第18話 真剣に滑稽
21階層。
景色などは一切変化なく、また“夜”という設定も変化はない。
そうなると、俄然気になるのは新たに出現するモンスターであるが、それは———————————
「………また、ニッチなやつ出して来やがって。食えないじゃないか。」
紅一色の傘のボディに、大きな黄色い瞳、大きく裂けた口と、長い舌がついていて、ボディからは、2本の腕と、一本の脚が生えたモンスター。
そう、
大きさは大体傘の先端から足のつま先までで1.5メートルほどであり、腕は細長く、手の指から生える爪は鋭く、長い。また、常時出ている舌からは紫の液体が滴っており、おそらく毒が含まれている。
そんなやつが、現在悟と真正面から1対1で向き合って、何やら独特の構えをとっている。
「……………………」
「……………………」
「……この傘、生意気にも俺を誘ってるのか?…まあ、いい。その誘い、乗ってやるよ。」
唐傘小僧は、まるでお前から打ってこいよと言わんばかりに、自分から攻撃してくる気配がない。
そんな物言わぬ唐傘小僧に対して、ほんの少しイラッとした悟は初手、ハンマーを斜め左上段から全力で振り下ろす。対する唐傘小僧は避けることなく真正面からハンマーを受ける。
「っ!何っ!?硬い!」
半壊すれば儲け、しなくても傘の骨何本かは折れるだろうと思っていた悟だったが、その予想はあっけなく覆された。
傘の生地の部分は、傷ついた所もあったが、骨に関しては全くの無傷。
驚きの目で唐傘小僧を見れば、そいつは人を小馬鹿にしたような表情を浮かべていて、それが再び悟の怒りを誘う。
……まあ、元からそんな感じの表情なのだが。
と、そこで唐傘小僧が腕を振るい、鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。
「っと、速い、な。しかも変則的だし、油断できないぞ。」
悟は、唐傘小僧の攻撃をかわすが、そのスピードに目を見張る。かなりのスピードであり、かすりでもすれば、スパッと皮膚を裂かれるだろう。
そして、それと同時に唐傘小僧は毒に濡れた長い舌を振り回し、攻撃してくる。
舌と言うと、迷宮のすぐ外にある黒の沼地の黒カエルを思い出すが、その時とは違い、舌はぐにゃぐにゃと曲線を描きながら悟に攻撃してくる。さらに、黒カエルとは違い、舌を振るう際には常に周囲に毒を撒き散らしているため、それもかわす必要がある。
硬さ、速さ、毒の厄介さ。
これまでにこの迷宮で出て来たどのモンスターよりも、倒すのが厄介である。
「ということは弱点があるということだろう。まあ、魔法が弱点とかだったら面倒だけどな。」
悟は、ハンマーからレイピアに武器を変え、突きを放つ。
狙うは、傘にある大きな黄色の瞳。弱点はどこかと言われて、パッと目につくのはまずそこだろう。
まあ、何にせよ、悟の突きが唐傘小僧の目に到達する。
ドスッ!
