第13話 沼地

 飛ぶように駆け降りる悟。



 前方に広がる雄大な風景が、悟をなんだかいけそうな気分にさせる。



 気分の高揚した悟はスキルをかなりの深さ、1→50で使用しながら駆け降りる。

 このくらいであれば、現在の悟はスキルを発動し、認識さえ間に合うようにすれば、不自由を感じることなく動くことができる。



 途中、白猿や巨大鳥がいたが速さに任せてそのまま通過した。



 そしてものの30分もしないうちに山の麓まで達した。

 白狼の群れを壊滅させ全て食らった悟は、着実に人類の限界を超えて尚、成長し続けていた。




「マジで真っ黒だな。なんか怖いけど………行くしかないよな。………よっ!………これは沼地、なのか?………沼地、で合ってるみたいだな。じっとしてると沈むな。どうしたものか………。まあ、山で猿と鳥も入荷したし、とりあえず入る前に残りの白狼全部食っとくか。」



 広大な黒が悟の不安を煽る。

 そのため、悟は白狼を食べ魔力を吸収し、万全の状態にしてから黒のエリアに入ることにした。



「………もはや生肉を食ってる自分に何の違和感もないな。考えてみれば、これだけ生で食べても何も問題ないんだし、逆に健康にいいよな。」



 最近、悟の独り言がかなり増えてきた。

 子ども達と別れて日数的にはまだそんなに経っていないが、何しろ悟はスキルによって、体感的には何倍もの時間を過ごしているのだ。



 調子がいい時のようにギャグをすぐに思いつくことはない。

 だが、ごく自然に抱いた感情や気持ち、感想が、ちょっと馬鹿っぽかったり、周りの人が聞いてくすっと笑ってしまうようなものになることもある。



 純粋な悟。

 嘘偽りや、他人の目などを一切考えていない素の悟。

 これからは悟の独り言から、それを深く知っていくことができるだろう。



「ごちそうさまでした。………とりあえず、どんなモンスターが出るのか確認しないとな。慎重に行こう。」




 悟は足が沼地に沈まない程度の速さで歩き出した。

 ここは万全を期して、スキルを発動しながら進む。



「………出てこないな。まさかここにはモンスターがいないとか?もしかして迷宮があるところの周りは全て安全地帯になっているのか?ん?………いや、いやがったな。あれは………真っ黒で巨大なカエル?………カエルだな。間違いない。」



 どうやらこの黒の沼地には体長3メートルほどの体全部が真っ黒なカエルのモンスターが生息しているようだ。


「見えづら過ぎるだろ。まあ、それを言っても仕方がないか。

 カエルといえば舌、だよな。あと、毒。それと刀で切れるのか?………とりあえず、試してみるか。」



 悟は、内側に白狼の肉が少しついたままの毛皮を取り出し、黒カエルへと放り投げた。

 


