第230話 齎された情報



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 空を飛んできたディアルド爺が、帝城の中庭へとゆっくりと降りてくる。


 普段であれば、例えディアルド爺と言えどここに直接飛んでくることは許されていないが、緊急時にかぎり帝城に直接空から乗り込むことを許している。


 今回私が中庭を選んだのは、遠目からでも私がこの場にいることを知らせやすいからだ。


 目論見通りディアルド爺は一直線に中庭まで飛んで来て、少し離れた位置に降りた後私の元にやって来て膝をつく。


「ただいま戻りました、陛下」


「長旅苦労。聞きたい事は多くあるが、まずは早急にアレが何なのか教えてくれるか?」


 私が言うアレ……何なのかを説明するまでも無く、この場にいる全員が理解しているアレは……未だ帝都の街壁の外側に浮かんでいる。


 帝城があるのは帝都の中心なので、まだ相当の距離があるにもかかわらずその姿が見えるのは、あの飛行体がそれなりの大きさであることと、他に視界を遮るものの無い大空にポツンと浮かんでいるからだろう。


「まず、あの空を飛んでいる物は飛行船と言うものでして、所属はエインヘリアとなっております。彼らに攻撃の意図はなく、陛下との会談を望んでおります」


「……エインヘリアか」


 やはりそうだったか……方角からその可能性も考えたが……いや、今はそれは良い。


「独断にて他国の者を招き入れた事に対する咎は如何様に裁いて下さって構いません。ですが、今は彼等との会談を受け入れては頂けないでしょうか?」


「お前には私の短剣を預けた。ならばお前の判断は私の判断という事だ、裁く咎なぞありはしない。すぐに準備を整えよう。ディアルド、確認するが……謁見ではなく会談だな?」


「然様にございます」


「良し。すぐに準備を整えろ!以降は筆頭補佐官の指示に従え!それと兵に絶対にこちらから手を出すなと再度厳命を出せ!リカルド、お前は『至天』を集めていつでも動けるように待機しておけ!但し私の命令があるまで絶対に動くな!ウィッカ、キルロイ、ディアルド!お前達は私と共に来い!」


 矢継ぎ早に指示を出した私は急ぎ帝城内に戻る。


 突然の来訪とは言え、すぐに会談の準備……形だけは整えられるだろう。


 だが、その内容に関してこちらは何も用意できていない。急ぎディアルドから話を聞き、何が起こっているのかを知る必要がある。


 皇帝という立場が邪魔して焦る姿を見せることはおろか、走る事さえ出来ない我が身を呪いつつ、三人と護衛の近衛を引き連れて、出来る限り急ぎ防音設備の整った部屋へと移動した。






「さて、流石に何から聞けばいいのか……」


 部屋へと辿り着いた私は開口一番そう呟いたが……ウィッカやキルロイも同じ気持ちのようだ。


 はっきり言って突然すぎる事態な上に、情報量が多すぎるのだ。


 そんな私達の様子を見たディアルド爺が口をを開こうとしたのだが、私はそれを手で制する。


「冗談だ。まずは事の発端となっている西方貴族達の事から聞かせてくれ」


 本当は冗談でも何でもないが……流石に信頼している三人の前とは言え、無様を晒すわけにはいかない。


 私が微笑を浮かべながら言うと、三人も少し肩の力を抜いたようだ。


「では、お言葉通りまずは西方で何があったかお話しするとしましょう。あ、予め言っておきますが、頭や腹が痛くなったり涙が止まらなくなったりするかもしれませんが……頑張って下され」


 ディアルド爺……にこやかに告げて来ているけど、もうこの時点で頭が痛くなって来たのだが……。


 しかし、そんな頭痛はまだ序の口だったと、私はすぐに思い知らされる。


 ディアルド爺の語ったルッソル伯爵の所業……国家反逆罪の適用すら生ぬるいと言える行いに、ウィッカやキルロイが頭を抱える。


「エインヘリアへと送られた書状、その写しがこれです」


 私は迫り来る頭痛に抗いつつ書状とやらに目を通し、それをウィッカに渡す。


「一体何を考えておるのだ!」


 室内にウィッカの怒号が響き渡る。


 事前にディアルド爺から言葉で聞いていたが、実際に文字として目にしたことで感情が爆発したのだろう。長年戦場を駆けたウィッカの怒気はかなりの威圧感を感じさせたが、文官としての経験しかないキルロイを含め、この部屋にいる者は誰一人気圧されはしない。


