第227話 いっぱいいっぱいなんじゃが?

 


View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天






 エインヘリア王の笑みに儂は嫌な予感を覚えつつ尋ねると、エインヘリア王は笑みを崩さぬまま肩を竦めながら口を開く。


「そう警戒するな。大した話では……いや、我々の立場を考えれば大した話ではあるか。とは言え、戦争に比べれば大した話ではない」


 何処か面白がるように言うエインヘリア王に、儂はげんなりとした表情を作って見せる。


「エインヘリア王陛下、もう少し老人を労わってはくれませんかのう?はっきり申し上げて、いつ心臓が止まってもおかしくないんじゃが……」


「くくっ……流石にここで死なれるのは困るな。まぁ、勿体ぶるつもりはない。俺はスラージアン帝国に向かい、貴国の皇帝と会おうと思う」


「……陛下にですか?」


「あぁ、殴り込みという訳ではないぞ?正式に会談といったところだな。といっても事前に申し入れる時間がないから、ほぼ飛び込みという形にはなるがな」


 と、飛び込みで帝国に?何故そのような……?


「多少の無礼には目を瞑ってくれるだろう?」


 そう言って笑うエインヘリア王を見て理解する……開戦前にお互いの立場をはっきりさせておこうと言う目論見の様じゃな。


 間違いなく、今帝国は弱い立場にあるが……それを確定させると……ふぅ、思っていた以上に食えんお方のようじゃ。


「ついでにそこで正式に宣戦布告をさせて貰おう。俺自ら敵地に赴いての宣戦布告だ。宣戦布告と同時に奇襲を仕掛ける等の心配が無くて良いだろう?」


 非は帝国にあり、エインヘリアはその事に対して憤慨している……しかし、正式な手続きを以て宣戦布告をしてみせる。しかも王自ら……。


 我が国の者共や周辺国に対し、王者としての姿を見せつけることも狙っておるのか……それ以外にもありそうじゃが……帝国としてはこれ以上攻撃される材料を増やしたくないのじゃが……まだ戦争状態という訳でもないし、何よりこちらにはこれ以上ないくらいの負い目がある。断るのは難しいのう。


「承知いたしました。では、儂は急ぎ国に戻りエインヘリア王陛下来訪の件、伝えておくとしましょう。因みに、いつごろ到着予定ですかな?」


「ふむ……キリク」


「はっ。出発は本日、この会談の後。そして到着は五日後となっております」


「い、五日後!?」


 驚きのあまり声を上げてしまったが……早すぎるじゃろ!?


 隣町に行くみたいな距離ではないのじゃぞ!?ここは旧ルモリア王国領じゃろ?儂が全力で飛んだとしても……帝都に戻るまで、二十日から三十日程度はかかる筈じゃ。


 それを五日?


 どういう計算じゃ?


 あの転移であれば、今日出発すれば今日到着すると思うのじゃが……もしや、意識上では一瞬じゃが、距離に応じて時間は経過しておるのか?


「五日?結構かかるのだな?」


「はっ……この機会に陛下には少しゆっくりして頂くのがよろしいかと思いまして」


 混乱する儂の前で、更に訳の分からん会話をする二人……どうなっとるんじゃ?何処をどう考えれば、五日が掛かり過ぎという発想になるんじゃ?


「ふむ……確かに帝国への宣戦布告以降は忙しくなるだろうが、それでも五日もかかると時間を持て余しそうだな」


「では、三日で如何でしょうか?」


「そのくらいであれば問題ないな。ゆっくりと旅を楽しむとしよう」


 馬車なら半年以上かかってもおかしくない距離を三日で移動して、ゆっくりもくそもないんじゃが……?


