第17話 叫びと叫び

 16階層。

 15階層までと変わらぬ芸術性あふれる景色。

 ただし、それまでは昼夜を問わず、常に薄青色の空で“昼”の状態だった迷宮内が、真っ暗な“夜”の状態となり、そこらじゅうに散らばる提灯(ちょうちん)がぼんやりと辺りを照らし出している。

 出てくるモンスターは、ひょろ長カッパと大木綿、4本腕鎌鼬、そして————————————



「何だっけな。結構前に読んだネット小説に出てきたけど………ガシャドクロだっけな。うん、そんな感じの名前だった気がする。」



 正解である。

 大体の高さは5メートルほど。

 いびつで巨大な骸骨、ガシャドクロが16〜20階層で新たに出現する敵のようだ。



「……まあ、登ってハンマーでドンだろうなあ。」



 その言葉通り、悟に迫ってきていたガシャドクロに対し、悟も向かっていく。

 と、その時、その巨体からは想像もできないほどの速さでガシャドクロは長い腕を伸ばし、悟を握り潰そうとしてきた。

 

 既にスキルを使用していた悟はタイミングを見計らって跳躍。

 ガシャドクロの手をかわして腕(の骨)に着地。そして、頭蓋骨めがけて駆け、再びの跳躍。

 前方宙返りをし、一回転。

 尚も空中にいる悟は、ガシャドクロの目の前に到達していた。

 悟は両手を大きく振りかぶり、体を弓のように限界までしならせる。

 そして、両手を前方に叩きつけるようにして、途中召喚したハンマーをガシャドクロの頭蓋骨目がけてぶちかます。



バキッッッ!!!!

 


「グオォォォオ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」


もろに攻撃を頭に受け、頭蓋骨が半壊した状態のガシャドクロは、それでも死なずに、狂乱状態となって、がむしゃらに周囲へ攻撃を繰り出す。


「うおっ、危ねっ!!効いてるけど、一撃じゃ無理なのか。……でも、それならもう一度叩けば良いだけだ!」



 かなりのスピードで狂喜乱舞しているガシャドクロではあるのだが、悟のスキルの方がまだ優位である。

 はたから見れば、とんでもないような速度域で、神業のような動きをして、 悟は先程と同様にハンマーを頭蓋骨に思いっきり叩きつけた。



ガシャン!!!



「ギェェェェァァァァアアアアアアアア!!!!」



「いや、うるさすぎるだろお前の断末魔。」

 


 そして、悟は今度こそ頭蓋骨を全壊させる。

 頭蓋骨を失ったガシャドクロは、なぜ骨しかないのに声が出るかは謎であるが、うるさ過ぎる断末魔をあげ、崩れ落ち、動かなくなるのであった。



「はあ、とりあえず20階層まではなんとかなりそうだな。ただ、こいつ食えないからなぁ。そこから先がきついかも知れないな。まあ、いつまでも楽できるとは思ってな———ん?何だ?」



 何となく、ガシャドクロという巨大なモンスターを葬り、大仕事を終えたような気分になっていた悟は、その場に佇み、これから先のことに思いを馳せていた。

 しかし、その最中、悟は異変を感知する。



 音。

 音である。

 割と近くにいたのであろう、カッパや鎌鼬、そしてガシャドクロが何やら叫び声をあげながらこちらに向かってきているのが、音から感じられる。

 それ自体は、悟も5階層や10階層、直前の15階層などのモンスターとの遭遇割合が高い階層で経験したことがある。

 だが、それとは何かが違う。



「何だ?こう、いつもよりざわめきというか、騒いでるモンスター以外が妙に騒がしいような………気のせいか?………いや、やっぱり気のせいじゃないな。段々とざわめきが大きくなってき——————ん?………おいおい。おいおいおいおい。洒落になってないぞ。このクソ骸骨!そんな仕様になってんのかよ!」



