第7話 初心者迷宮へ
次の日。
悟はいつものように早朝に目が覚めた。
今回は日曜の夜にこちらに戻るつもりなので、一泊二日の予定である。
悟は、向こうに着いてからは出来るだけ迷宮の探索に時間を使いたかったため、色々な雑貨を全てインベントリに詰め込んで、今日も快晴で心地よい風が吹く中を走り出した。
道中は特に問題が起きるわけでもなく、悟は迷宮に入るため、さすがにいつものように全力で走ろうとはせず、8割程度の力で走り続ける。
そして、走りながら手持ちぶさたになった悟は、ふと思い立ち、頭の中で「ステータス」と念じる。
「
氏名 : 佐藤悟(31)
魔力適合度: 35
スキル : 加速
」
これが佐藤悟の現在のステータスプレートである。
もう、ずいぶん見てなかったが、前と何も変わりない。
ここで少し、この世界のシステムについて説明したい。
このBCO世界にも実はステータスプレートが存在する。「ステータス」と頭の中で念じたり、声に出したりすれば、眼前に半透明のプレートが浮かび出てくる。
ただし、一般的なステータスプレートとは異なった点も見受けられる。
名前とその横に年齢(どうやらこの世界で一年経つと、一歳年を取る計算となっているようだ。)、そして魔力適合度とスキルが記された非常に簡単なつくりとなっている。
よくあるHPやMP、その他各種能力値(例えば敏捷値などの値)などの記載はない。
その代わりと言っては何だが、魔力適合度なるものが表示されている。
この魔力適合度というのは、何なのか。
これについては、皆このBCO世界でステータスプレートを見てから始めてその存在を確認したものであるため、詳しいことはまだ分かっていない。
しかし、『100万同盟』により、プレイヤー全員に魔力適合度を申告してもらう調査が行われたところ、最大値が100であり、最低値が1、平均値がおよそ35であるということが分かった。
つまり悟はほぼ平均である。
そして、調査を進めていく中で、どうやらこの数値は、プレイヤーが魔力を使う際に、どれほどの効果を得ることができるかを表しているのではないか、と現在推測されている。
簡単に言うと、同じ 1 の魔力でも、魔力適合度1と魔力適合度 100 のプレイヤーでは、魔力を使用した際に、その効果に100倍の違いが出るということである。
また、インベントリについては、どうやらこのゲームの仕様で、プレイヤーの魔力量に応じて、「インベントリ」と念じたり、声に出したりすると手に触れているものを異空間に収納したり、逆に異空間から自分のすぐそばに収納したものを取り出せるようになっている。
ただ、収納している間は、収納するものの大きさに応じて、その分プレイヤーの魔力を使用し続けるため、プレイヤーの最大魔力量が減少するため、注意が必要である。
ステータスプレートも、インベントリも、才持がプレイヤーに試練を与えると言ったことから、BCOでは存在しないのではないか、と考える者も多くいたが、ダメもとで念じてみると出てきたのである。
このことから、『100万同盟』は、プレイヤー全体に、何か新しい発見があれば、報告するように呼びかけているが、現在これ以上の新たなシステムは発見されていない。
-------▽-------
「………、見えてきたな。」
走り出してから1時間弱。
多くの人々は既に活動を始めており、人を避け、建物をやってきたため、時間はかかってしまったが、ようやく高さ30メートルほどの漆黒の塔が見えてきた。
さらに近づくと、辺りは繁華街の様相を呈してきた。
露店があちこちにあり、そこに色々な国の人々が色々な格好をして群がっている。
他にも家具店や、娼館のような建物や、武器屋など様々な建物が見受けられる。
悟は、よく一年でここまで発展できたな、と感心した。
と同時に、もし異世界転生して初めて異世界の街に行ったら、こんな感じなんだろうかとも思った。
そう思うと、かつてネット小説を読みながら心愛と楽しく感想を言い合っていたことを思い出してしまう。
悟は、ぶんぶんと頭を横に振ると足早に漆黒の塔へと向かっていった。
