第21話 1つ上へ

 それは悟が、4度の周回を終え、41階層へ向かう途中、43階層でのひらめきであった。



(………そうだ、そうじゃないか。発想の転換って言っても、漠然と考える必要なんか無いじゃないか。

 数学とか物理化学なんかと同じで、与えられた条件から考えればいいだけの話なんだよ。


 …今、俺自身を強化するっつっても、身体能力、スキル、魔力の大きく3つしかない。このうち、身体能力は現在進行形で強化し続けているからとりあえず置いといて、スキルもヌリカベ相手には関係ない。となると、自然と魔力に関する発想の転換ってことになる。


 魔力に関する発想の転換。

 違うな、もっと絞っていい。

 俺の魔力による攻撃に関する発想の転換。

 俺にとって、魔力で攻撃するとは?

 それはまあ、魔法が使えない今、純粋な魔力を武器に纏わせ圧縮、纏わせ圧縮。それを繰り返して物理攻撃の威力を上げるってことだな。

 つまり、ここの発想を変えるということだ。


…いや、え?この発想って、これまで読んだネット小説で共通してた内容なんだけど?ここ、ほんとに改良できるのか?

…ああ、なるほど。確かによく考えもせずに凝り固まっているな。ってことは改良の余地あり、だな。)



「純魔力を武器に纏わせ圧縮、纏わせ圧縮、これを高速で繰り返して攻撃の威力と鋭さを上げる。で、攻撃。」



スパッ!



「ギョェェェ……」



「うーん、やっぱ間違ってはないんだよな。実際に切れ味は上がってるしな。」



 悟は、周辺にリポップして沸いていたモンスターに対して、自らの攻撃方法について確かめながら攻撃していく。



 人間、凝り固まった考えはなかなか変わらない。

 悟もそれは同じで、果たして本当に改良の余地などあるのかと悩み始めた頃、考え事をしていたせいか、蒼鉄鼠の頭部と体の分離に失敗してしまう。硬い体に直撃した刀はパッキリと2つに折れてしまった。

 まあ、その後すぐに別の刀を召喚したため、無傷で蒼鉄鼠を倒すことはできたのだが。



「チッ、まだ50階層以上残ってるのに武器の損耗が激しすぎるな。これはもしかしたらこの迷宮をクリアする前に一度安全地帯に戻る必要があるのかもしれないな。はあ、面倒だな。……………ん?いや待て、何で折れる?いや、そうじゃない。そもそも魔力を纏わせて攻撃の威力を上げるってどういうことだ?」



 その後、武器の損耗の激しさを嘆いていた悟であったが、ここで、よく分からないことに気づく。

 それすなわち、“魔力を武器に纏わせ攻撃の威力を上げるとはどういうことなのか?”ということだ。

 簡単に理由を説明しようと思えば、悟が、魔力を武器に纏わせると攻撃力が上がる、と認識していたため、魔力が悟の認識(意志)に呼応したからだと言える。

 だが、実際にどのようなメカニズムで魔力は攻撃力を上げているのか?

 そこまで考えたことは悟にはなく、何となくここに現状の打開策がある気がした悟は、深く、思考を巡らせる。



(俺はいつも魔力を武器に纏わせて攻撃している。


 それは、武器は自分の体の延長線上にあり、武器の形という補助を利用して、体外に魔力を展開することができるからだ。


 しかし、魔力を武器に浸透させることはできない。


 なぜなら、武器に魔力を浸透させるには、武器を自分の体の一部と考える必要があるが、俺には、どうしても血肉の通わない武器を、自分の体の一部と考えることができなかったからだ。

 

 つまり、今、俺の攻撃は、外側の魔力の層とその内側の武器の2段構成になっているんだ。


 そして、魔力を纏うことで攻撃力が上がるということは、だ。

 結局のところ武器に纏わせた魔力の層の攻撃力の方が、武器より高いということだ。

 だから、魔力の層では傷つけられないモンスターに当たった時、中の武器で攻撃しようとしても効かず、すぐに壊れてしまうんじゃないか?

 と、いうことはだ、つまり…………)



「ははっ、武器なんていらないじゃないか。というか、ははっ、俺って実質中が空洞の極薄の膜みたいな武器使ってたことになんのか。馬鹿馬鹿しいことこの上ないな。」



 悟は気づく。自分の攻撃手段が、何とも笑えることになっていたということに。

 思わず漏れてしまった笑いは、しばらく止めることが出来なかった。しかし、ひとしきり笑った後、悟は切り替えて前を向く。



「でも、滑稽でも全部が全部無駄だった訳じゃないはずだ。………試してみるか。」



 カッパと遭遇した悟は、いつものように武器など持たず接近していく。

 そして攻撃をかわし、頭の皿を破壊しに行くのだが、いつもと違い、スキルを全力で使用しながら攻撃モーションに入る。



(もう既に何万回と魔力を纏わせハンマーを振ってきたんだ。今なら、武器などなくても出せるはずだ。——————ふっ!)