その瞬間。



「……っ!かなりの速さだぞ。っと。だがまあ、許容範囲だ。」



 黒カエルは舌を、悟に向かって目にも止まらぬ速さで射出した。

 悟は1→15ぐらいの加速をしていたが、ほとんど黒カエルの舌は見えなかった。

 悟がその攻撃をかわすことができたのは、カエルの舌に、舌を左右に二等分するようにして白い線が入っていたからである。

 そこで悟は、1→30ぐらいに調節し直し、もう一枚毛皮を黒カエルに向けて投げたところ、黒カエルの舌の動きを認識できた。



「………おかしい。このカエル、他の場所のモンスターより大分危険な気がする。他はどこも似たり寄ったりだったのに。」



 背景と同化して著しく見えづらい上に、ハイスピードな舌攻撃に、切りつけづらそうな分厚い皮膚。

 もしかしたら、毒や跳躍もあるかもしれない。



「………全力でいこう。」



 左手薬指に触れ、悟はスキルを全開にする。

 1→81

 これが悟の現在の最深世界であり、最遅な世界である。

 遅々として動かない自分の体をゆっくりと黒カエルへと近づけていく。

 そしてその距離が残り20メートルを切ったところで、黒カエルが悟にした攻撃を開始した。

 流石に黒カエルの舌もこのスロウワールドの中ではスローモーション映像のような遅さだ。



 悟は伸びてきた舌をかわし、刀に魔力を纏わせ、横から切断するように斬りつけた。

 長さにして5メートルほど、黒カエルの舌を切断することに成功したが、ここで異変が起きる。



 黒カエルが激怒したのだ。

 悟に向かい、舌を乱れうちし、紫の毒のような液体も吐きかけてくる。

 悟は接近するのを止め、しばらく遠巻きに舌や毒をかわしながら様子を観察する。



「………バーサク(狂乱状態)してやがる。どういうことだ?………もしかしてこいつ、舌が弱点なのか?だとしたらこの強さにも頷けないこともないが………試してみるか。」



 1→81スロウワールドの中、悟は全力で、しかしゆっくりと黒カエルとの距離をつめる。

飛び散る毒。

ゆっくりと伸び縮みする舌。

それら全てを回避しながら悟は進んでいく。



「…ここだ。」



 悟が黒カエルまで後3メートルほどまで近づいたとき、黒カエルが悟へ向けて舌を射出した。

 当然、悟はそれをかわす。

 悟がかわしたことで、悟の後方にどんどんと伸びていく舌。

 その伸びが限界まで達したその瞬間。

 悟は刀で根本近くから黒カエルの舌を切断した。

 途端、これまでで一番の悲鳴を上げ、ひっくり返る黒カエル。

 ……別に意図してダジャレになった訳ではない。



「………どうやら当たりだったみたいだな。今のうちにとどめを——って、………こいつ、もう死んでるみたいだな。………なるほどな。そういう仕様なのか。」



 どうやら弱点のあるモンスターの、弱点を攻撃して大ダメージを与えると、そのモンスターの息の根を止めることができるようだ。



「これなら、俺が相手を先に見つけさえすれば大丈夫そうだな。……で、気になるのはやはり、こいつは食えるのかってことだな。………とりあえず、解体してみますか。」



 悟はそう言うと、来た道を戻り出した。まだほとんど進んでなかったため、すぐに山の麓まで戻ることができた。

 そして、解体を始める。



「………毒は毒袋から出していたのか。なら、内臓と毒袋以外は食えそうだな。………流石にカエルはいきなり生じゃ食えんな。後、何気に真っ黒なのが食欲を下げるんだよなぁ。」


 慣らしたら生で食うつもりなんかい。


 悟は少し嫌そうな顔しながらインベントリに入れ持ってきていた木を燃やして、黒カエル肉を焼く。

 元から黒いので焼けたかどうか非常に分かりにくいのだが、しばらくすると辺りに香ばしい匂いが漂い出した。



「おお、こうして焼くと、この黒い肉もなんだか炭火焼きのように思えてきたぞ。

 カエル肉の炭火焼きか。悪くないんじゃないの。

……いただきます。……うまいな、せせりみたいだ。いや、狼肉より好みだな。

 舌は沼地に浸かってたし、何かで洗わないと流石に食べる気にならないけど、これなら期待大だな。

……どのみち、スキルとか成長させるためにもなるし、迷宮に行く前にいっちょ、乱獲しますか。」



 こうして、黒カエルの乱獲が決定した。




-------▽-------




「……またどんどん集まってきたな。おまけに今回は、明らかにボスっぽいのもいるな。お前だけ明らかにデカすぎだろ。」



 悟が再び黒い沼地を進み出して1時間程。

 1→30でスキルを使用しながら走ってきたため、かなりの距離を進んだはずだ。

 その道中、初めはまばらに黒カエルと遭遇するだけだったが、徐々に遭遇する数が増え、今ではまるで安全地帯外の森林で白狼に包囲された時のような状態となっている。

 今回はそれに付け加えて一つ。

 ボスっぽい黒カエルの存在である。

 つい先程から、いつのまにか遠くにそいつが見えるようになったのだ。

 通常の黒カエルが体長3メートル程であるのに対し、その黒カエルだけは体長20メートルほどはありそうである。



 悟はボスガエルに対して常に注意を払いながら、周囲に山のように群がり、舌や毒、体当たりなどで攻撃してくる通常の黒カエルを狩っていく。

 白狼の時とは違い、敵が遠距離から攻撃してくることが多く、弱点の舌を攻撃しようにも、根本近くから切断する必要がある。

 さらには、過去黒カエル本体を斬ろうとしてもぬめりと弾力のある皮膚に阻まれ、うまく行かない。

 そのため、白狼をまとめて狩った時より格段に手間がかかる。



 敵は見えずらく、常に細心の周囲を払う必要がある。

 その上、遠距離から攻撃してくるが、こちらは接近して舌を根本近くから切断するか、大槌(ハンマー)で本体叩きのめすしかない。(ただし、後で食べる時のことを考えるとハンマーによる攻撃はあまりよろしくない。)

