第4話 ログイン

「よーし、全員いるな。」

「「「はーい!」」」

「じゃー、出発しまーす。」



 23××年8月10日午前9時。東西小学校の5年生15人と悟を乗せてバスはBCOをプレイできる環境が整備された県の施設へと向かった。



「………」



 悟はその間、今朝の妻との何気ないやりとりを思い出していた。

 この前はおふざけの加減を間違えてしまい、ブチギレられてしまったが、今朝は弁当まで作ってもらい、玄関でまだ小さい息子を胸に抱いて笑顔で手を振ってもらったのだ。 



 妻はゲーム配信をしていて、かつ、悟と同じくネット小説が趣味ということもあり、今回、悟がBCOの初回プレイヤーに選ばれたことはとても羨ましいはずなのに、最後には笑顔で手を振ってくれたのだ。



 なので悟は、そんな妻のためにも、今回は子どもたちの引率ということもあり、難しいかもしれないが、もし機会があれば、自分も魔力の使い方を覚えて、妻に魔法の一つでも披露しようと固く誓った。




-------▽-------




「うおっ、結構早く着いたのに、いっぱい初回プレイヤーっぽい人がいるな。それにテレビのレポートなんかも来てるみたいだし、みんなー、しっかり迷子にならないように着いてこいよ〜。」

「やだもう先生、私たちもう5年生ですよ。そんなにお子ちゃまじゃないんだから、迷子になんてならないわよ〜。失礼しちゃうわ〜。」


 悟は気の抜けた声で注意した。

 それに対して、まるでどこかのおかんのような反応をしたのが矢崎にこである。

 にこの母親は世間話が大好きである。そしてにこはそんな母親の、ママ友達や近所のおばちゃんたちとの世間話を一緒になって聞くのが大好きのようで、気づけば小学5年生にしてこの喋り方である。

悟は、にこの家庭訪問に行った時、にこの母と、にこ本人から、代わる代わる繰り出されるこの口調に軽くパニックを起こしたが、なんやかんや楽しくなって、自分も似たようなテンションで混じり、少し予定時間をオーバーのは、今ではいい思い出となっている。



「おー、すまんすまん。失礼しちゃったわ〜。」

 悟はここで話が長くなっても困るため、適当に返すことにした。



 そんなこんなで受付を済ませ、奥へと進んで行くと初回プレイヤー全員分の椅子が用意された大きな講義室のような部屋へとたどり着き、部屋前方にある大きなスクリーンに座席表が記されていたので、北南市立東西中学校の16人に割り当てられた区画があったため、そこに子どもたちを座らせ、悟も座って、説明が始まる時間まで待つことにした。




-------▽-------



ピンポーン

「皆さん、こんにちは。今日はこのようなところまでお越しいただき誠にありがとうございます。

私は、今回皆さまが「Beautiful Catastrophe Online 」にログインされるまでの間、皆さまのナビゲーションを担当させていただくAI: 識別番号00245です。何かお申し付けされる際には、お気軽にニシコとでもお呼びください。


 それでは早速本日の流れを簡単に説明させていただきます。

 まず初めに皆さまにはこの後専用の衣服に着替えていただきます。

 そして各自私の誘導に従い、割り当てられたフルダイブ専用機に搭乗していただきます。

 その後、全員が搭乗した後にこのゲームの開発者である才持よりゲームの説明がございます。

それが終わればいよいよ皆さまには「Beautiful Catastrophe Online 」の世界へとログインしていただきます。

 尚、ゲームに関する質問等はお答えできるものとそうでないものがありますのでご注意ください———」



 その後も説明はなんやかんやと続いていたが、悟はそれを聞き流し、とらあえずその都度出される指示に従えばよさそうだなと考えていた。



「はい、皆さん着替えが完了したようですね。それではフルダイブ移動していただきます。案内に従って移動してください。」



「よーし、ここからはバラバラになるみたいだけど、ログインした後はすぐにみんなで集合するからね。全員近くにいるはずだから、勝手にどこかに行かないように。」

「「「はーい!」」」



 そして案内に従い、一人また一人と移動していく。

 ちなみに案内してくれているのはロボットである。

 悟も案内に従っていくと大きな卵のような白い機械が見えてきた。

 どうやらその中に入ってBCOをプレイするようだ。

 この会場に集められたプレイヤー全員分のフルダイブ専用機があり、先に案内された人は既に中に入っていたり、今まさに入ろうとしている人も見えた。

 また、クラスのお調子者が悟を見つけ、笑顔で手を振っている様子も見えた。



「それでは、こちらが佐藤悟様に搭乗していただくフルダイブ機になります。才持の話が始まるまで中でしばらくお待ちください。」

 お調子者に手を軽く振り返していると、どうやら目的地に到着したようだ。



悟は白い卵状のフルダイブ機を見る。

「………、でかいな。文明の最先端って感じがぷんぷんする。」


 フルダイブ機は高さ3メートル、幅2メートル程あり、卵場の機械が床に固定され、おそらくその土台の部分にも複雑な機械が入っているのだろう。



ともあれ、悟はその中に入ることにした。中には人一人が十分に入ることができるかまぼこのようなところがあり、どうやらこの中に立っていればいいようだ。



 フルダイブ機の入り口が閉じられる。

 外の様子は完全に見えなくなった。



「うおっ!まじか、これ!先に言ってくれよ!

