第222話 簡単なお仕事



View of ブリンクス=エッセホルド スラージアン帝国子爵 帝国西方貴族派閥所属






 私の予想通り……いや、予定通り、控室で少し一息つける程度の時間を過ごした後、私は謁見の間へと案内されていた。


 案内してくれているのは、先程までと変わらずイルミット殿となっている。


 彼女の役職を考えれば、城の前での出迎えで彼女の役目は終わったと思っていたのだが……もしや、私に逢いたかったとか……?


 いやいや、落ち着くのだ。


 いくら伯爵への陞爵がほぼ確定している私とは言え、一度顔を合わせただけで相手を虜に出来る程手練手管に長けているという訳ではない。


 社交界で浮名を流す程に若い頃遊んでいれば、そう言った手管にも長けていたかもしれないが……生真面目に生きて来たツケが回ったようだな。


 無論その事を恥じたりはしないが……どんなことであっても、学んでおいて損はなかったということだな。


 しかし、このまま何もしないというのはないな。


「イルミット殿。貴殿も忙しいだろうに、わざわざこのような仕事をして貰ってすまないな」


「いえ~とても大事な事ですし~他の者に任せるには少々難しい物がありまして~」


 難しい?


 確かに帝国の使者を迎えるというのは大変な仕事ではあると思うが、難しいという程の事は……あぁ、田舎国家ではまともな礼儀作法も身に着けていない者が殆どという話か。


 それならば確かに、内務大臣である彼女が従者の様に雑用をしていても仕方ないか。


 それに帝国の使者である私につけるのであれば、大臣クラスの役職持ちでなければ格が足りないとも言える……ん?何故外務大臣ではなく内務大臣なのだ?


 エインヘリアの組織図についての情報は得られていないが……外務大臣という役職はあるよな?


 内務大臣がいるなら外務大臣がいて当然だと思うが……流石に外務大臣が礼儀作法に疎いという事はないだろうし……いや、人材が足りずに空席になっている可能性はあるか?


 もしくは新興国だからと教育が行き届いていない者を要職につけた?


 いや、それならば彼女が外務大臣となれば……いや、まぁ、彼女も少々特徴のある間延びした喋り方ではあるが、不思議と彼女の醸し出す柔らかな雰囲気とマッチしていて不快なものは感じない。


 しかし、エインヘリアの人材不足は、見ていて可哀想になって来るな。


 その考えに思い至った私は、やや同情するような表情を作りながらイルミット殿に声をかける。


「苦労、されているのだな」


「……ふふっ、そんなことはありませんよ~。こうして大事な仕事を任されることは誇りたりえますから~」


 そう言って微笑むイルミット殿に目を奪われそうになったのだが、ここはしっかりと会話をするべきだろう。


「確かに、大役を任されることは誇らしい。私も此度重役を任された身、重圧もあったがそれ以上に誇らしかったな」


 私がそう言うと、今までの微笑みとは少し違う大きな笑みを浮かべたイルミット殿が、私から目を逸らし前方を見据える。


 中々悪くない感触だったかもしれないな……ここは、謁見の後にでも個人的な友好を深めるべく誘ってみるか?


 そう考え、前を見て歩くイルミット殿に声をかけようとしたのだが、少し先に豪勢な扉が見えて来たので私は声をかけるのを止めた。


 ふぅ、浮かれている場合ではないな。


 ここから先は大事な仕事が待っている。


 結果が分かっているとは言え、帝国貴族……伯爵になる者として完璧にこの仕事を終えなければならない。


 私は辿り着いた扉の前で周りの者達に気付かれぬ程度に気合を入れ直し、最後に軽く自分の姿を見下ろす。皴一つない完璧な姿だ。


 無論、控室を出る前に従者に念入りにチェックさせているので、問題がない事は分かっているが、確認は必要だ。


「こちらが謁見の間となります~よろしいでしょうか~?」


 イルミット殿が振り返り尋ねて来る。


 無論、何が大丈夫なのかは問い返すまでもない。


「問題ない」


「では~参ります~」


 イルミット殿の言葉と同時に、重厚な扉がゆっくりと開かれていく。


 扉の先に広がる謁見の間。


 それなりの力を有していたソラキル王国だけあって、謁見の間の造りは悪くないといえる。


 無論、我が大帝国の帝都アルステッドに悠然とたたずむ帝城のソレと比べれば、ちょっとした広間程度にしか見えないがな。


 しかし、その謁見の間に対し、居並ぶエインヘリアの者達のなんと寂しい事か。


 謁見の間にいるのはおよそ二十人程だが、その殆どがただの兵。


 重鎮と思しきは、玉座の傍にいる青い髪の男と玉座を守るように立つ騎士……恐らく近衛だろう人物。後は私を案内して来たイルミット殿……これだけか?


