第313話 バンガゴンガの漁業日誌

 


〇月〇日 晴れ


 フェルズに漁業をやってほしいと言われた俺は、開発部の新人であるケインと作業員となるゴブリンとドワーフ、それからリュカを連れてエインヘリア最西の地方であるレガル地方にやって来た。


 普通に考えて、素人どころか海を見たのすら、リュカを助けにいった時が初めてだった俺が、漁業という道に挑戦するというのは……無謀を通り越してもはや笑い話だろう。


 これが、現地にいる漁師を雇い入れて、俺はその管理をするというのなら……まだ分からなくもない。


 しかし、今回の計画はそうではない。


 レガル地方で数年前に廃村となった村を再建し、そこにゴブリン達を移住させて漁業に従事させるという計画だ。


 普通に考えれば上手くいくはずもない計画だが、そこはエインヘリア。普通などと言う言葉は通用しない。


 まずは飛行船による大量輸送で、必要家屋分の建築資材を運び込んだ。


 ここから数日かけて村を再建する。


 いや新しく作ると言った方が正しいか。


 廃村となった際に、盗賊等に拠点として使われぬよう家屋は全て焼き払われ、水路も壊されていたからな。


 村を作る事は、今の俺達にとってそう難しい事ではない。


 問題は漁業の方だが……それは今悩んでも仕方がない事だ。


 まずは村の建設に集中しよう。






〇月〇日 強風


 今日は朝から非常に風が強く、高所での作業は危険だった。


 だから水路の復旧をメインにしたのだが、そこは散々治水工事にも従事しているだけあって、ドワーフ達の手によりあっという間に水路が使えるようになった。


 城下町で作っている上下水道と比べれば、村の水路の復旧および拡張なぞ大したことが無いという事だろう。


 作業自体は何ら問題ないのだが、ケインの様子が気になる。


 根を詰め過ぎているというか、作業一つ一つに鬼気迫る様子で取り組んでいるのだ。


 少し気にしておいた方がいいだろう。






〇月〇日 晴れ 波穏やか


 今後必要となるかもしれないので、今日から海の様子も天気と共に書くことにする。


 村の建築は順調そのもので、明日には入植するゴブリン全員分の家屋と必要な施設の建設が終わるだろう。


 いや……最後に、まだ手を付けていない漁港の建設が残っているが……こちらはゴブリン達を移住させてからの建設となっている。


 ギギル・ポーは山岳地帯に存在する為、当然ドワーフ達は港や船を作るノウハウは持っていないが、ケインには経験があるらしく任せて大丈夫とのことだ。


 ケインの技術や仕事への熱心さは疑っていないが、どうにも熱心過ぎるきらいがある。


 それとなく休むようには言っているのだが……中々聞き入れては貰えない。


 本人は非常に穏やかで人の良さそうな感じなのだが、仕事となると一切の妥協を許さない職人という感じなんだよな。


 俺は責任者としてしっかり監督する責任がある。


 気を付けておこう。






〇月〇日 小雨 波普通


 一通りの建物が完成した。


 それに合わせ明日の昼過ぎにゴブリン約二百人がこの村へとやって来る。


 彼らはベイルーラ地方にあった隠れ里から保護されたばかりなので、急激な環境の変化に体調を崩す恐れがある。


 その時の為に、暫くエイシャ殿がこの村に常駐してくれることになっているので、体調は問題ないだろうが心のケアが必要になるだろう。


 リュカは持ち前の明るさであっさりと他人の懐に飛び込み、しかも相手に警戒されにくい気質をしているし、面倒見も良い。


 俺も注意はするつもりだが、リュカにも色々と気にかけてもらう必要があるだろう。






〇月〇日 晴れ 波穏やか


 予定通りゴブリン達が入植した。


 新天地への不安が見て取れたが、用意されていた家屋が思っていたよりも立派だったようで非常に驚いたようだった。


 まぁ、その気持ちは分かるが……。


 彼等は今後ここで漁業を生業として暮らしてもらうのだが、この村は国営の漁村という事になっている。


 当然、彼等には給料が支払われ、食料も国からある程度支給される。


 エインヘリアの……いや、フェルズのやり方は、色々と斬新すぎて理解が出来ない事が多いが……今回のこれもフェルズにとっては、十分元が取れる計画ということなのだろう。


 この漁村が一体どうなって行くのか、楽しみでもあるが恐ろしくもある。


 楽しみ四、恐怖六だが。


 あの畑のような事に……やはりなるのだろうか?