 最後に、遠くに見えるいつ何をしてくるか分からないボスガエルの存在。



 面倒なことこの上ない状況であるが、悟はそれでいいと思っている。

 白狼の時と同じような戦いを繰り返すより、それとは違った戦いの方が、経験を積めるし、成長も望める。



 全ては現実世界への帰還のため。

 今この経験が、礎となり、揺るぎない道となる。



「……大丈夫さ。こういった状況でこそ俺のスキルはいきるからな。その身をもって味わえ、カエルども。」

 


 悟はギアを上げた。

 1→65の遅滞世界へ。

 この中である程度機敏に動けるのは悟ただ一人である。

 悟へと伸びる無数の白線と浴びせられる紫の雨。

 雨は全てかわし、無数の白線から一つを選び、それに飛び乗り、即座に跳躍。

 目指すは黒の巨体にある白線の排出口。

 たどり着き、一閃。

 白線を切断する。

 即死した敵を一瞬のうちに収納し即座に跳躍。

 悟へと迫っていた白線に飛び乗り、その上を駆ける。

 悟へと少しずつ違う高さで、四方八方から迫る白線を巧みに乗りかえながら、紫の雨をかわし、白線の排出口へ。

 そして切断。

 悟はそれを繰り返していく。



 どれほどの時間が経ったであろうか。

 悟が倒した黒カエルの数は優に1万を超える。

 黒カエルの群れは、未だ数を減らすことなく悟を取り囲み続けている。

 ボスガエルも依然として遠くから悟の様子を伺っているだけである。



 最初は白線から落ちそうになったり、足場選びがうまく行かず、危うく毒に当たりそうになったり、切断がうまく行かない場面もあった。

 しかし、切断しても切断しても一向に減らない白線を処理し続けるうちに、悟の立体機動は徐々に洗練され、今では1→50の遅滞世界でも、難なく対応できるようになっている。




「埒があかんな。……あまり気乗りしないが、試してみるか。」



 悟はこのまま最後まで狩りを続けてもいいのだが、ふとあることを思いつき、ダメもとで試してみることにした。



 悟は相変わらず自分へと無数に伸びる白線に目を向ける。




「……ここだ。ふっ。………良かった。成功したみたいだ。いや、良くはないが………お前たち………俺もまぜてくれよ。」



 そして、その集まった白線に一気に傷をつけた。

 阿鼻叫喚。

 多数のバーサク状態の黒カエルが敵味方関係なく暴れ出す。

 そして暴動が暴動を呼び、あたり一体が地獄絵図と化す。

 悟の狙い通りである。

 悟の近くの黒カエルも、遠くの黒カエルも、みんな無作為に舌の伸縮を繰り返している。

 


