タイトルなし 210521
チート。
今の日本の広告にやたらこの概念が登場する。理不尽な境遇にいるものが、元から手にしていたか、あるいは神様というものが与えた「最強能力」「便利スキル」「最弱だけど応用で最強になる何か」「アイテムだの攻略ガイドだのレベルカンストだの」で、今までの鬱屈とした人生に颯爽とリベンジを果たし、読者はそれを見てすっきりするというテンプレート。被害100に対して反撃1000で応酬する、シンプルすぎるカタルシス摂取。多くの人間が努力せずに成功体験を手に入れたいのだ。私だってそうだ。宝くじは毎年買っていたし、いつか空から女の子が落ちてこないかなと思ったものだ。
ただ、どうにもこの手のコンテンツは私は受け入れられなかった。内容が性的すぎるだとか絵が汚いとかそういうことではない。主人公が物語の中で努力せず力を手に入れたなら、読者の私はそこから何を受け取ればいい?かっこつけで一方的でロジカルでシニカルで正義っぽいグーパンチの果てに、カタルシス以外の何を感じればいいんだ。私はカタルシス以外の何かを得たかったはずだ。悲惨極まりない現実を直視して、いやしない神に祈りを捧げろとでも?まっぴらごめんだ。結局、私がこうして自ら殺人者として、現実に住まう異物として身を立てて心底痛感するのは、チートなんてものは存在しないということだ。私がいまだに娑婆にいられるのは、隠密スキルでもなければアサシンのクラス適正でもない。単純にミスが起きないよう念を入れてリハをし、その上で実際に殺しているからに過ぎない。毎回100%家に帰ってこられる保証なんてないのだ。
・・・きっと私が羨んでいる「誰もが持っている当たり前で普通の幸せ」という概念自体も、なかなかの努力が裏側に存在しているに違いない。私がそれをしてきたかと言われればしてこなかった。とどのつまり、最初から詰んでいたということになる。ああ、私の殺人もたゆまぬ努力とは言うまい。ただ、いつも余裕綽綽で「テメーを殺すぜ」などと大口叩けるわけがない、むしろ細心の注意を払って地味に人を殺しているとだけ、ここに記しておこう。
だからこそ、今のこの感情は当然と言ってもいいはずだ。それが殺人であれ何であれ、大切なものに泥をかけられた以上、頭に来るのは至極まっとうな反応のはずだ。
競合、それも模倣犯が出現した。しれっと5chに出現した、「偽物の神」を名乗る謎の人物。かの人物はスレに颯爽と現れ、根も葉もないことを垂れ流していた。
やれ「二宮三四郎」は苦しんで死んだだの、売名目的で殺しただの、今もひっそりと殺人は続けているだのと、見てもない癖にペラペラと。
・・・今思い返すと、大筋だけはあっているのが気に食わない。問題は、ネ申と崇められたそいつがどうやら実際に殺人を請け負っているらしい、ということだ。身に覚えのない殺人について、殺害方法やらなにやらドヤ顔で書いているんだろう。
当たり前だが、私は5chにスレッドなんて立てていない。まっとうな思考ならこの人物に全ての罪をかぶせる、なんて方法も思いつくんだろうが、私の中にあったのはただ不愉快な感情と、サイコキラーによって私の顧客が奪われていることへの焦燥だった。
それに、だ。世間は、あの事件を、「二宮三四郎」殺害を忘れようとしていた。結局私は捕まらずじまいだった。
全くと言っていいほど私と「二宮三四郎」は、警察の中でつながってはいないようだ。それでも距離は置いたほうがいいだろうと思い、私は引っ越しをした。それと、仕事の出来は上々だ。警察よりもお客様の方が優秀らしい。すでに3件、予想以上のペースだが、これを喜ばしいこととは受け取れないでいた。当たり前だが、いずれも当の本にとっては悲劇の幕切れなのだ。手放しで喜べることなど一つもない。
だが、こういう時に備えて「二宮三四郎」を殺した時に仕込みをしていたのだ。仕方ない、再び表舞台で本物もまだ現役だということを示すことにする。風化させてはならない。少なくとも、それを求める人間にとっては重要な意味があるはずだ。思い立ったが吉日。早速次の依頼でお披露目といこう。
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