「ウィッカ、落ち着け。それはもはやどうでもいい事だ。西方の……ルッソル伯爵の派閥の者は一族郎党全て反逆罪で処刑する、それで終わりだ。それよりも今はエインヘリアへの対応が最優先。ディアルド……エインヘリアは何と言っている?」


「既に帝国より宣戦布告をされたようなものだが、エインヘリアから正式に宣戦布告させてもらう……エインヘリア王はそう言われていましたな」


「……当然だな。いや、いきなり殴りかかってこないだけ、非常に理性的と言える対応だ」


 そう口にはしたが、それだけ理性的であるなら戯言と飲み込んで欲しかった……いや、それがどれだけ不可能な話なのかは私が一番理解しているが……それでも、と思ってしまう。


「会談と言っているが、宣戦布告が主な目的ということか……」


「それについては、違うかもしれませんな」


「どういうことだ?」


 私が首をかしげるとディアルド爺はそんな場合ではないだろうに、少しだけ楽しそうに目を輝かせる。


 これ以上私を驚かせてどうするというのだ……。


「あの飛行船には、エインヘリア王自らが乗られておりますからな。宣戦布告が主な目的であれば王が自ら動きますまい?」


 ……それはそうだ。


 宣戦布告した敵国の中心に王がいるなんて……好きに滅ぼしてくれと言っているような物だろう。


 しかし……エインヘリア王が来ているのか。マズいな、あらゆる意味で準備が足りていない……。いや、ディアルド爺に文句をつけるわけではないが……もう少し何とかならなかったのかと言いたくなる。


「まぁ……宣戦布告もするらしいですがの。ほっほっほ、豪胆どころの話ではありませんな」


「……エインヘリア王は狂っているのか?」


「そうおっしゃる気持ちもよく分かりますが、エインヘリア王は至って正気……いえ、寧ろ非常に優秀な王と言えますな」


「その優秀な王が、敵地のど真ん中で自ら宣戦布告するのか?」


「帝国が、陛下がそのような行為をしないと確信しているのでしょう。それに、仮に兵を向けられたとしても逃げ切る自信があるのでしょうな」


「こちらには『至天』がいるのだぞ?自国の英雄にどれだけ自信があるのか知らぬが、流石に帝国を舐めすぎではないか?」


 確かにこの大陸の覇者という帝国の立場上、堂々と相手国に乗り込んで宣戦布告をした王をその場で害するというのは外聞に悪い。しかし、多少名が傷つく程度で戦争を回避出来るなら、私はやる。


「……エインヘリア王は、大国である帝国がそんなことをする筈がない、そのように盲信している訳では無さそうでしたな。それと、自国の英雄に自信もあるのでしょうが……エインヘリア王自身がおそらく英雄ですぞ」


「厄介だな……戦場にエインヘリア王が出て来たら殺すしかないということだな」


 また随分と頭の痛くなる情報だ。


 英雄を捕虜にするのはほぼ不可能。


 まず、殺さないように手加減をするのが非常に難しいし、何とか弱らせて捕獲したとしても傷は時間が経てば癒える……それを閉じ込めておくのも難しいし、見張りにつくのも同じ英雄でなければ……いや、複数の英雄で見張らなければ危険だ。


 逃げられるだけならまだしも、不意を突かれてこちらに被害が出る様な事にでもなれば、それこそ捕虜とした意味がないだろう。


「リズバーン殿。エインヘリア王の強さについてはわかりますか?」


 非常に難しい顔をしたキルロイが尋ねるが、ディアルド爺は首を横に振る。


「流石に話をしただけじゃからのう。ただ、尋常ではない気配をまき散らしておった……儂の見立てでは『至天』の下位連中では歯が立たんと思う。それと、エインヘリア王以外の英雄の存在も確認しておる。最低でもあと四人、そのうち二人は上位者並みの実力……いや、下手をするとそれ以上かもしれん」


「エインヘリア王を含めて五人……待て、上位者以上というのはどういうことだ?」


「ソラキルに派遣しておったエリアス=ファルドナ……『至天』の二十一席じゃが、あやつ、エインヘリアで捕虜になっとった。奴から見た強さじゃから絶対ではないが、少なくともアレを完全に封じ込めるくらいの実力がある者が二人おったそうじゃ」


 今しがた英雄を捕虜にするのは実質不可能って考えていたんだけど……?


