第88話 最大の危機



 ランティクス帝国との会談は、若干の予定変更はあったが概ねこちらの予定通りの結果となった。


 ランティクス帝国の方はこれでよし……食糧以外にも色々な物資を購入することが出来たし、かなり余裕が出来た。


 輸送に関しては人足を雇い入れるつもりだったんだけど、ランティクス帝国から纏まった金も貰えることになったので賃金も十分用意できる。


 レイフォン達ががっつり交渉で儲けてくれたらしい。


 まだ暫くは貴族とかから接収した金は尽きないだろうけど、収入があるに越したことはないからね。


 帝国に渡す技術に関して事前に説明は受けているけど、レイフォン達は俺が想像していた以上に吹っ掛けたようだ。


 まぁ、譲ってもらったのではなく分捕ったと言う事であれば問題ない。


 折角の技術だ、がっつり儲けて貰いたい。


 そうでないと一生懸命研究をしてくれた研究者達に申し訳ないからね。


 まぁ、研究していたのはレグリア王国時代だけど。


 将来的には本国の技術と合わせて更なる技術革新を目指し切磋琢磨してもらいたいと思う……予算は使いきる事が出来ないくらいあげるからね。


 とりあえずそんな感じで、ランティクス帝国との交渉は纏まり俺は大満足。


 唯一予定外だったランティクス帝自らの来訪も……良い感じに捌くことが出来たしね。


 まぁ、ちょっと大怪我させそうになってビビったけど、ランティクス帝の変身能力が思った以上に便利で助かった。


 怪我も治せるとはねぇ……そこそこダメージは残っているような感じだったけど、少なくとも外傷は綺麗さっぱり消えていた。


 腕が千切れても付いてる状態に変身すれば大丈夫ってことなんだろうか?


 質量とかって一体……?


 ……まぁ、今更だな。


 英雄の能力は突拍子もないものが多いし……英雄ってほんとどうかしてるよね。


 まぁ、それはさておき……どうやって説得したのか分からないけど、ランティクス帝はしっかりうちに残ったんだよね。


 皇帝権力でゴリ押しした可能性も否めないけど……まぁ、変な騒ぎを起こさないのであれば俺としては問題ない。


 賓客としてもてなす必要もないしね。


 なんせ、表向きランティクス帝はうちには来ていないって事になっている。


 だからと言ってランティクス帝が城下町に安宿を借りて暮らしているのは……ありなのか?


 いや、ほんと良く伯爵さんとかは許したよね……。


 いくら政治には全く関わっていないからと言っても、自分の所の皇帝を他国に一人で置いていくって……帝国、本当にそれで良いのか?


