第10話 こうして彼は修羅の道を歩み出した(上)

悟が子どもたちの前から姿を消す1週間前。

時を悟が初心者迷宮を攻略することになる日まで戻す。


悟は初めて初心者迷宮に潜って以来、毎週末欠かさず初心者迷宮に通い、攻略を進めた。


そして、何回も通ううちに分かったことがある。

10階層への扉の前では、悟が通りかかった時、3回に1回は必ず殺し合いが発生していること。

そして驚くことに、そこに常駐し、殺し合いを楽しみにしている人々が多くいるということだ。


確かに初心者迷宮に限って言えば、それは他のVRゲーム同様にただのPK(プレイヤーキル)行為と変わらないのかもしれない。

いや、この世界に痛覚制限なんてものはないので、全然違うのではあるが。


だが、初心者迷宮で恒常化している殺し合いが、この先、他の迷宮内で0になるとは考えにくい。

悟は、何回かの殺し合いを目撃した後、もう彼らのことは自分とは別の生き物だと思うことにした。



そして、悟が初心者迷宮を攻略したということは、その広場を通過したということである。


では、どうやって悟は広場を通過したのか?

これについては悟もかなり悩んだ。

その結果、これがいいんじゃないかと思い、実行した策は、


「そこを通るのがさも当然のようにして平然と通る。」


であった。


よくよく広場の様子を観察して、考えてみれば何も扉の先に進む人が全くいないわけではないのだ。

そういう人たちは、おそらく攻略組の中でもかなり強力なプレイヤーたちなのであろう。

半ば暗黙の了解のようにして、平然と通過していくのだ。


悟はそれを参考にして、平然と広場に入り、ただ前を見て、悠然と扉まで進み、当たり前のように扉を開け、通過することに成功したのだ。


そうしていつものように平然と通過した先、10階層はボス部屋となっている。

どうやら10階層ごとにボスモンスターが配置されているようだ。

ここへは、一度部屋に入るとボスモンスターを撃破するか、プレイヤーが全員死亡するまで扉は開かない。


10階層のボスモンスターは、予想通り大狼であった。

もっとも悟が初めて初心者迷宮を探索した際に遭遇、撃破した9階層の大狼より、1まわり大きく、体長が10メートルほどであったが。


しかし、この大狼は取り巻きも連れておらず、悟も魔力や体力に余裕があり、前より格段に成長しているため、なんなく撃破することができる。


こうして悟は11階層へと進む。

ここに来ると、遭遇するプレイヤーの数が5分の1ほどになった。

11階層から20階層までは、海辺の砂浜のようなフィールドになっていた。

そこに出現するモンスターは巨大なカニであった。

こいつらはとにかく固い。

悟は最初の頃は刀で斬りかかり、何度も刀を折られ敗走した。

カニの腹にあるおにぎりのような形の部分に刀を突き刺しても、今度はその刀が抜けなくなる。


悟は何度も例の武器屋に通うことになり、貯金がガンガン削られた。


そして、困った悟は武器屋の店主に相談し、20階層で取れる鉱石を武器屋に一定量持ってくるのであれば、それを素材として安く武器を作ってくれるよう、約束を取り付けた。


そうして悟は1.5メートルサイズのピッケルのような武器を製作してもらい(ついでに刀も)、それにより攻略を再開することができた。


今回もその巨大ピッケルを使い、簡単に巨大ガニを屠っていく。

ちなみに、20階層への扉の前にある広場では、いつも10数パーティーほど休んでいるが、殺し合いに遭遇したことはない。

なぜ、ここでは殺し合いが全くないのか、悟には謎であるが、なくて困るものではない。

なので、ここはすんなりといつも通ることができる。

そして20階層の、横幅が5メートルほどある巨大ボスガニも、大して苦労せずに屠る。


そして、21階層〜29階層であるが、一言で言えば、巨大なアリの巣である。

しかし、その中は真っ暗ではなく、壁や天井や床には、七色に輝くクリスタルのような鉱石がかなり埋まっており、筆舌し難い幻想的な風景が広がっていた。

ただ、ずっと同じような道が延々と続く上に、その道がさらに枝分かれしていくため、マッピングが非常に大変であった。

迷宮で迷子になるとしたら、おそらくこの階層が1番なりやすいだろう。

現に、攻略組のある有力なパーティーのが23階層あたりでモンスターに連続して遭遇し、逃げている間に自分達がどこにいるか分からなくなり、1週間ほど彷徨った挙句、助けが来ないことを悟り、自決して迷宮から脱出したという話は有名だ。


