第12話 安全地帯の外

 悟が小雪との話を終え、学校から姿を消した後。



 しばらく歩いていたが、学校が見えなくなると、悟は走り出した。



 時刻は深夜である。

 人通りはほとんどない。

 よって悟は飛ぶように安全地帯の外を目指して走る。



 思えば速くなったものだ。

 ほんの10分ほどで安全地帯の境界まで達する。



 境界の外は高さ25メートルほどだろうか。

 それほどの大きさの多種多様な木々が乱立していた。

 さらにその間には、現実世界であれば悟の膝の高さにも満たないはず雑草が、3メートルほどの大きさとなって所狭しと生えている。



 ただ、小さな虫などはいないので、遠くから見れば、美しい景色のように見えなくもない。



「なるほどな、これじゃ探索が進まないのも分かる。」



 見通しが非常に悪く、ちょっと進んだだけでも、自分がどこから来たのか分かりづらくなる。

 これにモンスターとの戦闘が加われば、木などに登って位置を確認しなければすぐに迷子になるだろう。



 現在、初心者迷宮でモンスターを狩るプレイヤーと安全地帯の外にいるモンスターを狩るプレイヤーの両方がいるが、数としては圧倒的に前者の方が多い。

 両者の間には、他にも様々な違いがあるが、悟は後者が圧倒的に少ない理由の一つを垣間見た気がした。



 また、『100万同盟』が進めている、安全地帯の外の調査の進捗があまり良くないことの原因の一つにもなっているのだろう。



「……まあ、俺は進むんだけどな。」



 視界の遠くに見える急峻な山々は未だ遠く。

 100キロメートル以上は離れていそうだ。



 さて、悟はそこまでどうやって辿り着くつもりなのか。

答え。

できる限り一直線に走る。

時折、木に登って方角を確認する。

ただそれだけである。



 皆帰り道を気にするから、いけないのである。

 悟は安全地帯に当分は帰るつもりがない。

 そして、急なモンスターとのエンカウントに備えてスキルを発動させながら進む。



 しばらくそうして走っていると、悟の目の前に2メートルくらいの白い狼のモンスターが現れた。



 即座にスキルを深める。

 1秒を30秒ほどへ。

 何せ悟はかなりのスピードで入っていたため、もう目の前に白狼がいるのである。



 悟はこのスローワールドで何事もないかのように動く。

 白狼の首めがけて腕を振るう。途中、インベントリから刀を手に出し、そのまま走らせる。

 刀をインベントリにしまう。

 即死した白狼した白狼の体と頭に一瞬のうちに手で触れ、インベントリにしまう。

 食糧確保である。



 この間、0.3秒ほど。

 何事も無かったかのように悟はその場を通過する。

 このようにして、悟はあっという間に安全地帯から離れて行った。




-------▽-------




「………ちっ、モンスターが多くなってきたな。」


 安全地帯の外に出て既に2時間が経過した。

 悟はすでに、山脈の麓まで半分といった所まで来ていた。

 しかし、つい先ほどから思うように進めなくなっていた。

 遭遇するモンスターの数がかなり増えてきたのだ。

 まあ、全て白狼なのであるが。


 悟は嫌な予感を覚えた。

 もしかして自分は、白狼の彼らのボスがいる方向に向かっているのではないか、と。

 確証はない。

 ただ、向かう方向ぴたりとは行かなくとも、確実に近づいている。



「まあ、そうであったとしても、戦うのみだ。」



 悟は一度大きく深呼吸をした。

 そして、再び走り出す。


 今度はスキルを1→20(1秒を20秒に拡大)ぐらいにして走る。



走る→エンカウント→刀出す→瞬殺→収納→走る



 延々繰り返す。

 おそらく群れの敵として認識されたのだろう。

 前は前へと進む悟に向かって四方八方から襲いくる。

 まるで初心者迷宮の30階層のような状況だ。