 チャンスだ。

 悟は、激しさを増した紫の雨をどうにかこうにか、これまた荒れ具合を増した白線を次々に乗り換えながらかわしていく。

 そして近くの黒カエルから順に、手当たり次第に伸び切った舌を根本近くから刈り取る。

 止まらない狂宴を徐々に徐々に悟の側から鎮圧していく。



 そして、悟が9割ほどこの場にいる黒カエルを倒し終わり、もう少しでボスガエルとの闘いだなと考えを巡らせ、ちらっとボスガエルの様子を確認しようとした、その時だった。



「!!!!!!まずっ!!!!っあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



 悟がボスガエルヘ視線を向けた時、紫の膜に包まれた白黒の波動が悟のすぐそばまで迫っていた。

 全開。

 悟は即座にスキルを全開した。

 1→81へ。

 だが。

 それでも尚全く捉えきれない。

 分かるのは、どう足掻こうとも回避不可能であるということだけ。

 波動が後10センチで悟に触れ、瞬きもしないうちに悟の命が失われるまさにその瞬間。

 悟は大盾を、左手に召喚し、自らと波動とを隔てることに成功した。

 死に際の集中力というものか。

 神業のような所業である。

 まあ何にせよ、悟は死の瞬間まで生を諦めなかった。それがこの奇跡のような結果を生んだ。



 ただ、それが悟の限界であった。

 波動が盾に大盾に激突し、勢いそのままに、まるでピンボールのように、悟もろとも弾き飛ばす。

 さらに大盾で覆いきれなかった部分———右手の腕の外側部分や、両足の甲と指には、毒が付着し、急速に当たった部位を溶かしていく。



 悟は空中で乱回転しながら、あまりの激痛に悶絶する。

 恐る恐る自分の体を確認すると、盾を実際に持っていた左手は、曲がってはいけない方向に曲がっている所が多々あり、左腕全体としても変な方向に曲がっている。

 さらに毒により右手と両足が溶け出し、骨が多数見えている。



「治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ治れ——」



 吹き飛ばされながら、悟は魔力に願う。

 血小板による流血の停止と、くらった毒の中和を魔力で速めるよう、拙いながらもイメージする。

 また、曲がった左腕については、魔力により、まるで巻き戻し映像のように正常に戻るのをイメージする。



 しばらく強くイメージしていたが、地面に激突しそうになった悟は、無事な右手や、毒の侵食が未だ止まらない両足を使い、何とか最小限のダメージで着地した。



「っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!効果はあるみたいだが………雀の涙か。くそっ!!なんだよあれ!あんだけ加速してたのに全然間に合わないって何なんだよ!………はぁ、はぁ、正直1対1でも勝てる気がしないな。盛大に吹っ飛ばされた今のうちに逃げるしかない。………くそが。あのカエルのボス野郎、いつか絶対、あの馬鹿でかい舌を切り刻んでやる。」




 未だ経験したことのない強烈な痛みが襲ってくる中、悟はそんな捨て台詞を吐くと、逃走を開始した。

 



-------▽-------




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。せめて沼地からは抜け出したかったが………もう足が限界だ。てか、むしろこの状態でよくここまで来ただろ。」



 10分ほど必死に走り続けていた悟だったが、両足の骨が剥き出しの状態では、どうしても黒の沼地を抜け出せそうになかった。



 足を再度確認すると、毒による侵食は、魔力による治癒で、かなり遅いものとなっていた。

 左腕の方は未だかなりの痛みを感じるものの、徐々に徐々に正常な状態へと、時折「バキッ」などとにぶい音を立てながら戻っていっているようだ。

 


 しかし、そのどちらも依然として強烈な痛みを発しており、元来痛みに対して人より弱かった悟は、本当なら怪我を負った時点で、足と左腕のきちんとした治療を受け、安静にしておきたかったのだが、必死の思いでここまで走ってきたのだ。



 「とりあえず、腕は魔力に任せることにして、問題は足だな。………まず、毒を取り除くところからか。あ、洗い流すしかない、よな………ハァ、ハァ、覚悟を決めるんだ。」




 悟は覚悟を決め、インベントリから水の入った容器を取り出し、足に水をかけ、毒を洗い流す。

 さらなる痛みに悟は絶叫するが、悟は毒を洗い流し続ける。

 しかし。

 薄々悟も気付いてはいたが、それでは毒を完全に取り除くことはできず、紫に変色した皮膚が残る。

 悟はそれを見て、現実世界に帰るために一人でも戦うという、絶対の意志が折れそうになるが、治りかけの左手薬指に触れ、目を瞑り、深呼吸をしながら、何かをじっと考える。

 そして、しばらくすると目を開け、おもむろにインベントリからナイフを取り出し、右手に握った。



「ふぅ。……やるぞ。……嗚呼ああああああああああああああああああああああ!!!!まだまだああああああああああああああああああああああああああああああ———————」


 

