第221話 使者



View of ブリンクス=エッセホルド スラージアン帝国子爵 帝国西方貴族派閥所属






 やれやれ、ようやくついたか。


 私は窓の外に見える街並みを見ながらため息をつく。


 ルッソル伯爵の命とは言え、帝国から遠く離れた僻地に私が足を運ばねばならないとはな……。


 私が現在いるのはソラキル王国……いや、元ソラキル王国の王都だ。


 南方の田舎とは言え流石に元王都というだけあって、それなりの街並みと言えよう。


 帝国西方においてこの街と同じくらいの規模となると、大領主の方々の領都くらいだろうか……?


 ……忌々しい話だ。


 突然現れたエインヘリアという国……今はその訳の分からん国がここを占領している。


 南方の田舎国家にはもったいない街だ……そんなことを考えながら、私は馬車の中に視線を戻す。


 相手は礼儀すら知らぬ田舎国家ではあるが、それでも領土だけを見ればそれなりの広さを有している。


 この国を取り込むことが出来れば我等の発言力は増し、遠からず帝国西方は我等が派閥の長、ルッソル伯爵の下一つに纏められることも夢ではない……そうなれば中央の連中が我々を馬鹿にすることも無くなるだろう。


 非常に大事な仕事ではあるが……内容自体は大したことが無い。


 この国……エインヘリアを我等大帝国の傘下に収める事、ただそれだけだ。


 難しい話ではない。相手の情報は既に握っているし、急所も分かっている。この交渉は赤子の手をひねる様な物だ。いや、交渉ですらない……こちらの要求を相手が受け入れ、その結果を持ち帰る。それだけのことだ。


 現に先触れとして送った部下の話では、私が到着次第、即謁見となるようだ。


 大帝国の使者である私をよっぽど待たせたくないと見える……。


 そもそも、王自ら王都を離れ遠く離れた地で他国の使者に会おうというのだ。どれだけ帝国との繋がりが欲しかったのか分かると言うものだ。


 繋がりと言えば、情報によるとこのエインヘリアという国にはドワーフ共がいるんだったな……ルッソル伯爵がドワーフ製の武具を御所望であったし、いくらか用意させるのも悪くないな。


 そんなことを考えていると馬車が止まり、暫くして私の従者が扉の外から声をかけて来た。


「ブリンクス様、到着いたしました。城より迎えの者が来ておりますが、ブリンクス様にお目通り願いたいと」


「良いだろう。だがしばし待て」


「畏まりました、そのように伝えます」


 城に着いてから迎えとは、全くもって礼儀がなっておらんな。


 私という帝国からの使者を迎え入れるのであれば、最低でもこの街に入る前より迎えを寄越すべきだろう。


 そんなことも分からないとは……やはり南の田舎者風情ということか。使者が私の様な寛容な者でなければ、大問題になっていてもおかしくないぞ?


 まぁ、帝国の傘下に加わったあかつきには最低限、恥をかかない程度に教育を施してやろう。


 私は目を閉じ、我等の派閥でかき集めたエインヘリアという国の情報を反芻する。


 同胞たちが金を使い、各所から集めた情報だ。


 この国の望みは疎か、戦力や弱点も全て丸裸……恐らく我々以上にエインヘリアという国について知っている者はいないだろう。


 だからこそ、中央に先んじて動くことが出来た……我々が得た情報を中央に教えたところで、我等の教えてやった情報なぞなかったかのように振舞い、手柄を独占されるに決まっている。


 それならば、我等がごまかしようのない功績を建てれば良いという話。簡単な仕事でありながら最大効率を叩きだす……実に理想的かつ完璧な計画と言うものだ。


 しかし、懸念が一つもないという訳ではない。


 果たして、馬鹿みたいに戦争を繰り返す南の田舎者共の王に、自分達の窮状を正確に理解出来る頭があるかどうかという問題だ。


 それだけが懸念だ。


 まぁ、いくら頭の足りない田舎の王だからといっても、大帝国の使者である私に害を成せばどうなるか、その程度の事は理解出来るだろうがな。


 私はたっぷりと時間をかけ今回の戦略を考えた後、扉を開き馬車から降りる。


 そこには、私の護衛と従者……それからエインヘリアの兵と思しき者達と、それに守られるようにして立つ女がいた。


「スラージアン帝国より~遠路はるばる~ようこそおいで下さいました~。私は~エインヘリアにて内務大臣を務めさせて頂いております~イルミットと申します~。本日は~使者殿の案内役として参上した次第です~」


「……」


 そう言って笑みを浮かべたその女……女性は綺麗な礼を私に見せる。


 その姿を見て……私は恥ずかしながら息を飲み……見惚れてしまった。


 なんという美しい……そしてなんという大きさ……!