 いかん……本格的に訳の分からん話になってきおった。


「どうだ?リズバーン。三日後に帝都に到着予定だが、間に合いそうか?」


「……ほっほっほ。国賓を招くには少々短すぎる準備期間でありましょうが……」


「気にする必要はない。突然訪問すると言ったのはこちらの方だからな。皇帝と会談さえ出来れば俺としては満足だ。そのくらいの時間は取ってくれるだろう?」


「えぇ、それに関しては問題ありません。ですが、その……三日後となりますと、儂も先に帝都に戻るというのは中々難しく……」


「五日後の方が良かったか?」


 変わらんわい!


 そんな風に叫びたかったのは山々じゃったが、出来ようはずもない。


「それでも厳しいですのぅ」


「ふむ。では当初の予定通り、お前も我々に同行するが良い。先に話を通すよりも、お前を連れて行ってその場で通行許可を取るのが楽であろう?」


「……」


 本来であれば、他国の王を簡単に通すことなぞ出来るはずもない。


 万が一国内で襲撃でもされればとんでもない話じゃし、警備計画や歓待準備、街道整備に道中通る街への周知……一ヵ月前に連絡が来たとしても、関係部署は地獄の様な忙しさとなるじゃろう。


 じゃが、拒める立場にないしのう……最悪、陛下より預かりし短剣を持ち出せば、道中の面倒はどうにでも出来るが……胃が痛いのう。


「エインヘリア王陛下。通行許可は問題なく出せますが、恐れながら道中の安全確保等の手配が厳しく……」


「くくっ……問題ない。事前通知なしに向かおうと言うのだ。道中どんな事態に見舞われようと我々の責任よ。まぁ、犯罪者程度で我々に害をなすことなぞ出来るはずもないが、流石に貴国の貴族に襲撃されればそれ相応の対処はさせてもらうぞ?」


「通達が間に合わず、警戒の軍を出す貴族は必ず出てくると思いますが……」


「その場合はリズバーンが話をつけてくれるだろう?無茶をしている自覚はあるからな、多少の非礼には目を瞑る。だが、お前が前に出て事を収める様に働いたにも拘らず攻撃を仕掛けてくるようなら……分かるな?」


「その場合はエインヘリア王陛下のお手を煩わせるわけには参りません、儂が片をつけましょう」


 陛下の短剣を提示してなお従わぬような貴族であれば、処理しても問題ない。


 エインヘリアの軍に動かれると厄介じゃが、皇帝に全権委任されておる以上貴族を処断しても問題はないからのう。一切の問題がないとは言わぬが。


 それはそれとして、西側貴族はこの際綺麗さっぱり処理してやりたいくらいじゃが……。


「よし、ならば、リズバーンも我等に同道だな」


「それは構わんのですが……帝国までどうやって移動するのでしょうか?道中の話をされておりましたし、いきなり帝都に転移すると言う訳ではないと言う事は分かるのですが……」


「あぁ、それは……」


 そこで言葉を止めたエインヘリア王が、意地の悪い笑みを浮かべる。


「見てのお楽しみとしておこう」


「……本当に良い性格をしてらっしゃいますな」


 儂、本当に心臓が止まるかも知れんのう……。


「あぁ、そうだ、ついでという訳ではないが。今回の旅にはリズバーン以外にもう一人帝国の者を同行させる」


「帝国の者を……?儂以外というと……商人か何かですかな?」


 まさかルッソル伯爵から送られた者ではあるまい……。


「いや、商人ではない。お前も知っている者……『至天』の人間だな」


「『至天』ですと!?……もしやエリアスですかな!?」


 あやつ、生きておったのか!?


 てっきり殺されたものと思っておったのじゃが……そうか生きておるのか……。


「あぁ、ソラキルとの戦争で捕虜にしていたのでな。本来であれば帝国に一報入れるべきだったのだろうが、一応やつの所属はソラキル王国という事になっていたから扱いが面倒でな。この機会に帝国に返還しようと思う」


