第9話 子ども達の卒業

「先生、今まで本当にありがとうございました。

 僕たちが4年生の時から3年間、そして何より、こうしてみんながこの世界に閉じ込められてから1年と7ヶ月。

僕たちを見捨てないでくれてありがとうございます。

僕たちに優しくしてくれてありがとうございます。僕たちにこの世界で生きていく力をくれてありがとうございます。

僕たちにこの世界で戦う力をくれてありがとうございます。

他にも他にも………っぐ、ひっぐ、あ゛り゛がどう゛ございまじだ!!」

「「「ありがとうございました!!」」」



 悟が初めて初心者迷宮に潜った日から半年と少しが経った。

 3年間学級委員長を続けた真面目で何事も真剣に取り組み、卒なくこなすことができる山上一郎(やまがみいちろう)の声に合わせてクラス全員が悟にお礼を告げた。



「泣くなよ。先生は先生なりにみんなのために頑張ったつもりだが、うまく行かないこともたくさんあった。

 特にこの世界に閉じ込められてからは、先生の方が授業に集中してないこととか多かったしな。

 逆に、先生はみんなに対して、こんな先生にずっと着いてきてくれてありがとう、と言いたい。

 みんなはこれから中学校に行くけど、能力的には誰も問題ないはずだ。

 自信を持ってこれから先、命を大切にして、色々なことにチャレンジしていって欲しい。

 いいか、絶対に死ぬんじゃないぞ。

 この世界という現実は中々に厳しいものがあるが、いつか必ず家族の元へ帰れる日が来る。

 その時まで、何があってもこの世界で生き続けるんだ。

 嘘偽りなくみんなは全員、才能に満ち溢れている。みんなは先生の誇りだ。

 これからも胸を張って生きて欲しい。」



 悟は子どもたちにそう告げると、一人一人と握手を交わしていった。



 こうして子ども達は囚われの世界で卒業を果たした。



 そして、寮に戻り、最後にみんなで食事会をする。

 明日からはみんな中学校の近くの寮に入ることになっているし、この場所は一般に解放され、アパートとして利用されるためだ。

 そして、悟も明日からはこの寮を離れて生活しようと考えている。



「結局、サト先には、一度も勝てなかったな。

 俺、意外と交流試合で相手のガッコのセンコーにも勝てること多かったのにな。

 たまに体育の時に来る偉そうなやつにも勝ったこともあったし。

 夜な夜な訓練してるからって、強すぎだろ。」



 昔から格闘術を習っていて、今では魔闘術なるスキルを使いこなし、小学生にしては異次元の強さを誇る我妻龍一(あがつまりゅういち)がそんなことを言ってきた。



「……龍一ほど強い小学生はこの世界のどこを探してもいないと思うぞ。

 わかってると思うけど、その力の使い方を間違えるんじゃないぞ。」

「あーあー。何回目だよ、それ。俺一度も間違った使い方したことなかっただろ?