絶対何割かパニックになるぞ。」



 入り口が閉じられた後、急に透明な液体が出てきて中を満たす。

 悟は最初は焦ったものの、長年読みまくったネット小説の知識で、こういうのは何故か呼吸できると知っているので、すぐに落ち着いた。

 そして実際に何故か呼吸できるようだ。

 科学はこんなところまで進歩していたのか、と悟は感慨深くなった。

 そんなことを考えていると、悟は急速にねむけを感じ、悟の意識は闇に落ちていった。





-------▽-------





「全プレイヤーの魔力適合及び魔力適合度の測定完了。

全プレイヤーの意識接続完了。

これより、ゲームマスター才持による「Beautiful Catastrophe Online 」のチュートリアルを開始します。」


「………んん。」

 どれぐらいの間眠っていたのだろうか。

 悟は女声のアナウンスにより、意識を覚醒させた。



「…………。」

 あたりを見れば、何もない。

 いや、というより、これは見えているのだろうか。

 下を見ても自分の体すら見えない。

 おそらく全プレイヤーがこのような状況に置かれているのだろう。

 さながら、異世界転生の最初に神様よって謎空間に拉致されたかのようである。

 そのことに悟は僅かな不安を覚えたが、すぐに前方に巨大な立体映像が現れたので、そちらに意識を集中させた。



 しばらくすると、穏やかな笑みを浮かべた、どこかくたびれたような印象の老年男性が現れた。

 どこにでもいそうな雰囲気の老人である。

 しかし現在の世界でおよそ誰一人として知らない者はいないであろう人物が現れた。



 才持至高その人である。

 そして彼は穏やかな笑みを、いたずらっ子のような笑みに変えて語り始めた。



「やあ、みんな。初めまして。

 僕は才持至高。

 自分でいうのもなんだけど、地球人類史上最も頭がいい人間だよ。

 そして、そんな僕が、これまでの人生全てをかけて作り上げた、新世界「Beautiful Catastrophe Online 」へようこそ。

 君たち100万人が、記念すべき最初の、そして最後のBCO世界の住民となるね。

 僕は全員を歓迎するよ。


 さて、それじゃあ、みんな気になっていると思うけど、この世界についての説明を始めるよ。


 まず、このゲームの特徴なんだけど、なんと言っても世界全体を美しく壮大な風景にしたよ!

 まあ、その中にモンスターがいるわけだけど、ね。みんなもこの世界の景色は気に入ってくれると思う。


 あと、世界中の人々が集められているからね。全員が全員とコミュニケーションを取れるように自動翻訳システムを搭載しているよ。


 さらにさらに、時間加速システムの搭載さ。

 この世界では、現実世界の3倍の早さで時間が流れているよ。現実世界で一日経った時、この世界では3日経っているっていうことだね。


 そして、忘れちゃいけないのが、このゲームが世界中で有名なった理由の魔力。事前に言っていた通り、この世界で魔力の使い方を身につけると現実の世界でも使えるようになるよ。


 ものすごーく簡単に説明すると、さっきみんなの体を魔力が使えるようにちょっとだけいじって、BCO世界で、みんながモンスターを倒したりして魔力を吸収するほど、現実世界に満ちている魔力を、フルダイブ専用機でみんなの体に適合させていくんだよ。


 そして、魔力を使えば使うほど、魔力操作の習熟度が増し、現実世界でも繊細に魔力を扱うことができるようになるよ。


 つまり、どんどん使って、どんどん吸収するといいってことだね!


 ただ、他のゲームと違ってこの世界にはNPCはいません!みんなで協力して生活をしていって欲しい!


 そんな世界でみんなには生活してもらい、迷宮を攻略し、この世界のクリアを目指してもらいます。


 え?わざわざゲームでそんなめんどくさいことしなくても魔力を使えるようになるんじゃないか?って?


