第20話 壁①
悟が25階層で野槌を倒してからおよそ2ヶ月後。
現在、悟は41階層にいた。
25階層を超え、難易度が1ランク上がった迷宮を2ヶ月で15階層。
これを速いと見るか、遅いと見るかは人それぞれである。
しかし、ここまで悟は、強くなり数も増した敵を相手に、ろくな怪我も負わずにたどり着いたのであった。
「っち、やっぱりここも山霧の階層かよ。足場悪いし、普通に見えづらいんだよ。」
26階層に入った悟は、まず階層の環境変化に気づく。古い建物群は消え、26階層に存在しているのは、所々不気味に存在する傾いた鳥居のみである。
周りは鬱蒼とした木々が囲んでおり、その中に、上へと続く大きなあぜ道があり、木々の向こうへと曲がりながら伸びている。
またもう一つ大きな要素として、白い霧に辺り全体が覆われていた。濃すぎるという訳ではないのだが、20メートル先は全く見えない。
そのため、白い霧に覆われ、見通しが悪く、また山道を登っていく必要がありそうなので、悟は適当に山霧のエリアと呼ぶことにしたのだ。
そして、新しく出現したモンスターであるが、まず、第26階層では、体長3メートルほどの巨大な蜘蛛のモンスターである土蜘蛛が出てきた。
巨大でパワーもあるが、動きも早く、糸を使った立体機動での戦闘を展開してきた。
対して悟は、自身もスキルを使いながら相手の糸を逆利用し、立体機動。刀で土蜘蛛の頭部を切り落とすというパターンを見い出し、見事土蜘蛛を撃破してきた。
尚、最奥の広場のボスはこれまでのボスの在り方とは反対に、1メートルほどに縮み、かなりの高速で移動するチビ蜘蛛であった。
これに対しても、成長を続けている悟は、ぎりぎりのところでその速度を凌駕することができていたため、通常の土蜘蛛と同じように討伐することができたのだった。
全くの余談であるが、悟はこの土蜘蛛をしっかり焼いて食べきっている。蜘蛛など絶対に食べたくないはずの悟であるが、全ては現実世界への帰還のため。そして鋼の意志で、涙目になりながらも食べきったのだ。
31階層から新たに出現したモンスターは、何と山姥であった。
悟にとって朗報なのは、山姥の容姿があまりにも人間とかけ離れていたことだ。背丈は1メートル程であり、髪は真っ白で長く、ボサボサ。大きな眼は全てが黒く、耳付近まで裂けた口と、これでもかというほどしわくちゃな顔や体。爪は長く50センチ程の長さがあるモンスターであった。
その戦闘スタイルはスピード特化のザ・奇襲スタイル。そして、決して単独で襲ってくることはせず、他のモンスターとの戦闘中に奇襲してきたり、複数の山姥で連携して襲ってきたりした。
チビ蜘蛛や山姥など、強力な奇襲者に対して悟はどのように対応したのか?それは常にスキルを発動して周囲の状況を伺い、回避できる時は回避。できない時は盾や大楯を召喚してその攻撃を阻み反撃するより他に無かった。
またこの他にもカッパやガシャドクロなどのモンスターも出てくるため、この階層辺りからどうしても一人で多数のモンスターを相手にするのに限界が出てきた。
これまでのようなスピードで階層攻略を進めることが出来ず、おそらくモンスターのリポップがあったのだろう。悟が1つの階層を抜けるまでに倒すモンスターの数が、これまでの増え方から予想される数の、1.5倍程となっていた。
だが、階層を進み、モンスターを倒せば倒す程、悟は成長していく。そうして両奇襲者から、そこまで危険を感じなくなった頃、悟は無事35階層最奥まで到達した。
そこで現れたボスモンスターは、山姥をさらにこれでもかと言うほどしわくちゃにした老山姥とでも言うべき敵であった。そのスピードは、成長を続けていた悟を、わずかに上回るものであったが、1対1であれば、「加速」のスキルを有する悟の敵ではない。遅い世界の中で十分に狙いをつけた槍を力一杯投擲し、老山姥が串刺しになったところで、距離を詰めた悟が刀を一閃。無事、35階層を突破することができたのだった。
36階層から新たに出現したモンスターは
元々ある恨みを残して死んだ人間が妖怪へと変化した姿であるためか、少しその頭部に人間の顔感が感じられないこともないが、ほぼほぼ鼠であるため、悟は気にすることなく闘うことができた。