 サト先の顔にも泥ぬりたくなんかねーし、そんなことしねぇって。」

「………この口調、この格好でいい子、なんだよなあ。」

「はっ。気持ち悪いこと言ってんなよ、サト先。」



 龍一は田舎のヤンキーみたいな格好をしている。



 しばらくそんな風に龍一と悟が話していると横から怪しげな声が聞こえてきた。



「………やっぱりあの2人できてる!そして私は龍×悟じゃなくて悟×龍と見た!くぁー、犯罪臭がすごい!ねえねえ、由美ちゃんはどう思う!?」

「………普段はツンツンしてるヤンキーを唯一デレさせる塩顔教師。………、美和ちゃん、尊い。あり寄りのあり。」

「きゃー、やっぱそうだよね!!はぁー、尊いわぁ。」



 クラスの腐女子ツインズ斉藤美和(さいとうみわ)と横川由美(よこかわゆみ)である。



「……今日も今日とて、腐ってやがる。」

「サト先、いつも何言ってっか、全然わかんねーけどよ、良くないことを言われてることだけは分かんだよ。あいつらになら、一発ぐらい殴ってもいいんじゃねーか。」

「やめとけ。あれは殴ってどうこうなるもんじゃない。それに女の子を殴るのはやめた方がいい。敵がどんどん増えるぞ。」

「お、おう。分かったよ。」

「「きゃー、尊〜い!!」」

「……はあ。」



 悟は何だか、どっと疲れが増した気がした。

 あっちでは、矢崎にこが、いつものおばちゃん口調でマシンガントークを炸裂させている。

 この子たちと明日から会う機会がぐっと減るのか。

 そう思うと悟は、少ししんみりした気持ちになった。



 そこへ、資産家のお嬢様で、大の日本文化好きの古家有紀(ふるいえゆき)がお茶を注いで悟に差し出してきた。



「先生、お疲れのようですね。これで一息ついてください。」

「ありがとう。おいしいよ。」

「先生は私がお茶をいれると必ず美味しいと言ってくれますね。そういうところ、とても素晴らしいと思います。」

「………ありがとう。なんかよくわからんけど有希と話すと落ち着くな。」

「ふふっ。それは良かったです。ところで、先生はこれからどうされるんですか?」

「うーん。内緒、かな。」

「あら。先生は私たちの進路は知ってるのに、先生は私たちに進路を教えてくださらないのですか?なんだか寂しいですね。」

「そう言われると、言わないといけない気がしてくるんだが……でも、まあ、みんなには言えないことかなぁ。先生にも、色々あるんだよ。ごめんな。」

「どうしても教えて下さらないのですか?」

「どうしても。」

「………分かりました。どうやら聞き出すことはできないようです。何かあれば、頼らないかもしれませんが、すぐに私たちのことを頼ってくださいね。」

「ああ。ありがとな。」



 悟が顔を上げると、どうやら全員悟の今後について気になっていたらしく、こちらに意識を向けていた。



 悟は気にするなというように手を雑に振る。

 そして、近くで鉄板を使い、焼きそばを焼いていた料理系男子坂本颯人(さかもとはやと)に話しかけた。



「颯人も、料理ができるようになって良かったな。いつも美味しいご飯を作ってくれて助かったよ。本当にありがとな。」



 食糧生産が需要に追いつくようになってからは、颯人たっての希望で颯斗(それに悟も付きそって)食材を仕入れに行き、颯斗がみんなのご飯を毎日作ってくれていたのだ。



「どういたしまして、先生。

 僕はこれまでみんなの料理を作ってこれたことに誇りを持っていますし、モンスター肉という未知の食材を料理できて僕もとても楽しかったです。

 これからは、先生のご飯作ってあげられなくなりますけど、ちゃんとバランスよく食べてくださいね。」

「………お前は俺のおかんか。」

「おかん?」

「いや、なんでもない。とにかく、これまでありがとうな。」



 悟はこうして一人一人に話しかけていく。

 そして、夜も遅い時間になってきたため、名残惜しいが、悟の声掛けで会はお開きとなった。



 それぞれが今日で最後となる自分の部屋に向かう中、悟も部屋へと向かおうとした。

 そこへ声をかける者がいた。



「先生、少しいいですか?」

「………小雪か、どうした?」



超天才、青葉小雪である。



「先生は内緒とか言ってましたけど、絶対迷宮に行くつもりですよね?」

「………何でそう思う?」

「私たちに内緒にする理由なんて、それぐらいしかないじゃないですか。

 先生、毎晩一人で戦闘訓練してるし、私たちに命を大切にとか言いながら、自分は迷宮に行くなんて言えないでしょ。

 そうですよね?」



 そう言うと、じっと悟の目を見つめる。



「………誰にも言わないと約束できるか?」

「はい。約束します。」

「…そうだ。明日から先生は初心者迷宮に行こうと思っている。みんなに命を大事にとか、偉そうなこと言ってるく「嘘ですね。」何?」



 悟はこの時点で話がまずい方向に行きそうだと確信し、小雪に頭脳で勝てはしないので思考時間を伸ばすべく、スキルを発動した。



「嘘ですね、と言いました。正確にはそれだけじゃない。」

「…いや、嘘もなにも、先生は明日、本当に迷宮に行くぞ。」

「そうなんでしょうね。………先生、ちょっとだけ全然関係のない話をしてもいい?」

「…まあ、これから話す機会もめっきり減るし、何でもいいぞ。」

「ありがとう。やっぱり先生は優しいね。………私ね、前々から自分がかなり頭がいいのは分かってたけど、6年生になってから、選んだスキルの効果もあって、自分が飛び抜けて頭がいいことが分かって来たんだ。」