 それはそうと、何故か当たり前のように俺とリュカの住む家が同じだった。


 いや、俺達はこの村に永住する訳じゃないから家は要らないのだが……何故か村で作業する時はこの家を使うように言われた。


 家を使うのは別に問題ない、作業員であるドワーフやゴブリン達も簡易宿舎を使っているし……いや、俺も簡易宿舎で構わないのだが……。


 どことなくフェルズの影を感じる。






〇月〇日 晴れ 波少々高し


 今日、港の建築が始まった。


 ケインの指示で作業は進められているが、ドワーフもゴブリンも初めての建築物ということで、一つ一つの工程に興味津々といった様子で見入っており、作業の効率が若干落ちているようだ。


 といっても、ケインの話では大して日数をかけることなく港も完成するとの事。


 魔力収集装置の設置はしなくていいのか尋ねたところ、人が住み始めてすぐは周囲の魔力が安定しない為設置作業が出来ないとの事で、魔力収集装置の設置は来月になるという。


 少し困ったな。


 というのも、ケインが相変わらずほとんど休まずに作業をしているのだ。


 最近は強めに休むように言っているのだが、フェルズから初めて任された仕事だから手を抜くことは出来ないの一点張りだ。


 休むことは手を抜くことではないと何度言っても休もうとせず、作業をしていると寝食を忘れるドワーフ達でさえも顔を顰めるレベルだ。


 彼にいう事を聞かせられるのは、フェルズしかいないだろう。


 だが魔力収集装置がない以上、転移を使うことが出来ない。


 飛行船も併用すれば、最寄りの転移拠点まで一時間程度で移動することは出来るが……一度城に戻って、フェルズにケインの事を報告した方がいいかもしれない。






〇月〇日 曇り 波やや高し


 城に戻りフェルズにケインの現状を報告し、一筆書いて貰った事で、ケインはようやく定期的に休んでくれるようになった。


 監督者としては情けない限りだが、ケインが倒れる前に対処出来たので最悪の事態は免れることが出来た。


 ケインが休みを入れつつ働くようになった為、港の建設計画は当初の予定よりも遅くなったが、元々数日で出来る予定だったものが十日程度に伸びたところで誰も気にしないだろう。