 聞かされる情報の全てが酷い物ばかりで……もう少しこちらに有利な情報は無いの……?


 少し目の前が暗くなって気がする……。


「因みに、件のエリアスじゃが返還してくれるそうじゃ。というか、今回連れて来ておる」


「英雄の捕虜か。どれだけ足元を見られるやら……」


 そうは言ったものの、いくら支払ってでも取り返す必要がある。


 例え敗れたとしても『至天』は貴重な戦力……多少の金銭で取り戻せるなら安い物だ。


「解放の条件ですが……無条件で良いそうじゃ」


「……リズバーン殿。おっしゃっている意味が分からないのですが、無条件というのは……?」


 キルロイの言葉に私も深く同意する。無条件とは……無限に金貨を支払えという事か?


「そのままの意味じゃ。こちらに何も求めることはない、好きに連れて帰れ……そういうことじゃな」


 無条件って……何も要らないってこと!?


 一般兵の捕虜にだってある程度の金銭の支払いがあるのが普通……それを無料!?


 駄目だ、エインヘリアの考え方が一切読めない……。


「……無条件で解放するなら何故今まで捕虜に?」


「帝国との繋がりが無かったからと言っておったがのう」


 ……キルロイが訝しげにしているが、確かに腑に落ちない。


 無条件で解放することも納得できないが、このタイミングで返すことについてはもっと納得が出来ない。


 何故ならこれから向こうは帝国に宣戦布告……つまり戦争をすると言っているのだ。


 相手の戦力の要である英雄を解放する必要性がどこにあるというのだ。


「……『至天』の力なぞ歯牙にもかけない……そういうことか」


 ウィッカの言葉にキルロイの表情が変わる……私自身、表に出さぬように苦心したが心臓に冷たい物を突き立てられたかのような悪寒を感じた。


「恐らくそういう事じゃろうな」


 ブラフだと……そう信じたくなる弱い心を握りつぶし、私はディアルド爺に先を促す。


「敵英雄の脅威度は『至天』上位者並みと考えて戦略を練る必要があるな。普段のように『至天』を単体で動かすより、数人纏めた形での運用をするべきだ」


「陛下のおっしゃる通り、それがよろしいかと」


 ディアルド爺が私の言葉に同意する……。


「『至天』の者共の舵取りは任せるぞ?ディアルド」


「それもまた難儀な仕事ですのう」


「教え子くらいしっかり管理しろ」


 基本的に『至天』の英雄たちは育成機関出身……つまりディアルドの教え子に当たる者達だ。


 我の強いあの者達を完全に制御しろとは言わないが、ある程度菅理くらいはして貰いたい。


「英雄についてはそれで良いとして……エインヘリアの技術についても問題だ。あの……飛行船と言ったか?アレは数が揃っているのか?」


「残念ながらそれについては教えて貰えませんでしたな。ですが、アレ一艘でない事だけは確かな様です」


「ディアルドなら落とせるか?」


「相手は大きいので小回りという点では勝てますが、基本的な速度、それに高度で負けております。下に向けて攻撃する武装は確実。ですが、絶対とは言えませんが、一艘相手なら落とせましょう」


「……アレが隊列を成して飛んでくるなぞ想像したくもないな」


 ウィッカが非常に苦々しい顔をしながら言う。


「ウィッカ。地上からアレに攻撃できるような兵器は……」


「ありません。ディアルド殿よりも高い位置を飛ぶという事は兵器では不可能です。効果的なのは……嵐を呼ぶ儀式魔法ですな。アレを使えば、確かディアルド殿は飛行することが出来なくなったかと」