「…小雪と並列思考の組み合わせは控えめに言って反則だな。集団戦闘訓練の時は先生もいつも苦しめられたしな。」

「それでも、先生にだけは一度も勝てなかったけどね。先生は一体どれだけ思考加速してるの?」

「………俺、言ったことあったっけ?」

「ふふっ。先生、俺って言ってる。余裕がなくなってきてるよ。

私、半年前ぐらいから土日は情報収集してるの。先生が初心者迷宮に行ってる間にスキルについても調べたし、先生がおそらく「加速」をへんな使い方してるんだろうなーって私は予想してた。

当たってたみたいだね。」

「………恐ろしいやつだ。これで12歳と思うと、ぞっとするね。」

「ふふっ。もう私も明日から先生の生徒じゃなくなるし、これからは対等に扱ってくださいね。」

「ああ。それで、この話をした意味は何だ?」

「うすうすは先生も分かってると思います。

 私はスキル以外にも、色々な情報を集めました。

 攻略組と呼ばれる方々の関係がよろしくないこと。

 それにより、この世界に来て1年半が過ぎた今でも29階層までしか攻略が進んでいないこと。………まあ、どうやら30階層で終わりのようですが。

 そして、初心者迷宮をクリアした後に出現するであろう迷宮の難易度は、ゲームマスターの言葉から、初心者迷宮とは比べ物にならないだろうと予測されていること。

 そして、現れる迷宮が1つとは限らないということ。



 先生、週末は一人で迷宮に潜っていますよね?

 ここ半年、週末になると現れるソロの日本人で、やたらと一人の受付嬢に嫌われているらしいって情報がありますよ。



 先生は、一人で初心者迷宮を攻略し、そしてその先も一人で攻略しようとしているんじゃないですか?



 確かに、話を聞く限り、攻略組に迷宮攻略をこのまま任せておくわけには行かないかもしれません。

 ですが先生のやってることは、はっきり言って無茶苦茶です。せめてどこかのパーティに入ってください!

 そうじゃないと、初心者迷宮ではよくても、その先の迷宮では、絶対に死んでしまいます!」



 小雪は息を荒げながら、最後まで一気に言い切った。



「………小雪、先生のこと心配してくれてありがとな。でも、先生は大丈夫だ。」

「どうしてそう言えるんですか!」

「先生が、小雪が言った通り、現実世界に帰りたくて帰りたくてしょうがないからだ。」

「そんなの、誰だってお「いや、違う。願いの強さが全然違うんだ小雪。俺はこれまで、この世界で俺以上に現実世界に帰りたいと思っている人に会ったことがない。

 俺は会いたいと思うだけで何も行動しないやつを、家族に会いたいと心から願っているとは認めない。

 その上で、俺ほど家族と会いたいと思ってるやつを見たことがない。

 だから俺はこんな世界で死ぬつもりなんか、微塵もない。

 俺は自分が死ぬようなことは絶対にしない。

 死にそうになっても必ず自力で生を掴み取る。

 そういうスキルを俺は取った。

 だから、絶対に大丈夫だ。」


「………信じられない、そんなの、ただの精神論じゃないですか。」


「『魔力は万能で、意志により変化する』

 小雪、この言葉を覚えているか?

 俺はな、魔力が意志により影響を受ける以上、この世界において最も重要となるのは、俺たちプレイヤーがどんな意志を持ち、それがどれほどの強さなのかだと思っている。

 小雪、お前は持っているか?