 違うのは、悟が瞬殺した白狼片っ端から収納していることだけだ。

 悟のインベントリには、悟の魔力量の割に収納物が少ない。必要最低限の物資と例の武器屋で大量に購入した武器のみしか入っていなかったのである。



 ちなみに初心者迷宮のアリたちは才持が消えるのと同時に消えてしまっていた。

 おそらく悟の要求を叶えるため、早急に30階層のモンスターをつくり直すのに必要だったのだろう。



 よって食料確保も兼ねて片っ端から収納しているが、悟としてもこの量は流石に予想外である。



 だが、悟がこれほどまでに徹底して白狼の死骸を収納しているのには理由がある。

 それはそれを食べまくるためである。

 食べまくってモンスターの体に残留する魔力を吸収しまくる。

 全ては己の成長のため。

 悟は白狼の死骸を収納し続ける。



 そしてさらに2時間が経過する。

 悟は戦いながらさらに前方に10キロほど進むことに成功した。

 悟の感覚で収納はほぼ限界に達し、魔力はすっからかんに近い。

 確実に30階層で倒したアリの数を超えているはずだ。

 なのにエンカウントする白狼の数は増えるばかりである。

  悟はしばしの間考えを巡らせる。

 そして、今後の方針を決定した。


「はぁ、はぁ、はぁ、お前たちに恐怖ってもんはないのか?……まあ、いい。また明日、だな。」


 まだ時刻は朝5時程。

 にもかかわらず悟は、また明日と白狼に告げ、残り少ない魔力でスキルを全開にし、本気で木登りをし、身体能力に任せて木々をつたって逃走した。




-------▽-------




「………どうやら逃げ切れたようだな。」



 しばらくして白狼から逃げ切ることに成功した悟は、木の上で息を潜めながらつぶやいた。

 そして、木の上から飛び降り、一匹の白狼の死骸と刃渡り30センチほどの包丁を取り出し、白狼を捌き始めた。

 まあ、動物を捌いた経験など、この世界に来て、詳しい人に少し教えてもらった程度しかないため、毛皮と肉を分け、内臓を出すだけであるが。

 さらに、適当に木を切り、それにかなりのお金をかけて買った火魔法使いと錬金術師の合作「火魔法ライター」で火をつけ、燃やす。



「………とはいえ、しまったな。あいつら、絶対血の匂いとか、煙とかに気づいて寄ってくるだろ。」


 悟はしばし熟考する。

 そして、悪魔のようなひらめきを得た。


 巨大な斧のような武器を出し、魔力を纏わせる。

 そして切る方向を調節し、斧を振る。

 斧は巨大だが、木の幹の方が巨大である。

 何度も振る。

 もちろん悟は木を切り倒した経験などないため、勘でふる。

 徐々にコツをつかみ、スキルも使っていたため、短時間で切り落とすことができた。

 それを後3回。

 悟は巨大な四角形を作り出すことに成功した。

 悟はその中に入ると、切り倒した4本の木の葉に火をつけた。

 次第に火は勢いを増し、巨木の幹からも煙が出だした。



「よし、これであいつらも入ってこれないだろう。」



 そう言うと悟は、白狼を再び捌き始めた。

 しばらくしてそれを捌き終えた悟は、長い槍を取り出し、それに突き刺す。

 そして事前におこしておいた火で焼く。

 その間、別の白狼を取り出し、解体する。

 解体し終えたものを槍に突き刺し、焼く。

5体ほど槍に突き刺し、焼き出したところで、最初の白狼がいい感じに焼けたようだ。



 悟は熱された槍を毛皮で包み、火から離れた場所へ移動させ、冷やす。

 そして、その間にまた白狼を捌き、槍に刺し、火で焼く。

 2体目の白狼が焼けたので移動させる。



捌く、焼く、移動させる。

これを繰り返す。

そしてこれを30分ほど繰り返した後、一度作業をやめた悟はそれを食べることにした。



「……いただきます。」


かぶりつく。


「……味付けしてないササミみたいだ。不味くなくて良かった。」



 悟は一心不乱に食べ出した。

 