 悟の絶叫が辺り一体に響き渡る。

 悟は、水で取り除けなかった変色した皮膚をナイフで削ぎ落としている。

 麻酔などない中での行為である。尋常ではない痛みのはずだ。

 絶叫を上げつつも、悟は途中で投げ出さなかった。

 目を瞑り考えていたのは、心愛のこと、そしてこの世界での、これまでの経緯である。

 自分のとった行動や意志、そしてここまでして一人戦い続ける必要はあるのか。

 その結果、やはりこれまでとってきた行動に後悔など生まれなかったのだ。


 だから、やる。

 やり通す。


 こうして20分ほどたった頃、気が遠くなるような作業の末、悟は変色した皮膚全てを切除した。



「ハァ、ハァ、いてぇよ。結局治ってないから痛いんだよ。………叫びすぎて場所がバレたのかカエルどもがこっちに向かってきてるし、これは地獄の逃走劇になりそうだな。」



 悟が切除を終えた頃、悟の絶叫を聞いた先程悟と戦っていた黒カエルの大群が、悟の方へと徐々に徐々に近づいてきていた。

 今の状態では、とてもではないが通常の黒カエルですら戦いたくない。



 悟はインベントリに入れて持ってきていた包帯を、素早く足に巻く。

 未だ傷口は開いたままのため、巻くと当然激痛が走る。

 それでも包帯をガチガチに巻き、予備の靴を履き、走って逃げ出す。

 痛みのせいで上手く走れないが、懸命に走る。長くは走れないが、せめてこの場からは逃げ出す。



 そうしてなんとか逃げ切った先、悟は己の回復のためにも、これまで倒して収納してあるカエルを食べる。

 もはや無駄な時間はかけられないため、これまた前回の白狼の時のように生で食べる。

 スキルを発動しながら食べ出せば、かなり早く食べられる上に、魔力を回復し、体の超回復をかなり早めることができる。



 一心不乱に黒カエル肉を食べる。しかし、黒カエルは見つからない悟に焦りでも感じたのか、散らばって捜索範囲を広げていた。



 再び発見されそうになった悟は、食べるのをやめ、逃走を図る。



「逃げる→食べる→回復→逃げる」の繰り返し。

 大怪我を負った悟にはそうすることしかできない。

 


 悟が逃亡劇を開始してから3日ほどが経過する。

 治りきっていない足で逃げ出すため、傷の治りはかなり遅かった。

 時には、逃亡した結果、前より傷の状態が悪くなることもあった。

 そんな悟であったが、3日が経ち、インベントリのカエル肉をほとんど食べ尽くした頃、悟の足はようやく普通に走れるぐらいには回復した。

 ちなみに、腕の方は2日目には完治していた。

 現実世界ではありえないぐらいの早い回復だが、魔力やスキルによって回復を早めることができる悟にとっては遅い。



「よし。ようやく、普通に動けるようになってきたな。くそガエルどもめ、散々追いかけ回しやがって。断じて許さんぞ。………ボスの野郎に復讐するのは無理だろうが、他のやつは皆、狩り尽くしてやる。………早速、おいでなすったな。君たち、今回ばかりは———————会いたかったよ。」



 悟は暗い笑みを浮かべながら、遠くに見えるボスガエルに細心の注意を払いながら、狩りを開始した。

 今回も狩って狩って狩りまくる。

 流石に前回ほどの数はいないが、リポップ速度がかなり速いのか、前回の3分の1ぐらいはいそうな数を相手に、ここ数日で溜まりに溜まったストレスを発散していく。



「っっ!!!………おらっ!!………舐めんなよ。お前の攻撃なんか2度とくらうかよ。」



 しばらく楽しく狩りを続けていた悟であったが、2度目のボスガエルからの攻撃を受ける。

 すると、ボスガエルの様子を常にチェックしていた悟はすぐさまスキルを全開発動し、遅い体を強引に動かし、なんとか回避することに成功する。



 それを確認した悟は勢いに乗って、黒カエル達に襲いかかる。

 しかし、そこで先程の攻撃をかわされたことにムキになったのか、ボスガエルからの攻撃が再び襲いかかってくる。

 悟はもちろん、それも必死に交わすのだが………



「っと。余裕余ゆっ!!!!!!!………お前、まじでふざけんなよ。くそがっ!覚えとけよーーー!!!!!」


 

 次の瞬間、ボスガエルが伸ばした舌を横薙ぎに振るってきたのである。

 悟はすぐさま大盾を展開し、それをガッチリと両手で握りつつ、今度こそその中に体全体が収まるようにする。

 しかし、大盾にボスガエルの舌による強烈な一撃を受けてしまったら、ピンボールのように吹き飛ばされることに変わりはない。



 今回もまた、盛大に吹き飛ばされる。

 宙をまう悟は、まるで、ば○きん○んのように捨て台詞を吐きながら、沼地の奥へと消えていくのであった。




-------▽-------




「くそっ!もうずっとカエル肉しか食ってねえよ。確かに焼けば肉も舌もかなりうまいんだけどな。

 いい加減飽きるだろ!