 悟は、まだ確定ではないのだが、おそらく間違いないだろうことに気づいてしまった。

 今、悟が感じていた異変の正体。

 それは、こちらに向かって来ているモンスターの範囲である。

 おそらく。

 おそらくだが、この階層全ての範囲のモンスターがこちらに向かって来ている。

 ざわめきが段々と大きくなってきているのは、それだけモンスターと悟との距離が近づいて来ているということだろう。



 そして、1番近くにいたであろう第一波のモンスターが悟目がけて殺到してきた。

 カッパや、ガシャドクロ、声を出さない一反木綿。そして、鎌鼬。



「って、鎌鼬までこっちに向かって来るっておかしいでしょ。君は近くの建物に身を潜めないと………もしかして、こいつら、全部、狂乱状態なのか?

………いや、殺意強すぎるだろ。………ふう。しょうがない。どうせ、全部倒すつもりだったんだ。なら全部、返り討ちだ。」



 しばらく状況の悪さに怒っていた悟だったが、腹を決めた。

 そして、襲いかかってくるモンスター混成軍と戦闘を開始した。



 シンプルイズベスト。

 それがいいかどうかは分からないが、悟はモンスター相手にシンプルに考え、戦う。

 カッパは、ハンマーで皿を割る。

 鎌鼬は、刀で首を落とす。

 一反木綿は、とりあえずかわして放置。機を見て、やれればやる。

 ガシャドクロはらとりあえず先程と同じように頭蓋骨にハンマーで2発。余裕が出てくれば断末魔を上げさせない倒し方を考える。

 それだけである。

 これをミスなくやり切る。

 それだけ考え、悟は戦いに没頭する。



 まず、1番最初に悟の元に到達したのは、鎌鼬がむやみやたらに作り出した数十の、殺傷力を持ったつむじ風であった。

 先程まで、建物の影でつむじ風を防ぐことができていたが、今回は鎌鼬も悟の元へ向かってきているため、建物の陰に隠れても、前回のような劇的な効果は見込めない。

 とは言え、障害物があれば、全方向からの攻撃を防げることに変わりはない。

 よって悟は、殺到するつむじ風を、スキルを全開にし、曲芸のような動きで掻い潜りながら建物の陰へと向かう。



 陰へ移動した後、数秒後には、今度は全種類のモンスターが一気に悟に襲いかかってきた。

 未だスキルを全開にしている悟はまず、何も持たずに、ハンマーを横向きに構え、それを振り抜くような動作をする。

 第三者からこの動きを見れば、こいつは何も持たずに一体何をやっているんだと思うに違いない。

 そして、ハンマーを持っていれば、カッパの頭部あたりに命中するだろうなと思われるその直前。

 悟の手にはハンマーが握られる。

 そして、横からカッパの皿をかっさらう。

 だが、それでは終わらない。

 再びハンマーを消したも尚、振り抜くような動作を続け、一反木綿、ガシャドクロの足をスルーし、その隣のカッパの頭部まで動作をつなげる。

 そして先程同様にハンマー召喚、そしてカッパの皿を破壊し、その隣の鎌鼬に、勢いそのままにハンマーを叩き込み、今度こそ動作を終了、その場を離脱する。



 離脱後、迫っていた一反木綿を足場にし、すぐに跳躍。ガシャドクロの右肩に着地する。

 再度ハンマーを召喚し、頭蓋骨目掛けて、振り下ろし、振り下ろす。

 頭蓋骨を完全破壊されたガシャドクロが崩れ落ちる前に、悟は跳躍し、一反木綿をかい潜り、刀を召喚し、鎌鼬の首を一瞬にして落とす。

 他の鎌鼬が放った複数のつむじ風をかわしつつ、襲いかかってきていたカッパの皿を、今度は大上段から振り下ろして叩き割る。

 それと同時に、襲いかかってきた一反木綿を、振り下ろした勢いそのままにしゃがんでかわし、またもや足場として利用、跳躍する。

 飛んだ先には3匹の鎌鼬がいて、旋風を乱発してくるが、つむじ風がぶつかる直前に、悟は今度は大盾を出し、魔力を纏わせ、シャットアウト。

 一瞬の空白のうちに、悟は大盾に隠れるようにしたまま、3本のナイフを鎌鼬の頭部目掛けて投擲し、鎌鼬の反応を伺う。

 鎌鼬たちは、狂乱状態であったためか、迫るナイフなど気にもとめず、つむじ風を乱発していたが、ナイフが命中すると、つむじ風の乱発をストップし、悲鳴を上げる。

 すると悟はその隙を見逃さず、大盾を収納し、一気に鎌鼬との距離を詰め、刀を一閃。一振りで3匹の首を落とすのだった。