 ものすごい食いっぷりだ。


 この様子を見た人はみんなは、「そんなに急いで食べてもすぐに満腹になるだけだろうに」と思うだろう。

 だがしかし、10分経っても悟は一心不乱に、ペースを落とさず食べ続けている。

 20分経ってもそのままである。

 30分経った時、とうとう悟はそのままのペースで一匹丸々食べ終えてしまった。

 そして、すぐに2匹目を食べ始める。今度はスキルを発動しながら。



 これは一体どういうことなのか。

 それは、悟がモンスターという存在とそれを自分が食べるという行為について、次のように捉えているからである。



 「モンスターは魔力が具現化した存在であり、モンスターを食べるということは、モンスターという魔力を吸収するということ。

 吸収した魔力は即座に自分の肉体の細胞一つ一つに染み渡り、定着し、魔力を回復する。さらには自分のものでなかった魔力を取り込むため、己の最大魔力量を増加させる。」


 色々とツッコミどころはあるだろう。

 悟自身もツッコミを入れようと思えば確実にそうできる。

 だが、魔力は意志により変化するため、多少の不備があったとしても、そうであると信じ込んでしまえば、自分の魔力がまるで魔法のように不備を解消してくれるはずだ。



 ゆえに悟はそのように捉え、信じ込む。

 そして、自分が信じ込んだことを実際に実現しているのである。



 実は悟以外のプレイヤーにも才持の言葉を元に、魔力やスキルについて柔軟な捉え方をし、実際にそれを実現している者もいる。

 というか、現在初心者迷宮などで魔力適合度が低くとも活躍できているプレイヤーは大体そうである。

 しかし、それを食にまで応用し、魔力を吸収する方面に活用しているのは悟のみである。



 悟はソロプレイヤーであり、また相対するモンスターの数も他のプレイヤーとはかけ離れている。

 そのため、悟はこの頃から魔力量の増加が他のプレイヤーとは比較するのもおこがましいほどのものとなっていくのである。



 食って魔力を回復させ、白狼を捌き、焼く。焼けたら移動させ、スキルを発動し短時間で喰らい尽くす。食べたものは全て魔力となって体に染み渡るため、排泄など必要ない。


悟はひたすらにこれを続ける。

これは鍛錬である。

ひたすらに己の魔力量を増やすための鍛錬だ。


 2時間ほど続け、100匹ほど食べ尽くした悟が思ったこと。


「焼くのにかかる時間が長すぎる。」


 こればかりは自分の認識ではどうすることもできないので、しょうがない。

 だが、このままでは、いつまで経っても食べ終わらない。

 そこまで考えた悟は、周囲から見れば、「やるとは思ったけど、本当にやるなよ」と思われることをやり始める。


「……モンスターは魔力でできている。だから、生で食べても大丈夫。モンスターは魔力でできている。だから、生で食べても大丈夫。モンスターは魔力でできている。だから、生で食べても大丈夫。

………ついでにこの世界に菌とか寄生虫とかはないはずだから、大丈夫。あっても俺の魔力で殺す。

…よし、いただきます。」


 入念に思い込み、生で食べ出した。

 悟の舌はそこまで繊細にできているわけではない。

 悟は「うーん。血の味はするけど、意外といけるな。なれればなんともないだろう。」とかなんとか思っている。



 ともあれ、これで焼く→移動させるという時間のかかる工程を省くことができた。

 さらに重要なのは、これにより全ての工程をスキルを使いながらできるようになったということだ。

 


 増えた魔力量、回復した魔力で少しづつスキルの上限を伸ばしながらスキルを使用し続ける。

 スキルの使用による魔力の消費に間に合うよう、早く食べる。

 遅い世界では、捌いたり食べたりする自分も遅いのだが、強い意志により、痛みを伴いながら少し前の自分の限界を超えた速度で捌き、食べる。

 この状況では寝て超回復を待つことはできないため、万能な魔力に超回復を任せる。



 こうして悟はひたすらに加速し、捌き、食べ続ける。

 これぞ、悟の正真正銘の本気。

 いや、そこ使うところかよと思うだろうが、その効果は絶大である。



 食べ続けること約6時間。

 加速していた悟にとってはその何十倍にもなる時間。

 ついに悟はやり遂げた。

 もはや悟は無感情であった。

 インベントリから白狼が出てこなくなって、「あれ?何で出てこないんだろう。」と疑問に思い、しばらくしてよくやく自分がなぜ白狼を食べ続けていたのか、その理由を思い出した。