「うむ。恐らく飛行船も嵐の中では飛ぶことは出来ぬじゃろう。問題は儀式魔法の射程が届くかどうかという事じゃな」


「上空に向けて儀式魔法を放ったことはありませんからな……後程確認しておきましょう。ディアルド、手伝っていただけますか?」


「……流石に飛んでいる時に儀式魔法叩き込まれたら、儂でもえらい事になるんじゃが……?」


「上空の観測はディアルド殿にしか出来ないので……」


「……ほんと何処に行っても老人を労わらぬ者達ばかりじゃのぅ」


 しみじみとディアルド爺が呟くが、なんだかんだ言って上手い事やってくれるだろうから心配はしない。


「儀式魔法の件は早急に調べてくれ。それと、以前報告にあった転移の件だが……」


「残念ながら世迷言などではありませんでした。エインヘリアには、転移という遠方に一瞬で移動する技術があります」


 きっぱりと言い放つディアルド爺の言葉に、頭を抱えたくなる……やはりあるのか。


「転移と飛行船については、儂もそれを目の当たりにしてから色々と考えております。その辺りについては後程情報共有いたしますが……」


 ……そうだな。


 今は彼の国の技術よりも内面的な物を知ることを優先するべきか。


「では、基本的な話はここまでにして……儂が見て感じたエインヘリアの狙い、エインヘリア王の人柄、家臣たちについて……それらを述べさせていただくのじゃ」


 ディアルド爺が滔々と語るエインヘリアの話を聞き、一つの考えに思い至った私は臍を噛む。


 話が一段落して静まり返った部屋の中、私はぽつりと言葉を漏らす。


「そういう事か……だから、西の連中は動いたのだな」


「……どういうことですかな?」


 私の呟きにディアルド爺が首を傾げる。


「ずっと西の連中の動きに疑問を感じていた。何故動くことが出来たのかと」


「……商人から得た適当な情報を信じたからでは?」


 私の言葉にキルロイが答えるが、私はかぶりを振って見せる。


「それはそうなのだが、問題はその話の出所だ。そもそも我等が資源調査部を使って得られなかった情報を、一介の商人が得られるか?」


「……資源調査部が徹底的にマークされていたからでは?」


「それはエインヘリア国内に入る資源調査部の者達のことだろう?別にエインヘリア国内でなくても情報は得られる……にも拘らず、我々が得た情報は最初の報告にあったものだけだ」


「……確かに。虚偽の情報であろうと、西の連中が手に入れられた情報が一切こちらの耳に入っていないというのは異常です」


「つまり陛下。西側の連中はエインヘリアに操られたと?」


「そうみるべきだ。相手の情報を扱う力は我が国よりも上……その商人達が騙されたのか、そもそもエインヘリアの手の者だったのかは分からぬが、伯爵の派閥はまんまと乗せられたのだろう」


 いくらなんでも、伯爵如きが功を焦ったとはいえ、他国に対しあんな条件を突きつけるなんておかし過ぎる。


 エインヘリアと示し合わせての行動である可能性もあるが、暴走させられたという方があり得そうだ。


「ルッソル伯爵の身柄は急ぎ確保した方が良さそうだ。宣戦布告となったのならエインヘリアにとってはもう用済み……証拠諸共消される可能性がある」


 もう手遅れの可能性は高いが……。


「西に派遣する者には言い含めておきましょう」


 私はウィッカに頷きながら、ひとまずの結論を出す。


「相手側の陰謀であったとしても、こちらの貴族が失態を犯したのは事実……だが、帝国は軽々に非を認める事は出来ん。そしてそれこそ、エインヘリアにとっての既定路線であるのだろう」


 そう言って私は三人を見渡す。


「帝国も随分と舐められたものだな。確かに奴らの技術力は脅威だ。膝を屈し下手に出るのが賢者なのかもしれん。……だが、謀略に嵌められた上に下手に出る?そんなもの、もはやスラージアン帝国とは呼べまい。奴らがどのような手で来ようと、戦わねばならん」


 ……私は力を込めて言葉を発する。


 無論、一筋縄ではいかないことは百も承知している……敗北からの講和という終わり方も視野に入れなければならない相手だ。


 だがそれでも、帝国は何もせずに負けを認めたりは出来ない。


 そんなことをすれば、例えエインヘリアに敗れなかったとしても帝国は滅びるだろう。


 私の言葉に三人が頷く。


 この三人であれば、私が言わずとも分かっている……これがどれだけ厳しい戦いで、早い段階で良い落としどころを見つけなければ、帝国の存亡すら危うくなりかねないという事を。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る