 そうだよ。そんな手順で魔力を使えるようにする必要はどこにもありません。

 魔力を使えるようにするだけならもうみんなは魔力を使える体にはなっているからね。


 じゃあ、なぜみんなにこの世界のクリアを目指してもらうのか。

 それは、僕がこのゲームを作った目的でもある。



「人類の進化。次なる人類の創造。」



 僕が魔力というものを発見できたのは、偶然だったんだ。

 最初は、それはもう驚いたさ。自分が偶然発見した何だかよく分からないものが、ファンタジー小説に出てくる「魔力」にそっくりなんだから。


 そして、魔力の研究を進めていくうちに、魔力がものすごい可能性を秘めていることに気付いたんだ。


 それこそ、現在の人類をはるかに超越した存在へと導くことができるほどの、ね。


 ゆえに、僕は次なる人類の創造を目指すことにしたのさ!

みんなも想像してみてくれ!自分の手で人類の進化を一歩進めるということを。


 わくわくするよね!

 僕はこのことを考えた時から、ずっと夢中になっているのさ。


 よって、僕が目指すのはただ魔力が使えるだけでなく、より高次元の何かへとこのゲームを通して、プレイヤーが至ること。

 そのためには、想像を絶するような過酷な試練が必要になるだろう。


 だから、僕はみんなに試練を与えようと思う。

 まず、このゲームはクリアするまで全員ログアウトできないよ!

 そして、この世界での死=現実世界での死!

 ただし、初心者迷宮を除くけどね。

 タイムリミットはこの世界の時間で30年!

 天地神明に誓ってその間は外からの助けや干渉は一切させないと誓います。

 みんなには危機感を持ってクリアに挑んで欲しい!



 とまあ、まだまだ聞きたいことがまだまだたくさんある人も多いと思う。

 でも僕の説明はこれで終わり!

 あとはみんなで実際にこの世界で生活していく中で色々と調べていって欲しい。


 最後に、みんなに一つだけアドバイスを送るよ。


「魔力は万能で、意志により変化する。」


 実はというか、当然のことというか、魔力というものがどう言ったものなのか、まだまだ分からないことだらけなんだ。

 でも、僕がこれまで本当に長い間、魔力について研究してきて分かったことを、一言で表すとするならば、さっきの言葉になるんだ。

 これからみんなは一つだけスキルを選んでもらうけど、参考にしてほしい。


 じゃあ、僕の話はこれで終わりさ!

 みんなが無事にこの世界から脱出し、僕が100万人殺しの大罪人にならないことを心から願っているよ。

それじゃあ、またどこかで。」




「……………」

 悟は呆然としていた。

 いや、悟だけでなく他も多数の人々が呆然としていただろうが。

 まとまらない思考の中で、悟の思考の大部分を占めていたのは、死の恐怖や閉じ込められたことへの恐怖、才持への怒りなどではなかった。



「幸せが崩れていく音」



 悟はそれを幻聴していた。

 家族と会えないことへの絶望。

 家族への溢れ出る愛情。

 心愛に対する心配と申し訳なさ。

 そんなものが混ざった、言葉では言い表すことができないものであった。



「…………」

 死んだ目をした悟は才持の話の後、目の前に現れたスキル選択を促す半透明のプレートに目を向ける。




【下記の中から一つスキルを選んでください。】

・火魔法 ・風魔法 ・水魔法 ・土魔法 

・闇—————




「…………」

 悟は大量に表示されたスキルを見ながら思う。

 こんなものはいらない。

 何もいらないからどうかログアウトさせてくれ。

 家族の元へ帰らせてくれ。と。


 だが、それは不可能。

 悟が1番欲しいものは絶対に手に入らない。


 なら、ならば。

 選ばねばならない。

 それを叶えることができるスキルを。



 悟は自分をありふれた人間だと考えているし、周囲からの評価もそれに違いはない。

 このゲームの初回プレイヤー100万人のうち、1万人は世界中のさまざまな分野で活躍している若き天才達が選ばれているのだ。

 おそらく、小学生の引率でしかない自分が、世界のクリアに直接関わることはないだろう。



 だが、それでもなお。

 悟には、このスキルを適当に選択するつもりは毛頭なかった。

 悟がその他大勢のありふれた人間と違ったのは、この時点で、いざという時は自分が迷宮を攻略してでも必ず外に脱出しようと固く決意していたことだ。

 でなければ、あの幸せを諦めることなど到底できるはずもない。

 悟にとって、たった今失われた幸せとはそれほどのものだったのだ。



 悟は一度、絶望に見て見ぬふりをして、スキルを凝視する。

 これまでに読んできた膨大な量のネット小説の知識を掘り起こし、総動員して、才持の言葉も踏まえた上で、悟は魔力やスキルに対して自分なりの結論を出す。

 そして悟は一つのスキルを選択する。

 スキルを選択して数秒ほど経つと、再び悟の意識は闇に落ちた。




 そして、悟は気がつくと、自分が目を閉じ、どこかに立っていて、周囲から話し声が聞こえてきた。



「………」

悟は静かに目を開ける。

そして悟の目に飛び込んできたものは——————






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