 あのボス野郎、毎回毎回俺の邪魔しやがって!

 いつか絶対に丸焼きにしてやる!」



 悟は現在、焼いたカエル肉をかじりながら、現状に対する不満を叫んでいた。



 あれから1ヶ月程経過した。

 その間、黒カエルの群れと悟は幾度となくぶつかった。

 最初の方は、悟は群れを壊滅寸前まで追い込むことができていたのだが、途中から心変わりでもしたのか、ボスガエルが積極的に攻撃してくるようになった。

 悟は粘るのだが、結局はろくに周りの黒カエルを狩ることすら出来ず、吹き飛ばされてしまうばかりとなっていた。

 ボスガエルには未だ勝てる気配がせず、悟は自分を鍛えるために、最後には負けると知りながら黒カエルに挑んでいたが、周囲の雑魚カエルもろくに狩れないとなると、効率が非常に悪くなる。

 そのため、悟は悔しい思いをしながら、泣く泣く黒カエルを無視して、迷宮を目指すことにしたのだ。



 しかし。

 それは甘い考えであったと現在の悟は思い知らされている。

 おそらく、ボスガエルが途中で悟が迷宮に行こうとしていることに気づいたのだろう。

 一人迷宮を目指す悟に、群れを率いて妨害するようになったのだ。



 そのため、悟は戦うより他にない状態になってしまった。

 ボスガエルの攻撃にさらされた状態でそれをかわしつつ、他の黒カエルを狩る。そして、あわよくばボスガエルに攻撃を加える。

 悟は、そのために否応なく魔力を高め、スキルや戦闘技術を磨いた。

 悟は、黒カエルとの連戦を通して、確かに成長し続けていたのである。


 しかし、いかんせん今の悟にとって、ボスガエルは存在の格が違いすぎる。

 最初に悟を苦しめた舌の攻撃ですら、全力ではなかったようで、今でも遊ばれているようにしか感じない。



 このままでは、まずい。

 この黒の沼地のエリアには元々、迷宮をクリアするために来たのに、まだ迷宮にすら入ることができていない。

 段々と焦りが強くなってきた悟は、ついに正攻法での黒カエルの群れ突破を断念する。



「……仕方ない。やりたくなんか無かったけど、とりあえずやってみるか。」



 悟はある作戦を実行することにした。

 その作戦がうまく行く保証はどこにもないし、悟自身も気乗りしないのであるが、突破のためにはやれることを全てやる覚悟がある。



 悟は作戦の期日を今夜に決めた。

 それまでに溜まったカエル肉を食べまくり、少しでも力をつける。

 果たして、今夜の作戦の成否やいかに—————

















-------▽-------




「……いや、嘘だろ。何でこんなんで一発成功すんだよ。」



 その日の夜、悟はついに目指していた迷宮の入り口へとたどり着くことができた。

 全身くまなく真っ黒な姿で。



 そう、悟の作戦とは、沼地の泥を全身に塗りたくり黒カエルと同じ保護色となって移動するというものだった。

 悟は、この作戦の成功率を40%ぐらいと思っていた。

 しかし、蓋を開けてみると、黒カエル達は不気味なほど悟に無反応であり、ボスガエルとは一瞬目があったような気もしたが、攻撃されることなく迷宮まで無傷でたどり着くことができた。



「まあ、なんにせよ、これでようやく迷宮に辿り着くことができたんだ。…………ここをクリアすれば心愛と話ができるんだ。絶対に超えてやる。」




 悟は、作戦がいとも簡単に成功したことに釈然としない思いを抱えていたが、そびえ立つ迷宮を眺めて、気持ちを切り替える。



 この迷宮には悪いが、悟がこの迷宮で死ぬようなことは億に一つもないだろう。

 なぜなら、この迷宮を攻略すれば、短い時間ではあるが、求めてやまない妻と話をできることが確定しているからである。



「例え、この身が粉微塵に打ち砕かれようとも必ずたどり着く。この迷宮のモンスターどもよ、大人しく首洗って待ってろ。」




 BCO世界に100万人のプレイヤーが閉じ込められておよそ2年。

悟は、ようやく、この世界で初めて、100の迷宮に足を踏み入れた。

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