第14話 閑話 side C 第1話 失って、得て。

「半身。ううん、もしかしたらそれ以上かも。

彼がいるから、私がいるし、私がいるから彼がいる。私たちは片方がいなければ成り立たない、そんな存在だよ。

 私はあんまりオカルトとかそういうの、信じてないけど、それでも彼と今一緒に過ごしているのは運命だと思ってるよ。」



 心愛は、かつてゲーム配信をしていた時に、視聴者の一人に、

「ココさん(心愛のハンドルネーム)は結婚されていますが、あなたにとって夫とはどういった存在ですか?」

と問われた時に、先ほどのように答えた。



 悟と付き合いだしてからの心愛は言葉遣いもとても柔らかで、とても穏やかな優しい声でゲーム実況するようになった。

 以前であればイライラして「死ねこの○ンカス野郎!」と叫び、台パン(机を手で強く打ち付けること)していた場面でも、穏やかに笑ってやり過ごすのみである。

 そのため現在心愛は、視聴者から「女神ココちゃん」とか、「聖母ココ」などと言われることもあり、視聴者の数もじわじわと増加傾向にあった。



 充実したゲーム配信と、順風満帆で愛に溢れた夫との生活。それに目に入れても痛くないほどに可愛い息子の存在と、お腹の中の新しい家族。

 幸せいっぱいの心愛だが、それらは全て元をたどれば悟の存在に行き着く。

 しかし、自分だけが悟から多くのものをもらっているのではなく、心愛も料理などの家事をこなし、悟もまた心愛から多くのものをもらっていて、自分に感謝していることも知っている。



 そのため、心愛が冒頭のように述べるのも当然のことであった。

 そんな二人を、運命はいとも容易く引き裂く。





---------------------♡---------------------




 その時、心愛は4,5日分の食材の買い出しを終え、冷蔵庫などにそれを入れ終わり、リビングでテレビを見ながら一息ついていた。



 そして、突如テレビの画面が切り替わり、非常に険しい表情をしたアナウンサーが緊急ニュースの内容を読み上げだす。

 心愛もそれを、どうしたんだろう?と思いながら聞く。



「—————番組の途中に失礼します。き、緊急ニュースをお伝えします。た、大変なことが起きました。今朝ついに「Beautiful Catastrophe Online 」が待望のゲームスタートを迎え、世界中で100万人ものプレイヤーが一斉に各国の施設からログインを開始しましたが、その、100万人のプレイヤー全てがゲーム内に閉じ込められ、ゲームからログアウトできない状態となっています。

 

 さらには、どうやらそれは何らかのトラブルではなく、ゲーム開発者 才持至高による計画的犯行である可能性が高く、ネット上には才持本人が挙げたとみられる今回の犯行について語った動画がアップされている模様です。


 これを受け、警察は現在、全力を挙げて事実確認と閉じ込められたプレイヤーの救助に当たっているようです。



 く、繰り返します。今朝ついに————————

——————————————————————」




「……………………?え?は?ええっ!?う、嘘でしょ。…………うん、嘘でしょ。さすがに100万人閉じ込めるなんてできるわけないよ。そ、それに、芸能人とか、大企業の社長とかもいっぱいいるわけだし……………うん、そろそろ愛くんを保育園に迎えに行かなきゃだし、ご飯作らないといけないし、色々仕事して、悟くんが帰ってくるのを待とう。」



 心愛は最初、アナウンサーが何を言っているのか全く分からなかった。あまりに現実感のない言葉の羅列に脳が理解するのを拒んだかのようであった。



 しかし、数秒後には内容を理解すると、報道されている事態の大きさにひどく驚いた。本当であれば地球史に残るレベルの大事件である。



 そして、当然悟のことを思い出す。

 もし、報道されていることが真実であるなら。

 心愛は、瞬時に自分と悟がどうなってしまうかに思い至り、血の気が一気に引いていく。

 そして、どれだけ想像しても救いの見えない未来に、心愛は逃げ道を見つける。

 報道されている内容には、あまりに現実味がなく、もしそんなことが起きたら世界中が大混乱に陥るのは明白である。

 そんなことを一人の人間が起こせるわけがないし、起こす気になるとはとてもではないが思えない。



 こうして心愛は、この時は報道の内容を拒絶し、家事をこなしたりしながら、夜悟が帰宅してくるのを待つことにした。




---------------------♡---------------------





「………、さ、悟くん、お、遅いなぁ。も、もしかして道が渋滞してるのかも……。ご飯もさめちゃったし……。……………っぐすっ、っぐ、悟ぐん゛嘘だよ゛ね゛?がえ゛っでぎでよぉ………」