そして、ついに塔の入り口へと到達する。
その前の開けた場所では、まるでファンタジー小説の冒険者のような格好をした人々がたむろしており、迷宮の入口に向かって長蛇の列ができていた。
悟は迷宮に入るため、それに並ぼうとしたが、よく
考えると武器を何も持っていないことに気づいた。
悟は近くに一人でいた金髪の冒険者風の若者に話しかけた。
「………すみません、この辺りで1番評判がいい武器屋はどこでしょうか?」
「……なに、おじさん、もしかしてここには初めてきた感じ?」
「ええ、そうです。実は今日初めて初心者迷宮に入ろうと思ってこの辺りに来たんです。武器を売っているところならたくさん見たのですが、どれがいいかとなると、よく分からないので。」
「ふーん。そうなんだ。おじさん初めて迷宮に入るのか〜。そりゃ、いい武器がほしいよね。いいよ、教えてあげるよ。私についてきて。」
「ありがとうございます。そうさせていただきます。」
二人は歩き出した。
「いいよ、いいよ。その代わりおじさんのこと教えてよ。」
「………、別にいいですけど、何が聞きたいんですか?」
「んー?名前は?とか、どこから来たのかとか、普段何してるのかとか、何で今頃迷宮に潜りに来たのかとかかな。
私、キャシー。一応、攻略組なんだけど、今日はオフ。じゃあ、何でここにいるかというと、趣味の人間観察でここにいたの。
おじさん、日本人でしょ?攻略組の中に日本人はたくさんいるし、この街でも普通に見かけるけど、一人でうろついている日本人を見たのはおじさんが初めて。
そんなわけで、私、おじさんに興味があるの。」
「………、そうですか。佐藤悟です。今更ですが迷宮に興味があり、生活も落ち着いてきたので、思い切ってこちらまで来てしまいました。」
「ふーん。何で一人で来たの?」
「月曜にはまた仕事がありますので、今回はお試しで入ってみるぐらいの気持ちで来ましたから。それと、周りに迷宮にあまり興味のある者もいないので。」
「そーなんだ。お仕事は何してるの?」
「教師をやってます。逆に、あなたはなぜ攻略組に?」
「えー!先生なんだ!言われてみれば何となくそんな感じするかも。
私が攻略組になったのは、魔力適合度がかなり高くて是非攻略組になった方がいいって周りの人に言われたからかな。」
「そうですか。羨ましい限りです。攻略組ってどんな感じなんですか?」
「んー、どんな感じって?」
「いえ、どんな生活スタイルなのか、とか、雰囲気はどんな感じなのか、とかですかね。」
「うーん。生活スタイルとしては、今は1週間ぐらいかけて迷宮に潜り、街に戻ってくる。そして3.4日休んでまた1週間迷宮って感じかな。
そして、雰囲気、雰囲気ねぇ。まあ、私は4人パーティー何だけど、仲良くやってるよ。」
「何か、含みのある言い方ですね。」
「うーん、やっぱ気づいちゃうよねぇ。何というか、問題はパーティー内じゃなくて、パーティー同士でとか、パーティーが集まってできたクラン同士とか、国同士とか何だよねぇ。
ほら、やっぱりこれだけ世界中の色んな人達が集まると、ね。違うことだらけだから。」
「…確かに、言われてみればそうですよね。私は普段日本人ばかりがいる場所にいるので、そういったことをあまり感じた事がありませんでした。
ここもそう言った目で見ると、喧嘩っぽい声も聞こえてきますし、どこかギスギスしているようにも感じます。」
「そーそー。私もそう思うよ。それが、常に命が危険にさらされる迷宮になると、みんなつい余計なことを言っちゃったりするんだよ。
だから、おじさんも気をつけた方がいいよ。迷宮内では、初めてで知らないことばかりだろうけど、じろじろと他の人を見たりしないようにね。」
「ありがとうございます。キャシーさんは、日本人の私にもとても優しいですね。」
「まあ、話してても悪い人には感じないからね。たまには先輩風吹かせてみたくなったのかもね。
まあ、結局私ばっかり喋っちゃったけど、楽しかったよ。
ほら、そこの赤いお店が私のおすすめの武器屋だよ。あそこ店の中狭くて2人で入るのきついから、私はここで戻るね。
