第231話 邂逅直前の王達

 


 窓の外に広がる大陸最大の国、その王都……いや、帝都か……を見下ろしながら、俺は素直に感心していた。


 凄い広さだ……この街を見るだけでどれだけ大帝国が大きな国なのかが分かる。


 帝城を中心に放射状に広がった美しい街並み……どう贔屓目に見てもエインヘリアの王都の方が凄いとは言い辛い。


 さらに帝都の傍に広がる畑はこれまた広大で、所々に村の様な集落も見える。


 この広大な畑が帝都の食生活を支えているのだろう。


 近くを流れる大きな川から水路を引き込んでいるようで、水資源も豊富なようだし、土地も肥沃なようだ。


 エインヘリア城のある龍の塒は、土壌は良いらしいんだけど、水がな……掘れば出て来るんだけど、川とかが無いから水路とかがな……カミラ達に水系のエリアをぶっ放してもらって湖とかつくれないかな……?


 今エインヘリア王都には、ゴブリンだけではなくドワーフや人族の住人が増えつつある。


 多分これからどんどん発展して行くのだろうけど、食料は何とでもなるけど水はしっかりと確保できるようにしておかないと大変だからね。


 まぁイルミットであればその辺しっかり対応してくれているんだろうけど、任せきりにして確認を怠るのは良くないだろう。エインヘリアに戻ったらすぐに確認しよう……。


 いや、寧ろ今すぐ帰って確認するべきじゃないか?


 うむ……水は大事だ、一刻も早くイルミットに確認する必要がある気がしてきた。


 よし、予定は切り上げて帰ろう!


 ……。


 ……。


 とはいかないっスよねぇ……。


 俺は帝都の中心に聳え立つ、非常に立派な城の方に視線を向け……深いため息を放つ。


 今、この船室にいるのは俺だけ……リーンフェリアは部屋の外で待機して貰っている……だから、全力で肩の力を抜いている。


 この三日間……俺は本当に頑張った。


 大帝国から来た『至天』の第二席……長年大帝国に仕える重鎮というじーさん相手に、それはもういきり……じゃなくて覇王しまくった。


 あれ?覇王するってどゆこと?


 そんな疑問を覚えてしまうくらい頑張った。


 いや、ルフェロン聖王国とかギギル・ポーに行った時も、それなりに長期間覇王やってたけど……なんというか、あの時とはちょっと違うのだ。


 恐らくこの空の密室とも言うべき飛行船……この環境がいけないのだ。


 物理的にも精神的にも逃げ場のない空の上という環境下で、他国の重鎮とのやり取り……これは辛い。


 本当に辛かった……お腹が痛くなるのも無理はない。


 しかも何が怖いって……あの爺さん中々飄々とした感じで話しやすいんだけど、偶にめっちゃ眼光が鋭くなるというか……こちらを見透かしている様な目で見て来るから心臓に悪い。


 いや、そもそも覇王歴一年の俺が、長年帝国を支えて来た重鎮相手に覇王ムーブやるって相当キツイ……というか無茶ぶりにも程があるよね?


 何度かちゃんと狙い通りに出来てるのかキリクにそれとなく尋ねてはいる。そのたびに、素晴らしい成果ですって言ってくれているキリクの言葉を、果たして鵜呑みにしても良いのだろうか?


 それに帝国の動きも気になる。


 はっきり言って、今回俺達は今まで他国に対して秘匿して来た情報をかなり見せている。


 王都の位置や外交官達のとんでもない能力はともかくとして、飛行船や転移……この辺りの技術、この世界ではオーバーテクノロジーもいいとこなのは流石に俺も理解している。


 それをこれだけ大盤振る舞いで相手に見せつけているというのは……技術力……いや、国力を見せつけて圧をかけているってことだろう。


 俺の目的は魔力収集装置を世界中に設置することであって、世界征服ではない。


 ノッブの野望でも、後半になればそうやって国力の差で相手を降伏させるって手を使うしね。


 多分今回のキリクの狙いはそういうことなのだろう。


 正直領土や人口的には負けているし、敵さんには切り札である英雄集団が居るし……いくら技術力で殴りつけてもそう簡単に降伏しないと思う。もしかしたら、何度か戦う必要はあるのか知れないな。