 悟はハンマーを持たずに、いつものように魔力を展開しようと試みる。結果、——————————魔力の展開に成功する。

 いつもと何一つ変わらぬハンマーを包む形で展開される魔力。

 これまでの膨大な試行回数が、悟にそれを可能とさせたのだ。

 悟はその成功に喜びつつも、すぐに気を引き締め直して次の段階に入る。



(よし、いつもと違って内部には何もないんだ。なら、いけるはず。……………っし!やっぱいけたな!後はいつも通りだ。)



 魔力を展開→圧縮を繰り返し、ハンマーを大きくしていく。そしてできたのは、いつもの100倍ほど魔力を展開して作ったが、いつもより100倍細い無色透明なハンマー。今にでもぽっきりと折れてしまいそうなハンマーだが、悟は構わずカッパにそれを叩きつける。その結果は————————————



「うおっ!………予想以上じゃないか。全く手応えがなかったぞ。というか、やり過ぎだな。砕け散ってやがる。………おっと、丁度いい。次はあいつで試してみるか。」


 まるで豆腐を床に投げつけたような惨状が広がった。これまでのやり方では絶対にこうはならない。

 流石に少しやり過ぎてしまったなと思っていた悟であったが、再び蒼鉄鼠を発見し、今度は極薄の刀でわざと体部分を狙って斬りつける。

 接触。

 何の抵抗もなく刀が進む。

 瞬く間に刀が蒼鉄鼠を通り過ぎる。

 蒼鉄鼠は自分が攻撃されたことを感知することすらできなかったのだろう。

 そのまま迫って来ようとするが、上下に分離してしまい、そのまま命を落とした。



「………何というか、うん、出来過ぎなくらい強化されたな。そして恐ろしいことにまだまだ強化出来そうなんだよな………早速ヌリカベ相手に試したいとこだが………どうせなら41階層から行きますか。」



 そう言って悟は、最早通い慣れた41階層へと進む。その足取りはこれまでのどの帰り道より軽く、停滞した状況を打破したことが如実に表れていた。










---------------------▽---------------------






 それから1週間後。

 悟は、もろもろの準備を済ませた状態で、45階層最奥の広場にたどり着いた。

 そしてヌリカベのボスが出現する。

 見た目は通常のヌリカベとほぼ変わらず、変わったのはその厚さである。

 通常のヌリカベが縦3メートル、横2メートル、そして厚さ0.5メートルなのに対して、今相対するヌリカベは縦3メートル、横2メートル、そして厚さ1.5メートルである。つまり、厚さが3倍もあり、厚ヌリカベとでも言うべきモンスターである。

 


 最早壁というよりは、攻撃など一切捨てた巨大な直方体状の絶対防御モンスターと化したモンスターに対して、悟は臆することなく突撃する。

 時間をかけ、従来の武器のサイズの2倍ほどにまで魔力を展開、圧縮してつくり上げた刀。

 現在の悟の魔力量の、実に3割が持っていかれた。普段の戦闘でも使えるのはこれぐらいが限界だろう。

 それを、厚ヌリカベの直前で突撃を止め、両足で踏ん張り、運動エネルギーを下半身から上半身へ余すことなく移し、一閃。

 終始滑らかに、まるで包丁でハムでも切っているような手応えを感じながらの一斬りであった。



「……………………………………………………。」



「……………………………………………………。」



「……カ、……」



「か?」



「カ〜〜〜べ〜〜………」



「だろうね、うん。お前以外も全員そんな感じだったしな。」



 やはりどこかコミカルな倒れ方をしていく厚ヌリカベ。まあ、何はともあれ、こうして3ヶ月以上にも及んだヌリカベ攻略は完了し、46階層への道が開かれるのであった。



 と、いつもなら悟はそのまま次の階層へと進んでいくのだが、なぜか今回、来た道へと引き返していく悟。

 広場の入り口へと向かうのだが、そこには広場をのぞくようにして立っている壁が20程ある。

 


「よう、終わったぞ。」



「「「…………………」」」



「俺は進むけど、お前たちも来るか?」



「「「……カ〜べ………」」」

 


「そうか、来ないか。いや、まあ、そりゃそうだろうけどな。………じゃあ、仕方が無い、ここでさよさら、だ。」



「「「……………………カベ……」」」



「お前たちといるのは、楽しかったぞ。何でかは知らんが、お前たちと意思疎通できたしな。まあ、超天才の単なる遊び心のような気をするけどな。まあとにかく、今や階層のモンスター絶対に一度は根こそぎ倒すマンとなってしまったこの俺が倒さなかったんだ。元気で暮らせよ〜。」



「「「……………………カベ。」」」



「おいおい、元気出せって!もしかしたら、ほぼ無いとは思うけど、また会いに来るかも知れないしよ!」



「「「………………カ、」」」



「か?」



「「「カベーーーー!!!!」」」



「うおっ!そりゃ元気出し過ぎだって。めっちゃ地面が揺れてんぞ。ははっ、まあいいや、じゃあな!」



「「「カベーーーー!!!!」」」



 何故か盛大な見送りを背に受けながら駆け出す悟。

 本当に何故だろうか、広場の手前にいつもいた20体程のヌリカベ達はどこか他とは違うなと感じ、適当に話しかけて見たところまさかの返答があった。

 そこから両者は、よく分からない親交を深めていったのだ。

 しかし、両者はモンスターとプレイヤー。

 そこには絶対に超えられない一線があり、どうやらヌリカベ達は45階層からは出ることができないようで、ここでお別れとなる。



 まあそれは置いといて、悟は自分の中の壁を見事に超え46階層への扉をくぐる。



 今回悟が編み出した攻撃方法は、使い手によっては実に強力なものとなり、また防御への活用もできるため、後に魔絶まだつと呼ばれ、広くつかわれることとなる。

 

 

 そんなことは全く知るはずもない悟は、この階層での成長と魔絶とが合わさって、これから怒涛の快進撃を開始することになる。

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