そして鉄鼠の戦闘スタイルであるが、体の重さゆえに早く動けないこともあってか、基本は後ろ足だけで立って正対し、攻撃をその頑強な体で受け止めつつ、相手に噛みつこうとしてくる重戦士のようなスタイルであった。
そんな重戦士スタイルの鉄鼠に対して悟は、試しにハンマーで全身全霊の一撃を与えてみたが、結果は惨敗。逆に魔力を纏っていたにも関わらず、ハンマーに大きなヒビを入れられ、パワー勝負は断念することになった。
では、どのようにしてこの鉄鼠を攻略するのか?それは、鉄鼠の人だった面影が微かに残る頭部と、そうじゃない体の境目。その一線を寸分違わずなぞるようにして分離するというものだった。
圧倒的速度域での認識力を持つ悟だからこそ可能な芸当であったが、とにかく悟はそれを成した。当然、スキルをかなりの深さで発動しなければならないため、瞬間的な魔力消費は増えるのだが、一振り一殺であれば、効率としてそれも悪くない。
途中、39階層で、ガシャドクロ相手にやらかしてしまい、凄まじい数のモンスターを相手に獅子奮迅の戦いを演じることとなったが、何とかそれも切り抜け、40階層の最奥まで到達した。
そこで現れたのは、体が蒼い炎で燃えている
ちなみに、25階層で中ボスとして出現した野槌であるが、何と26階層以降では1階層に1体のペースで出現してくる。
巨大で防御も硬く、凶暴な性質から、他のモンスターも相手しながら戦うのは、非常に大変なように思えるが、割と簡単な攻略法を知っている悟としては、野槌の体中央部に槍を投擲、その後ハンマーでぶっ叩いて槍を貫通させ、野槌の正中線を穿つだけの簡単な作業であるため、わりと楽に倒せるモンスターとなっている。
そして、現在の41階層に至る。
現在、出現するモンスターは、ひょろ長カッパ、大木綿、4本腕鎌鼬、強強度ガシャドクロ、パラソル先輩、野槌(1階層1体のみ)、チビ蜘蛛、老山姥、蒼鉄鼠が確定している。
かなり増えてきたものである。
しかし、現在の悟に対して、危険を感じさせるモンスターは野槌、チビ蜘蛛、老山姥ぐらいであり、他は攻撃を喰らえばダメージは受けるだろうが、よほど油断でもしなければ攻撃を食らう可能性は限りなく低い。それほどに、速度域の差というものは大きい。……まあ、本当に長い間警戒を続けている悟は異常そのものであるが。
そして、肝心のこの階層の新モンスターであるが、
ズンッ、ズンッ、ズンッ…………
そいつが霧の先から地響きのような足音を立てて現れる。そのモンスターの姿を視界に捉えた悟は、
「………参ったな。いや、この段階で出てきてくれたことに感謝すべきか。」
思わず苦笑いを浮かべてしまった。
悟の数少ない妖怪の知識の中にもあり、これまでこの迷宮を攻略してきた経験から、もしそいつが来れば自分はほぼ確実に苦労するだろうと予想していたモンスター。
それは、
ズンッ、ズンッ、ズンッ、ズンッ!
「……………………………………………」
「……………………………ふざけた顔してんな。」
「……………………………………………」
「……………………………何か言えよ。」
「………カ〜〜〜ベ〜〜〜。」
「いやほんとに話せんのかい。」
ヌリカベであった。
縦3メートル、横2メートル、そして厚さ0.5メートルほどの灰色ボディーに、申し訳程度にくっついた手足。移動も歩くのが精一杯で、攻撃など完全に捨てているようだ。
ボディーの上部には、スプレー缶のペイントで激○ち君っぽい顔が描かれている。しかしそれはただの平面であり、先程どのようにして喋ったか全くの不明である。
まあ、それは置いておいて、いつまでも睨み合っている訳にも行かないので、悟は結果は分かりきってはいるのだが、試しに一撃、ハンマーを全力で叩き込んでみる。が、
バキンッ!!
「だろうな。あの硬いの鼠でダメだった時点で察してはいたよ。」
粉々に砕け散ったのは、やはりハンマーの方であった。
「だが、これならどうだっ!」
続いて悟は、ヌリカベの弱点という可能性のある顔部分にハンマーを叩き込むが、
バキンッ!
「………カ〜〜〜ベ〜〜〜。」
「やっぱ無敵かよ。」
またもやハンマーが粉砕されるのみに終わった。
「じゃあ、意表をつくこれ。」
バキンッ!
