第22話 魔絶者

 46階層。

 そこで新たに遭遇したモンスター、それは———



「おーおー、これまた有名なやつが来たな。」



 人型のそれは、顔があかく、鬼のように険しい上に、やたらと鼻が高い。修行僧のような薄汚れた布切れを身に纏い、背中には大きな漆黒の翼が1対。



「天狗様がいらっしゃったか。」



 そう、天狗であった。

 空中から飛んでくるそいつは、どうやらスピードタイプのモンスターのようで、これまでで最も速い速度で悟へ迫ってくる。

 が。



「そしたら、丁重にもてなしてあげないとなあ。」

 


 などと言いつつ悟はスキルを使用し、余裕を持って天狗を魔絶刀で一刀両断する。

 41階層〜45階層に3ヶ月以上も滞在し、その間大量のモンスターを狩って喰らい続けた悟の速度の方が圧倒的に上であった。



「速度も上。攻撃力も問題なし、か。………ならば一気に行こうじゃないか。」



 これまで3ヶ月強、先に進むことができずにいた悟は、無意識のうちに溜まっていたフラストレーションを発散するかのように、駆け出すのだった。










---------------------▽---------------------











 10日後。

 悟は50階層のボス部屋へと到達。

 現れたボスモンスターは4対の漆黒の翼を持つ八翼天狗であった。

 体感的に通常の天狗の1.5倍程速かったが、悟の速度域の方が上であった。よって魔絶刀で瞬殺である。



 その後、50階層ということでこの迷宮で2体目の中ボスが現れた。

 そいつは大型バスほどの大きさで、猿の顔に狸の胴体、虎の手足に尻尾は蛇。

 ぬえである。



「………でかいな。しかも速くて強そうだな。」

 


 悟の第一印象はそんなものであった。

 そして実際にそれは間違いではない。鵺は悟を認識した途端、耳をつん裂くような咆哮を上げ、先ほどの八翼天狗よりも断然速く、無秩序な機動で襲いくる。手足は虎であるため、一般人が攻撃を喰らえば全身が霧散してしまう程の威力がある。そんな攻撃を鵺は初っしょっぱなからかませてくる。



 対する悟は、何となく鵺がかなりの速さだろうなと思っていたため、それほど驚くこともなく既に入っていた最遅世界から鵺の動きを見定める。



 見るは1→950の世界から。

 そこは動くものは緩やかに動く自分と鵺だけの、孤独な世界であった。



(ああ、見えるな。問題ない。俺もあいつも遅い。ならば至近から攻撃をかわし、逆にこちらの攻撃を当てさえすれば—————————)



 ほぼ互角の速度域。

 ならば勝つ意思の強い方が勝つのは必然。

 であれば攻撃が相手に当たるのは、悟の方に他ならない。

 鵺の前足を斜め前方に飛んでかわす。

 その手には3メートルほどの魔絶刀。

 軽く一閃。

 斬った時の感触はつるり、という擬音が1番近いだろう。



「まあ勝ち確だわな。」



 首が滑り落ちた鵺は、ただの一度も役目を全うすることなく全ての生命活動を終えた。

 


「にしてもこの純魔力兵装、攻撃力が恐ろしいほどある上に、凡庸性も高い。しばらくはこれだけでやっていけそうだな。

 何というか、魔力で敵を断絶する?もしくは敵の魔を絶つ?そんな感じなんだよな。……魔絶まだつ。………うん、普通にかっこいいよな。……そして魔絶を使う俺はさしずめ魔絶者まだつものってか?………悪くない。非常に悪くないぞ。……ははっ、いかんな」



 佐藤悟32才。

 ネット小説の中でもファンタジー小説を読むことを長年の趣味としている彼は、当然のごとく中二病に感染している。(軽度ではあるのだが。)

 そんな奴が完全にファンタジー、しかもユニークっぽいプレイヤースキルと称号を、自称とは言え手に入れてしまったらどうなるか?