 午後10時過ぎ。もうとっくに愛斗を寝かしつけた心愛はリビングで悟の帰りをじっと待っていたが、それも限界を迎え、ついには泣き出してしまった。



 現在に至るまで、心愛は頑なに報道の内容を認めようとはしなかった。

 愛斗を保育園に迎えに行った時にも、そこらじゅうでBCOの事件のことが話題となっていた。

 報道内容に対して半信半疑の人が多数であったが、知り合いが公務員で、今日ゲーム会場にて交通整理などを行なっていたのだが、報道の後にどれだけ連絡しても繋がらないというような話も聞こえてきた。

 心愛は、それらに耳を塞ぐようにして愛斗を連れて帰宅したが、帰宅し、愛斗がいつも見る子ども向け番組をつけようとテレビの電源を入れたが、どのチャンネルでも緊急ニュースが放送されていた。

 実際に会場から中継を繋いでいるものもあり、それが心愛の不安をさらに煽った。

 それから心愛はテレビを消し、夜ごはんをいつものように3人分作り、愛斗に夜ご飯をあげたり、お風呂に入れたりしながら悟の帰りを待っていたのだ。

 しかし、待てども待てども一向に帰ってこない悟に、ついに心愛は泣き出してしまい、報道の内容が事実であることを認めた。



「っぐ、っぐ、………でも、きっと、明日には帰って来るはず。いつでも待ってるからね、悟くん。」



 

 その日悟は結局帰って来ず、心愛は明日には悟が帰ってくることを願って、深夜0時過ぎに、泣く泣く愛斗のいる寝室へと向かった。

 しかし、不安でたまらない心愛がすぐに眠れるはずもなく、隣で眠る愛斗を抱きしめてようやく眠りについた。



 しかし、そんな心愛の思いとは裏腹に、何日経っても悟が帰ってくることはなかった。




---------------------♡---------------------




「………さとるくん………」



「おかーさん、いたいいたい?だいよーぶ?」



「あいくん………うん、だいじょうぶだよ。あいくんのおかげで元気出た!よーし、急いで保育園いく準備しようか!」



「うん!」



 あの日から一か月。

 悟は未だに帰ってこない。

 世間の話題は未だに「BCO事件」一色であり、中には危険を承知で、強制的に外からフルダイブ専用機を壊そうとしたが、どんなに衝撃を加えてもなぜか全く傷つけることが出来ずに終わってしまった。

 専門家は、そのことを、おそらく魔力により強化がなされているのだろうと分析している。



 才持自身もフルダイブ専用機に入っており、誰にもBCO内に捕らわれた100万人を助けることができない。



 また、これまた才持自身が何らかの手段で公開したであろう新たな動画には、才持がプレイヤーにチュートリアルで話した内容が詳しく記されており、その中には「BCO世界での死=現実世界での死」という衝撃の内容も含まれていた。

 そのため、そのことが報道された後にはテレビではプレイヤーの家族の悲しむ様子が連日に渡り報道された。



 BCO世界に囚われた100万人の中には、各国の有力者や世界的な大企業の社長、世界を代表するスポーツ選手や、その他世界各国の有名人なども多く含まれている。

 もちろん、BCO世界に囚われた人も大変であるが、いきなり100万人もの人が一斉に活動をやめた現実世界の方も荒れに荒れた。



 そんな中、心愛はとういうと、失意の底に沈み、半ば鬱になりかけていた。

 特に、愛斗が保育園に行っていない時などは、最初の頃は悟の帰りを期待して、部屋の掃除などをして待っていたりもしたが、現在ではほとんど無言かつ無表情で、最低限の家事だけこなし、後は毛布にくるまり、膝を抱えてじっとしている。

 ゲーム配信もあの日以来、1日もやっていない。



 心愛もそれでは駄目だと分かってはいる。

 しかし、どうしても今日一日頑張ろうという活力が全く湧いてこないのだ。

なぜ悟はこんな目に遭わないと行けないのか?

なぜ自分はこんな目に遭わないと行けないのか?

悟はいつ帰ってくるのか?

BCO世界に囚われた悟は元気にしているのか?

ちゃんとご飯は食べているのか?

何か騒動に巻き込まれていないか?

………悟は今もなお、生きているのか?