「………終わったか。あいつら数多すぎだろ。もはや殺意しか湧かんぞ。早いとこ全部狩って食い尽くしてやる。

今は、何時ぐらいなんだ?日が昇ってるってことは昼ぐらいか?まあ、いいや。どの道食べ終わったら狩りに行くしかないからな。」



 そう言うと、悟は再び白狼を狩りに向かう。

 ひたすら狩って、ひたすら食べて、その後すぐに狩りに向かうのか。

 狂っている。

 どう考えても狂っている。


 悟も自分が少し狂っているなという自覚はある。

だが、それがどうした。

1番大切なことは目的を見失わないことである。

では、目的とは何か?

それは現実世界への帰還だ。

家族の元へ帰ることだ。

よし、言える。

なら、大丈夫だ。



「………よう。久しぶりだな。今回は最初から大勢でお出迎えか。相変わらずめちゃくちゃな数しやがって。断じて許せんぞ。食い尽くして俺の魔力にしてやる。」



 第2回戦開始。

ただし、悟は大量の白狼を倒し、食らい、成長している。

そのため、前回よりも格段に早い。

魔力にも余裕がある。



 流れるように首を飛ばし、胴体は収納。

 前回、首まで収納していたが、さすがに食べる気になれず、申し訳ないが四角形の燃える木の中に入れ、全て燃やしてきたのだ。

 なので、今回首は放置する。



 斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬って、収納。斬っ————————————




 もはや、白狼など何匹いようが関係ない。

 スロウワールドにて、固まる白狼たちと1人踊る悟。

 次元が違うのだ。

 あまりの速度差に、億に1つの間違いすら起きない。



 そして、実際には3時間程狩りを続けた頃。かなり拡大したはずのインベントリが満杯に。



「おかしい、確かに最後の方はかなり減った気もするけど、10万は狩ったはずだろうに。

 流石にリポップだとしても早すぎるだろう。

 まさか、森中の白狼が全てこちらに向かってきているのか。

………いいだろう。そっちがその気ならこっちも徹底的にやってやるよ。また飯食ったら戻ってくるからな。待ってろよ。」



 悟は、密度を減らした白狼たちにそう声を掛けると、2度目の逃走を図る。



 そして、数時間前と同様にして、食事を始める。

 ちょいちょいインベントリに収納してきた水も補給する。

 そして、およそ24時間後。

 スキルを全開にし、体の超回復も幾度となく繰り返し、悟は前回の数倍の速さで10万を超える白狼を食い尽くした。



 そして、また狩りに向かう。



「………よう、またきてやったぞ。そろそろ大将のツラ拝ませてくれよ。……じゃあ、行くぞ。」



第3回戦開始。



 圧倒的蹂躙。それしかない。

恐怖という感情が欠如した白狼と、いい加減にしたらどうだと誰も言う者がおらず枷がぶっ壊れた悟。



 予定調和のような蹂躙劇の果て。

 ついに白狼が悟の前に現れなくなる。

 悟は再び山脈に向かって位置を確認し、走り出す。

 もちろんその道中、一匹たりとも白狼も出くわすことはなかった。




-------□-------




 それは才持につくりだされた存在。

 それは周りの存在とは異なり、1段階上のAIを組み込まれ、この森林一帯を統べる主としてつくられた存在。

 彼らには一様にあるプログラムが組み込まれている。

 曰く、「プレイヤーを殺せ。」と。



 彼はその日、いつも通り森を徘徊していた。

 そしてそろそろ日が昇るという時に、何やら森が騒がしいことに気づいた。



 気になった彼は眷属の一体に何が起こっているのか調べてくるよう命じた。



 そしてしばらくして、眷属が戻ってくる。

 話を聞くと、どうやらついにプレイヤーとやらが現れ、群れの仲間が次々とそいつを殺しにかかったが、どうやら苦戦しているらしい。



 そのプレイヤーに興味を持った彼は、群れの仲間を引き連れ、実際に自分で様子を見に行くことにした。



