第228話 ほんと勘弁してくれんかの?
View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天
訳が分からんのじゃ……。
心の底からそう叫びたい儂は、現在大地を見下ろす遥か高き空に居る。
儂にとっては見慣れた空からの眺め……と言いたい所じゃが、普段とは少々趣が違う。
何故なら……。
「良い眺めだが……お前にとっては見慣れた光景だろう?リズバーン」
「……ほっほっほ。少々……普段より視界が悪いですが、確かに風景としては見慣れておりますな」
儂の隣に立ち話しかけて来た人物……エインヘリア王にそう答えたが、内心それどころではなかった。
空を飛ぶという行為自体、儂にとっては日常的に行っている事で新鮮さはない……儂が一人で魔法を行使して飛ぶのであれば。
しかし現在、エインヘリア王に話しかけられたことからも分かるように、今この場……儂の物だと思っておった空には、儂以外の人物が複数居る。
しかも、彼らは……いや、儂を含めた全員が飛行魔法を行使しているのではない。
飛行船……エインヘリア王はこの空を行く船をそう呼んだ。
奇しくも儂が生み出し名をつけた飛行魔法と類似した名称のこの船は、どういう仕組みなのかさっぱり分からぬが空を飛んでおるのじゃ。
大きさは小型帆船より少々大きいといったところじゃろうか?
船の部分は木で作られておるが……頭上にあるあれは布で作られておるのかのう?
膨れておると言う事は中に何かが詰められておるのじゃろうが……色々と気になるところじゃが、今はこの船の仕組みよりも有用性についてじゃ……。
「先程飛行魔法について話をした時……陛下が空を飛ぶと言う事に対して理解が深かったのは、この船があったからなのですな。いや、得心がいきましたわい」
「……生身で飛ぶのとはまた違うとは思うがな」
肩を竦めながらそう口にするエインヘリア王の姿は悠然としており、この空は儂だけのものではないと言っておるようじゃ。
「そうですな……山さえ見下ろす様な高さにも拘らず、自らの足で立っていると言うのは不思議な感覚ですのう」
「なるほど。俺は寧ろ空中に寄る辺もない状態でいる事の方が恐ろしく感じるがな」
「ほっほっほ。そこは自らが編み出した魔法ですからな。墜落しても本望というものですじゃ」
儂の言葉に、エインヘリア王は苦笑する。
儂の魔法がそうであるように、この飛行船も開発中に何度も墜落したことじゃろう……エインヘリア王の苦笑はそれを思い出しておるのかもしれん。
しかし、こうしてエインヘリア王と話しておるのも非常に有益ではあるのじゃが……色々と整理する時間が欲しいところじゃな。
正直混乱から立ち直る時間が欲しいのじゃ。
「ところでエインヘリア王陛下。エリアスと会わせて貰っても良いじゃろうか?」
そう考えた儂は、この船に乗せられておるという同僚の事を尋ねる。
「あぁ、そうだったな。無論、構わないとも。積もる話もあるだろう……ジョウセン、案内を頼む」
「承知。リズバーン殿、こちらへ……」
「感謝いたします。それではエインヘリア王陛下、また後程」
儂はエインヘリア王に軽く頭を下げてこの場を辞する。
こうしてすんなりと会わせて貰えると言う事は、本当にエリアスを無条件で解放するつもりと見て間違いないじゃろう。
……仮に、儂とエリアスがこの飛行船の中で暴れて墜落させたとして……エインヘリア王達を殺すことが出来るじゃろうか?
……乗組員はともかく……エインヘリア王達は平然と生き伸びそうじゃな……。
儂は軽く頭を振って下らぬ考えを頭から追いやってから、ジョウセンと呼ばれた青年の後を追った。
「思っていた以上に元気そうじゃな」
「……せん……まさか、じーさんまで捕まったとかじゃないよな?」
案内された部屋に入ると、儂の知る姿よりも遥かに覇気のない様子のエリアスが椅子に座ったまま話しかけて来た。
覇気がないというか、心ここに在らずと言った感じじゃろうか?
「ほっほっほ。捕まっとりはしとらんよ。エインヘリアに来る用事があったんじゃが、帰りに送ってくれるという事になったんで、お言葉に甘えさせてもらっておるところじゃ」
「……そりゃあよかったな」
そう言って、部屋の窓へと視線を向けるエリアス。
あのはねっかえりが、随分と大人しいのう。
「……なぁ、じーさん。これなんだ?」
こちらの事は見ずに、エリアスが呟く。
ただ呆気に取られておるだけなら問題ないのじゃが……。
「ふむ。エインヘリア王は飛行船と呼んでおったのう。その字のごとく、空を飛ぶ船じゃな」
「帝国には……無いよな?」
「残念ながらないのう。仮にこれが軍事運用できるなら……いや、間違いなく出来るじゃろうが……帝国の軍は文字通り手も足も出せんのう」
さっき外の風景を見た限り、この船は儂よりも高い位置を飛ぶことが出来るし、速度もかなり上じゃ。
帝国にはこんな上空まで届く様な兵器はないし、魔法もない。
逆にエインヘリアは、この船から石を落とすだけでも帝国軍に被害を与えられるじゃろうが……こんなものを作り出すエインヘリアが、ただ石を落とすなんて単純な攻撃をする筈がない。
流石にこの船体の大きさを考えれば、小回りという点では儂の飛行魔法の方が上じゃが……下に潜り込めば落とせるかのう?