 100万人ものプレイヤーがいるBCO世界の情報を現実世界の人々は全くと言っていいほど持っていない。

 何の情報も得られないこの情報が心愛の不安を煽る。気づけばいつも悟の心配をしていて、同じ疑問をぐるぐる考えているのである。




 今日も心愛は、なぜ父がいないのかよく分かっていない愛斗を何とか保育園へと送り出し、家へと戻り、最低限の家事をこなし、部屋の隅で膝を抱えようとしていたその時。

 

「ピンポーン。」



 玄関のインターホンが鳴った。



「……だれ?「ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピ————————」うるさいなぁ。はぁ、悟くんは絶対こんなことしないもんなぁ。」



 まだ1回目のインターホンからほとんど時間も経ってないのに、何度も鳴り響くインターホン。

 心愛は始め、わずかに悟の可能性を考慮したが、何度もうるさく鳴り響く音を聞き、即座にその可能性を捨てた。

 居留守を使うことも考えた心愛だったが、1分経っても鳴らされ続けるインターホンに、怒りを覚えながら、玄関を開ける。



「あの本当にうるさいんでやめてもらっ————お母さん、お父さん。それに悟くんのお母さんとお父さんまで…………とりあえず中に入って下さい。」



 玄関を開けるとそこには心愛の両親と悟の両親が4人、全員揃って立っていた。

 インターホンを連打したのはおそらく心愛の実母 心美(ここみ)だろう。

 全員が一様に暗い表情を浮かべている。

 心愛はそれを見て、自分がいっぱいいっぱいで4人に事情を説明することを忘れていたことを思い出し、少し申し訳ない気持ちになりながら4人を家の中へと招き入れた。



「………あんた………そうね。とりあえず入るわね。皆さんも入りましょう。」



 4人を代表して心美はそういうと、率先して家に入っていった。



---------------------♡---------------------



「どうぞ。」

「ありがとう。いただきます。」



 心愛は、ひとまず4人をリビングへと通し、お茶を出す。

 そして、自分も席に座ると、4人の自分を見つめる視線に気まずそうにしながら話を始めた。



「あの、すみませんでした。今日家に揃ってきたということは知ってらっしゃると思いますが、悟くんがBCO事件に巻き込まれてしまいました。

 それで、正直、自分もいっぱいいっぱいで、皆さんに連絡するのをすっかり忘れてました。ごめんなさい。」



心愛はそういうと頭を下げた。



「……いや、それはいい。それに、昨日吾郎さんたちから連絡をもらうまで気づかなかった自分達も自分達だ。すまなかった。

 それよりも、今日みんなで来たのはお前が心配で様子を見にきたからなんだ。心愛………辛かったよな。お前を見ればすぐに分かったよ。そして、母として頑張ってるんだな。

 本当に、今まで気づきもしないですまなかった。」



 心愛の実父 慎三(しんぞう)は、そんなふうに心愛に話した。

 心愛は現在、1ヶ月前と比べ、目には大きなクマがあり、少し痩せている状態であり、綺麗だった髪も少し荒れてしまっていた。

 そんな娘の様子と、それでも家の中が小綺麗にされている様子を見て、慎三は娘が大変な時に今まで何も出来なかった自分達を深く後悔していたのだ。



ちなみに、全くの余談ではあるが、行政もBCO事件により、混乱を極め、1ヶ月が経った今頃になってようやく閉じ込められたプレイヤーの家族に連絡を入れていたのだ。



「……いいよ、そんなの。まあ、愛くんがいなかったら正直私がどんなになってたか分からないけどね。」



「心愛ちゃん、今まで気づかなくて本当にごめんなさい。うちの息子のせいでこんな目に遭ってごめんなさい。誰にも相談できなかったんじゃない?辛かったよね、これからは私たちにも色々と協力させて。相談もなんでも聞くわ。」



 今話したのは、悟の実母 紀子(のりこ)である。実は紀子も昨日悟のことを知り、かなりのショックを受けていたのだが、それより遥かに憔悴している様子の心愛を見て、即座に切り替え、心愛のフォローに徹しようとしていた。



「お義母さん、悟くんは悪くないです。相談にのってもらえるのは、すごく嬉しいです。お義母さんも辛いでしょうに……。協力も、お願いするかもです。」



「ええ、何でも言ってちょうだいね。」



「心愛さん、僕も同じ気持ちだからね。何でも言ってね。心愛さんとここにいるみんなは、全員が家族なんだから。」



「吾郎さんもありがとうございます。これからは、頼らせていただきます。」



「うん。何でも協力するよ。」



 心愛は、4人の温かさに感謝した。

 自分の両親はもちろん、悟の両親は、彼らも自分と同じように辛いはずなのに、自分を支えようとしてくれる。

 彼らの優しさに、心愛は少し心が軽くなった気がした。




「うん、じゃあ心愛、色々とこれからのことをみんなで相談しようと思うんだけど、まずは心愛のこれまでのこととか、今不安に思ってることとか話してくれる?」

「うん、分かった。最初はテレビを見て————」



 心美に問われた心愛は、この1ヶ月の話を始めた。話をする中で、どうしても悟のことがよぎってしまい、この1ヶ月で何度も何度も涙を流したが、それでもまた泣いてしまった。