「ははっ、やばい、狩りに出たくなってきたぞ〜」



 まあ、とりあえず飽きるまで使い倒したくなるだろう。おそらく悟と似たような奴はほとんど。




 そしてそれを使い倒すということは、だ。

 まあ、悟の怒涛の進撃が始まることは想像に難くないだろう。











---------------------▽---------------------









「うーん、張り切りすぎたな。いつの間にかえらい進んでんぞ。」



 なんとなんと2週間後。

 当然スキルも使いながらであるため、悟の体感では恐ろしい程に時が経過している。

 しかし、度重なる長時間にわたる戦闘のせいで、戦闘に関する時間の概念がすでにバグっている悟は、これだけの時間をかけて、ようやく魔絶に一区切りつけることができたようだ。



 現在の階層は71階層。

 大きくなり続ける階層と、増え続ける敵を相手にしているにも関わらず、2週間で脅威の20階層攻略。

 この凄まじいペースでの攻略には、大きく4つの原因がある。



 ①無睡眠

 ②必要最低限の食事

 ③ガシャドクロわざと断末魔

 ④魔絶一撃必殺



 まあ、①は悟が安全地帯を出てからはずっとなのでこれまでと一緒なのだが。

 ②についてももちろん大幅な時間短縮になるのだが、狂気の③、④無限ループが攻略時間短縮に大きく貢献したことを忘れてはならない。というか、おそらくガシャドクロは、プレイヤーに忌避される存在としてつくられたと思われる。それを悟は便利に使いすぎである。



 51階層から70階層までを一言で振り返ると、


「海」


この一言に尽きる。足を踏み入れた51階層は、50階層までにあった古風の建造物が同じように点在しているが、その半分は澄んだ淡い青の海の中に存在している。

 では、悟も海の中の探索と戦闘を強いられていたかというと、そうではない。

 面積比で海と陸地(海岸の岩肌がそのまま地面として出ているような所)が1対1ほどで存在していて、陸地は途切れ途切れになっているものの、それほど遠くない位置に必ず次の陸地が存在している。

 さらに、既に悟の身体能力は、自身が海面を走ることを可能としていた。ただ、水の上は走れないという既存常識があったため、悟がそのことに気付いたのは53階層でモンスターと遭遇した際に偶然であったのだが。

 まあ何にせよ、それによりおそらく75階層までは同じように続くと思われる海の階層にて、悟は何の気兼ねもなく水上で戦うことができるようになったのだった。



 出てきた新モンスターについては、51階層からは、上半身がサンゴのツノを持つ鹿、下半身が魚の海鹿という体長3メートルほどのモンスターであった。

 海面から突如飛び出してきて悟を襲おうとするが、悟の魔絶刀まだつかたなにて綺麗に上半身と下半身を切断され撃沈。

 55階層で出てきた体長5メートルほどの海ヘラジカも同様に撃沈。

 悟は次の階層へ進む。

 


 56階層で悟を新たに出迎えたモンスターは、海和尚うみおしょうと呼ばれる体調2.5メートル程の、頭部に醜悪な人面があり、頭部以外は全て亀のモンスターであった。

 エンカウントすると叫び声を上げ辺りの水を大量に巻き上げ竜巻を起こし攻撃しようとしてくるが、そうと分かっていれば怖いことなど何もない。

 最初の海和尚こそ少し苦戦したものの、それ以降は海和尚が何かする前に首を切断。首を甲羅の中にしまおうとしても魔絶刀で甲羅ごと切断。

 60階層で出てきたボスの、海ベテラン和尚とも言うべき甲羅と醜悪な顔面をさらに年季が入った感じにしたモンスターでもそれは同じであった。



 61階層で初めて出現したモンスターは半魚人と呼ばれるモンスターであった。

 半魚人とはいうものの、人間の部分は手、脚、口ぐらいであり、それ以外は魚の体長1.5メートル程のモンスターであったため、容姿は人間のものとはかけ離れていた。そのため、悟が倒すことに忌避感を感じるようなことはなかった。

 このモンスターはどうやらスピード特化のようで、水中から矢のような速さで飛び出し悟を襲撃してきたが、スピードは悟と互角程度。

 ならば知覚速度で大きく勝る悟が負ける道理はなく、魔絶刀でその体を一刀両断し、撃墜した。

 65階層では、ボスとして何やら強そうな武器を手にした、半魚武人とでも言うべき敵が襲いかかってきたが、これも楽々一刀両断。

 先へと進む。

 