「…………」



 それは生まれてはじめての強烈な感情を抱いた。



 彼は、プレイヤーを遠巻きに発見し、確実にそいつを殺すため、大勢の群れの仲間をけしかけ、高みの見物に洒落込もうとしていた。



だが。

向かっていった仲間は例外なく死んで、その首だけが残った。

たくさんの無機質な仲間の瞳がこちらを見ている。



怖い。

強烈な恐怖。

このままでは自分も。

彼は自分の仲間全てに命令を出し、そいつを殺すように指示した。そして、自分はひたすらそいつから逃げた。



いつしか仲間は全ていなくなっていた。

彼はじっと身を潜め続ける。

ずっと。

ずっと。




 実は、迷宮外に存在するモンスターには、いるべきエリアが存在し、その外へは出ることができない。

 そしてエリアごとに、ボスモンスターが存在する。

 このボスモンスターを討伐すれば、そのエリアのリポップ(モンスターが時間経過とともに何も無い所から生み出されること)を止めることができる。



 モンスターに食事は必要ない。

 ゆえに悟への恐怖から、安全地帯外の森林のボスモンスターは永久に身を潜め続ける。



 よって、結果的にこの地のモンスターは絶滅することは無くなってしまった。

 倒しても倒しても気がつけばまたモンスターが増えている。

 そのような状況が、『100万同盟』による安全地帯外の調査を難航させ続けるのだが、それは流石に悟の感知するところではなかった。




-------▽-------




「着いた、か。しかしでかいな。3000は軽く超えているだろ。そして思った以上に急だ。」


 走り始めて1時間。

 ついに悟は森を抜けた。

 あれだけ白狼を狩って、最後には全く出てこなくなったのに、ボス格のモンスターがいなかったのだけは不可解であるが、それを気にしても仕方がない。

 問題は目の前にそびえ立つ、美しく険しい山である。

 近づいていて、初めて分かるが、信じられないことにこの山、一つの岩でできているようである。

 赤茶色の色をした一枚岩。

 その凹凸を利用して登っていくしかないようだ。

 標高が高い部分には雪が積もっているのか、白くなっているのが色々と不安を煽る。



 とは言え、昨今の目覚ましい成長を続ける悟にとって、この巨大な岩を登るのは決して不可能ではないだろう。



「………行くか。」



 悟は登り始めた。

 下から見た限りではモンスターの姿は見えなかった。

 そのため、すいすい登ることができる。

 最初は四つん這いになって手と足を使って登っていたが、軽くスキルを使えば、足だけで駆け上がるようにして登れることに悟は気づいた。

 こうなれば後はただのランニングと化す。



 まるで忍者のように、かなりの速度で駆け上がっていく。

 その途中、大型のカラスのようなモンスターが度々空から現れて襲いかかってきたが、刀で瞬殺し、なんなく通過してきた。



 そしておよそ15分後。

 悟は雪が残る地帯へたどり着いた。

 そこから先はまた出現するモンスターが変わる。

 イエティ。

 おそらくモチーフはそれだろう。

 白い毛皮に覆われた4メートルほどの大きさの大猿だ。

 その一匹が悟の前方に現れた。



 白猿は長い手をしならせ、悟を殴りつけようとする。

 悟はスキルを発動させ、それを大股で一歩、白猿の方へ踏み込み体を低くすることでかわす。

 そして白猿の腕が上を通過したのを確認し、もう2歩進む。その2歩目は白猿の膝上に足を置き、白猿の首目がけて跳躍する。

 跳躍の勢いそのままに刀で白猿を斬りつける。


「……固い。だが、それなら。」


 下から首を切りつけたが、分厚い毛皮に阻まれ浅い傷しかつけられない。

 悟は刀を即座にしまい、今度は勢いそのままに白猿の肩を踏み、上空へ跳躍する。

 悟は上空から白猿の様子を見る。

 遅い世界の中で白猿はようやく腕を戻し、怒りの声を上げ、こちらに向けて手を伸ばそうとしている。