 まぁ、エインヘリアの城下町にはよく他国の王様や皇帝が出没するし、この大陸でも同じなのかもしれない。


 当然だけど、城下町にいる皇帝にはがっつり監視を付けている。


 しかしまぁ、目立った問題は起こしていないと言うか……皇帝と言う立場の割にめちゃくちゃ城下町の暮らしに馴染んでいるみたいなんだよね。


 酒場で喧嘩したり、日雇いの仕事受けたり、屋台で食事をしたり、水路の掃除をしたり……めっちゃ馴染みまくっているね。


 勿論変身を使って姿を変えているし、そもそも他国のトップが日雇い作業で良い汗をかいているとは誰も思わないだろうけど……今のところ誰にもバレていない。


 まぁ、姿を変えて無くてもほぼバレる事は無いと思うけどね。


 他国の間者はシャットアウトされてるし……教会に関しても問題はない。


 日々の生活がギリギリな感じでずっと過ごしていたレグリア地方の民が、ランティクス帝国の皇帝の顔を知っている可能性はまずないしね。


 ランティクス帝にはのびのびと自由を満喫してもらおう。


 オロ神聖国の連中も、のんびりとした速度ではあるけど着実にこちらに向かって来ている。


 予定では後三週間程でここに辿り着くはずだ。


 まぁ、帝国の時のようにサプライズはないし、相手の戦略というか交渉の方向性は凡そ判明しているし、それに対するプランもしっかり立ててある。


 後は連中が来るのを待つだけ……まぁ、帝国以上に気が重い相手だけど、帝国以上に放置出来ない相手だ。


 現時点で俺が打てる手は全部打ったからね、後は連中が到着してからだ。


 皇帝は日雇いで忙しく、神聖国はのんびり移動中、準備は万端。


 つまり今の俺は、中々時間に余裕があるということだ。


 しかしこの覇王、時間を無駄にするつもりなぞ一切ないと宣言する。


 というのも、つい先日のこと……アシェラートとのんびり話をしている時にふと気付いてしまったのです。


 今俺のいるこの地は別の大陸……当然だけど、エインヘリア本国のある大陸とは使っている言語が違う。


 俺がレヴィアナ達と会話が出来ているのは、全てこの指輪のお陰だ。


 もしこの指輪が壊れようものなら、俺はレヴィアナ達との会話は不可能と言う事……そしてこの指輪、作るのがかなり大変らしく数を用意することが出来ない。


 つまり、キリク達がこちらに来た時……会話が簡単には行えないと言う事。


 まぁ、キリクとかなら一日と掛からずにこちらの言語を習得しそうだけど……ここはエインヘリアとなったわけで、使う言語は当然本国と同じであるのが望ましいと思う。


 つまり、レヴィアナ達に俺達の大陸の言葉を覚えて貰い……ゆくゆくはレグリア地方全体で標準語として使ってもらう必要があるということだ。


 個人的には文化的侵略はしたくないのだけど、やはり言語と言うものは一つの壁。


 例え本国から離れまくっていようともこの地はエインヘリアな訳で、同じエインヘリアの民として壁が生まれるのは望ましくないと言える。


 今はまだ転移を一部の者達にしか解放していないけど、今後一般にも開放する日が来るかもしれない。


 そうなった時、別大陸の別の言葉を使う民を果たして本国の民達は受け入れるだろうか?


 あの大陸において……別の言葉を使うと言う事自体が未知なのだ。


 かなり広い大陸だし、いくつもの国の興亡があったにもかかわらず言語が統一言語なのは中々凄い事だと思うけど……現実としてそうである以上そこに異論を挟んでも意味は無い。


 だから、全く別の言語を話す相手を受け入れるという土壌がそもそもないのだ。


 ……やはり厳しいだろうな。


 しかし、この大陸においてはこの大陸の言葉が共通語な訳で……言葉も文字も二つ……というのは、まぁ中々厄介だろう。


 言語習得そのものは……時間をかければ問題ないとは思う。


 ただしそれを標準語として使えるようになるかはまた別問題……今まで使っていた言葉、そして周りが使っている言葉の方が主流になるのは無理もない。


 いくらここがエインヘリアだと言っても、じゃぁ言葉は別大陸の言葉が標準語だねとは普通ならないだろう。


 それを強要すれば……間違いなく不満が溜まるだろうし、下手をすれば反乱が起こる。


 本国の方の言葉にあこがれを持たせるように誘導するとか……?


 でもなぁ、それを日常的に使うかとなると……厄介だな。


 キリク達に相談しても、本国に合わせるのが当然って言うだろうし……うん、フィオに相談してみるか。


 そう思って『鷹の声』を起動しようとして……あ、ダメだ。


 今向こうは真夜中……流石に叩き起こす程緊急の案件ではないな。


 レヴィアナ達に伝えるのはフィオに相談してからの方が良いだろう。


 ……そういえば、こっちの言葉をどうこうするって事ばっかり考えていたけど……大変なことに気付いてしまったかもしれない。


 今回のランティクス帝国との会談、そしてヒエーレッソ王国との会談。


 どちらもこの指輪のお陰で言葉には全く苦労しなかったけど、文字は全く分からなかった。


 覇王的に……それはアリなのか?


 キリク達がここに来た時、覇王はこっちの言葉は分かりません、文字も読めませんで格好がつくのか?


 ワンチャン、俺の知っている言葉こそ唯一無二……的なムーブをすれば……いや、ダメだな。


 どうやっても勉強しなかったことを誤魔化しているようにしか聞こえない。


 確実にフィオにはバレるしな……。


 それにウルルはあっという間に言葉も文字もマスターしちゃってるし、俺も勉強するべきだよな?


 え?フェルズ様、一年近くこっちに居て文字も言葉も分からないんですか?ひくわぁ……とか思われたら最悪だ。


 いかん。


 これはこっちに向こうの言葉を教え込むとかよりも急務だ!


 勉強しなくては!


 しかし……どうやって?


 今更レヴィアナとかに言葉と文字教えてちょ?って言うの?


 ほんと今更よ?


 同じ理由でウルルも絶対にダメ……っていうか、ウルルは滅茶苦茶忙しいからそんなこと頼めない。


 やべぇ!


 召喚されて以来一番のピンチかもしれん!


 あ、アシェラートって文字もいけるかな?


 俺は急ぎアシェラートを探すために部屋を出た。


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