 66階層では、新たに海の中に沈んだ寺院からごく普通の僧侶のような男が現れた。

 一瞬呆気に取られた悟であったが、大方モンスターが化けているんだろうなと考え至ると冷静さを取り戻し、少し男を待ってみる。



「………………………………………。」



「………………………………………。」



 距離3メートルほどにて相対する両者。



「…………………………………し、」



「し?」



「四手八足両眼天に指すは如何?」



「え?何て?」



 かなりの早口で悟に向けて何か言葉を発する男と、訳がわからず疑問を口にする悟。



「キイイィィィィェェェェェエエエエエエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!!!!!」



「うおっ!!何だこいつ!」



 悟の返答が不服だったのか、突然奇声をあげ、何やら巨大なモンスターへと姿を変えていく男と、何かあるとは分かっていたが、それでも驚いてしまう悟。



「何だこれ?蟹か?固そうだけど斬れるか?」



スパッ!



「あ、普通に斬れた……。」



「ギィィィェェェ…………。」



 そして、巨大な茶色のカニのようなモンスターへと姿を変えた男であったが、結局は悟に切断され、地にした。



「うーん、よく分からんやつだったな。まあ何かしらの妖怪なんだとは思うけど、分からないんだよなぁ。」



 悟は知らないが、このモンスターは蟹坊主と呼ばれるモンスターである。どの個体も最初になぞなぞを出し、正解でなければ巨大な蟹へと姿を変え、襲いかかってきて、撃沈する。ここまでが一つのパターンであった。

 で、正解を答えた場合であるが………



「4つの手に8本の足、両眼とも上を向いているのは………ああ、そうか!蟹だ!」



「ギィィィェェェ…………。」



「え?嘘でしょ、死んだ?」



 奇声をあげ、人間の姿を保てなくなったのか蟹の姿に戻り、そのままひっくり返り、死んでしまう。



「いやまじかよ。ここに来てとんでもないネタ枠のモンスターが来たな。2文字喋っただけで倒せるとか………うん、普通に楽でいいな。」



 ちなみに70階層で現れたボスの蟹坊主も同じなぞなぞを出してたので、悟が「カニ」と答えたところ、普通に死んでしまった。

 ネタに始まりネタに終わるモンスター。才持がなぜこんなモンスターを70階層という高階層で配置したのか謎ではあるが、とにかくそんな感じのモンスターであった。





 そして、ようやく魔絶に満足した悟がやってきた71階層にいる新モンスターは………………



「いやあ、デカすぎ問題発生ですねぇ。」



 おそらく50メートルほどと、都会の高層ビル程の身長を持ち、悟を見下ろすように上半身を一気に海面から出現させたモンスター、海坊主である。

 まるで超大型○人のような身長だが細身ではなく、相撲取りのような体型で、とんでもないパワーを兼ね備えていることが予想される。まず間違いなく攻撃が直撃すればタダでは済まないだろう。



 そんなサイズの海坊主に対して悟は。

 最早ここに至るまでに、使いに使い倒してきた魔絶刀をつくりだしていく。

 が、当然通常のサイズでは終わらない。

 悟の総魔力量の8割近くを体から引き出し、刀身が5メートルほどになるまで刀を魔力で練り上げる。

 


 悟はそれを持ってまだ100メートルほど距離が離れている海坊主の元へ駆け出す。

 滑るように水面を走り、途中、海鹿や半魚人もいたが、軽く刀を振るうだけでその存在を抹消し、突き進む。

 そして残り20メートルほどのところで跳躍。

 これは悟自身も、ここまで理想通りの軌道で跳べたのかと自分にびっくりするほど完璧な跳躍で海坊主の首へと迫る。

 そして横に5回転しつつ斬撃を浴びせる。

 ほとんど抵抗もなく刀は海坊主の首を通過する。海坊主の首全てを斬り切ることは出来なかったが、それでもほとんど全て切断できた。

 結果、海坊主は何もすることなく撃沈する。

 今まで触れてこなかったが、魔絶刀の魔力は再び体に戻すことができるというかなりのチート性能であるため、悟としては、ほとんど消耗することなく海坊主を倒したことになる。



「………ふぅ。ははっ、これだけでかい敵を倒しても全く疲れてないんだよなぁ。使ってる俺が言うのも何だけど、魔絶、チート過ぎだろ。…………いやまあ、これからも使うし、進めるからには進むんだけどな。」

 



 それから3週間後には、悟はこれまでインベントリに収納し続けていた、食用モンスター肉を全て食べた尽くした上で75階層最奥の広場にたどり着く。(まあ、広場と言っても海の階層であるため、天然の巨大円形プールのようになっているが。)