いや、儂の事を知っておるエインヘリアが、わざわざこれを儂に見せて来たということは、恐らく船の下は弱点ではない。
恐らく罠……迂闊に船の下に回り込もうものなら……まぁ、ただでは済むまい。
「帝国は……この国とやる気か?」
「陛下の御考えは分かっておろう?やる気はないが……残念ながら、やらざるを得ん状況になってしもうとる。反対かの?」
「はっ……俺はじーさんみてぇにそういう話に口を出せる立場じゃねぇよ。やれと言われたらやる、それだけだ」
「勝てるかの?」
「……」
儂の問いかけに、窓から視線を外し、驚いたような表情でこちらを見るエリアス。
「……『至天』第二席『轟天』にしては随分と弱気な台詞じゃねぇか。偉大なる帝国が負けるわけないだろ?」
揶揄するような口調でエリアスは言うが、儂は態度を崩さない。
「儂は戦いに絶対はないと考える派じゃからな。とりあえず、エインヘリアと直接手合わせをしたことのあるお主の話を聞きたいんじゃが?」
「ここはエインヘリアのお膝元だぜ?こんな暢気に話していていいのかよ?」
「ほっほっほ。お主と話す許可をくれたのはエインヘリア王陛下じゃぞ?お主から色々と話を聞こうとするのは織り込み済みじゃよ」
「……」
「それに、聞いておらんのか?お主はこれから帝国に返還されるのじゃぞ?帝国に戻ればどうせ聞く話、今聞くか後で聞くかの違いしかない物を誰が気にするというのじゃ」
「……本当に返還されるのかよ。さぞ吹っ掛けられたんだろうな」
そう言って肩を竦めるエリアス。
うむ……ここで『タダじゃよ?』とかいったら流石にへこむじゃろうし……どうしたもんかのう?
「ほっほっほ。お主の価値から考えれば破格と言うものよ」
「……へぇ」
うむ、何一つ間違っておらんのう。
「だから気にせず、お主が見た物をを聞かせてくれるかの?」
今度は儂がエリアスに向けて肩をすくめてみせるが……正直言って……五割……いや六割くらいは、気持ちがもう何も聞きたくないに傾いておる。
じゃが、残りの四割は、少しでも多くの情報を集めねばならんという危機感に埋め尽くされておる。
「……はっきり言って、この国については殆ど分からん。俺は今日までソラキル王国の王城に軟禁されていたからな」
「そうじゃったのか……しかし、なぜ逃げんかった?」
「逃げても無駄だと思った……いや、逃げようとしても一瞬で制圧されてたからな」
「相手はそれほどの強さか」
「俺が知ってるのは二人、エインヘリア王を護衛してた金髪の女騎士と緑髪の女だ。エインヘリア王を護衛していた奴とは戦争の時に一騎打ちで戦って、緑髪の女は軟禁されてる時の見張りだった奴」
エインヘリア王の護衛で金髪の女騎士というと……あの部屋に居った者で間違いなさそうじゃが……緑髪の女というのは見かけておらんのう。
エリアスを抑え込んだという事は、間違いなくそやつも英雄級じゃが……やはりあの三人以外にも居ったか。
「一騎打ちか……捕虜にされたという事はそれなりに実力差があったという事じゃろうが、どんなもんじゃった?」
「……百回戦って百回負ける絵しか想像できない。そのくらい差があったな」
「もう二度と戦いたくないと思う程かの?」
「あ?そんな訳ねぇだろ?じーさんボケたのか?」
「ふむ?先程までお主とは思えぬ程大人しかったから、てっきり全ての牙を抜かれたのかと思っておったのじゃが?」
茶でも啜りながら雲の流れを見る隠居のように見えたのじゃが?