 今まで見て来たどんな貴族令嬢たちであっても、この女性の横に立てば木石の如く存在感を失うだろう。


 いや、美しいという言葉でさえ彼女に前では霞む……あぁ、何故私はもっとしっかりと詩を学ばなかったのか!


 彼女の……女神の如き美しさを表現できぬ己の無能さが憎い!


「……?」


 頭を下げていたイルミット殿が顔を上げ、その美しい顔を傾ける。


 体を起こした際に二つの大きな果実が揺れたのも見逃さなかったが、帝国貴族として不躾な視線を彼女に向けることは出来ない……しかし、あまりの魅力に首と視線が固まったかのように動かせない。。


「……子爵閣下」


 私の隣にいた従者が非常に小さな声で話しかけて来る。


 一体なんだというのだ……私は今非常に忙しい!


 どうすれば彼女を我が物と出来る?


 先程確か……内務大臣と言ったか?


 従属国になるとは言え、一介の子爵程度では他国の重鎮を娶るなど無理があるか……?


 いや、今回の件が片付けば我々はかなりの発言力を持つことになる。


 ルッソル伯爵は恐らく侯爵に封ぜられるだろうし、私も今回の件を纏めた功績により陞爵されることは確実。


 スラージアン帝国の伯爵位であれば、従属国の重鎮程度……向こうからすれば涎を垂らして歓迎するに違いない。


 ……今回の褒美としてルッソル伯爵に上申してみるか?


 妻は……同じ派閥内の子爵家の娘だが……既に年も年だ、妾の一人や二人文句を言ったりはすまい。


 私個人としては正妻としても良いのだが……わざわざ派閥内で波風を立てる様な事をしてしまっては、ルッソル伯爵の心証が悪くなる……それは頂けない。


 妾か……まぁ、側室あたりで我慢してもらうか。


「……閣下!」


 先程よりも強い勢いで私を呼ぶ従者。


 何なのださっきから!私は今忙しいのだ、用があるなら後にしろ!


 一瞬その苛立ちのまま従者の方を睨みつけようとしたのだが、よくよく考えてみると私はまだ彼女……イルミット殿に名乗っていなかった。


 私は慌てて……いや、表面上は余裕を持った態度でイルミット殿に自己紹介をする。


「失礼、長旅の疲れからか少々日差しに眩んでしまったようだ。私はスラージアン帝国子爵、ブリンクス=エッセホルドだ」


「ようこそおいで下さいました~エッセホルド子爵~。御気分が優れないようでしたら、少し休まれますか~?」


「いや、もう問題ない。あまり貴国の王を待たせるわけにもいかぬからな。ところでイルミット殿、私の事はブリンクスと呼んでもらって構わない」


 私の名を呼ぶことを許すと、イルミット殿は小さく微笑んだ後、少しだけ残念そうな表情をしながらかぶりを振る。


「その御言葉~非常に嬉しく思いますが~今は公務中につき~エッセホルド子爵と呼ばせていただきます~。折角のご配慮を~無下にしてしまって申し訳ありません~」


「いや、私の方こそすまなかった。今はまだ国交を結ぶ前の我等だ。お互いの為に早く友誼を結ぼうと気が急いていたようだ」


「いえ~そのお気持ち、とても嬉しく思います~。私共も~早くことを進めたいという思いもありますので~その時はよろしくお願いします~」


 それはそうだろう……帝国との繋がりは、喉から手が出るほど欲しいに決まっている。


 内務大臣であれば間違いなくこの国に先がない事は理解している筈……今まで占領した国々が反乱を起こす前に、なんとしても帝国の傘下に加わり、その武力を以て今の国を保とうと必死なのだ。


 私は事前に得ていた情報と内務大臣であるイルミット殿の言動に矛盾がない事を確認して、心の中でほくそ笑む。


 彼女は非常に魅力的で、なんとしても手に入れたい女性だとは思うが……それ以上に私の栄光の道が確実なものになった事の方が大事だ。


「それでは~控室の方にご案内いたします~お付きの方々も御一緒にどうぞ~」


「よしなに頼む」


 私の言葉に小さく礼を見せたイルミット殿が先導して歩き出す。


 その後ろ姿を見ながら、私はまた一つの事に気付く。


 ……もしかすると、私達が調べていた以上に、エインヘリアの状況は切迫しているのかもしれないな。


 護衛達の武装について何も言わずに城の中に招き入れるとは……エインヘリアにとっての王城ではないとはいえ、私と会うためにここには王がいる筈。


 こちらの心証を損なわせぬためか……ふっ、帝国相手にはどこの国も下手に出るものだが、正式に国交を結ぶ前からこれとはな。


 いや、結ぶ前だからこそ卑屈なまでに下手に出ているとも考えられるか。


 まぁ、どちらにせよ、自分達の窮状をしっかりと理解できている様で良かった。


 道理を弁えない馬鹿の相手はつかれる物だからな。


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