「グオオオオ!…………」
「うおっ!まずい!またモンスターを呼ぶタイプの奴か!………いや違うな。………え?は?まさか、傘開くだけなの?」
悟の攻撃を受けた、唐傘小僧がとった行動。
それは、まず痛み故か、叫び声を上げる。
そして、自分の閉じていた傘を開く。
目や舌はそのままだが、傘の生地から生えていた2本の腕は、中棒(傘中央部の骨)へと移り、独特のファイティングポーズを取る。
以上である。
悟も驚き、呆れているが、どうやらそれだけのようである。
「もしかして、傘を開いた今の状態が第二形態で、そっちの方がさらに強くなるとかか………?」
まあ、その考えに至るだろう。
悟は、警戒しながらもう一度、レイピアで傘の生地を攻撃する。
唐傘小僧はそれをかわそうとするが、動きは傘を閉じていた時と変わらないスピードであり、生地に穴が空く。
「グオ!」
「効いてないし、再生しているんだよなぁ。………でも、別に強くなったりはしてないみたいだな。」
分かったのはそういうことである。
ひとまず、瞳が弱点ではないということが分かった。
「となると次は舌だよな。」
悟は刀で根元から生えていた舌を切断する。
「グオ!」
「……舌も違うみたいだな。そして、こっちも再生すんのかよ。本当にタフなモンスターだな。」
どうやら舌も痛そうにはしているが、弱点というわけではないようだ。
「けど、ここまでタフだということは、絶対に何か弱点があるはずだ。全部、試してやるよ。」
こうして、
まずは、唐傘小僧が傘を開いたことであらわになった一本足がくっついている中棒をハンマーでぶっ叩いてみる。……予想していた通りの硬さで、弱点ではなかった。
次に、唐傘小僧の動きの起点となる、一本足を刀で切断しようと試みる。……曲げたり、伸ばしたりしているはずの一本足であるが、どういうわけか中棒と同じぐらいの硬度であった。弱点ではない。
傘の生地に、レイピアで穴を開けまくる。……穴だらけになるのはなるが、すぐに再生が始まる。弱点ではない。
傘の骨に、悟の最高速度でハンマーを何度も振り下ろし、破壊を試みる。……骨に少しヒビを入れることはできたが、それ以上は厳しいし、こちらも再生するようだった。そして、しまいにはハンマーの方が傷つき始める始末である。弱点ではない。
傘の頂点の部分(石突き)の部分に様々な攻撃を浴びせる。……こちらも中々の硬度でヒビすら入らない。弱点ではない。
火をつけた木を手に持ち、唐傘小僧に火を浴びせ続ける。……まるで効果がない。弱点ではない。
このように悟は、ありとあらゆる弱点を想定し、考えつく限りの攻撃を唐傘小僧に与えていった。
だが、そのどれもが効果があったとは言えず、もしや弱点などなく、どの攻撃を受けても唐傘小僧は、『グオ!』という少しコミカルな悲鳴を上げるだけだったため、単に自分の実力不足なのかもしれないという思いがよぎったりもした。
しかし、これまで5つの階層を進むごとに出現した新たなモンスターの強さの度合いの増し方から、それはどうにも違うように思えた。
となれば、やはりこの案外無敵に思えてならないモンスターにも、やはり弱点はあるはずだ。
一体それは何なのか。
もちろん唐傘小僧は、ただじっと悟の攻撃を受けるだけではない。腕を振るい、爪で切り裂こうとしたり、舌で毒を撒き散らしたり、時には足で蹴りつけようとしてきたりする。
それをかわしながら、唐傘小僧にさまざまな攻撃を浴びせ続ける悟。
ただひたすらに唐傘小僧を見つめ、唐傘小僧のことを考える。
そんな状況が続けば、人間、頭が混乱してきてもおかしくはないだろう。
すぐに思いつく攻撃手段がなくなり、次の手段を思いつくまで、つなぎの戦闘をしている間に、次第に悟の思考は明後日の方向に向かい出す。
( 唐傘小僧。そう、確かそんな名前の妖怪だったはずだ。こいつ、ずっと気になってたんだが、何で傘の芯に足がついてんだよ。違和感なくついてるけど、正直、芯要らなくないか?てっぺんから全部脚でいいだろ。
後色々硬すぎ。再生しすぎ。これ一本あれば、冗談抜きで一生使えそうなんだよな。もしこいつが現実の世界にいたら、子どもが生まれた時、最初にあげるプレゼントにでもなってそうだな。
その子が一生使う傘を、両親揃って幸せそうに選ぶ。
『この子には私と同じ水色の傘がいいと思わない?』
『いやいや、それじゃ可愛すぎるだろう。この子は男の子なんだし、僕と同じ紫の傘なんかが似合うんじゃないかい?』
『えー、そうかなー?』
『そうだよ、そうに違いないよ。』
とか、何とか言いながら決めるのかね。
それだと、趣味の悪い親から
そしたら、キラキラネームならぬキラキラ傘とか言われたりするんだろうな。
だが、名前と違って傘は捨てようと思えば簡単に捨てれるし、換えも効くから、一生嫌な思いをするやつはいないのかもな。
…いや、待てよ。もしや、最初に与えられる傘が身分証とか、保険証とか、そう言った役割を担うものになるのかもしれないな。そうだったら、やっぱり捨てれず問題になりそうだな。
…あ、でも雨の日以外にいるものじゃないから、そうなる可能性は低いか。
…いや、晴れた日も持ち歩くことが当たり前で、急な雨に対応できない人がいない社会。そういう可能性もあるんじゃないか?