「……交渉前に返してよろしいのですか?」


 捕虜の返還にはそれなりの代償を求めるはず……その条件が合意に及ばなければ、返還は当然されないだろうし、捕虜も祖国に見捨てられたと考えるだろう。


 そうやって国への忠誠を削れば、自国に取り込むことも不可能ではない……まぁ、九割方信用出来んじゃろうし、重用されることはないじゃろうが。


 それでもエリアスは、下位とは言え『至天』。


 その利用価値は計り知れないものがあるし、我々としても取り返せるのであれば絶対に取り返したい人材じゃ。


「交渉……?特に今回の訪問でそういった物をするつもりはないが?」


「……?」


「……?」


 儂とエインヘリア王はお互い小さく首を傾げる。


 なんか、会話がかみ合っておらんのう。


「……エリアスの、捕虜返還交渉の事なのですがの?」


「あぁ、そういうことか。そういったことは考えていなかったからな。すっかり頭から抜けていたぞ」


「……返還交渉をされないと?」


「あぁ、必要ない。好きに連れ帰って……いや、送ってやるのは我々だが、好きにして貰って構わん」


 ……どういうことじゃ?


 捕虜……しかも英雄を無条件で返還するじゃと?


 エインヘリアに来てから訳の分からん事ばかりで、正直脳みそが沸騰しそうなんじゃが……何故当然の権利を放棄する……?


 しかも、これから帝国と戦争をするんじゃろ?


 相手の戦力を削るならともかく、増やすような真似を……。


 そう考えた時、脳裏に天啓のように降りて来た一つの考えが、儂の背筋を震わせた。


 エリアスを……『至天』の戦力を歯牙にもかけない……そういうことか!?


 確かに、生け捕りにすることは殺す事よりも遥かに難しい。ましてや、相手は英雄……殺す気でかかって来るエリアスを生け捕りに出来るのは『至天』でも上位者くらい……十席以下では厳しいじゃろう。


 エインヘリアの英雄……いや、一対一とは限らんか。この部屋にいる者たち全員でかかれば、エリアスを捕まえることも容易かろう……。


 まぁ、唯の希望的観測じゃがな。儂等の中でも一部の者が可能であるなら、彼らもそれが可能であると考えるべきじゃな。


 陛下が聞いたら失神するかもしれんが……。


「……本当によろしいので?」


「あぁ。二言はない」


「……アレは、儂の教え子の一人でしてな。エインヘリア王、感謝いたしますぞ」


 儂はエインヘリア王に向かって頭を下げる。


 あの戦争から数か月……エインヘリアの中で過ごしておったなら、それなりに内情も知っておるか……?


 いや、帝国に返すために捕虜として居ったのなら、極力情報には触れぬようにしておる可能性は高いか。


 じゃが、どのように敗北したかだけでも、値千金の情報と言えるじゃろう。


「あぁ、話に聞いている英雄育成機関という奴だな。どんなことを教えているのか興味はあるが……」


「ほっほっほ。大したことは教えておりませんよ」


「ふむ……では旅の間に、その件について何とか聞き出してみるとするか。それでは、リズバーン……此度の非公式会談はこれまでとしよう」


「……ありがとうございました、陛下。そして最後に、このような事になって本当に申し訳なく……」


「なるようになったというだけだ。これから失われるであろう命に対しては……思う所はあるがな」


「……」


 それを思うと本当に憂鬱じゃ。


 それに……一度火がつくことで、好戦派の連中がどう出るか……流石にボーエン候も抑えきれるものではないじゃろうし……一手間違えれば帝国が分裂しかねんのう。


 早く帝国に戻り陛下達と相談せねばならん……。


「さて、それではそろそろ移動するとしよう。実は、既に準備は整っているのでな。後は我等が行くだけで、すぐにでも出発できる状態だ」


「……左様でございますか」


 本当に、訳が分からんのう……。


 儂が今日エインヘリアに来るという情報をどこから得たのか、転移という技術、エリアスを捕虜とするだけの武力、捕虜となった英雄をあっさりと解放する目的、そして帝都までたった三日で移動する方法……今日一日……いや、半日程度で儂は何度訳が分からんとぼやいたかのう……。


 ほんと、これで最後にしてくれるといいんじゃが……。


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