 その直後には、いつもまにか6体に増えていた一反木綿に集団で狙われる。

 50メートル程の赤い布が、6つも同時に悟のことを捉えて締め殺そうとしてきたのだ。おそらく悟が鎌鼬と戦っていた時に、既に周囲を包囲していたのだろう。悟は完全に包囲され、逃げ出すことは不可能な状況になっていた。

 徐々に悟を包み込むようにして迫ってくる一反木綿たち。これはかなりまずい状況ではないのか。



「…いや、これはむしろチャンスだな。布野郎にだけ注意すればいいし、こいつらをまとめてやるチャンスだしな。」

 


 物は考えようである。

 悟はそう言うと、一反木綿の攻撃など、自分の攻撃でかき消してやると言わんばかりの猛烈な勢いで一反木綿を切り刻み出した。

 で、実際に1秒後には、6体全てを切り刻み尽くし、一反木綿の外側で、悟を包囲しようとしていたモンスターの群れに突っ込んでいった。

 







---------------------▽---------------------

 

 






「はあ、はあ、はあ、はあ、あれからどれくらい経ったんだ?流石に、しんどいぞ。」



 あのガシャドクロの叫びからおよそ1時間後。

 悟は、かなり疲弊した様子だが、階層中から押し寄せてくるモンスター全てを倒し終えた。

 辺りには、悟が戦いの中で回収まで至らなかったモンスターの残骸で溢れかえっている。

 今悟が腰掛けているのも、いくつかのガシャドクロの骨が積み重なって、ごく小さな山のようになっているところである。



「しかし、まだ16階層だから何とかなったけど、次からもずっとこうなるなら、かなりきついぞ。飯食ったら、気を引き締めて行こう。」



 一応余裕が有ればガシャドクロに断末魔を絶対に上げさせないような倒し方を見つけようとした悟であったが結局、可能な限り早く頭蓋骨を破壊すれば、ガシャドクロが断末魔をあげるのを阻止できる確率が高いということが分かっただけだった。



 そんなめんどくさいことをするぐらいなら、ガシャドクロとの戦闘を避けて、そのまま次の階層へ行けばいいのではないかという人も多いだろう。

 しかし、悟は、誰かにそう言われたとしても、その意見に共感を示しても、従うということは絶対にない。



 すでに気づいている人も多いと思うが、悟は迷宮攻略をするにあたって、一つ自分にルールを課している。

 それは、

「必ず発見・会敵した全てのモンスターを倒して次の階層に進む」

というものだ。

 悟は、ただ単純に今いる迷宮を攻略することを目的としているわけではない。

 同じように存在する99個の迷宮全てを攻略し、その果てに現実世界に帰還することを目的としているのだ。さらには、いざとなればそれをたった一人で達成する気なのだ。

 そのためには、圧倒的な力が必要だ。

 どうしようもないほど、強大な力。

 それを得るためには?

 やはりモンスターを可能な限り倒して、喰らうことができるものはそのことごとくを喰らう、それしかないと悟は考える。

 だから、発見・会敵したモンスターは全て倒して進むし、1階層1階層しっかりと探索をした上で、次の階層に進むようにしているのだ。



「……まあ、ガシャドクロの断末魔も、考えようによっては、モンスターを探す手間を省けるとも考えられるしな。19、20階層でもなければ実際何とかなりそうな気もするしな。」



 そんなふうに思考の転換を図った悟は、この階層で倒したモンスターの回収と、木を出し、火をつけ食事の準備を始めた。








---------------------▽---------------------










 食事を済ませた悟は、16階層を探索し、17階層への扉を見つけ、17階層へと進んだ。

 そして、最初に会敵したモンスター。



「……よーしよし、慎重に、かつ迅速に行こう。」



 ガシャドクロである。



 悟は、そう言うとガシャドクロに向かって猛然と駆け出した。

 そして、悟の接近に気づいたが腕を振り上げ、振り下ろそうとする。

 しかし、それより先に、近くの建物の壁面を蹴ってガシャドクロの頭上まで到達した悟がこれまでで最速の2撃を叩き込む。



バリッ!バリンッッ!!