それを聞いた悟は、この階層ではどんなにモンスターと囲まれ戦うことになっても、その場を動かないよう心がけて戦ってきた。

それにより、幸いにも悟は迷子になったことはない。


この階層では遭遇するプレイヤーの数はだいぶ減り、1階層あたり2,3パーティーと遭遇する程度である。

この階層あたりに一人でいるプレイヤーは悟以外にはいないのか、会ったパーティー全てが訝しげな視線を悟に向けてくるが、悟は開き直って堂々と過ぎ去る。


これにより悟は一時期、東洋人のソロプレイヤーで、一人で高階層まで攻略してる謎のプレイヤーがいると噂されることとなるが、その数ヶ月後にはパッタリと目撃情報がなくなったことや、新たな迷宮の出現に伴い、噂はすっかり忘れ去られることとなる。


21〜29階層に出現する巨大アリのサイズは一様に体長2メートルほどであり、29階層に近くなるにつれて一回にまとめて遭遇するアリの数がどんどん増えていくのだ。

ここまで至った有力なパーティーでも、数の不利に慣れていないことや、乱戦で、フレンドリーファイアを気にしてうまく戦えずに、運が悪ければ撤退を選択することも多々あり、思うように攻略が進められていないのが現状だ。


そんな現状の中、悟も苦戦したかというと、実はそうでもない。

悟はソロプレイヤーであるため、常に数の不利にさらされてきていた。

フレンドリーファイアなど存在しない。

そして、出現するアリは硬い殻に覆われてはいるが、関節などの節々を狙って刀を振ると、そこまで苦労することなく、討伐できるのである。

そのため、悟の日々の訓練により、成長を続けるスキルを発動すれば、例え集団で襲い掛かられても、短時間で撃破することができたのだ。


つまり、この階層と悟の相性はとても良く、悟は、


モンスターを大量に撃破→魔力を吸収→スキルを成長させる。体の超回復を早める。→強くなった悟がさらにモンスターを撃破


という、ウハウハタイムを経験し、しばらく狩りを28階層で行った悟はかなりの成長を遂げていた。



悟は今回の探索で、ついに30階層のボスに挑む予定のため、21〜29階層までの最短経路を通り、出会ったアリだけ倒して進む。


そして、ついに30階層への扉の前の広場に到達する。

その扉はこれまでのものとは全く異なる巨大さであり、見れば次が最終階層だと誰もが言うだろう。

実際に現在ではそういう認識をされている。


そして、そこには2組のパーティーがいた。

ここには基本的に誰もいないことが多いが、今日はいるようだ。

その2組のパーティーは殺し合いをしている訳ではなかった。

むしろ、2組のパーティーの距離は近く、仲がいいことが伺えた。

しかし、どことなく、澱んだ空気を出しており、皆表情は優れないようであった。



悟は、待っていても仕方がないと思い、広場に向かって堂々と歩き出した。

すると、2組のパーティは悟に気づき、まじまじと、それはもうまじまじと悟を見つめてきた。


悟は、そりゃ9階層や19階層と違って全然人がいないから当然だよなと思いつつ、その視線を無視して横を通り過ぎようとした。


「……おい、あんた。」

やはりうまくいかなかったようだ。ガラの悪そうな男に呼び止められてしまった。


「……何ですか?」

「噂には聞いていたが、まさかここまで一人で来れるプレイヤーがいるとはな。あんた、日本人だろ?同じ日本人として誇りに思うぜ。よっぽど相性のいいスキルでも持ってんのか。

まあ、それはいい。まさか、この先も一人で行くつもりじゃねーだろうな?」

「……はい。そのつもりですが。」


悟がそう答えると、2人の会話を黙って聞いていた周りのプレイヤーは、失笑したり、呆れたり、驚いたような表情を浮かべた。


そして先程話しかけてきた男がまた話しかけてくる。

「ふっ。あんたどこのパーティやクランにも入ってねえから、知らねえんじゃないか?

この先がどんなところなのか。」

「…確かにこの先のことについては何も知りません。やはり、誰もこの先に行ったことがないなんておかしいと思っていました。情報が隠蔽されていたんですね。」

「ああ、そうだ。もっともただ私益のために隠したわけじゃない。」

「じゃあ、なぜ?」

「この世界に暮らす人々に絶望が広がらないようにするためだ。」

「……どういうことですか?」

「……いいぜ。あんたには同じ日本人のよしみとして教えてやんよ。この先何が待っているか。そして、これまでにここでどんなことが起きたのか、をな。……あんたが、絶望しても知らないぜ?」

「聞かせてください。」

「即答かよ。まあ、いいか。

1ヶ月前。

あるパーティがこの扉を発見した。そして、扉の様子がいつもとちがう事に気づき、その時はパーティーが所属するクランへの報告のために帰還した。そして、そのパーティーから報告を受けたクランはたいそう喜び、一週間後内密にクランの総力を上げて攻略に乗り出すことを決めた。


