第150話 それぞれの場所で
地下四層に降りた俺達はひたすら魔物を狩り続けた。
その殆どが蟻やネズミと言った感じだったが、昨日の小部屋でレンゲが戦ったよく分からない虫や蜘蛛、ムカデなんかもちらほら存在していた。
しかし、そんなことに気を回す暇がない程、魔物の数は多く、俺達は疲労こそしない物の精神的にはかなりうんざりしていた。もはや地下四層だけで二百は軽く魔物を狩ったと思う。
召喚兵達も掃除を頑張っているが、五十体じゃ全然掃除が間に合っていない。
「クーガー、この先はどうなっている?」
「この先は先行しているリーンフェリア達がいる小部屋が一つ、その先にかなり大きな空間があるっスね。そこから小さな坑道がいくつか伸びてるっスけど、この広間が最奥って感じっス」
「大将、この先の広間を制圧したら暫く調査の時間を貰えるかい?多分そこが当たりだと思う」
「朗報だな。よろしく頼む」
オトノハが手に持っていた計器の様な物をしまいながら言った台詞に、俺は若干安心を覚える。
どうやらここまで進んで来たのが無駄になる事は無さそうだな。
「フェルズ様、広間の話なんスけど……他と同様に数が多いのは良いとして、一匹かなりデカいのが居るっぽいっス」
数が多いのは別にどうでも良くはないぞ……?面倒なことこの上ない。
「デカい?どのくらいだ?」
「ここからだと正確には分からないっスけど、多分十メートル以上はあるっスね。這いずるような音がしているから、恐らく蛇みたいなタイプの魔物っス」
「ほぅ。ボスはいないと思っていたが、その魔物がボスなのかもな」
これ見よがしに巨大な魔物が最深部にいるのだ、そう考えても……いや、これはゲーム的に考えすぎか?
体がデカいからと言ってボスとは限らないし、ボスを倒したからと言って何が起こる訳でも無いだろう。ここの魔物は魔力によって生み出された物か狂化している個体だけだし、群れのボス的な物も存在しないだろう。
ここに来るまでの道すがら蛇系の魔物の姿は見なかったが、だからと言って特別な個体と考えるのは早計か?
「フェルズ様、この先の小部屋の掃討が終了しました」
そんな事を考えていたら、通路の奥からリーンフェリアが戻ってきた。
「ご苦労、今まで見なかった魔物はいなかったか?」
「いえ、今までと同じ蟻とネズミが殆どで他の個体も既存の魔物と同じでした」
念の為変わったことがなかったか尋ねてみたが、どうやら何もなかったらしい。
「よし、レンゲと合流してから広間に移動する。どうやら通常の魔物の他にデカい魔物がいるようだ。出来る限り無力化して捕獲したいところだな」
「畏まりました。その大型の魔物……私が相手をしてもよろしいでしょうか?」
ふむ……リーンフェリアが珍しく主張している気がするな。
基本的に俺の護衛としてあまりそう言った主張はしないんだが……俺の名代として舌戦に出た時以来だろうか?
リーンフェリアは立場上、俺の身の安全以外の部分で自己主張する事はない。そんな子が折角言って来ているのだから任せてもいいよね。
「分かった。では、広間にいるボスと思しき巨大な魔物はリーンフェリアに任せる。俺とレンゲで他の魔物は処理しよう。クーガーは今まで通り周囲警戒とオトノハの護衛だ」
「ありがとうございます!」
勢い込んだ様子で返事をするリーンフェリアの姿に、俺は小さく笑みを浮かべてしまう。
そんな俺の笑みに気付いたらしいリーンフェリアが、自分の態度に恥ずかしくなったのか少し顔を赤くして俯いてしまった。
馬鹿にしたつもりは無かったのだが、失敗したな。
「そ、それではレンゲと合流しましょう!次の小部屋までは私が先導いたします!こちらへ……」
謝ろうとしたのだが、それよりも先にリーンフェリアが足早に部屋から出て行ってしまう。
うぅむ……悪い事をしてしまったみたいだ。こういうのは早めに謝らないとどんどん気まずい感じになるよな?