 人材不足どころの話ではないな……みすぼらしいにも程がある。イルミット殿はこのような国に仕えるよりも、私の元に来た方が良い暮らしが出来るのは間違いない。


 一体どのような王がこのような国に君臨しているのか……そう思いながら私は玉座へと目を向け……次の瞬間心臓を鷲掴みにされたような悪寒を覚える。


 な、何が!?


 思わず尻もちをつきそうになった私だったが、私のすぐ後ろに立っていた従者にぶつかることで、何とか体勢を崩さずに済んだ。


 正気を取り戻した私は、再び玉座へと視線を向ける。


 そこには、圧倒的な気配を滲ませながら、氷の様な怜悧さを湛えた視線をこちらに向ける王がいた。


 あれがエインヘリアの王……?


 以前遠めに見た我等の皇帝陛下以上の雰囲気を……いや、皇帝陛下を私が見た時、ここよりも遥かに距離がある位置であったことを考えれば……くっ、気圧される訳にはいかぬ!


 私はスラージアン帝国の伯爵となる者だ!


 こんな、ぽっと出の王如きに怯んでなどいられるか!


 私は下半身に力を籠め、謁見の間へと足を踏み出す。


 不思議と、最初の一歩を踏み出してしまえば、後はその流れのまま歩み続けることが出来た。


「帝国よりの使者殿をお連れしました~」


 立ち止まったイルミット殿が膝をつき、玉座に向かい礼の形をとる。


 彼女に先導されていた我々もその場で立ち止まり、膝をつくことはしないが礼の形をとる。


 当然、帝国臣民である我等は他国の王にひれ伏すような真似はしない。


 向こうもその事を咎めたりはしないだろう。


「イルミット、こちらへ」


「はっ」


 王に呼ばれたイルミット殿が我々の傍から離れ玉座……エインヘリア王に侍る。


 去って行く後ろ姿に一抹の寂しさを覚えたが、今は恋情の念を頭の片隅へと追いやる。


「お初……」


「よくぞ参られた……帝国からの使者よ。私がエインヘリアの王フェルズだ」


 私が挨拶の向上を述べようとした所、ほぼ同時に言葉を発したのはエインヘリアの王。


 その事に少なからず驚きを覚えた私は、気を取り直し再び口を開く。


 我等大帝国から見ればかなり格が落ちるとは言え、一国の王が先に言葉を発するとは……これをどう見るべきか。


 それほどまでに切羽詰まっているのか、それとも大帝国にこれ以上なく遜っているのか……まぁ、どちらにせよ悪い傾向ではない。


「御初御目にかかります、エインヘリア王陛下。私はスラージアン帝国子爵、ブリンクス=エッセホルドと申します。此度は帝国を代表しての使者という訳ではありませんが、貴国の窮状を憂いた我が盟主により派遣されて参りました」


 私はたっぷりと余裕を見せた態度で挨拶をしてみせる。


 そんな私の堂々たる姿にエインヘリアの王は感心したのか、怜悧な色を湛えていた目を少し見開く。


 しかし私は見逃さなかった、私が名乗りを上げた瞬間、僅かに何らかの感情を見せたのを。


 あまりに一瞬だった為どんな感情だったかは読み取れなかったが、私が名乗りを上げた瞬間だったことから、恐らく私を子爵風情と侮ったのだろう。


 しかしその色を一瞬で消したという事は、大帝国の子爵であることを思い出したからか……それとも事前に得ていた情報よりも腹芸の出来る王と見るべきか……。


「事前に、此度の訪問は帝国としての正式な物ではないと聞いていたのでな。このように少人数での出迎えになったのだが、問題はなかったかな?」


 なるほど……秘密裏とは伝えていなかったが、もしかするとある程度こちらの思惑を読んだということか?


