第19話 中ボス戦①

 扉をくぐった先。景色は変わらず、提灯が辺りを照らす中に、そいつはいた。



 体長はおよそ8メートル程で、ヘビのような細長い胴体のみのモンスター。

 その胴体や頭部は深い緑の剛毛に覆われていて、どの部分も大体直径1メートルほどの太さをしている。

 そして、そいつには手足だけでなく、目鼻もない。あるのは、頭部の先端にあるブラックホールのような巨大な口と、長く、太い胴体、それだけである。

 そう、それは時としてツチノコと同一の存在としても見られることのある妖怪、野槌のづちである。

 それがどういう訳か悟の存在を感知し、頭部を悟の方に向けつつ、長く巨大な動体をうねらせている。



「……何だこのミミズみたいなやつは?こんな妖怪いたっけか?」



 尚、悟は野槌など知らないようである。



「まあ、何がどうであれ、ここにいるなら狩るだけだ。」



 悟は、野槌と対面して、その強さを何となく理解した。

 決して敵わない相手ではないが、油断できる相手でもない。何が効くか、何をしてくるのか、全く分からないことばかりであるが、己の全てを賭して押し通るのみである。



 スキルを全開。

 1→275。

 思えば、深く、深くまできたものだ。

 悟は、着実に、確実に強くなり続けている。

 迷宮の難易度が上がるのと同時に悟も成長しているし、ここまで一人で、ほぼ無傷で来れたということは、悟の成長は、現時点では迷宮の難易度上昇に勝っていると言っていいだろう。

 ならば今回も大丈夫なはずだ。

 自信を確かに、悟は駆ける。

 圧倒的スピードで接近、そして野槌まで残り10メートル程のところで大跳躍。



 跳躍の直前、悟がちらっと野槌の様子を確認したところ、攻撃してくる様子はなかったため、悟は大胆にも遠心力を稼ぐため、前方宙返りを繰り返す。

 5回転ほどし、ジャスト野槌の頭上に到達、ハンマーを召喚し、渾身の力で振り下ろす。———が、



ズンッ!



 が、インパクトのコンマ数秒前。

 8メートルの巨体からは想像もつかないような速さで、悟の一撃を回避した。



「っ!速いっ!っまずっ!」



 そして、強靭な体を鞭のようにしならせ、悟を叩き飛ばそうとしてくる。

 悟は間一髪、大盾を召喚するが、強烈な一撃を空中で受けてしまう。



バチンッ!!



「かはっ!くっ………効いたぞ、ミミズ野郎。」



 距離にして50メートル程。

 一瞬にして弾き飛ばされた悟は、盾を持っていた左半身の痛みに耐えながら、何とか足から地面に着地し、落下ダメージを避けることに成功する。

 口を切ったのか、口の端から血を垂らしながら悟は、どう野槌と戦闘していくか考える。



 今わかっていることは、


・動きがかなり速く、力を溜めた攻撃は当たる確率が限りなく低いこと。

・逆に敵の攻撃は溜めがほぼ0でも大ダメージを受けるリスクが高いこと。

・ただ、単純な速さの比較では、決して劣っている訳ではないということ。


の、3つである。ここから悟が考える最善の戦闘スタイルは—————



「まあ、まずはちまちま削っていくしかないか。」



 と、いうことである。

 方針を決めたところで、悟は再び駆け出す。

 幸いにも、先程の攻撃で動きに支障が出るような負傷はしなかったため、通常通りの全力疾走である。

 野槌との距離を10メートルほどまで詰めた悟は、槍を召喚し3本程、立て続けに投擲する。



ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!