 確固たる意志を。

 俺にはあるぞ。

 だから小雪が何と言おうと、俺は俺の道を行く。」


「………先生がパーティーを組まないのは、それほどまでに強い意思を持った人がどこにもいないからですか?」 


「………ああ。自分でも何でこんなに仲間を要らないと思ってるのか疑問だったんだが、今小雪に言われてしっくり来たよ。単に攻略組のことを信用できないだけじゃなくて、どうやら、そうだったみたいだ。」


「………もう、私たちとは会わないつもりですか?」


「それは分からない。俺がみんなのことをとても大切に思ってることは間違いないし、避けるつもりなんか全くない。ただ、この先会うことがあるかどうかは正直誰にも分からんだろ?」


「………避けるつもりはないんですね。分かりました。先生の意思が固いことも分かりました。

 ですが、最後にこれだけは言わせてください。

 私たちのようなバラバラで、どんな先生も毛嫌いしてたクラスに平然ときて、普通に授業して、とても楽しいクラスに変えてくれた先生に、私たちはとても感謝しています。

 そして、それはこの世界に来て、もっと強くなりました。

 私たちは、気づいていました。

 先生がこの世界に来て、先生がとても焦っていることに。

 なんとなく、私たちの存在が足枷になっているだろうということも、です。

 でも、私たちは先生に頼るしかなかった。

 そんな私たちに文句ひとつ言わず、こうして卒業までさせてくれた。

 忘れないで下さい。

 私たちは皆、先生に本気で感謝しているということを。

 いつか先生に恩を返したいと願っていることを。

 先生、また、必ず、会いましょうね。」


「………正直、そんなに感謝されるようなことは何もしてないよ。

 俺は転任してきて、何も知らなかっただけだよ。

 知ってたら、接し方も違ったかもしれない。

 ただまあ、そうだなぁ………」



 悟はそこまで言うと、今尚こちらを睨むように見つめる小雪に対して、この世界に来て一番の笑みを浮かべた。



「こちらこそありがとう。

 みんなにも伝えてくれ。

 ありがとう。この3年間、俺の教員人生の中で間違いなく1番楽しかったと。

 また、どこかで、必ず、会おうな。」


 悟はそう言うと、今度こそ自分の部屋へと向かった。

 そして、今朝脱いだ服をインベントリにしまい、すぐに部屋を出た。

 校舎と寮から200メートルほど離れたところまできた悟は、振り返り、満点の星空の下、校舎に向かって一礼した。



 そして、再び歩き出す。

 初心者迷宮がある方向ではない。その真逆である。

 悟は小雪に一つだけ嘘をついた。

 それは奇しくも小雪が悟に嘘だと指摘した部分であった。


 悟は初心者迷宮には向かわない。

 実は悟は、この時既に初心者迷宮をクリアしていたのだ。

 そのことを知る者は悟と、もう一人しか存在しない。

 悟は、確固たる意志を持って安全地帯の外へと足を進める。




 この日からおよそ二ヶ月後、攻略組によって初心者迷宮が攻略される。

 その際、初心者迷宮内部にいたプレイヤーは全員強制排出され、その直後に地震が発生する。

 そして初心者迷宮が崩壊し、その跡地に初心者迷宮より遥かに巨大な、まるで天を突くような漆黒の塔が現れる。



 小雪はこの情報をその日から1日経ってから知るが、地震の発生により、ある程度このことを予想していたため、驚きは全くなかった。

 しかし、不可解なことがあった。

 悟と別れてから2ヶ月。

 どれほど悟の痕跡を探そうとしても何も出てこない。

 今回の件で、さすがに悟の情報を入手できるかと思ったのだが、全く出てこない。

 流石におかしいと思った小雪は、事情を小学校のクラスメイトに説明し、みんなで実際に安全地帯中心部に行って、聞き込みをしたりした。



 しかし、得られた情報は、悟が通っている武器屋の場所と、悟がみんなと別れる1週間ほど前に、多種多様な武器を、大量に購入したということだけであった。



 聞き込みは、その後も続けたが、全く手がかりは得られない。

 一体、悟は今どこで何をしているのか。

 その後も小雪達は悟の情報を探し続けるが、それから1年が過ぎても、悟の情報は何一つとして得られなかった。


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