 特に苦戦することなくたどり着いた悟であったが、流石に相手にするモンスターの数が多すぎて、スキル使用時の魔力消耗や精神的な消耗がかなり大きくなってきたなと感じている。



 そのため、小一時間ほど広場の前で休養を挟んでから、悟は広場へと入っていった。

 


 そこで出てきたのは、海坊主をそのまま2倍のサイズにしたようなモンスターであり、高さ100メートルほどの、海巨人とでも言うべき存在であった。



「いやぁ、デカすぎなんてもんじゃないねぇ、これは。それに君、76階層からはわんさか出てくるんでしょ?冗談きついねぇ。」



 敵の常識はずれの大きさに、思わず呆れと嫌悪感を出してしまう悟だった。

 無理もないだろう。未だかつて、人類が一対一でこんな化け物と戦ったことなど、皆無なのだから。

 ただ、悟は別にそこまでひどく悲観しているわけではなかった。



「グウウウウウゥゥゥゥゥォォォォォオオオオオオ゛オ゛オ゛!!!!」



「うるさ。」



 広場に地鳴りのような叫びが響き渡る中、最早「はいはいそうですか、うるさいですね」と呆れしかない悟は駆け出す。

 手には8メートルサイズの魔絶刀が握られており、海坊主の足元にたどり着くと、海面から出ている右脚のすねに刀を根元まで突き込む。刀の先端は、海巨人の脛の中心まで到達したぐらいだろうか。

 やはり刀には何の抵抗も感じないため、悟は刀を突き刺したまま、脛の周りを一回転する。その後刀を解除し、魔絶ハンマーを生成、斬った部分の少し下をぶっ叩き、弾き飛ばす。

 すると片方の支えを失った海巨人は絶叫しながら倒れ込んでくるのだが……………



「待ってました〜。いらっしゃ〜い。」



 この場面で海巨人に脅威をほとんど感じていない悟は、落ちてくる海巨人の首を刀で斬り裂く。

 斬った後、水面に叩きつけられ、盛大に水飛沫を上げながらバウンドする首を反対側からもう一閃。

 今度こそ、完全に海坊主の首を切断した。



「まあ、一対一ならこんなでかいだけのやつに負けんわな。」



 悟は未だ降り注ぐ水飛沫を浴びながらそう呟く。



 本来、この海巨人を倒すには当然大勢のプレイヤーが必要であり、それでもなお大苦戦し、なんとか勝ちを拾うことができるような存在である。

 それは、海巨人が魔法、物理耐性共にかなり高い上に、動きもこの迷宮の60〜65階層のモンスターである半魚人に少し劣るくらいには俊敏で、全ての攻撃が一撃必殺の威力を持っているからである。



 悟がそんな海巨人に対して楽に勝てたのは、一つは海巨人の速さと攻撃威力は、悟の身体能力とスキルの方が優っているからである。

 もう一つは、魔絶のチート具合によるものだ。悟は海巨人が防御が固いなんてことに、気づいてすらいない。

 なぜなら魔絶刀は、いとも簡単に海巨人の防御を貫いてしまうからだ。



 では、なぜ魔絶刀は海巨人の防御を簡単に突破できるのか?

 モンスターとプレイヤーの魔力は当然大きく異なっている。魔絶は、魔力生命体であるモンスターの魔力間に、悟の魔力の結晶である魔絶武器を割り込ませ、修復不可能な断裂をつくりだしているのだ。例えるなら、人間が超高温の鉄板に触れると大火傷するようなものであり、この時、温度差がひどければひどいほど、火傷の度合いも強くなる。

 そのため、そもそも性質が大きく違う悟の魔力の結晶が、魔力で構成された体内を通過する上に、それが超圧縮された純魔力ともなれば、モンスターが負う“火傷”は、最早修復不可能なものとなるのだ。



 長くなったが、悟はこの魔絶を見つけた際に調子に乗りまくっていたが、それは誰も責めることなどできない、正真正銘の偉業であったのだ。



 魔絶者、悟。

 100迷宮75階層のボスですら全く相手にならない程の攻撃力を持つ男は、今日も人知れず迷宮を進む。

 最早迷宮クリア秒読みのような状況のように思えるが、なにも超強力な攻撃手段さえあればクリアできるほど、100迷宮は甘くない。

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