タイトルなし 210517

狼頭の超生命体も不倫をする。大阪万博の時代に我々は予想しえただろうか。



異性とのかかわりを持てずにモジモジと童貞として腐っていく人間がいる一方で、一対多で関係を持つことができる優秀な遺伝子を持つ人間もいる。


これは、アンフェアか?


いいや、違う。フェアな競争の結果だ。せいぜい、努力の質と方向性の違いでしかない。結局童貞は、童貞を捨てることではなく、別の部分により労力を割いたに過ぎないのだから。


異性と会話ができない代わりに2次元を愛し、着飾るのが恥ずかしいからパソコンに強くなる。今の例に何の因果もないし、卵が先か鶏が先か全く分からないが、不倫ができるほど魅力的な人間になれるよう何かを「やってこなかった」のだから、仕方ない。



なら、最初からスタートが3歩遅れている人間がいるとしよう。性知識を得る、もしくは異性と関わる、あるいは他者を信じることを、生後15年にわたり禁じられたとしよう。


これは、アンフェアか?


いいや、違う。長期的スパンで見たなら、1年2年15年などというのは誤差でしかない。その人物が16歳になった時点では誰もがアンフェアと認めるだろう。だが、5年、10年と経ったならもう慣れなさいと言う。時はすべてを解決する。時だけはフェアに全員に与えられているのだ。



全ての経験は必ず無駄にはならない。



それがエロ漫画に発情する時間であっても、焼き肉の食べすぎでゲロを吐いているときであっても、子供を攫って親を脅しても、あまつさえ人殺しだって。すべての経験には必ず生かすべきタイミングが存在する。


仮に空港で喧嘩しようと、川に流されようと、空き巣に入られようと、親から理不尽に殴られようと、Youtubeの話のネタになって収益に結びつくこともあるかもしれない。その人柄を知るエピソードとなり、動画を見続けてもいいと思うかもしれないのだ。


全ての経験は必ず無駄にはならない。

全員が均等に幸福になる機会を得ている。つまり、フェアである。





そうだろうか?

それは「なんやかんや成功して幸福なお前」に限った話ではないのか?


そう、成功者の体験が全員に当てはまらないのは、「バカなギャルだったあーしが慶応に受かった話」を読んでも私が屁とも思わないのは、経験を生かす機会が誰にでもあるわけではないからだ。そして決まって彼らの口説き文句はこうだ。


自分の手で、まずは機会を手に入れろ


さて、ひどく醜い自分語りをしてしまった。目の前に転がっている死体も、何かしかの話のタネにはなるか?警察署で自叙伝を出版して、その売り上げは被害者遺族に均等分配、これならフェアだろうか。


今回は世間の諸君が大好きな縊死を希望された。死に方を選ばせられるほど私の経験値はそう多くなかったのに、だ。いや、怯むな、死に方を経験する機会が転がっているのだ、掴まずに後悔はするものか。私そう思い、ビニール紐をぎゅっと握りしめたのだ。


肝心なのは、窒息ではなく頸動脈をふさぐことによって酸欠に持っていけるか。これによって依頼人が苦しいか苦しくないかが非常に分かれる。そして、きちんと殺せるか。酸欠状態になった脳みそは機能障害が残る。つまり生き地獄だ。必ず殺すと誓った以上、私は彼が本当に死んだのかを確かめる必要があったし、万一の時に備えて首筋を切る用意もしていた。


紐を固定し、首を通す。太い血管が締まるよう、位置を確認する。なるほど、これは確かに一人だけでは難しい作業だ。自分の体のことは自分が一番よくわかっているとは言うが、自分の頸動脈の位置を正確にわかっている人間がどれだけいるだろうか。


「やめてくれと言っても、やめないでくれ」


そう言った彼の体を支えていた私の手には、まだ人の体温があった。




結果は、成功だった。


スっとこと切れた依頼人は、月並みではあるが、まるで操り人形の糸が切れたようにも見えた。今までよくぞ頑張った、後はこのままゆっくりと眠るといい。私はしばらくその場を離れずにいたが、心臓はもう動いていなかったし、瞳孔も光に反応しない。


ぽつんと私だけが残された、私の知らない部屋を後にして、私は帰路へ着いた。



働き方がブラックでも、不倫をしても、浮気をしても、家庭内暴力をしても、遺産が欲しければお前ら愛人二人で殴り合いをしろと煽って見せても。生み出された作品にその作り手の罪は何の関係もないのだ。生み出されたソレが美しければ、何もかもが許される。拍手と喝さいに、一人の個人的な感情はかき消される。


それがアートの世界だ。


実にフェアじゃないか。経験を生かす自己表現の場としてネットが発達したのは、諸君にとってもさらにひどい今は負け犬の誰かにとっても僥倖だった、違うかい?


最後に。私にとって殺人はアートでも自己表現でもない。それだけは、書いておかなければ。

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