…ふっ、あるかもな。面白いな。…そうだな、もしそんな社会だったら……プロポーズとか告白とかそう言った方面のの言葉とかが面白そうじゃないか?『一生俺と
……ふっ、ダメだ、自分で言ってて面白くなってきた。傘野郎の弱点を見つけなきゃいけないのにな。)
「……って、そうじゃないか!訳のわかんないこと考えてる場合じゃねえぞ!しっかりしろ俺!」
悟は、ようやく明後日の思考から戻ってきた。そして、再び真剣に弱点を探しながらの攻撃を始めた。
それからの悟は、幾度となく試行と明後日の試行を繰り返したが、依然として唐傘小僧の弱点は見当たらない。
そして、戦いを始めてから30分程。スキルを使用していた悟の体感では、少なくともその数十倍の時間が経過した時。ありとあらゆる攻撃を試して尚、唐傘小僧の弱点を見つけることができなかった悟は、ついにイライラが臨界点を迎える。
「だああああああああ、くそっ!こんの傘野郎がああああああああ!訳わかんねえんだよおおおお!」
ついに傘中毒を起こした悟は、武器を投げ出し、唐傘小僧の脚を掴み、思いっきり振り回し、地面に叩きつけ、怒りを発散し出した。
そして、怒りのままに唐傘小僧を振り回し続けていると、強い風を受けた傘がひっくり返るのと同じ要領で、唐傘小僧の傘がひっくり返る。
………と、その瞬間だった。
「ギィィィャャャヤヤヤヤヤヤアアアアアアアア!!!!!」
唐傘小僧は、これまでに無い強烈な悲鳴を上げた。そして、全て動きを止め、舌と脚が抜け落ち、ただの頑丈な傘になってしまったのである。
そんな傘をただ茫然と眺める悟。
「……………………。いや、え?もしかして、弱点、これ?」
朗報、悟、ついに唐傘小僧の弱点を発見する。
「まあ、うん、確かに納得できる自分もいるんだけどな。ただまあ、その、何だ………結果的にこんなふざけた弱点の傘相手に、俺は延々と真剣に戦っていたんだと思うとな………」
しかし、待望の弱点発見だというのに悟の表情は優れない。何とも言えないような表情を浮かべ、頭を振っている。
そして、ひとしきり頭を振ったりした後、拳を握り込み、息を大きく吸い、叫ぶ。
「才持ィィィィィイイイイイイイ!!!遊び心だかなんだか知らねーが、ふざけんなァァアアアアアア!!!こんな弱点、分かるわけ、ねーだろうがァァアアアアアア!!!」
悲報、悟、耐え難い現実に、ついに発狂する。
まあ、今回の戦闘の一部始終を側からどんな風に見えるか、そのことに気づいてしまったのなら、それも無理のないことだろう。
グオグオ鳴く傘と、真剣な表情で、様々な手段で傘をグオグオ鳴かせる悟。
そんな現実に怒り狂った悟は、怒りの進撃を開始する。
この階層で初めて出会ったガシャドクロにわざと断末魔を上げさせ、集まってくるモンスターを狩り尽くす。
それだけ狩れば怒りも収まると思うだろう。だが、実際には悟の怒りが収まることはなかった。
それは何故か?