 悟はインベントリから短刀を取り出すと、白猿の目に向け投擲した。

 空中で不安定なこともあり、少しそれてしまったが、白猿は手で払い除けようとする。

 そうなればこの戦いはもう悟がもらったようなものだ。

 悟は大斧を手に出し、体をひねり回転させる。

 3回転ほどし、遠心力をそのままに白猿の首を斬りつける。

 白猿の首が落ちる。

 どうやら、今度は成功したようだ。



「ふぅ、やはりインベントリ瞬間換装戦法は有効だな。」



 悟はそう言うと、白猿の胴体をインベントリにしまい、再び上へ上へと走り始めた。



 インベントリ瞬間換装戦法。

 命名、佐藤悟。

 意味としては、インベントリを活用して、敵や状況に応じて瞬時に武器を変えながら戦う戦い方である。



 だっさい名前である。

 悟にこういう、何かの技に名前を付けるセンスはない。

 悟も何となく、ださい名前だなとは思っているが、一度そう思ってしまったら、もうそれとしか思えなくなってしまったのである。

 悟は次から名前をつける時は、きちんと考え、短く、端的にしようと心に決めている。



 ともあれ、悟はその後も度々白猿と遭遇するも、大斧で難なく撃破しながら進む。



そして登り始めてからおよそ2時間。



「着いたか。………なるほどね。そう来るか。さすが史上最高の天才の本気。それに、どんだけ嫌な性格してんだよ。攻略組がここに至った時の心境を考えると………まあ、怒り、絶望、呆然と言ったところか。まあ、何にせよ、早めに来て正解だな。」



 ついに悟は美しく険しかった山の稜線にたどり着く。

 途中モンスターとの戦闘はあったものの、かなりの速度で登ってきたため、標高差10000メートルはあったはずだ。とてつもなく巨大な一枚岩である。

 背後には悟が辿ってきた森や、安全地帯、そして米粒ほどの大きさの初心者迷宮が見える。

が、今それはどうでもいい。



 重要なのはその反対側。

悟の視界の先に広がる風景である。

広がる景色は広大で、はるか彼方まで見える。

深い霧に包まれたエリア。

一面氷漬けとなっているエリア。

灼熱のマグマが煮えたぎるエリア。

ただひたすらに真っ黒な地面が広がるエリア。

ぱっと見ただけでもこれだけ多様なエリアが広がっている。

 そして、その中にはここからでもほんの小さくではあるが、見ることができる明らかにサイズがおかしいモンスターも見える。

 そして悟の視界には2つ。

かなりの高さまでそびえ立つ漆黒の塔が見える。

やはり山脈を超えた先に迷宮はあったのだ。



「しかし、予想はしていたが、この世界は球状だったとはな。しかも、向こう側はかなり低い場所にあるな。3倍ぐらいか?どんだけ迷宮が高くても見えるわけないんだよな。」



 そうなのだ。

 悟が登ってきた方からこの山を見ると、高さおよそ1万メートルほど。

 だが、反対側から見ると、高さ3万メートルほど。

 プレイヤーが転送されたエリアはかなり高い位置にあったのだ。

 これでは、山の向こう側で、漆黒の巨塔がいかに高くそびえ立っていたとしても見ることはできない。



 なぜ才持はそのように世界をつくったのか。

 もしかしたらこの景色を見せ、プレイヤーを絶望させ、それを乗り越えられるかどうか、乗り越えられた者とそうでない者を選別したかったのかもしれない。

 そうしてふるいにかけ、乗り越えた者たちだけで切磋琢磨させ、成長を加速させたかったのかもしれない。

 だが、本当の所は才持に聞いてみないと分からないのである。



「………まあ、なんでもいいか。やらなきゃ帰れないのであれば、やるだけだ。まずは1番近くの真っ黒なエリアにある迷宮から行きますか。」



 しばらくの間、景色を眺めていた悟はそう呟くと今度は斜面の反対側へ向かって飛ぶように駆け出した。

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