斎藤隆太郎の遺書

まず、このような形で別れの挨拶をすることになり、申し訳ございません。私、斎藤隆太郎は2021年4月27日をもって俳優業を引退いたします。関係者の皆様にはご迷惑をおかけしますことを、心よりお詫び申し上げます。


理由は、単純に自らの演技の質が下がり、また世の需要に私自身の演技が追いつけなかったためです。偏に、私の努力の至らなさ故でございます。理想と掲げた俳優としての在り方から、私自身が乖離していくことが許せなかった。妥協をできなかった。得た経験よりもすり減っていく感性が目についた。私が舞台に呼ばれることもなくなっていきましたが、それは誰を責めるでもない話なのです。

私を奮い立たせるもの、唯一の生きる理由だった妻の希望は、すでにこの世から旅立ってしまいました。私は、彼女のいない人生を一人で歩いていくという、勇気を持てませんでした。私も彼女の出張に付き添っていれば。そう思わずにはいられない日々でした。

私自身が演じてきた役のようには、私自身は前向きに未来を描けなかった。プロフェッショナルであろうとして続けてきたすべてが、たった一つ大切なものを喪ったせいで崩れてしまった。そして私は、希望の夢だった立派な俳優になんてなれなかった。


もし私のように、誰にも頼れる相手がいなくなったら、「いのちの電話」に頼ってください。二宮三四郎は、必ずそこにいます。もし仮に二宮三四郎がいなくなったとしても、そこに必ず人生のヒントが下りてくるはずです。


そして、周りの人が私のように棒立ちになっていると気付いたなら、見て見ぬふりをせずに、あなた自身が手を差し伸べてくれませんか。少しでいいので、時間を分けてあげてください。かつて芳田という男が、道に蹲る少女を助けたように、誰かの終わりかけの物語の続きを描く手伝いをしてあげてください。


最後に関係者、ファンの皆様には心よりお詫びを申し上げます。ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでした。



0426 斎藤隆太郎

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