 流石に帝国がルフェロン聖王国みたいに属国になるとは思えないけど……どうにかして魔力収集装置の設置を飲ませるんだろうね。


 いや……ほんと、どうやるんだろうね。


 属国であるルフェロン聖王国ならともかく、戦争で軽く負けさせただけの敵国に、果たして魔力収集装置を設置させられるものだろうか?


 正直アレの設置は首根っこ押さえるどころの騒ぎじゃないと思うんだけど……うん、俺が考えても答えは出ないな。


 多分、なんやかんやキリクやイルミットが上手い事やってくれるんだろう。


 ……これは別に思考放棄している訳ではない。そう、俺はキリク達を信用しているのだ。


 そんなことを考えつつ、視線を室内に戻す。


 ……リズバーンとの会話は中々しんどかった……でも次の相手はもっとしんどい筈。


 噂の帝国の皇帝……控えめに聞いてもめちゃくちゃ優秀な相手だ。


 下手な事言おうものなら一瞬で丸め込まれてしまうかもしれないし、変な言質を取られでもしたら……キリク達に申し訳ない。


 あぁ……ストレスで禿げそうだ……まぁ、最悪頭部が気になり出したら薬使えばいいんだけど……一歳で髪が気になり出すっておかしくね……?寧ろこれからどんどん生えてくる筈では?


 仮にストレスで胃に穴が開いてもポーションで多分治るだろうし……精神のケア以外は完璧だな。


 む、髪と言えば……白髪対策も必要か?


 あールミナをもふりたい……丸まってるルミナに顔を押し付けたい……難しいこと考えずにルミナとベッドでゴロゴロしていたい……。


 ……この際フィオ相手でもいいから、のんびりとしたい。


 しかし、そんな俺の願いは当然叶うはずもない。


「フェルズ様。リズバーン殿が戻ってきました。準備が整ったそうです」


 扉がノックされ、外から聞こえて来たのはキリクの声。


 あぁ……遂にこの時が来てしまったのか。


 俺は外に漏れ聞こえないように大きく深呼吸をした後返事をする。


「そうか。では、行くとしよう」


 トイレはもう済ませてあるからな。






View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 一通りディアルド爺からエインヘリアの話を聞き、色々と頭を抱えたりしたがウィッカやキルロイと念入りに対策を考え、会談に臨むこととなった。


 正直準備期間も情報も足りないが、半日やそこらで解決できる問題ではない。なので、ラヴェルナ達の準備が終わり次第、ディアルドにはエインヘリアの飛行船に戻ってもらい帝城への案内を頼んだ。


 あの飛行船は、エインヘリア城から飛んできたらしいのだが、かの城の中に飛行船の発着場が作られているらしい。


 当然、我が帝国には飛行船の発着場などありはしないので、帝都内に侵入されても困る。


 無論あの程度の大きさであれば、帝都内に降りることが出来るスペースはあるのだが……警備上の問題やあれが頭上を飛ぶことによる混乱を考えれば、軽々に帝都内への侵入を許すわけにはいかない。


 流石にこちらに弱みがあるとは言え、事前連絡なしでここまでやって来たのだからそのくらいは向こうも受け入れるだろう。ディアルド爺の話では、エインヘリア王は話の通じる人物であるとのことだし。