「グ、グオオォォォ…………」


 

「ふう、どうやら今回は防げたみたいだな。この調子でどんどん行きたいことだな。」



 どうやら、今回は断末魔を防ぐことに成功したようだ。

 幸先がいいことである。

 悟は、発見したら真っ先に倒す対象を、鎌鼬からガシャドクロに変え、幸先の良さをそのままに、ガシャドクロに断末魔を上げさせることなく進んでいく。

 そして、見事17階層ではガシャドクロに断末魔を上げさせることなく、モンスターを倒し切ることに成功する。



「何だ、意外とできるもんだな。」



 これには、悟自身もびっくりである。

 自分自身、少しというか、かなり適当なところがあると自覚している悟は、てっきり自分は途中でやらかすだろうと思っていたのだ。



 しかし、蓋を開けてみればパーフェクト。

 気分良く18階層へと向かう。

 


 そして、18階層も1時間ほど順調に進んだかなというところぐらいで、2体のガシャドクロと同時に会敵した。

 複数のガシャドクロを同時に相手にするのは、17階層以降では初めてのことである。



「……よし。やっぱりやればできるじゃないか。」



 だが、ここでもパーフェクト。

 文字通り瞬殺で、断末魔を上げさせることなく、倒し切ることに成功した。



「順調順調。…ん?もう一体いるな。やってやろうじゃないか。」



 モンスターとの戦いを制し、階層を越えるごとに強くなっている悟は、またもやこれまでで最も速い2撃を入れることに成功する。…………だが、2体同時にパーフェクトに倒した直後で、気が少し抜けていたのだろう。

 悟の攻撃を受けたガシャドクロの頭蓋骨は、全壊寸前のところでほんの少しだけ踏みとどまって、壊れていった。

 だからだろうか?



「ギェェェェァァァァアアアアアアアア!!!!」



「あ」



 ここに来て、ついに恐れていた事態が起きてしまった。

 比較的近くからは狂乱の声が、遠くからはざわめきが聞こえて来る。

 


「……はは。やってしまったもんはしょうがないよな、はは。」



 しばらくの間、苦い笑みを浮かべていた悟だったが、それもモンスターが悟の元へ押し寄せてくるまで。

 そこから先は、戦いに没入していった。









---------------------▽---------------------








 1日後。

 16階層の時より、数を増したモンスターを相手に、ヘトヘトになりながらも勝ち切った悟は、飲食を済ませ、体力を全快させてから、19階層へと足を進めた。

 


 19階層に入ってからは、カッパカッパガシャドクロ鎌鼬ガシャドクロ一反木綿鎌鼬と倒して、さて次はガシャドクロだ、気を抜かず行こうと悟が思っていた矢先のことであった。

 いつものようにガシャドクロの頭蓋骨を1回ハンマーで殴りつけ、2回目も殴りつけようとしたその時。



「うおっ!……ちっ、鎌鼬め、そんなとこにいたのかよ!」

 


バリンッ!



 なぜか近くにあった鳥居の上にいた鎌鼬が、ガシャドクロの肩に乗っている悟に攻撃してきたのだ。

 悟は、かろうじて回避に成功し、鎌鼬に不意打ちされた怒りをそのままにガシャドクロに叩きつけたが……………



「お、おい、よせ。今のはしょうがないよな?セーフだと言ってくれよ。」



「ギィッ……」



「おっ、分かってくれたか……やっぱお願いしてみるもんだな。」



「ギェェェェァァァァアアアアアアアア!!!!」



「いや、全然分かってくれてなかった!薄々分かってはいたけどな!ちくしょー!このくそ鼬が!」



ザシュッ!