 それでも心愛は懸命に話す。

 悟と一緒にいて、とても幸せな日々を過ごしていたこと。

 悟がいなくなってからこれまで、とても辛かったこと。

 それでも愛斗のために精一杯頑張ってきたこと。

 心愛は他にも今まで一人で抱えていた色々なことを話していくのだった。




---------------------♡---------------------





「……そうか、心愛さん、話してくれてありがとう。今まで懸命に頑張って来たんだね。僕が話を聞いてまず思ったのは、相談する相手がいないのは、やっぱり良くないってことかな。

 一人で全部抱え込むとやっぱりパンクしてしまうよ。

 心愛さん、悟が戻るまでの間、実家に戻ってはどうかな。そしたら家事なんかは分担できるし、心愛さんもいつでも相談できる。

 愛斗くんのためにも、それが一番いいように思える。」


「あら、良いわね。うちは大歓迎よ。ねえ、慎三さん?」

「ああ、娘と孫と一緒に暮らせるんだ。最高じゃないか。

 実は心美と2人もいいんだが、家は2人で住むには広すぎるからな。少し寂しく思ってたんだ。

 どうだ、心愛。しばらく戻ってきて一緒に暮らすか?」



「……ありがとう。でも、ここは悟くんと一緒に買ったお家だから。もし悟くんが帰ってきた時に誰もここにいなかったら、悟くんすごく悲しむと思う。だから、できればこのままここで暮らしたい、です。」



「……そうか、そうだよな。うーん、それならどうしようか。」



「なら、私がここに通って色々お手伝いしたりしようかしら。ここまで50分ぐらいだし、毎日は無理でも、2日に1回ぐらいは来れると思うわ。」

「…心愛さんが嫌でなければ僕もたまにお邪魔しようかな。まあ、愛斗くんにも会えるしね。」



「…お義父さん、お義母さん、本当にありがとうごさまいます。助かります。愛斗くんも喜ぶと思います。」



「なら、うちもそこまで遠くないし、私と慎三さんもここに通うわ。家にいても、暇してることも多いしね。」

「ああ、俺も定年してから暇だしな。」



「お父さんとお母さんもありがとう。すごく助かるよ。」




「それで、ひとまずはよさそうだね。後は……あ、心愛さん、悟の給料はちゃんと振り込まれていますか?」



「給料ですか?はい、この前お金を下ろした時に確認しましたけど、先月分はちゃんと振り込まれてました。

 でも、確かに今月分とかその先はどうなのか、分からないですよね………」



「そうなんだよね。うーん、どうなるんだろう。ただ、いつまで出続けるか分からないからね、貯めておいた方が良さそうだけど………ごめん、心愛さん、すごく嫌なこと聞くけど、今貯金ってどのくらいあるかな?」



「いや、大丈夫です。それで貯金は、えーと、はい、今は100万ぐらいはあります。」




「そうか。でももし悟の給料が止まってしまったら100万なんて一瞬でなくなってしまうからなあ。

 ああ、そうか、心愛さんはゲーム配信をしていたよね?

 僕があんまり詳しくなくて申し訳ないんだけど、収入はどれくらいなの?」



「私は趣味の延長みたいな感じでやってましたから、収入はほぼ0だと考えてもらって大丈夫です。」



「そうかそうか、そうだよね。嫌なことなのに教えてくれてありがとね。それなら……慎三さん、そちらとこちらで毎月4,5万ぐらい貯金しておきませんか?そうすれば悟の給料が出なくなってもある程度は安心できる。」



「分かりました。そうしましょう。」



「あの、……本当にありがたいのですが、そこまでしていただくのは流石に気が引けます。いざとなったら私が働きますので……」



「いやいや、心愛さん。僕たちは勝手にやってるだけだから、気にしないで大丈夫だよ。

 それにね、実は僕は悟に、もし自分に何かあった時は心愛さんと愛斗くんを頼むって、随分前に言われて、約束したからね。

 今がその時なんだから、こういう時くらい、かっこつけさせてよ。」



「…それに、俺は悟君がお前と一緒に結婚の挨拶をしにきた時のことを覚えてるぞ。

 彼は、自分とお前は一心同体だから、どちらかが欠ければ生きていけないから、お互いのためにずっと心愛と一緒にいたいんだと言っていたぞ。

 まあ、そんな彼だからお前を託したんだが、今は断じて彼のせいではないが、彼の言ったことは守られていないだろ?

