第6話 噂
「きりーつ、これで帰りの会を終わります。さようなら。」
「「「さようなら。」」」
「はい、さようなら。あっち向いてほい。」
「「「あー!」」」
「じゃあ、また明日」
この世界に閉じ込められて一年。
悟の担任していた子どもたちは、6年生となっている。
悟は、そのままクラスを持ち上がり、彼らの担任を続けていた。通常はあり得ないが、これでこの子ども達を担任するのは3年目である。
悟としては、子ども達に対して申し訳ないと常々思っている。
特にここ数日は子ども達に対して非常に申し訳ないという思いでいっぱいである。
なぜなら、ここ数日、悟自身が子ども達の授業に全く集中できないからだ。
分かってはいるのだ。
これでは良くないということは。
分かってはいるのだ。
子ども達も、この世界に来て以降、悟が大きく変わってしまったということに気づいている、ということは。
だか、日に日に膨らんでいき、今では授業中でさえ集中できなくなってしまうほどになってしまった焦燥。
これが消えない。
悟の中から全く消えようとしてくれないのだ。
焦燥がこれほど大きくなった、その原因が何なのか、意外にも悟はそれを自覚している。
-------▽-------
数日前
「あ、佐藤先生、お疲れ様です。」
「藤本先生、お疲れ様です。何かありましたか?」
悟が帰宅しようと歩みを進めると、前方に、現在は同僚となった藤本先生なる人物が現れた。
実はこの半年で学校が建設され、近辺で授業をしていた学級が、この小学校に集まって授業をするようになっていた。
「いえ、特に何かというわけではないのですが、授業の様子などを伺おうかと思いまして。」
「そうですか、こちらも前とあまり変わりないですね。強いて言えば、うちのクラスの子ども達は他の学級と比べてスキルや戦闘訓練での成長が早いぐらいですね。」
「佐藤先生、正直言って佐藤先生のクラスのスキルや戦闘の習熟度はおかしいぐらい高いですよ。
佐藤先生は帰宅されるのが早いから知らないかもしれませんが、実はこの学校の先生の間で噂になってますよ。
“魔のクラス”だとね。」
「はは、まあ、この世界に来る前からうちの子たちは非常に個性的でしたから。それがそのままスキルや戦闘に活きている感じですね。」
「はあ、でも佐藤先生の指導がいいからじゃないかって噂されてますよ。なんでもスキルについて自分なりの考察を子どもたちに伝えたり、戦闘訓練では、自ら子どもたちの相手をされているとか。」
「それはまあ、そうですが、やはり子ども達自身の力が一番の要因ですよ。」
「佐藤先生は、相変わらず謙虚ですねぇ。」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。」
悟は、別にそんなことはないのに、と、あいまいに笑った。
「もう、この世界に閉じ込められて一年ですか。現実じゃ4ヶ月のはずですよね。早いような遅いような。」
「…………、そうですね、自分は早いなと感じています。」
「未だ初心者迷宮ですら、攻略の目処は立たず。佐藤先生、私達は本当に現実世界に帰ることができるのでしょうか?」
「はは、藤本先生、帰ることができるかどうかじゃないんですよ。何としても、帰らなければならないんです。」
「……そうですね、私もそろそろ妻と娘と会いたいですよ。」
「私もです。」
悟は目に強い光を宿して答えた。
「それはそうと、佐藤先生、最近気になる噂が流れていますがご存知ですか?」
「え、噂ですか?いや、全く知らないです。どんな噂なんですか?」
「あら、知りませんでしたか。なんでも初心者迷宮の攻略が遅れているのは、攻略組が様々な派閥に分かれて情報を隠匿したりと、揉めていることが大きな原因であるという噂です。」
悟は一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「…………今、なんとおっしゃいました?」
「ですから、なんでも初心者迷宮の攻略が遅れているのは、攻略組が様々な派閥に分かれて情報を隠匿したりと、揉めていることが大きな原因であるという噂が流れている。と言いました。」
「……………」
「さ、佐藤先生。大丈夫ですか?顔が真っ青になってますよ!あと、体も震えていらっしゃる!」
「…………ええ、大丈夫です。その噂はどのくらい確かなものなんですか?」
「す、すみません。私がこんな話をしたばっかりに。う、噂の確度については私からは何とも言えません。ただ、火のないところに煙は立たないとも言いますし……。」
「…………そうですか、ありがとうございます。教えていただきありがとうございました。」
「い、いえ、どうも。こちらこそ申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、よく考えれば早めに知れてよかったです。それでは、また。」
「ええ、また。」
悟は藤本と別れて歩き出す。
そして藤本は、悟の姿が見えなくなってからぽつりとつぶやいた。
「…………、あんな佐藤先生は初めて見た。本気で殺されるかと思った。」
噂を聞いて、悟が浮かべた表情は、とてつもなく強く、されど静かな怒りの表情であった。
-------▽-------
時は冒頭に戻る。
今日はBCO世界では金曜日にあたる。
すなわち、明日は学校は休みである。
夜になり、悟はいつものように走り、ぶっ倒れ、そして戦闘訓練を行う。
この頃になると、悟は配給の時にお願いしてモンスターばかり食べるようになっていたこともあり、悟の動きはもはや、現実世界の人間には不可能なものとなっており、着実に己を高め続けていた。
しかし、それでも魔力量としては、攻略組と言われる日常的に初心者迷宮に潜ったり、安全地帯の近くの森林でモンスターを狩る人々を大きく下回っているのだが。
「……………」
「加速」を発動し、動きのとろい体を意志の力で無理矢理動かし続ける。
また、「加速」自体も、より高い次元を目指し、意識を割いて魔力を注ぐよう念じ続ける。
速く、速く、速く。
鋭く、滑らかに、力強く。
もはや悟は己の世界に埋没し、己をさらに上へ、さらに上へとその一念のみで動き続ける。
そして、しばらくしていつものように草原に倒れた悟は、しばしの間黙考する。
「はあ。やっぱり行ってみるしかないよな。」
悟はやはりと言うべきか、噂の真偽について自ら確かめに行くことにした。
この焦燥が消えてくれればいい。
だが、もし噂が本当で有れば。
悟はその時何を思い、どうするのか?
全ては行ってみなければ分からない。
ならば行くしかないのだ。
悟は目を閉じた。
初心者迷宮の現状として、様々な可能性が悟の中に生まれたが、数分後には強い睡魔に襲われて、悟の意識は消失した。
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