 我等西方貴族と中央の確執……それを見抜いての差配だとすると……思っていたよりも食えない王かもしれぬ。


 私がそう考えた瞬間、王の横に侍っているイルミット殿が小さく笑みを浮かべる。


 ……なるほど。これはイルミット殿の提案という訳か。


 どうやら、見目麗しいだけではなく、この国には勿体ない程の才媛だったようだな。


「勿論構いませんとも。お互い、今回話す内容については大っぴらにはしにくいですしね」


 我々は中央の頭越しに他国と交渉を行っているという事、エインヘリアはひた隠しにしている自国の問題の事……お互いに大手を振って出来る話ではない。


「ふむ……それでエッセホルド子爵は何用で我が国に参られたのかな?先程我が国の窮状を憂いてと言われていたが、それは一体……?」


 王としての態度は崩さぬ物の、若干の動揺を見せつつエインヘリアの王が尋ねて来る。


「……陛下。貴国はこの短期間で戦争を繰り返し、その支配地域を大国と呼べるほどに拡大されましたね。その戦果は実に華々しい物ですが、同時に多くの問題を抱えているのではないですか?」


「……」


「我々スラージアン帝国にも覚えがあるのですよ。戦に次ぐ戦、国庫は底をつき残党勢力は虎視眈々と隙を伺っている。民は困窮しその日の食事にも困る……」


「我が国の現状とは随分と違っているようだが?」


 空とぼける様にエインヘリア王は言うが、下手な演技だ。


 こちらは既にその全てを把握しているというのに。


「確かに、表面上……貴国は好景気に沸き、民達の暮らしは豊かになっているように見えます。ですがそれは、占領国から奪った貯えを使い、国庫を大きく開き他国より購入した食料を買い与えているからではありませんか?」


「……」


 エインヘリア王は何も言わずにこちらを睨みつけるように見ているだけ。


 正直、こちらが圧倒的に有利という立場でなければ腰を抜かしていたかもしれない……そのくらい、この王の放つ圧は私を疲弊させる。


 だが、今この場の主導権を握っているのは私だ。


 エインヘリア王の圧に負けじと私は言葉を続ける。


「食料に余裕がない事は、食料品の持ち出しにかなりの税をかけている事からすぐに分かりますよ?あれでは、外に食料を運び出されては困ると言っているようなものです。特に、ドワーフ製品や羊毛に皮、魔道具等の関税がかなり抑えめになっているにも拘らず、食料だけが高ければね。どうせやるなら他の物も高めに税をかければ良かったのでは?」


「……」


「いえ、それは出来ませんよね?ドワーフ製品等にあまり税金をかけないのは、外貨を稼ぎたかったから……。その気持ちはよく分かります。ドワーフ達を傘下に収めたのですから、有効的に使わないとね」


 そう、ドワーフ共の製品をいち早く入手したいがために、エインヘリアはソラキル王国と戦う前に飛び地となってでもギギル・ポーを落とす必要があったのだ。


 その上で税率が高く、財を貯め込んでいたソラキル王国を速攻で落とし、多くの貴族を粛清して家財を没収。そうやって一時しのぎを続けているに過ぎないのだ。


 それ以前の戦いについても似たような物なのだろう。


「食料の購入先は、ゾ・ロッシュ……商協連盟ですね?ですが、商協連盟では現在食料が高騰の兆しを見せております。もしかしたら売り渋りも始まっているのではありませんか?」


 まぁ、この王がそこまで細かい話を知っているかどうかは分からんが、現状をしっかりと認識してもらう必要はあるからな。


「……そのような話をどこで?」


「……陛下、商人という者共は金にならぬことは一切口にしませんが、一度金を払えばその口は羽よりも軽くなるものですよ?そして彼らは隠そうとすれば隠そうとする程、その動物じみた嗅覚で金の匂いを嗅ぎつけるのです。ですが、彼等一人一人の情報だけでは貴国の窮状には辿り着けませんでした。これは非常に情報を上手く隠せていると言っても過言ではありません。ですが、我等帝国は手に入る情報量が桁違いなのです。一つ一つの情報は非常に小さくとも、それらをつなぎ合わせることで貴国の姿が細部まで浮き上がってくるのですよ」