 どれだけケインが無茶なスケジュールを組んでいたか、これによってはっきりと分かった。


 それについていけるドワーフ達もドワーフ達だが……。






〇月〇日 晴れ 波穏やか


 カミラ殿が村にやって来て、魔法で防波堤という物を作った。


 これにより港周辺の入り江は波が穏やかになり、今後は桟橋づくりを進めていくらしい。


 その時知ったのだが、桟橋に沿う形で生簀という物を作り、そこから海産物を収穫出来るようになるそうだ。


 俺はてっきり船で遠くまで漕ぎ出してから魚を獲るものだと思っていたのだが、そうでは無いとのこと。


 これならば、海に慣れていないゴブリン達でも漁業に従事することが出来るかもしれない。


 生簀および港の完成まであと二日だ。






〇月〇日 雨 波やや高い


 本日港と生簀が完成した。


 あいにくの空模様ではあったが、カミラ殿の作った防波堤のおかげで港周辺は多少波があると言った程度の状態だった。


 桟橋は浮き桟橋と呼ばれる海に浮かべている部分と、海底まで支柱を下ろししっかりと固定している桟橋に分かれている。


 港から沖の方に向かって伸びている桟橋は固定されている桟橋だが、その桟橋から左右にそれぞれ二本ずつ横向きに伸びているものは浮き桟橋だ。


 そして、生簀はその桟橋から覗き込めるような形で六個設置された。


 生簀の中には何も入っておらず、ただ枠で囲ってあるだけにも見えるが……今日から六つの生簀に、フェルズから渡された餌をばら撒くように言われている。


 桟橋にはクレーンが設置されており、そのクレーンはドワーフ達の作ったレールの上を移動して、各生簀の場所まで移動させることが出来る。


 生簀には予め網が沈められており、クレーンでその網を引き揚げることで海産物が採れる……らしい。






〇月〇日 晴れ 波穏やか


 生簀が完成してから半月が経過した。


 毎日餌を生簀に撒いているが、桟橋から見た感じでは生簀の中に魚が泳いでいる様子はみられない。


 農作物は成長していく様が見えていたからある意味安心は出来ていたが、今回は海に餌をばら撒いているだけで一切手ごたえがない。


 俺はともかく、村に移住してきたゴブリン達は不安になっているようだ。


 安心させてやりたいが……今の状態では何を言っても気休めにしかならないだろう。


 それでも、これが失敗したからといって、エインヘリアは保護することを止めることはないとしっかりと伝えた。






〇月〇日 晴れ 波穏やか


 魔力収集装置の建設が始まった。


 ゴブリン達はこの村に来る前に、暫く魔力収集装置の傍に居て貰ったとはいえ、今日まで一人も狂化しなかったことに、俺はほっと胸をなでおろした。


 魔力収集装置の稼働まで後四日はかかるし、最後まで油断は出来ないが……魔力収集装置があることがどれだけ安心できることなのか、再確認出来た気がする。





〇月〇日 曇り 波やや高し


 明日で生簀を設置してから三十日目となる。


 相変わらず餌だけはしっかり撒いているが、魚の姿は一切見えない。


 やはり餌を撒くのだから、先に魚を生簀の中に入れておかないといけないのではないだろうか?


 不安が募る。






〇月〇日 雷雨 波大荒れ


 生簀を作ってから丁度三十日目だというのに、天気は大荒れ。海に近づくのは危険と判断し、今日は一日生簀の様子を見に行くことが出来なかった。


 もし餌を毎日撒かなければならないのであれば、こういった天気の日に餌を撒く方法を考えなくてはいけない。


 生簀が壊れて無ければ良いのだが。






〇月〇日 晴れ 波穏やか


 大漁だった。






〇月〇日 曇り 波やや高し


 昨日は忙しく、あまり詳細に記録を残せなかったので本日書くことにする。


 昨日の朝早く、生簀を見に行った俺達の目に飛び込んできたのは、六つの生簀の海面でバシャバシャと魚が跳ねる光景だった。


 急ぎクレーンを動かし生簀から網を引き揚げると、網から溢れんばかりに魚がみっちりと掛かっており、俺達は慌ててそれらを全て港に運びこんだ。


 六つある生簀の全てがそんな様子で、獲れた魚は千を軽く超えた。


 本日魔力収集装置が稼働したこともあり、フェルズが視察に訪れたのだが、一言『生簀多すぎたな』と漏らしているのが印象に残った。


 獲れた魚は大小さまざまで、俺は魚の種類は分からないが……手のひら程度の大きさのものから、俺と同じくらいの大きさの魚まで種類は様々だった。


 海藻の類も色々と取れていたが、こちらはこの村で乾燥させる必要があるらしい。


 それと、何故か木の棒のようなものや、干物のようなものが網の中にいくつかあった。


 海の中にあった筈なのに両方とも乾燥していたのが不思議過ぎたが、フェルズが満足そうにしていたのでアレも必要な物なのだろう。


 それと何故か二個ほど瓶が魚に混ざっていた。


 中にはそれぞれ黒い粒と赤い粒が入っていたが……あの瓶は、一体いつの間に生簀の中に入ったのだろうか?


 後、魚ではない奇怪な魔物のような生物も何匹か混ざっているのも確認出来た。


 ぬるぬるとした体表に複数の触手を持つ生物で、毒のような黒い何かは吐き出していた。


 魚の仕分け作業中……その生物の存在に気付かなかったリュカが、手を伸ばしたところを触手に絡みつかれたので、慌てて殺そうとしたのだが……フェルズに凄い勢いで止められた。


 ……まさか、アレも食うのか?


 とりあえず、網に掛かったものは全て例外なくエインヘリアに送ることが決まった。


 農地で種まきの時期をずらしているように、生簀も月に何度か水揚げすれば良いように時期をずらしたほうが良いだろう。


 種の管理という厄介な作業はないが、野菜よりも足の早い海産物は、手早く梱包して運び出さないとすぐに悪くなってしまう。


 一度に六つの生簀から海産物を収穫するのは、村のゴブリン達だけでは手が足りない。


 今後、その辺りをしっかり調整すれば、漁業も問題なく稼働できたと言えるだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る