 彼の言葉によると、彼も、お前も、今ちゃんと生きていけてないんだろ?

 そんな時ぐらい、俺たちを頼れ。」



「……正直悟くんが帰ってこないことなんか、考えたくないけど……ありがとう。二人とも、本当にありがとう。」




「……それに、あんた、しばらくしたら働けなくなるんじゃないの?」



「?お母さん?………あ。」



「何だ、どうしたんだ。何か新しく問題が見つかったのか?」



「……呆れた。あんたが忘れててどうすんのよ。あんたが何も言わないから、私の見間違いかと思ったわ。」



「……ごめん。」



「…あら、まあ。やっぱりそうでしたか。」



「さっきから何なんだ?何か俺と吾郎さんだけ分かってないみたいなんだが?」



「…ええ、本当にどうされたんですか?」




 気づいた女性陣。気づかない男性陣。

 代表して心美がみんなに言う。



「お腹、少し出てるじゃない。赤ちゃん、いるんでしょ?」



「……はい。そろそろ5ヶ月になります。」



「「ええっ!!」」

驚く2人。



「……そうか。その、なんだ、全然気づかなかったぞ。けど、こんな時に何だけど、うちは一人っ子でお前しかいないから、すっごく嬉しいよ。」



「うちも結婚してるのは悟だけですから、喜ばしいばかりですよ。心愛さん、おめでとうございます。」



「はい、ありがとうございます。」



「…そうか、でもそうなると、ますます俺たちが心愛をサポートしないとな。」



「ええ、そうよ。あんた、私たちが毎日来ても嫌がったりするじゃないよ。」



「……うん。」



「……なんだい、その間は。」



「だってお母さん、細かいことにうるさいんだもん。」



「……あんたね、私たちはあんたのサポートに行くのに、そんなこと言うわけないじゃない。」



「……あやしい。」



「ははっ。まあ、まあ、二人ともその辺にして。じゃあ、心愛さん、僕たちも行ける時は連絡してなるべくいけるようにするから。本当に、何でも頼って大丈夫だからね。」



「ええ、そうよ。」



「本当にありがとうございます。」



「…心愛、あんた怪しいって——————————



 心愛にとって、愛斗以外との、久しぶりの心温まる時が流れる。

 ずっと落ち込んでいる自分一人では、愛斗にも嫌な思いをさせているなと思っていたので、今回の申し出は心愛にとっても、愛斗にとっても色々な意味でありがたいものであった。



 そして、家に4人がよく来るようになり、心愛や愛斗も2人の時より元気に生活し出す。

 心愛については、配信も少しずつ行うようになり、しばらく空いていた期間の事を心配してくれていた視聴者たちに、温かい励ましの言葉をもらったりもした。





 そして、半年が経過する。

 世間の混乱も徐々に収まってきて、テレビでもBCO事件の報道があまりされなくなった。

 依然として、プレイヤーたちは誰一人として帰還していない。

 そんな中、心愛はついに第2児を出産する。



「おぎゃあ、おぎゃあ。」



元気な赤ん坊の声が分娩室に響く。



「心愛さん!おめでとうございます!ほら、元気な女の子の赤ちゃんですよ!」



「……良かったあ。……はじめまして、千愛(ちあ)ちゃん。私があなたのお母さんだよ。これからよろしくね。ふふっ、目は私に似てるのかな。でも、鼻なんか悟くんにそっくりだね。」



 心愛は心底嬉しそうにしながら生まれた娘に語りかけた。

 名前は妊娠が分かった時から、悟と一緒に考えていたものをそのままつけた。



 心愛としては、千愛の読み方として(ちいと)でもよかったんじゃないかな、とも思っている。

 愛しい(いとしい)といと(糸)を掛けているのだ。

 糸とは、色々なものを繋ぎ合わせるものであり、今生まれた千愛は、悟と心愛と1番深く繋がっていて、悟たちの両親とも深く繋がっている。

 そして、これからの人生で、千の繋がりを持つような優しく温かい人に育って欲しいという願いが込められている。



 では、なぜ千愛(ちあ)なのかと言うと、悟が千愛(ちいと)だと何となく語呂が悪いと言って、読み方だけは「ちあ」にしようと言って譲らなかったからだ。

 このことからも、千愛は既に悟と、深く深く繋がっていることは一目瞭然である。



















(だから、どうか悟くん。みんなずっと待ってるから。絶対に生きて帰ってきて。千愛にも悟くんの温かさを伝えてあげて。)







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る