた。俺は只々疑問だった、姉ちゃんはこの状況をどう思っているいるのだろうか、基本無表情の人だから読み取れないだけで内心びくびくだったりするのだろうか。

 異様に落ち着いている姉ちゃんとは真逆で、ばあちゃんは目を閉じて南無三、南無三と言って震えている、母ちゃんはそれに寄り添っていた。

 じいちゃんは落ち着いてきたのか、とりあえずの簡単な掃除だけ一人でするからまたあとで考えると言った。みんなはあんなになった庭を進んで掃除したくなかったものありじいちゃんに賛成する形でこの話は落ち着いた。

 この後はこれ以上の進展はなく家族会議は幕を閉じた。


 庭の掃除はじいちゃんが本当に全部一人でやってくれた。というより、俺たちに手伝いをさせたくなかったんだろう、朝早くから庭の掃除を始めて朝ごはんの時間には終わらせていた。警備を強化したのかこの日から警察をよく見かけるようになった、三日後には回覧板も回ってきた、そんな状態だったから犯人も行動の起こしようがないだろう。

 そんなことを考えて、そして、何日もたって、記憶が風化してきたころに、それはまた起こった。

 確かその日の俺は同じ学校の奴らと遊んでいたと思う。まだ夏休みだったから朝からチャリこいで公園に集まってサッカーか野球か、何かはよく覚えてないけど6人くらいで、天気も良かったし、とにかく公園で遊んでいたことを覚えている。二三時間たった時に一緒に遊んでいた一人が家の用事とかで抜けて、それから一人、また一人と抜けて行って、昼時に二人、俺含めると三人でサッカーも野球もできないから仕方なしに家に帰った。

 家に着くと、玄関が開きっぱなしだった。前までだったら別段珍しくことじゃなかったのだが、家の庭が荒らされてから警戒してこんな不用心なことはしなくなった。

 だからだろう、その時の俺は何か武器になるものを探した。確か、笠立に金属バットがあったからそれを持って行ったんだったと思う。念のため、アレックスのリードを外して一緒に家の中に入った、中には人の気配がした。台所の方からだった。

 向かうとそこにはやはり人影が見えた。俺は便所の扉を少し開けてしばらくの間息を潜めていた、家を出るときに必ずここは通らないといけない、そこを狙ってやろうと思った。アレックスも俺の傍で座っていた。番犬として全く機能していないことに若干呆れながらもこの場で静かにしてくれるアレックスを抱きしめながら奴がここを通るのを待った。多分時間にするとほんとのしばらくの間だった、とても長い時間待っていたように感じたのは、きっと俺が恐れていたからだろう。

 それでも時は流れるので、地獄のような時間が過ぎると用を終わらせたのか奴は玄関に向かって行った。後ろ姿を捉えた俺は奴に早足で近づいた。

 そして、バットを振り下ろした。その瞬間気づいた、庭荒らしだと思っていた人が、今まさに俺にバットを振り下ろされそうになっている人が、いつも挨拶してくれるお隣さんだったことに。

 アレックスは番犬として機能しなかったのではなく、する必要がなかった。よくうちに来るお隣さんに吠えるはずがない。

 気づいた時にはもう遅かった恐怖は人を狂わせる、バットを人に振るなんて考えたこともなかった人間が、今まさに、最大限の力で振るっている。

 どうしようもない状況に俺は目を閉じた。そして次の瞬間に吹き飛ばされた。アレックスが俺に体当たりをしたのだ。その後アレックスは飛びつかんという勢いでお隣さんに吠えた、彼はびっくりして家を出て行った。結構鈍い音を立てて倒れこんだのだが、アレックスに意識が向いていたらしく、俺のことは気づかなかったらしい。

 俺は耐えきれず、この場を後にした。その後のことはよく覚えていないが、俺のやったことが誰かの口から話されることはなかった。

 あの瞬間に感じた感情は今も忘れられない。自分が怖い、他でもない自分自身の事なのにこんなにも怖いことがあるのか。アレックスがいなかったら確実に殺していた。そうなるぐらい全力で力を入れたのは自分だし、絶好のチャンスのため隠れていたのも自分だ。もし犯人、庭を荒らした奴だったとしてもアレは度が過ぎていた。警察やじいちゃんなり呼ぶとか他にも手はあったはずだ。それにもかかわらず、俺は……。