「ギィィィェェェェエエエエエ!!!」



 全力で放たれたそれは、野槌の回避速度を上回り、野槌の胴体に半ばほどまで突き刺さる。

 わめく野槌を横目に捉えてつつ、悟は一気に0距離まで詰め、両手に召喚済みの、魔力を最大限まで圧縮して纏わせた刀で斬撃を浴びせる。

 が、しかし、いくら野槌を斬り付けようとも、体全体を覆う剛毛に阻まれて、浅い傷しか付けられない。



 「……だったら、こうするまでだ。」 



 悟は、暴れ狂う野槌から一度距離をとり、刀をインベントリへと戻す。

 そして、正面から一直線に迫る野槌を全開のスキルをってかわし、その側面に槍を召喚し、思いっきり突き刺す。

 刺した槍はそのまま放置し、刺した反動を利用して半回転。

 裏拳のようにして、2本目の槍を突き刺す。

 さらに、その反動でもう半回転し、3本目の槍を突き刺そうとしたが、残念。野槌の体が全て通り過ぎてしまう。

 当然、野槌から発せられる感情は、激怒であり、文字通り悟を一秒でも早く殺そうと再び襲いかかってくるのだが………



「……なるほどね。気づけばそれほど相性が悪いわけでもないんだな。」



 悟はこれまでの戦闘過程から、既に勝ちへの道を見つけ出したようである。



「………行くぞ、ミミズ野郎。武器の貯蔵は十分か?ってな。」



 何百年も昔のアニメの名言を呟いた後、悟も野槌へと襲いかかる。

 野槌の、体を鞭のようにしならせて悟を狙った攻撃を悟はかがんでかわし、立ち上がりぎわに、槍を一本突き刺す。

 絶叫し、再び悟を狙う野槌の体を踏み台に、その攻撃をかわしつつ、至近距離から槍を投擲、野槌に突き刺さる。

 その後もかわして、一突き。かわして一突きを繰り返す。

 長期間安全地帯に帰らないことを覚悟していた悟は、次から次へと槍を召喚し、野槌に突き刺していく。

 そして悟の持つ計30本の槍全てを野槌の体に突き立てた。もはや野槌は痛々しい落武者のような姿となっていたが、その暴れっぷりは止まる気配がない。ただひたすらに、悟に襲いかかってくるのみである。

 が、同時に悟の攻撃もまた、収まるところを知らない。

 槍の次は、刀を突き刺し始める。

 かわして突き刺す。かわして突き刺す。やることは変わらない。こうして突き刺しまくっていく。



 悟が刀も全て突き刺し終えた後、野槌の様子はというと、



「……お前、タフすぎんだろ。何で針のむしろ状態なのに、ピンピンしてんだよ!………って普通言いたくなるところなんだろうが、俺、お前の倒し方分かってしまったんだよなぁ、これが。……と言う訳でそろそろ終わりにしようか。」



 未だほとんど勢いが衰えることもないまま、暴れ続けていた。

 しかし、悟もそれに焦る様子などない。そればかりか、そろそろとどめを刺すと野槌に対して告げていた。



 そして、野槌が、もう何回目になるかも分からない突進攻撃を繰り出す。

 対する悟も、これまた何回目分からない横に回転する動作でかわし、勢いそのままに武器を召喚し、攻撃を加えようとする。

 違うのは、武器と、攻撃にかける本気度の二つ。

 常に全力で攻撃してきた悟であるが、今回の攻撃はその全力すら超える。

 スキル全開環境下で遅々として動かない体を、全身全霊の意志で命じ、限界を超えて稼働させ、召喚したハンマーを過去最大火力、最大速度で振り抜く。

 狙うは、既に何十本と突き刺さっている槍や刀が数本ほど突き立っている場所。

 今、インパクトの瞬間。



「ギィィィィェェェエエエエエヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!!!!!」

 


 えげつない衝撃音を立てて、ハンマーにより衝撃を受けた槍や刀が野槌の肉を押し退け、穿ち、破壊し、正中線を越えて内部を突き進み、ついには貫通する。

 野槌はその馬鹿でかい口から強烈な悲鳴を上げる。悲鳴を上げた体勢のまま硬直していた野槌であったが、しばらくすると、倒れ伏し、動かなくなった。



「はぁ、はぁ、これで4分の1か。いや、これからもっと過酷になっていくはずだよな。まだまだ序盤と考えた方が良さそうだ。しっかり気を引き締めないとなっ、て、ん?……2つ、出てきたな。……もしかして、ワープポイント的なやつか?」



 宣言通り、野槌を倒すことに成功した悟は息を整えつつ、これから先の展開を考えていたが、野槌を倒し、出現した扉が2つあることに気づいた。

 近づき確認すれば、悟の予想通り、片方の扉には触れた瞬間に「第1階層扉へと接続しますか?」とテロップが眼前に出現した。おそらく、次から第1階層の扉をくぐろうとすれば、同じように「第25階層扉へと接続しますか?」とテロップが出るのだろう。



「とはいえ、進むのみなんだけどな。」



 だが、悟としてはこのタイミングで迷宮外へ出る理由などもちろん存在せず、進むのみである。



 今回の中ボスとも言うべき野槌戦を終えて、結果として悟が攻撃を食らったのは、最初の一撃のみであり、その他では常に圧倒し続け、勝利を収めた。

 では、中ボスである野槌が弱かったのかというと、決してそんなことはない。

 悟以外では、まずその速さに対応することが難しい上に、とどめを物理的に刺すためには、これまでひたすらに自分を強化し続けてきた悟でさえ、全力を超える一撃が必要であった。

 この戦いを終えて、1番確かに言えることは、悟のスキル選びは間違っていなかったということだろう。



 ただ、これより先、迷宮の難易度もさらに1ランク上がる。

 悟はまだ知らないことであるが、これより先、越えなければならない壁が幾度となく悟の前に現れる。

 この迷宮を超えた時、悟は果たしてどうなっているのだろうか?

 絶対的不変なのは、帰還の意思のみ。

 それだけでここまで独りやってきた佐藤悟の迷宮攻略は、未だほんの序章に過ぎない。

 

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