「……アレはあれだ……俺はじーさんと違って空を飛ぶなんてことを体験するなんて思ってなかったからな」
「なるほどのぅ。つまり、とんでもない高さにびびっとったという訳じゃな?」
「あ?耄碌したか?じーさん」
「ん?違ったかの?」
「アレだ!すげぇ光景だってちょっと見惚れてたんだよ!」
「ほっほっほ。エリアスにそんな感性があったとは……この船墜落せんといいがのう……」
儂がそう言って笑うと、エリアスの眼に以前あった獰猛な輝きが灯る。
「じーさん、遺書はちゃんと用意しているんだろうな?」
「うん?当然じゃろ?それより、お主の方こそ大丈夫かの?分かっておると思うが、ここは遥か空の上……儂はちょいとお主を外に放り出すだけで、全て終わるんじゃぞ?」
「……ちっ、クソジジイが」
「誰もかれも年寄りを敬わんのう。まぁ、それはそれとして話を聞かせてくれんかの?」
もう一度これ見よがしに舌打ちをしたエリアスが、戦争での一騎打ち……それと軟禁されている間に逃走しようとして何度も捕まった話を聞いて、予想通り……覚悟はしておったが勘弁してほしいという気分になる。
「それほどじゃったか……」
「あぁ、金髪の女騎士と緑髪の女槍使い……あれは間違いなく上位者レベルだ。じーさんやリカルドみたいな卑怯な戦い方をする奴らならともかく、正面からぶつかるタイプは一対一だと上位者でもやばいかもな」
「……お主が魔法を苦手としとるだけで、儂は別に卑怯でも何でもないんじゃが?」
こやつは接近戦以外全く出来んからな。
遠距離の攻撃手段を用意するか、儂が空を飛ぶ前に仕留めることが出来んかったら一方的じゃからのう。
リカルドの場合は……近距離とか遠距離とか関係ないしのう。
そういう意味ではエリアスの言う通り、教え子ながらリカルドの奴は卑怯じゃと思う。
「まぁ、とにかく……近接大好きなお主が、騎士や槍使いに手も足も出んかった。そういうことじゃな?」
「次は勝つ」
「お主さっき百回やって百回負けると言っておったじゃろうが……」
儂が軽口を返すと不機嫌そうに鼻をならすエリアス。
しかし、本格的にやばいのう。
現時点でも二人……上位者でも対応が厳しいかもしれん相手がおると……そんなのが転移を使って帝国内を飛び回りでもしたら……流石のリカルドでも転移なんぞされてしもうたら、戦うに戦えんじゃろ。
しかもそれだけじゃなく、この飛行船……いや、ほんとどうしろっちゅうんじゃ。
国の守りを捨て、全軍でエインヘリアに突撃する……?
いや、駄目じゃな。
転移で後ろに回り込まれ、速攻で補給線を寸断され進むことも引くことも出来んようになる。
とは言え、エインヘリアに攻め込むのは……不可能ではない。
鬼手みたいなもんじゃが……問題は、情報伝達速度と移動速度にシャレでは済まされん程の差がある事じゃ。
飛行船を使えば、帝都とエインヘリアの王都は三日で移動出来るらしいが……逆に儂等は全速で移動したとしても二か月以上、軍であれば半年くらいはかかるかもしれん。
防御を捨てて全軍を送り込んだとしても、帝国軍がサレイル王国辺りを進軍しとる間に、エインヘリア軍は帝都を落として国に戻って防備を備えるくらいのことが余裕で出来てしまう。
いや、反則にも程があるじゃろ?
戦争において卑怯なんて言葉は、負け犬の遠吠えか相手を褒め称えるものでしかないと思っておったが、卑怯すぎるじゃろ、これ……。
転移が使えるなら補給線なんか必要ないし、転移が無くても空輸があればやっぱり補給路必要ないし……転移か飛行船、どっちかだけでも頭抱えて対策を講じなければならん代物じゃというのに、お好きなほうをどうぞって……やりすぎじゃろ!
じゃが……この飛行船で帝都に乗り込んでくれるのは、最悪ではあるが、最高でもあるのう……これ以上ないくらい、エインヘリアという国の危険性を見せつけることが出来る。
正直、こんなもん有しとる国相手に戦争するなんて、無謀どころの騒ぎじゃないわい。
帝国は……他のどの国よりも英雄を有しておる。
じゃから、その戦略や戦術には『至天』それぞれの能力を組み込んで考えられたものが殆どで、他国には真似も出来なければそもそも理解も出来ない物となっておる。
しかし今回その逆の事が言えるのじゃ。
転移に飛行船……この二つは帝国にとっても全くの未知……。
相手がどんな戦略や戦術を使ってくるか皆目見当もつかん。
無論、考えられる限り考え抜くつもりじゃが……実際それを保有して活用しておる者と見聞きしただけの我等では理解の深さが違う。
儂等では考えつきもせん運用法を、多く抱え込んでおる筈じゃ。
帝国が初めて相対する同格……いや、技術力では遥かに上の相手……その力の一端を、上層部の者達が目の当たりにできるというのは、戦いを避けたい……被害を最小限に抑えたい我々からすれば大きなことじゃ。
まさか、これを見た上でエインヘリア恐るるに足らずとか言い出す阿呆は帝都には居らんじゃろうしな。鹵獲したがる者はおるかもしれんが……それが可能かどうかは理解出来るじゃろう。
件の西方貴族共なら本気で言いそうじゃが……。
「次戦ったら絶対勝つ。この船も俺が速攻で沈めてやるよ」
……大丈夫じゃよな?
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