第156話 動揺と願いの間



 問。


 知り合いの魔王が突然競馬の話を始めたんだが、どうしたら良いでしょうか?


 答。


 ウ〇娘のアプリでも勧めてみましょう。


「しかし、スマホが無いな」


「お主は何を言っとるんじゃ?」


「寧ろお前が何を言っているのか、俺が聞きたいんだが……」


 突然本命だの大穴だの穴熊だの……どうしたっていうんだ?重賞レースにでも出たいの?ウィニン〇ポストしたいの?


「とりあえずお主が動揺しておるのは分かったが……穴熊は将棋じゃろ」


 ニヤニヤした笑みを絶やすことなくフィオは言うが、俺の頭の中は疑問符でいっぱいだ。


「本命というのはアレか?ぶん殴りたい奴ナンバーワン的な?」


「ふぅ……何をかまととぶっておるのじゃ。お主は私の事を好きで好きでたまらない……そういうことじゃろ?」


「……はぁ?何言ってんだ?脳みそまで塩になったのか?」


「ほほほ、憎まれ口もただの照れ隠しよのう。愛い奴め」


 呆れながら言った俺の台詞に訳の分らん返しをしてくるフィオ……。


「え?いや、ちょ……おまっ……やめろよぉ。お前、それあれだろぉ?小学生が『お前、俺のこと好きなんだろ?』とか言って自爆したあげく、トラウマになっちゃうやつぅ……かーはずかしぃ」


 俺が両手の人差し指をフィオにつきつけながら言うと、フィオは大仰にため息をつきながらかぶりを振る。


「それはお主のトラウマじゃろ」


「はぁ!?違いますけどぉ!?そんなトラウマありませんけどぉ!?よしんばその記憶があったとしても、それは俺の元になった奴のトラウマであって、俺のトラウマではないんですけどぉ!?やめてくれるぅ?風評被害甚だしいっていうかぁ、マジうける的なぁ?」


 全く……この魔王一体何を言い出すかと思えば、ちゃんちゃらおかしいぜ!


「お主の情緒はめちゃくちゃじゃな。まぁそれはさて置き……こんな美女が夢とは言え夜な夜な逢いに来るのじゃから、恋慕の情を抱いてしまっても致し方ないという物よ。何も恥じる事は無い、健康的な男子であればそれが正常という物じゃ」


「はぁ?何もかも異常なお前に正常とか言われると、不安にしかならないんだが?」


 どこまでも調子に乗り出した勘違い魔王に、俺はげんなりとしながら伝えるが、当のアホは聞く耳を持たない。


「どこからどう見ても完璧な美女じゃし?お主が劣情を催すのも仕方ない……のう?」


 そう言って、少し斜に構え流し目をしつつ、口を少しだけ開き人差し指を下唇に当てるフィオの姿は……確かに艶やかという言葉がぴったりな美女……だがその中身は残念極まる!


 アレは見せかけだけ!中身はただの塩だ!いや、寧ろその身体は塩で出来ている!


「誰が塩じゃ!まったく、とんでもない照れ隠しじゃな」


 そんなことを言いつつ、フィオは横向きにくるりと回り俺から数歩ほど距離を取る。


 それにしても、コイツはさっきから一体何を言っているんだ?これはアレか?俗に言う恋愛脳って奴か?


 体は塩で、頭はお花畑……いや、塩害で枯れ果ててそうだな。


「随分な物言いじゃのう。それにしても、本当に私に興味がないと……?これが、塩だとでも……?」


 そう言ってフィオが指でスカートを摘まみ、ゆっくりと上げていく。


 くっ!?


 これは知っているぞ!以前やられた奴だ!


 ふっ……この覇王に二度も同じ技が通じるとでも?


 釣れるものなら釣ってもらおうじゃないか!我が眼は全てを逃さぬ!


「……ほんとうに……きょうみないかなぁ……?」


 少しかすれたような声を出しながら妖艶に微笑むフィオが、ゆっくりと、本当にゆっくりとスカートを上げていく……。


 その動きは本当に遅々としたものだが、確実に、少しずつその奥に隠された綺麗な脚が露になっていき……。


「……」


 く、くやしいっ!でも見ちゃうっ!