「ギッギィェェェ………」



「はあ、こいつを今更斬ってもな……はあ、19階層か、タフな戦いになりそうだなぁ。」



 やはり、ガシャドクロは断末魔を一切自重することなく、あげるのだった。

 悟も薄々そうなるだろうなとは思っていたのだが、やはりこの後のことを考えると、嘆かずにはいられない。

 こうして悟は、再び戦いの渦に飲み込まれていった。  








---------------------▽---------------------







 2日後。



「もう絶対に叫ばせねえぞ。サーチアンドデストロイだっけ?見つけたら瞬殺だ、瞬殺!」



 20階層に足を踏み入れた悟は荒れていた。

 傷こそ負わなかったものの、それは悟がスキルを使用し、時間を引き伸ばし、高い集中力を強い意志で保ち続け、モンスターを延々と屠り続けたからである。

 その分、戦闘能力の向上はめざましいものがあるのだが、そりゃあ、心が荒れもするだろう。

 今なら、もし目の前にチャラい男が現れて、何かチャラチャラしたことを言っていれば、そのチャラ男をハンマーで瞬殺していたかもしれない。

 


「ふぅ、とは言え、切り替えないとな。20階層だし、モンスターもかなり多い。いらんミスはしたくない。」



 そう言って、悟はささくれた思いを無理矢理切り替えて、階層を進んでいく。

 だが、人間、ついてない時は、とことんついてないものである。

 時間にしてほんの3分程。

 入り口からすぐ先に見えていた巨大な五重塔っぽい建物の右側へ曲がったところで、悟はあるモンスターの群れと遭遇する。



「……………。」



「「「「「「「……………。」」」」」」」



「何なんだよ、お前たち。よりによって、ガシャドクロだけで固まりやがって。全員で人生ゲームでもしてたのかよ。」



「「「「「「「グオォォォ!!!」」」」」」」



 7体のガシャドクロの群れと遭遇。さらに、全員とばっちり目が合うというおまけ付き。

 となれば、即戦闘開始である。



 まず、4体のガシャドクロが同時に悟を握り潰そうと、手を伸ばしてくる。

 対する悟は、スキルを全開にし、迫る4本の手の内の1つを足場に跳躍。

 1→230。既にかなりの成長を遂げた悟の動きに、まず1体のガシャドクロが、なす術なく頭蓋骨をかち割られる。

 悟は、すぐさまそのガシャドクロの肩から跳躍し、2体目の頭蓋骨も破壊する。

 そして、ようやく悟に向かって放たれる残り5体の攻撃を跳躍でかい潜るようにかわし、3体目を破壊、跳躍。

 4体目に2撃目を加えて破壊————というところで、4体目が急に、悟を振り落とそうとしたのか、体を大きく振り回し出した。

 悟は2撃目を叩き込むことができず、一度地面へと逃れることを余儀なくされた。

 


 思わず叫び散らかしたくなった悟であるが、残り4体からの攻撃が、間髪入れず襲いかかってくる。

 かわして、かわして、かわして、次もかわしつつ、タイミングと位置を計算し、足場にして跳躍。

 そして、跳んだ先のガシャドクロを雷撃のような2撃で沈め、そのすぐ隣にいた、先程1撃のみ入れたガシャドクロにもハンマーを叩きつける。これで残り2体なのであるが——————



「ギェェェェァァァァアアアアアアアア!!!!」



「だろうな!くそっ!あーーーーーもう、許せんっ!このっ、くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!」