「大将は偶にあぁいう顔をするからね……不意打ちされるとちょっと色々来るんだよね」
「そういうもんっスか?」
「あたいも経験あるからね……」
オトノハとクーガーのひそひそ話が聞こえてくる。
この付近の魔物は既に片付いており辺りは非常に静かなので、二人のひそひそ話はそれはもうばっちり聞こえてくる。
オトノハには……なんかセクハラ的な事をした気もするな、うん。
いや、そもそも色々と目線がアレしてたりするので、覇王的にはアレがアレしている関係上アレ的な話には非常に弱い立場だと言える。
あれ?アレってなんだっけ?
背後から向けられる妙に生暖かい視線を感じつつ、俺は猫背にならない様に心の覇王を強く維持したまま、リーンフェリアの後を追った。
View of ガルガド=エボ=スーヤン ギギル・ポー街長会議員 議長
個人主義とは言わないが……ドワーフ達は基本技術にしか興味がないし、その事を多くのドワーフは自覚している。
だからギギル・ポーは対外的には国を名乗ってはいるが、外の世界で言う国とは少し違うのだと思う。
国……いや、共同体である以上、全てのドワーフが職人という訳ではない。昔からドワーフ達はギギル・ポーという共同体を形成する上で、そういった職に就いてくれる者達に最大限の感謝をしている。
だがその中で誉れ高い職と呼ばれ、全てのドワーフ達から敬われている仕事がある。
それが十二ある街の街長達だ。
街長は各街で投票によって決められる。
正確には街長を決める投票ではなく、その街で一番の職人を決める投票という所が非常にいやらしい……何故なら、街で一番の職人という栄誉と同時に、誰しも面倒くさがってやりたくない街長という地位を同時に押し付ける為の投票だからだ。
街一番の職人が街のトップに立つのは当然……そういう話である。
ドワーフなら誰しも、己の作品に嘘はつけない……だからこそ皆街一番の職人を決める催しに全身全霊をかけて挑み、栄誉と絶望を同時に受賞することになる。
かく言う儂もその一人だ。
職人である以上、街一番と称されるのは何よりも誇らしいが、押し付けられた仕事が本当に難題ばかりで、一介の職人である我等には非常に厳しい物がある。
歴代の街長達も本当に苦労していたのだろうなと思うが……我々の世代、いや今回ギギル・ポーで起こった問題は、我々の手に余るどころの話ではなかった。
十二ある採掘場の内五つが魔物に占拠、奪還作戦は大失敗に終わり、採掘場どころか街そのものを破棄する案も提起されており、会議を仕切る議長としては途方に暮れるしかないと言えた。そんな重要な議案……話し合いが簡単に終わるわけがないので、会議期間の最後に話し合うつもりだったのだが……そんな儂の予定は、エインヘリアの王が来訪したことで一瞬のうちに消し飛んだ。
かの王が齎したものはとんでもない物ばかりであったが、まさかこの事態の解決すら委ねるようなことになるとは思ってもいなかった。エインヘリアの王フェルズ様は、我等ドワーフを救うと……救いたいとおっしゃられた。
そして現在、王自ら採掘場の奪還に乗り出し……しかもたったの五人、いや追加で五十人程の兵も向かったが……代わりに我等の街には狂化の治験という名目で数人が派遣されていた。
一人はヘパイ様。
オトノハ様の部下で、どこか儂等とは違った雰囲気がするものの、見た目はドワーフの御仁だ。
しかしその技術力はオトノハ様と同等という話で、今は魔力収集装置の横にあっという間に建てられた仮設倉庫で、狂化したまま眠っている者達の面倒を見てくれている。
そして、もう一人がエイシャ殿。
見た目は人族の子供と言った感じなのだがその佇まいは、百年以上生きたドワーフ達よりも泰然自若としているように感じられる。
聞けば大司教という地位にあるらしく、エインヘリアの中でも重鎮中の重鎮という話だ。
見た目通りの年齢ではないのかもしれない。いや、十中八九そうであろう。
あのフェルズ様が、年端もいかぬ子供を重役に据えるはずがないのだから。