3週間前。

つまり、そのクランが攻略を決行しようとした時だ。どこからか情報が漏れたんだろうな。

迷宮には他の有力クランも多数集結し、結果的には30階層めがけてよーいドンよ。

もちろん、道中は騙し合い、殺し合いのオンパレードよ。

それでもなんとか30人ぐらいの集団が30階層への扉をくぐったわけ。

………で、誰もボスを討伐できなかった上に、行った連中は何があったのかかたくなに語ろうとしねえ。余程な目にあったんだろうな。全員トラウマ負って、使い物にならなくなっちまった。


2週間前。

今度は、前回の事態を重く見て、攻略のために集まったクランは協力し合いましょうってことで、いつもよりだいぶ控えめな騙し合い、殺し合いをしながら、今度は100人ぐらいのプレイヤーが扉までたどり着いた。

そして、全員で30階層へ向かうわけよ。

まあ、それも全滅したんだけどな。

けど、敵の正体は分かった。

女王アリと、推定10000匹の巨大アリの軍団だ。

とてもじゃねーけど、一気に襲いかかってくるアリどもに、100人ぽっちじゃ対抗出来なかった。

で、一度アリどもに捕まると、群がられて体を食いちぎられていくってわけよ。


そんで2度目の全滅。

そしてクランの代表から報告を受けら事態を遅く見た100万同盟は、このことを一般には口外禁止としたわけよ。


………どうだ?絶望したか?」



「………まあ、この先が地獄だということは分かりました。なら、皆さんはなぜここに?」

「そりゃ、29階層で鍛えるために決まってんだろ。俺たちは2回の30階層攻略には参加しなかったが、かなりの実力だって噂なんだぜ?

でも、話を聞く限り30階層はとてもじゃないが厳しいってことは分かってる。

だから、クリアのために毎日アリどもと戦って鍛えてんのよ。」

「なるほど。納得しました。」

「……おい、今の話ちゃんと聞いてたか?」

「はい。重要な情報を教えていただき、ありがとうございます。」

「……じゃあ何で30階層へ行こうとしている?」

「あなた達が29階層で訓練していたように、私は28階層で訓練していました。

私は、攻略組と呼ばれる方々を信用できない。

だから、この先も一人で行くつもりでしたし、今の話を聞いてもそれに変わりはありません。

ならば、いつかはこの先へ一人で進むんです。

であれば、今日がその日でも別におかしくはないじゃありませんか?」

「……別にあんたが行かなくてもいいだろう?俺たちだってこの先に行くために今鍛えてんだから。」

「私がこれまで見てきた限り、あなた達攻略組のことは全く信用できません。

私と今話をしているあなたが信用してもよさそうであることはなんとなく分かります。

ですが、後ろの方々まで信用できるかと言われるとそうではありません。

もっと言えば、もし仮に私があなた達を信用したとして、あなた達は、だけで30階層へ挑戦するつもりですか?

違うでしょう。クランとか、もっと人を集めてから挑戦するはずです。

そうなれば、私はもう、あなた達含め、集団として信用できません。

だから、自分で行きます。」


「………なるほどな。あんたの言いたいことは分かったよ。だがよ、断言してもいい。一人じゃ絶対に無理だぜ。人間は群れる生き物だ。仲間がいなけりゃ、何もできやしねぇ。

どうしても行くってんなら止めやしないがな。」

「あなたがそう思うのは、あなたがあなたという生き方をこれまでずっとしてきたからです。

私は、私という生き方をこれまでしてきた結果、この迷宮の30階層は一人でもいけると判断しました。………では、これで。」

「………、ああ、死ぬんじゃねーぞ。」

「ありがとうございます。」



悟は扉へと再び歩き出した。

そして、扉を開け、扉の向こうへ消えていった。





「……あいつ、馬鹿ね。偉そうなこと言ってたけど、どーせ死ぬんだから。さっ、結構休憩したし、あんなやつのことなんか気にしないで、さっさとアリさん倒しに行くわよ。」

「……ん。和磨の言う通り、一人じゃ絶対何もできない。私でさえ無理なんだから。」

「…はは。ワンの自虐ネタは久しぶりに聞いたよ。まあ、彼のためにも僕たちは修行あるのみだね、和磨。」

「……ああ。そうだな。たかが初心者迷宮ぐらい、さっさとクリアしねぇとな。」



それは偶然の迎合であった。

この出会いが両者に何か大きな影響を与えたかと言えば、全くそんなことはない。

だが、30年後の彼らがもし、それが悟だと気づいていたならば。

果たしてどんな言葉を交わし、どんな行動に出ただろろうか。

確実に言えることはただ一つ。

この迎合以降に、両者が再びこの世界で顔を合わせることはないということだけだ。

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