 そのあとはただいたずらに時がたつのを待っていた。あとから聞いた話によるとこの日もまたいらずらがあったらしい。リビングの机に手紙が置いてあったらしく、内容は悪口。詳細は省略させてもらうがとにかく家族、と言っても俺ととうちゃん、じいちゃんの三人の事だが、かなり達筆な字で悪く書いてあった。俺はシンプルに不快な内容だったが前回みたいな直接的な被害が出ていなかったのであまり重くは受け止めていなかった。というか、そんな子供のいたずらみたいなものに目を向ける余裕は微塵もなかった。

 それよりも、個人的にはねいちゃんの反応が気になった。庭の件の時に異様なくらい冷静だったのに今回は絶望した顔でどうして、と呟いていた。父ちゃんが一応警察に届けたが被害もないし今までと何か変化することもないだろうと言いていたし、俺もそう思った、実際これといった変化はなかった。言ってもどうしようもないことだからと、じいちゃんばあちゃんにはこのことは話さなかった。今回はそうした形で収束した。


 そして三日後、俺たちはアレックスを死体で発見することとなる。正しく言えば、俺自身は発見していないし、見ていない。見たのは父ちゃんが庭に掘った墓穴、その中にアレックスが眠ったときの横顔だけだった。

 その日は昨日から姿を見かけないアレックスをみんなで探していた。でも結局、遅くになっても見つからなくて、仕方なしに姉ちゃんと帰っているところに父ちゃんと鉢合わせた。何か大きな包みを両手で大事そうに抱えていた。俺がアレックス見つかったか聞くと苦しそうにしていた。父ちゃんの様子に俺達は何も言い出せなくなり誰一人言葉を発さない帰路となった。

 家に着くと父ちゃんはじいちゃんに何かを話していた、きっとアレックスについてだろう。その後、二人で庭に向かって行った。アレックスについて切り出すことができなかったのだろう、だから俺達には何も言わずに庭に向かった。

 この時、姉ちゃんは何かを察していた。俺に向かってしきりに大丈夫だから、と伝えてきた。意味も解らず無視していたが、姉ちゃんは何か知っていたのだろうか。

 リビングでごろごろしていた俺らを父ちゃんが呼んだ。何かと思い向かうと、庭に大きな穴が開いていた。弔ってやれ、誰が発した言葉なのかは覚えていないがそう聞こえた。そして俺は、穴の中にいるアレックスに気づいた。そして父ちゃんたちが中に土を入れ始めた。何をしているのか分からなかった。父ちゃんの肩を掴み、何か言おうとするが何も出てこない。何となく、ほんと何となくだったが何故かアレックスが息をしていないのはわかっていた。だから、声にならない何かを発することと涙を流すことしかできなかった。


 この夜、布団にくるまりながら考えた。なぜ、どうしてアレックスが死んでいたのかを。あんなに聡明な犬のことだ、そんな簡単にコロッと行くなんて考えにくい。何かあったに違いない、でも一体何が。

 思い浮かぶのは三日前の事、思い出したくもない事、バットを振り下ろした事、アレックスに助けられた事、今思えばおかしな事、なぜかあの場にいたあの人の事…。


 翌日のお昼頃、俺は家一つも挟まずに存在しているあの家に向かった。

 もう話すのも疲れた……だからみんなには悪いが結論から言ってしまおう。向かった先で目的の人物は首を吊って死んでいた。

 何故かはわからない、俺は急いで警察に通報した。こういう場合、後から聞いた話なんだけれど、と補足を入れるのが定番だが、生憎俺が分かっていることはこれだけだ。

 唯一分かることは犯人だと思っていた人物が死んだ、謎が謎を呼んだみたいだった。あの場にいたのがこんなしがない餓鬼じゃなくてコナン君みたいな名探偵だったらビシッと解決したかもしれないけど、死体を発見したのはタダの餓鬼に過ぎなかった。親に訊いても答えてくれない、多分警察は自殺として処理したんだろう。


 まあ、何はともあれ俺の話はこれで終わりだよ。上げ過ぎず下げ過ぎず、トップバッターの話としてはちょうどよかったんじゃないかな。まさか君たちと実際会ってこんな話ができるとは思わ無かったよ。

 じゃあ、次の人に回すね。

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