 前回よりも上に持ち上がったスカートの裾は既に膝を超えていて……もし俺が今ここで膝をついたら、アレがアレしてアレするのでは……。


「はい、おしまーい」


 そう言ってフィオは摘まんでいたスカートをパッと離す。


「くそがあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 崩れ落ちた俺が全力で拳を地面に叩きつけると、クレーターが出来てしまった。


 あまりの現象に、ちょっと冷静になった我覇王。


 クレーターの中心でゆっくり立ち上がると、丁度クレーターの縁に立っていたフィオがこちらを見下ろしながらほほほと笑う。


 スカートを持ち上げている状態であればナイスアングルだったかもしれないが、今は唯々フィオの勝ち誇った顔が憎たらしい。


「……いや、別にフィオのだから見たかったわけじゃなく、正直女の子なら誰でも……」


「とんでもないゲス発言じゃな。まぁ、そんなゲス野郎じゃからこそ、清らかな乙女である私が欲しいのじゃろうが……」


「……清らかな乙女って……お前いくつ……あ、なるほど。新品未開封五千年物ってことか。中身腐ってるどころか、朽ち果ててるんじゃ……っ!」


 俺が口元を歪ませながら言うが、その言葉は最後まで口にすることは出来ない。


 何故なら、クレーターの四方八方から闇の槍が俺を串刺しにしようと伸びて来たからだ!


 まぁ、完全にこの事態は予想出来ていたので、俺は全力で飛び上がり槍を回避……腰に差している覇王剣を抜き放ち追撃を迎撃……しようと思ったのだが、追撃が飛び出してくる様子は無い。


「……戯れはこのくらいにするかの」


 そう言ってフィオは、クレーターの脇にいつものテーブルと椅子を何処からともなく呼び出して座る。


 一見、先程までの話は終わりだと言ったような態度と台詞だが……俺は油断しない。


 何時、だまし討ちの一撃が俺の尻に飛来して来てもおかしくはないのだ。


「少なくともさっきの件で攻撃する事は、今日はせんから座ってくれ。話がしたい」


 急激にテンションの下がったフィオの様子に疑問を感じながらも、俺は用意された椅子に座る。


「……何の話だ?」


「そう警戒するでない。お主達が見つけた魔道具の件じゃ」


「……分かった」


 ここに来てまた唐突に真面目な話か……やはりまだ、少しおかしいか?


「色々心配させてすまぬ。もう大丈夫じゃ」


 そういって咳払いをするフィオ。


 コイツ……もしかして、さっきまでのやり取りはバツが悪かったとか照れ隠しとか、そんな感じか?


 微妙に視線を外しているフィオを半眼で見ていると、若干顔を逸らしたままフィオの頬が赤くなっていく。


 どこまで赤くなるのか見続けてやろう……そう思いじっとフィオの顔を見続ける。


 ……。


 ……。


 ……ちっ、それにしても……やっぱコイツ、見た目はいいな。


 若干見惚れてしまった気もするが、どんどん赤みを増していくフィオの様子が面白かったのも事実……そろそろ湯気とか出るかもしれん。


 俺がそう思ったのとほぼ同時に、フィオがわざとらしい咳払いをしてから口を開く。


「……色々悪かったから許してくれんかの?」


 顔をかなり赤く染め上げたフィオが俯きつつ上目遣いで謝る……くっ!?あざといぞ!?


 だがしかし……先程までの攻めっ気が消失している事もあり……破壊力があり過ぎる!


「……こういう時、心の中が筒抜けなのは痛いな」


「……ほほほ、すまんのぅ」


 ちっ……さっきまでみたいなノリで謝られたなら軽く返せるのに、本当に申し訳なさそうに謝られるとこっちが申し訳なくなってくる……いや、やめよう。


「すまん、余計な事を言った」


「お主は本当に、小物なのか大物なのか分からんのぅ。心を読まれてそれで済ます奴はそうおらんと思うぞ?」


 困ったような笑みを浮かべながらフィオは言うが、俺は肩を竦めながら話を元に戻す。


「いいんだよ、別に。それより、魔道具の件だったな。何か心当たりがあるのか?」


「いや、生憎と私が生きていた時代には、魔術回路とやらを使った魔道具という物は存在しなかったのじゃ」


「そうか……」


「じゃが、魔王の魔力を使って、色々と良からぬことを企みそうな相手に心当たりがあるのじゃ。まぁ根拠は無いのじゃが……」


 心当たり……?