「……くそっ!傘野郎を倒すたびに最初の苦労を思い出すじゃねーか!こんな馬鹿げたやつ相手に俺は………これはもう、もう一階層行くしかねえ。」
というわけで、22階層でも悟はモンスターを集め、まとめて蹂躙した。
そこでようやく悟のささくれだった心も落ち着きを取り戻したが、それが止まる理由にはならない。
もう、唐傘小僧の倒し方は完全に理解した悟は、今度は慎重に、ひょろ長カッパ、大木綿、4本腕鎌鼬、強強度ガシャドクロ、唐傘小僧を
そして、その中で、悟としては嬉しいこともあった。それはガシャドクロに断末魔を上げさせない方法の発見である。
これまでの経験から、ガシャドクロを背後から襲撃し、倒した時に断末魔を上げることが少ないことに気づいた悟は、試しに全力で背後から強襲し、素早く倒していったところ、ガシャドクロは全く断末魔を上げることはなかった。
要は、ガシャドクロに自分の存在を認識させることなく倒し切れば良かったのである。
まあ、集団でモンスターが現れた時などはそれができないこともあるが、それならばガシャドクロだけ放置して倒し切り、一度身を隠してから強襲すればいい話である。
何にせよ、危険が少なく、
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21階層に入ってから9日後。
悟は、無事25階層の最奥の広場へと辿り着いていた。
ここまで、身の危険を感じることなく到達し、飯を食べ、気力、体力、魔力ともに万全の悟はスタスタと広場に入っていく。
すると、いつも通り、たくさんの提灯で明るく照らされていた広場の地面が、光り輝き出す。
さて、今回は一体どんな変化を遂げた唐傘小僧が現れるだろうか?
と、光が収まり、ボスモンスターの姿が露わになる。
「グオオ!!!」
「……いや、うん、予想はしてたけど本当に当たるのかよ。やっぱシュールだし………パラソル先輩とでも呼ばせてもらおうか。」
グオオ言って現れたモンスター、それは唐傘小僧よりも2倍以上の大きさの、高さ3メートルほどのビーチパラソルに目、舌、腕、脚がついた通称パラソル先輩であった。
そいつが初めて出会った唐傘小僧と同じように、独特の構えを取って悟を待ち構えている。
そんなパラソル先輩に対して、どこか遠い目をした悟は仕方なく戦闘体制に入る。
「パラソル先輩………行くぞ!」
初手、悟はパラソル先輩と5メートル程の位置まで距離を詰めると、何かを投げつけるようなモーションに入る。
そして、何も握られてはいないが、何かを持っていればそれをリリースするだろうその瞬間。
悟は槍を召喚し、魔力を纏わせ、目一杯力を込めてそれを投擲する。
ズドンッッ!!!
「グオオオオ!!!」
何をされるのか、おそらく全く分からなかっただろうパラソル先輩は、その瞳に直撃を受け、悲鳴を上げ、たまらずパラソルを開く。
それを予期して既にほぼ0距離まで詰めていた悟は、パラソル先輩の脚を両手で持ち、全身全霊でジャイアントスイングする。
「オラアアアアアアアアア!!!」
ボンッ!!
「ギィィィャャャヤヤヤヤヤヤアアアアアアアア!!!!!」
「はあ、もう、こいつら相手すると、本当に気が抜けそうになるんだよな。」
こうしてパラソル先輩は呆気なく悟に敗れ、ただのとてつもなく硬いビーチパラソルとなるのだった。
そして、これまたいつものように扉が出現するのだが………
「ん?真ん中じゃなくて壁?……ああ、25階層区切りなのか。なるほどね。…………そうかそうか、なら、気合い入れていかないとな。」
いつもは、広場の中央に出現していた扉が、広場の1番奥の壁面に出現した。
どうやら、中ボスがこの先に待ち受けているようだ。
てっきり26階層への扉が出現するものだと思っていた悟は、小さく息を吐き、気を引き締め直す。
そして、万全の状態で広場へと入り、パラソル先輩を倒して尚、疲労も特にないため、特に休憩などは取らずに、扉をいつものようにくぐっていく。
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