じゃあ、おじさん、初探索で死なないように気をつけるんだよー。」
「…色々とありがとうございました。この御恩はいずれ必ず。」
「はいはい、じゃあね〜。」
キャシーはゆるゆると手を振りながらそう言うとあっさりと去っていった。
悟はそんなキャシーを見つめながら、声をかけたのがキャシーでよかったなと思う。
悟としてはその場で道を簡単に説明してもらうだけのつもりだったのだが、わざわざ案内までしてくれた上に、迷宮でのアドバイスまでくれたのだ。
悟は、受けた恩はなるべく返す人間である。
先程、口から出た言葉は出まかせなどではなく、本心から出た言葉だ。
流石に100万人もいる中で、基本的に活動範囲も違うため、もう一度会う可能性は限りなく0に近いかもしれない。
しかし、なんとなくまた会う気がするなと思う悟であった。
悟はそんなことを思いながら、気を取り直して武器屋へと歩みを進めた。
-------▽-------
「………らっしゃい。」
店主はムキムキで背が高く、ひげがもしゃもしゃと生えた、いかにもな男性だった。
狭い店の中には、様々な武器が所狭しと置いてある。
店の奥の方はどうやら鍛冶場になっているようだ。
「こんにちは。今日初めて迷宮に潜るつもりなのですが、あまり高くないもので、おすすめの武器なんかはありますか?」
「………初めて武器に触るのか?」
「ええ、まあ。ただいつもは自作の木刀を振っていました。」
「………今それを出せるか?」
「はい。」
悟はインベントリから木刀を取り出し、店主に渡した。
「………、ほう。随分と振っているようだな。」
「分かるんですか?」
「握る部分を見ればだいたい分かる。手入れはされていないようだがな。」
「はあ、そうなんですか。確かに手入れなんかはしたことがないですね。そもそも素振りしかしないのに木刀って手入れが必要なんですか?」
「………まあ、その辺は後で教えてやる。
よし。これを握ってみろ。」
店主は刀のような武器を持ち出して、悟に渡した。
「……おお、すごいですね。なんかカッコいいです。」
「お前さんの木刀となるべく近い重さ、長さのもので、素人向きのやつを持ってきた。引き切ることもできるし、重さで叩き切ることもできるやつだ。」
「なるほど。ちょっと外で振ってみてもいいですか?」
「ああ。店の裏の方なら少しスペースがあるからそこにしろ。」
「分かりました。」
そういうわけで悟たちは店の裏に移動した。
「………おお、なんか、いい感じな気がします。
これを買おうと思います。」
悟は、誰からも武術の教えを受けたことがないため、そんなことしか言えない。
「………まあ、色々言いたいところだが、まずは自分で慣れるのが1番か。
まあ、それ持って迷宮に行くのはいいが、浮かれて奥まで進むんじゃないぞ。
それと、手入れの仕方を教えてやる。」
「分かりました。ありがとうございます。」
-------▽-------
「じゃあ、ありがとうございました。これで迷宮に行ってみたいと思います。」
「ああ、死ぬんじゃないぞ。」
悟は手入れの仕方を教わり、代金を払った後、店を後にする。
ちなみに、悟は教師として、この世界でもわずかではあるが給料をもらっている。そして、悟が購入した刀であるが、初心者迷宮の低階層で取れる鉱石をもとにでできているため、悟でもなんとか購入することができた。
悟としては、刀に魔力を纏うイメージをして使用することで、刀を強化するつもりである。
時刻はまだ午前10時過ぎ。
悟はいよいよ迷宮へと向かう。
キャシーから聞いた情報で噂は真実であると分かってはいるが、実際にはどこ程度のものなのか。
また、それとは別に今の自分はモンスターにどの程度通用するのか?
そもそも、モンスターを前にして全力で戦うことができるのか?
これがただのゲームだあればワクワク感100%で迷宮に向かうのだが、実際にはゲームではあるが、命をかけたゲームである。
迷宮へと向かう悟の中にワクワク感などなく、焦燥と不安でいっぱいだった。
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