 そう。エインヘリアから流れて来る商人達の情報を繋ぎ合わせることで、我々は中央の貴族に先んじることが出来たのだ。


「貴国の理念。自国の民を飢えさせぬために戦うというのは、実に高潔なものだと思います。ですが、現在貴方達が困窮しているように、理想だけでは生きて行けないのです」


「……それを救う手立てが帝国にはあると?」


「えぇ。先ほども申した通り、我々も一度は通った道です。皇帝陛下もその時の辛さは十分に覚えておられる。必ずや貴国に手を差し伸べられよう」


「ふむ……先程、貴殿は我が盟主が憂いてと申していたが、その盟主とやらが手を貸すという話ではないのかな?」


「我等の盟主であらせられるルッソル伯爵は相当なお力をお持ちですが、流石に国の頭越しに他国を援助することは出来ません。故に、我々は貴国と我が国の繋ぎをしたいと考えているのです」


「……ふむ」


「無論偉大なる皇帝陛下とは言え、無償で助けるという訳にもいきません。しかし、皇帝陛下は自らを主と仰ぐものに対して非常に慈悲深い御方です。貴国が我等の庇護下に入ると言えば、必ずや貴国の民を帝国市民と同等に扱い、救われることでしょう」


「帝国の傘下に加われと、そう言っているのだな?」


「属国でも傘下に加わるでも、お好きなように取って頂ければよろしいかと。詳しい条件については書状に纏めておりますので、確認して頂ければ」


 私の言葉に合わせ、従者が丸められた羊皮紙を持って私の横に並ぶ。


「リーンフェリア」


 エインヘリア王が顎で示す様にしながら言うと、護衛の騎士が我々に近づき書状を受け取る。


 その立ち振る舞いは見事なもので……一角の武人であることが伺える。


 というか、あまり注視していなかったのだがこの騎士……イルミット殿に負けず劣らずの美しい女性だ。


 まぁ、とある一部においてイルミット殿に若干及ばない様だが、中々どうして悪くない。


 少し余裕が出たせいか、そんなことに傾いてしまった思考を払いのけ言葉を続ける。


「この提案を受け入れるのであれば、エインヘリアは永劫の繁栄を享受できるでしょう。我が帝国が解決するのは食糧問題だけではありません。今まで滅ぼしてきた国の残党勢力や商協連盟からの嫌がらせ、それらへの対抗手段も用意することが出来ます。御存知でしょう?『至天』という我々の切り札を。彼らを数人派遣すれば、残党勢力なぞ数日のうちにこの世から消えさる事でしょう」


 エインヘリア王が騎士より渡された書状に目を通している間に私は締めとなる話をする。


 既にエインヘリアに選択肢はない。


 書状の内容を受け入れなければ滅びるのみ……無論、書状を受け入れずどこかの国に戦争を仕掛けるという道もあるが、この一年戦い続けたエインヘリア軍は傷病人だらけでまともな戦とならないだろう。


 そんな軍の状況も把握していると伝えたら、この王はどんな顔をするだろうか?


 少し気になりはするが、あまり追い詰め過ぎて自棄になられても厄介だ。程よい塩梅で引いて見せるのも交渉術の一つだしな。


 勝ち過ぎてはいけないという奴だ。


「……内容は理解した。すぐに返事を認めるので少し時間を貰えるか?本来であれば歓待をしたい所だが……」


「貴国の現状は良く把握しております。どうかお気遣いなく……それよりも疾く動かれるがよろしかろう。書簡を運ぶだけであっても、帝都まではかなり距離がありますからな」


 私の慈悲深い言葉にエインヘリア王は小さく頷く。


「……それでは、今日はここまでとさせてもらおう」


 こうして私は見事今回の仕事を完遂することが出来た。


 交渉と呼べるほどの事でもなかったが……はっきりいって移動の方が大変だったな。


 とは言え……イルミット殿の事もある、エインヘリアへの使者は今後も私が務めさせてもらうとしよう。


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