ドゴンッドゴンッ ドゴンッドゴンッ



「「グゥォォォ………」」



 またしても叫ばれてしまった。

 すぐさまこの後の展開を悟った悟は半狂乱になりながら、やけくそ気味の4撃を、残りの2体に叩き込み、7体全てのガシャドクロを沈めるに至った。



「あああああああああもおおおおおおおお!!!」



 20階層である。これまでの流れから、それはそれは大量のモンスターがいることが予想される。

 それが、一気に。

 萎えるどころの騒ぎではない。

 それも、悟のミスだと断言できないところが、またなんとも言えない。

 とりあえず、悟は、よく分からないが込み上げてくる感情のままに叫び散らした。



「………ここちゃん。またしんどいのが始まるよぉ。」



 自分の感情がここ最近で1番荒れていることを自覚する悟は、空を仰ぎ、久しぶりに左手の薬指に触れた。

 頭の中では、現実世界での心愛との様々な思い出が高速で浮かんでは消え、浮かんでは消えるを繰り返す。

 そうすれば、不思議と覚悟が決まり、戦意がたぎる。

 やはり悟の力の根源は、帰還の意志であり、ひいては心愛の存在である。

 言うなれば、心から、心愛という媒介を通して力を引き出しているようなものである。

 悟は、世界は物理法則以外にも、魔力や心などの構成要素があることを身をもって体感し、それと同時にこれほどの力を自分に与える心愛という存在に出会えたことに、ひたすら感謝する。

 これほどの力をもらっているのだ。

 たかが、20階層程度の脅威、越えねばなるまい。



「「「グオォォォォォ!!!!」」」



 ついに悟めがけてモンスターの集団が迫ってくる。聞こえて来るざわめきは、間違いなく過去最大である。

 


「来いよ。全部、返り討ちにしてやる。」



対するのは、覚悟が決まり、かなりギラついた眼の悟。建物の影に移動することなく、開けた場所で、ただひたすらその場に佇み、敵の到来を待つ。



 両者が接触するまで後、5メートルをきる。

 と、悟が一歩、深く踏み出す。

 召喚した刀を横一閃。

 まず、つむじ風も出さず、1番前を走っていた鎌鼬の首を落とす。

 そして、すぐさま鎌鼬の体を足場に、前宙。

 一反木綿をかわすとともに、回転を利用して、カッパにハンマーを叩きつけ、皿を割る。

 迫る別の一反木綿を踏みつけ、跳躍。

 ガシャドクロに2発入れ、跳躍。

 別のガシャドクロに2発入れ、着地点を定め、跳躍。

 跳躍の勢いそのままに、ハンマーを叩きつけ、カッパの皿を割る。

 そして体をその場で一回転させつつ、刀を横薙ぎに一閃。

 途中、刀をインベントリで瞬間的に出し入れしつつ、密集していた鎌鼬の首のみをなめらかな曲線を描いて切り裂く。

 ガシャドクロがその巨大な腕で攻撃を仕掛けてくるが、その腕をタイミングを図って蹴り、ガシャドクロとは真逆の方向に矢のように跳ぶ。

 その軌跡に存在するカッパや鎌鼬、また一反木綿を尽く葬り、最後はガシャドクロの頭蓋骨にハンマーを全力で叩き込む。

 一発だけで頭蓋骨は全壊し、その前に悟は再び着地点を精選し、跳躍。

 同じように落下の勢いをカッパに叩きつけ、隣の鎌鼬の首を刈り取り、別のカッパの攻撃をかわす。

 すれ違いざまにハンマーを横薙ぎにし、そのカッパの皿をかち割り、勢いそのままに、ガシャドクロの脚にハンマーを叩き込む。

 片足を砕かれ倒れ込んでくるガシャドクロを、下からハンマーを全力で振り上げ、向かえ討つ。

 振り上げた一撃では、足らなかったため、そのままハンマーを振り下ろし、これで2撃。今度こそ全壊させる。

 と、ここで一反木綿の群れに囲まれるも、悟はこれまでで最速の速さで刀を幾筋も振るい、一反木綿たちを細切れにする。

 またしても迫るガシャドクロの腕と、4つのつむじ風を、今度はガシャドクロの腕を上に飛ぶための足場にし、跳躍。

 攻撃してきたガシャドクロに2撃を入れ、跳躍。

 着地点の鎌鼬を斬る。

 横薙ぎに刀を振るい、また別の鎌鼬を2匹葬る。

 さらに———————————————————


 