 だが、本当に話の分かる人物であるのなら、いきなり帝都に現れるような真似はしないで欲しかったが……。


 それはさて置き、とりあえず飛行船には帝都の外に降りて貰い、帝城までは馬車を迎えに出しているのでそちらで来てもらうつもりだ。


 ラヴェルナの指示で、既に軍を使い帝城の正面にあたる西側の大通りは封鎖してある。


 無論、突然の事なので現場は相当混乱があったようだが……臣民には本当に申し訳なくはあるが、こればかりは色々と諦めてもらうしかない。


 ディアルド爺もその辺りの事は心配だったようだが……あの飛行船の移動速度が早すぎて、どんな方法を選んでも到着よりも早く連絡を入れることが出来なかったとのことだ。


 昼夜問わず飛び続けることで、たった三日という日数で帝都とエインヘリアの王都を移動出来るのだから、仕方ないと言えば仕方ないだろう。


 エインヘリアの者達からすれば、馬車なぞ移動手段とは呼べないのかもしれないな。


 転移に飛行船か……そのどちらか一方だけでも手に入れることが出来れば、帝国の統治がどれだけスムーズに出来るか……。


 個人的には頭を垂れてでもその技術を取り入れたい所だが……流石に今それを考えるのは、夢想が過ぎるな。


 まずはこの会談でエインヘリア……エインヘリア王が何を語るのか、全てはそれからだろう。


 既に一周も二周もこちらは後れを取っている。


 ここからどれだけ巻き返すことが出来るか……それはこの会談にかかっていると言っても過言ではない。


 ディアルド爺は、エインヘリア王の事を中々見どころのある人物と評していた。


 多くの若者を育て、幾人もの英雄を生み出したディアルド爺の人を見る目は相当なものだ。


 その分辛口な評価を下すことが多く、例え『至天』の上位者であっても手放しにその才を褒められることはない。私が知る限り『至天』第一席であるリカルドだけが、ディアルド爺に絶賛されていた人物だ。


 そんなディアルド爺が褒めるエインヘリア王……一筋縄でいく相手であるはずがない。


 今回なすすべも無くこの状況まで持っていかれたことからも、エインヘリア王が英雄と言う規格外……個人の武力だけでなくその智謀も一級品以上であることは間違いないと言える。


 そしてその周りを固める部下や組織も相当な規格外……ここまで不利な状況は初めてかもしれないな。


 父から帝位を押し付けられ、帝国各地で反乱が起こった時でさえここまでの苦境ではなかった。


 あの時も確かに大変ではあったが、負けるとは到底思えなかったし、実際後処理が大変だっただけで反乱を潰す事自体は簡単だった。


 しかし。今回はそうではない。


 技術や情報力は確実にこちらが劣っている。武力に関しては負けてはいないだろうが……五分五分と考えておいた方がいいかもしれない。


 流石に人口差から見ても兵力ではこちらが圧倒しているだろう……。


 例えエインヘリアが商協連盟と組んでいたとしても、兵力でこちらが劣る事はない。後はどれだけ上手く『至天』や予備軍を使うことが出来るか……エインヘリアとの戦いはそういった物になるだろう。


 技術力と情報力の差を兵力と武力で覆すことが出来るか……全てはそこにかかっている。


 正直技術力と情報力の二つで負けているのは、かなりマズイと思う。


 多少の戦力差は、この二つを駆使すればあっさりと翻るものなのだから。


 ……ダメ、弱気になるな。


 皇帝として見せる姿の中に、弱気であったり卑屈であったりする姿なぞありはしない。


 弱い心を吹き飛ばす様に、私は背を喉の辺りに力を入れながら帝城から西に向かって伸びる大通りを見下ろす。


 そこには隊列を成してゆっくりと進んでくる馬車と、それを守るように配置された我が国の兵の姿がある


 ……色々と仕掛けられているのが我が国でなければ、ディアルド爺が絶賛する人物との会談を楽しむことが出来たかもしれない。


 しかし、残念ながら相手は明確な敵として私の前に立つ……これが、帝国の未来を左右する会談となるのは間違いない。


 私は誰にも悟られぬように拳に力を込めた。


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