「ちっ、やっぱ斬撃もダメなのか。」
面での攻撃がダメなら、もしかすれば線ならと考えての刀での一撃であったが、結果はやはり刀が折れただけであった。
「まあ、何となく分かってはいるんだが、面、線と来たら、最後にこれ試すしかないだろ!」
ボキッ!
「………カ〜〜〜ベ〜〜〜。」
「だろうね。うん。」
槍も折れた。
「………ははっ、本当に困ったな、これは。そしていつのまにか集まって来てるし。」
現在、魔力を纏わせた物理攻撃しか持たぬ悟は、打つ手無し、である。いや、本当にもう、全ての攻撃が効かないのだから、どうしようもないだろう。
じゃあ、こいつだけ残して先に進めばいいじゃないかと思う人も多いだろうが、それは的外れな考えである。
なぜなら、46階層へ到達するためには、今出ているヌリカベより強靭なボスを倒さねばならないからだ。そのためにも、倒せる手段を持っておく必要がある。
つまり、どうしようもない状況だが、どうにかするしかないのだ。
「はあ、いざとなれば挑む迷宮を変えればいいんだけどなぁ。でもこんな、たかが41階層なんかで断念してたら、絶対に他の迷宮でも断念してしまうだろうしな。……とりあえず、鍛えるだけ鍛えてみて、確認するしかないよなぁ………。」
そんな状況下で悟が取った行動はというと、とりあえず45階層までのヌリカベ以外のモンスター全てを倒し、力をつけてから、ヌリカベ破壊に再挑戦するというものである。
かなりの時間がかかるだろうが、悟にはそれしか思いつかなかった。
という訳で、悟はヌリカベだけを放置して、その他のモンスターを倒しつつ、階層を進んでいくのであった。
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悟が41階層に到達してから、1ヶ月が経過した。
現在悟は、45階層の最奥の広場付近まで来ていた。………実は2回目なのだが。1回目の時にヌリカベ破壊に再チャレンジしたのだが、全く傷つけることができなかったのだ。
「さて、ここまで超長かったぞ。どれくらい経ったんだ?そして、今回は行けるんだろうか?」
「「「………カ〜〜〜ベ〜〜〜。」」」
「お前らは相変わらずだな。いいのか、そんな近くにいて?今日は久しぶりに攻撃するぞ。」
言うや否や、悟は多数いるヌリカベのうちの一体に、全力を超える渾身のハンマー攻撃を加える。以前ヌリカベに与えた一撃より、格段に強くなっているはずなのだが、
バキンッ!!!
「ははっ。…………やっぱりだめかあ。」
結果は以前と変わらず。ハンマーが砕け散るのみで、ヌリカベは傷ひとつついてなかった。
「さて、どうするかねえ。」
悟は、周囲を囲むヌリカベに見守られながら上を見上げ、少しの間だけ物思いにふける。
( まあ、41〜45階層を周回するのは、現時点では悪くない効率、だと思う。ただ、後2、3回繰り返した程度じゃ全くこいつらを倒せるとは思わないんだよなあ。
それこそ後7、8回は最低でも必要な気がする。それをやってもいいんだが、何か違う気しかしないんだよなあ。それ一辺倒になってしまうのも絶対に良くないしな。
おそらく方法、つまりは発想の転換でいけそうな気がするんだけど、こればっかりは、そんな直ぐに思いつくもんでもないしな。
…とりあえず、減るものでもないし、周回しながらちょいちょい考えていくしかないな。)
「……はあ、お前たちとは、まだまだ長い付き合いになりそうだぞ。どうだ?嬉しいか?」
「「「………カ〜〜〜ベ〜〜〜。」」」
「うん、分からん。分からんがこれからもよろしくな。」
「「「………カ〜〜〜ベ〜〜〜。」」」
「ういう〜い。じゃ、またな〜。」
こうして、とりあえず今後の方針を定めた悟は、ヌリカベ達と適当にコミュニケーションを取りながら、41階層へと戻っていった。
この後、悟は今度は1ヶ月かけて2回の周回を重ねることになるが、その最中に打開策を思いつくようなことはなく、毎回試しに45階層の最奥手前でヌリカベに攻撃を加えるのだが、それでヌリカベが傷つくこともなかった。
悟がこの迷宮で最初にぶつかった壁。
それは、文字通りの“壁”であり、3ヶ月を費やして尚、超えるに至らない。
しかし、ぶつかった壁はどこか滑稽であり、悟としては手詰まり感を感じながらも、同時に成長していることも分かっているため、それほど悲観的にはなっていなかった。
そんな悟に転機が訪れるのは、4度の周回を終え、41階層へと戻る道中のことであった。
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