 








---------------------▽---------------------









深く、深く、一歩を踏み込み、姿勢を低くすることで、目の前で鎌を振るい、つむじ風を浴びせてくる鎌鼬の攻撃をかわす。

 低い体勢から、まるで何かに導かれているかのように流麗な曲線を刀で描き、鎌鼬の首を落とす。



 戦いが始まってからおよそ10時間。

 ついに悟の前から、生あるモンスターが消えた。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」



 ただの人間が10時間も継続して全力で戦い続けることなど不可能である。

 さらに、それに加えて悟は、「加速」のスキルを使っているため、体感的にはその数十倍以上の時間を戦い続けていたことになる。

 もはや、確実に人類の枠は超越している。

 というか、一人になり、それでも戦う意志を持ち続けた悟は、狂い続けているのだ。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、やり、きったぞ。過去1、しんどかったけどな。」



 だが、1人で攻略することなど、限りなく0に近い確率でしか想定されていなかっただろう迷宮を、1人で攻略するということは、それすなわち、狂いに狂うしかないということだろう。

 悟のように一人、安全地帯を抜け、ソロで迷宮攻略をしているのは、悟ただ一人である。

 100万分の1の存在。

 それがおかしくないはずがない。



「流石に、疲れたな。ちょっと休憩してから飯を食って、ボスを倒しに行くか。」



 だか、そんなことはお構いなしに悟はひたすら前を向く。

 目的が、今の悟の存在そのものに強烈に焼き付いていて、もはやそのためだけに行動することに何の違和感もない。

 だから、限界寸前まで消耗した後でも、少しの休憩で、苦行のような食事をし、ボスを倒しに行くのは、悟にとっては当たり前のことなのだ。



 食べられるモンスターを全て食し終えた悟は、20階層の最奥の広場へと悠然と入っていく。

 それに合わせて、地面が輝き、ボスモンスターが現れる。

 

 

 高さ8メートル程。

 従来のガシャドクロと比べ、いかにも強度のありそうな骨で全身を構成された強強度ガシャドクロが悟の前に現れる。

 そして、悟の存在を感知するや否や、目にも止まらぬ速さで強烈な張り手を悟に向かって放つ。



「っと、まだまだ全力で行けば、当たる相手じゃないな。」



 連続して繰り出される張り手を、全力でスキルを使いながら、ある程度余裕を持って回避していく。

 と、十数撃回避したところで、足場にするには、ちょうどよさそうな攻撃が来たため、実際に足場にし、跳躍する。

 そして、いつものように、全力でハンマーを叩きつける。



ガンッッ!!



「いや、硬すぎるだろ。でも、全く効いてないわけじゃないな?」



 攻撃を受け、少しヒビが入っただけの強強度ガシャドクロを見た悟は、落ち込むことなく次の行動に移る。

 悟を振り落とそうと、腕や体をでたらめに振り回す強強度ガシャドクロに対して、悟は、スキルを全開にしたままに保ち、迫る腕をかわし、不安定な足場に一瞬だけ着地、すぐに跳躍し、落下エネルギーを使って、ハンマーを叩き込み続ける。それを繰り返す。



ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!

メキッ! メキッ! バリンッ!



 そして、強強度ガシャドクロに十数回ハンマーを叩き込んだところで、頭蓋骨は全壊し、強強度ガシャドクロを見事討伐することに成功した。



「……これだと時間がかかり過ぎるんだよなぁ。まあ、次からはもっと色々試してみるしかないな。」



 悟は、20階層のボスを倒したことなど、どうでもいいことであるかのように、不満気に首をかしげる。

 そして、そのまま強強度ガシャドクロの残骸を回収すると、出現した扉の中へと消えていった。



 悟がこの迷宮に入ってから1ヶ月と少し。

 安全地帯を出てから数えると、3ヶ月弱。

 悟は、特に何の感慨も抱くことなく、また、誰からも称賛されることもなく、100迷宮の20階層突破という快挙を、たった一人で成し遂げたのだった。

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