 フィオの心当たりってことは五千年前のってことだよな?


 そういえば……以前話を聞いた時に、碌でもない奴らが居たって聞いた覚えがある。


「うむ。その通りじゃ……魔王の魔力をその身に受け、一度は狂化したものの自我を取り戻した魔族……」


「調子に乗って魔神とか名乗ってた連中か」


「……まぁ、最初は奴らも被害者みたいなものじゃったが……魔族の中には魔神に憧れて自ら狂化を望む者も居ったからのう。あの手の連中が今代の魔王の傍にもおる可能性は十分あるのじゃ」


「ふむ……だが魔神の子は普通の魔族だったんだろ?それに今代では魔神になった奴はいないってのがフィオの考えだったよな?」


「それはあくまで予想に過ぎないのじゃ。もしかしたら魔神となる為の条件が、五千年の間失伝していなかった可能性もあるしのう。野心を持つ魔族が魔王を見つければ、魔神を生み出そうとしてもおかしくはないのじゃ」


 五千年……簡単に言っているが、その間実践する事も出来ない物を伝え続けることが果たして出来るか?


 魔族ってのは千年くらい生きたりするのだろうか?


「いや、百年程度じゃろうな。長く生きても百五十はいかぬはずじゃ」


「魔神はどうだ?寿命が延びたり……」


「多少伸びたと思うが、それでも二百年は無理じゃろうな。あぁ、私の時代にいた魔神が生き延びておる可能性を疑っておるのか。それはないじゃろうな。五千年も生きておれるような化け物は存在せんじゃろう。それに、儀式によって魔王の魔力は枯渇したからのう……魔神達にとって力の源である魔王の魔力が無くなれば、下手をすればただの魔族に戻っておったかものう」


 当時を思い出すようにしながらフィオが言う。


 なるほど……となるとやっぱり今代の魔族か魔神辺りが怪しいと……。


「まぁ、根拠はないがのう。ただ、力に魅入られた魔神達は、大多数が傲慢で暴力的であったからのう。狂化から正気に戻ったとは言うが、やはりその本質は狂気の中にあったのかもしれぬ」


 話を聞く限りじゃ碌な相手じゃなさそうだが……確かに魔王の魔力を使って妙な事を企みそうな連中としては一番疑わしいな。


「魔族か……まだ会った事は無いが、魔王と同様に早めに見つけたい所だな」


「魔王に魔族……この辺りには居らぬようじゃし、調べるのは中々難しそうじゃな」


「すまん。以前調べると言ったが……まだ自分達の周りまでしか手を伸ばせていない」


 今代の魔王の事を調べると言ってから結構時間は経っているが、未だ手がかりの一つも手に入れていない。


 三国との戦争やルフェロン聖王国の件で色々と忙しかったし、今は今で色々と手を伸ばしたり警戒したりしている場所があるからな……。


「いや、それは当然なのじゃ。お主等はお主等の為に生きて欲しい……これは私の本心じゃ。魔王や今回の件は……」


「フィオ。確かに俺にとって一番大事なのはエインヘリアの事だが、この世界に来たばかりの頃に比べて状況はかなり良くなっている。半年程度しか経っていないとは思えない程にな。これからもエインヘリアの為に動くのは当然だが、そろそろ魔王の件についても動き始めたい。それに今回ギギル・ポーに仕掛けられていた魔道具の件、そしてその黒幕は……遅かれ早かれ俺達とぶつかる可能性が高い。放置するわけにはいかないだろ?」


「……」


「魔王の魔力その物は気に入らないが、それを利用して訳分らん事をしでかす奴はもっと気に入らねぇ。俺が全力で叩き潰してやる……だから、あんまり心配すんな。お前が笑っていられる結末を必ず持って来てやる」


 俺がそう言い切ると、フィオが普段の底意地の悪い笑みとも、先程までの儚い笑みとも違った笑みを浮かべる。


「……お主等に自由に生きて欲しい。これは紛れも無く私の願いじゃ。でも……ありがとう……」


 そう言って微笑むフィオは、本当に綺麗だった。


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