そのエイシャ殿も仮設倉庫に詰め、狂化した者達の経過観察を行っているのだが……つい今しがた、狂化した者を一人目覚めさせるから来て欲しいとエイシャ殿から連絡があり、儂は急ぎ仮設倉庫にやってきた。
「ご足労ありがとうございます、ガルガド殿。他の街長殿達もすぐに来られると思いますので、もうしばらくお待ちいただけますか?」
「それは構いませんが……エイシャ殿。寝ている者を起こすということは、治療が上手く行ったのでしょうか?」
「それはまだ分かりません。ヘパイの検査では、狂化した方々は体内の魔力が非常に高い数値を示していたのですが、今から起こそうとしている方は、普通のドワーフの方々と同じくらいまで数値が下がったそうです。体内に蓄積された魔力でのみ、狂化という現象が引き起こされていた場合は、このまま起こせば正気を取り戻している事でしょう」
エイシャ殿の言葉に、儂は唾を飲み込む。
エインヘリアの技術を以てしても狂化という現象を正確には解明できないという事なのか……?いや、彼らが検査を始めてまだ一日程度……それで判明すると考える方がおかしい。
なまじ希望が見えたせいで、儂も気が逸っているようだ……なるほど、だからこそフェルズ様は狂化の治療は一般には知らせず、秘密裏に行うように指示していたのか。
この倉庫も魔力収集装置を設置するための倉庫と公布しているからな。
儂は浮ついていた心を落ち着ける様にしながら、エイシャ殿の言葉に集中する。
「ですが
……ん?今何か不思議な単語が聞こえた気がするが……いや、今それ以上に聞き捨てならない事を言っていたぞ?
「エイシャ殿、これだけでは……魔力収集装置だけでは駄目なのですか!?」
「えぇ。ですが心配はいりません。それを予見されたからこそ、
「そうなのですね……」
清廉な笑みを浮かべながらエイシャ殿が言う。
魔力収集装置と魔法の併用か……しかし、そうなると治療は完全にエインヘリアの力が無ければ不可能という事に……いや、魔力収集装置に頼っているのだから今更だな。
「エイシャ、街長殿達が来たぞ……っとガルガド殿もこちらに居られたのか。全員揃ったのでそろそろ一人目を起こす。こちらに来てくれ」
ヘパイ様が、開きっぱなしだった扉を覗き込むようにしながら街長達の到着を知らせてくれる。
「分かりました。ガルガド殿、向かいましょう」
「……よろしくお願いします。ヘパイ様、エイシャ殿。私達の同胞を……どうかお救い下さい」
儂が頭を下げながら言うと、エイシャ殿がまったく気負いを感じさせない声音で返事をする。
「大丈夫ですよ、ガルガド殿。既に
「既に……救われている?」
「そうです。運命とは生まれながらに決まっている物でも、天から与えられるものでもありません。ただ一つ、
「……」
先程までの清廉な空気は絶やさずに、だが何処か陶酔しているようにも見えるエイシャ殿を見て少々引いてしまった……そんな儂の様子を見たヘパイ殿が、苦笑しながら口を開く。
「ガルガド殿。エイシャの言葉は受け入れにくいと思うが、大方間違っちゃいない。フェルズ様は俺達に不可能は命じない。フェルズ様がやれと言った以上、それは俺達ならば可能であるとフェルズ様が判断したってことだ。技術者として、その信頼を裏切るなんて選択肢があるかい?」
「……あり得ませんね」
職人として、技術者として放ったヘパイ様の言葉は、エイシャ殿の言葉よりも的確に儂の心に刺さる。
出来ると分かっているから、信じているから命じる。
信じられているから必ず成し遂げる……なんという眩しい信頼関係なのか。
エインヘリアの技術力の高さは、この信頼関係があったからこそここまでの高みに達したのかもしれない。
自身を信じ磨き上げて来た儂等ドワーフとはまた違う、信頼と忠誠から生み出された最高の技術。
羨ましくもあるが、同時に悔しくもある彼らの高み……いつか必ず並び立ってみせる……よし、その為にもこの件が全て片付いたら、街長は辞任して一職人に戻ろう。
そう儂は堅く心に決めた。
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