第151話 かつてないピンチ



 今まで見て来た小部屋とは規模の違うサイズの広間。天井もかなり高く、見た感じ上の層とも繋がっているだろうことが分かる。道理でどの階層の地図にも同じような広間が同じような位置にあったわけだ。


 この広間はドワーフ達が掘ったというよりも天然ものの空洞なんじゃないかな?


 今まで通ってきた、綺麗に整えられた坑道と違い、遥か上の方にある天井がでこぼこしているので天然ものと言った印象を受ける。


 そんな風に観察していた天井から広間へと視線を戻す。


 この広間にも十分な光源があり、その下で数多の魔物達が蠢いている。


 まぁ、少し安心したのは、この大広間にみっちり詰まるほど魔物が群れていなかったことだ。もしここが埋まるほど魔物がいたら、その数は千を超すレベルだったんじゃないかな……そのくらいここは広い。


 今見えている魔物も決して少ない数ではないが、殆どの魔物はここに来るまでに何度も倒した相手だし、特に気にする必要はないだろう。


 それよりも気にすべきは……俺達からはまだかなり離れた位置にいるが、遠目にもその巨大さが群を抜いている魔物……あれは蛇じゃないな。


 つるりとした体躯に太く長い身体……かと言って蛇の様に頭部が膨らんでいるという事もなければ鱗に覆われているという訳でもなさそうだ。


 っていうかどちらに頭があるかすら分からない……アレは、ミミズの魔物だろうか?


 あまり可愛げのある魔物ではないが……リーンフェリアは大丈夫だろうか?生理的に相対するのが厳しいって可能性も……そう思い俺は隣にいるリーンフェリアの顔を盗み見る。


 しかし、その表情には一切の嫌悪感は見られず、ただ自分がこれから戦う相手として油断なく様子を伺っているように見えた。


「フェルズ様、確認出来たっス。この広間にいる魔物は全部で五十二匹。ここに来るまでと一緒でその殆どは蟻の魔物っスけど、内訳は必要っスか?」


 広間に到着してから、ほんの数十秒ほど俺達の傍から姿を消したクーガーが戻って来て報告を上げてくれた。


「いや、詳細は必要ないが……あのミミズ以外に特別な個体はいたか?」


 俺が遠くでぬらぬらと動いているミミズを顎で示しながら尋ねると、クーガーはかぶりを振りながら答える。


「いや、おかしな奴はあのミミズ以外は一匹もいないっス」


「良し、リーンフェリア、あの魔物の相手は任せて良いな?」


「はい、お任せください」


 俺の問いかけにきっぱりと言ってのけるリーンフェリア。実に頼もしい限りだ。


 それはいいのだけど、先程の件を謝ろうとすると何故かはぐらかされて逃げられてしまう……解せぬ。


「でもアレを殺さずに捕えるのは、いくらリーンフェリアでも結構骨じゃないっスか?」


「問題ない。自ら志願した仕事だ」


 非常に男前な返事をするリーンフェリアだけど、それよりもクーガーの台詞が気になる。


 あれは強いのか?


 俺は巨大ミミズに視線を向けるが……はっきりいって見ただけで敵の強さを計る術は俺にはない。どう見てもデカくて気色悪いミミズにしかみえないが……いや、まぁデカいから強いのだろうなぁとは分かるけど……大きさだけで言えばあのドラゴンの方がデカかったし、見た目も強そうだった。


 でもリーンフェリアがあのドラゴンを生け捕りにするのが難しいかと聞かれたら、間違いなく楽勝だったはずだ。


 ってことはあのミミズ……ドラゴンよりも強いって事?


 そうは見えないけど……クーガーの言葉と俺の目ならクーガーの方が信じられる。それにリーンフェリアもあのミミズを見る目は一切油断していないように見えるし……。


 リーンフェリア一人に任せて大丈夫なのか?


 いや……心配ではあるが、リーンフェリアに任せたのは俺なのだから、信じなければならないだろう。でも……少しハードルは下げておこう。


「リーンフェリア、生け捕りでなくとも構わんぞ?中々醜悪な姿で見るに堪えん。オトノハが調べられる程度に原形をとどめていれば生死は問わん」


「承知いたしました」


 俺の言葉にリーンフェリアは承諾と返してきたが……その瞳に込められた力がより強さを増したように感じる……藪蛇だっただろうか?


 その様子を見て、無理をするなと声をかけそうになったが、どう考えても火に油どころか火薬をぶち込むみたいなものなのでやめておいた。


 かくなる上はとっとと周りの魔物を片付けて、いつでも俺自身が乱入できるように準備しておこう。


「オトノハ。あのミミズの魔物以外の魔物は殲滅で構わないか?」


「あぁ、問題ないよ。ここに来るまでにしっかりサンプルは集めたしね」


「良し。レンゲ、俺達で雑魚は掃除する。五分もあれば十分か?」


 小部屋と違って魔物が密集している訳じゃないし、採掘場を移動しながら狩らないといけないのでそのくらいかかるかと思って言ったのだが、レンゲは首を傾げつつ答える。


「そんなに要らないけど……どっちが多く倒すか勝負する」


 唐突だな……いや、自分に正直なレンゲっぽくはあるが。


「ほう?いいだろう、偶にはそう言った余興も面白い。レンゲが勝ったら何を望む?」


 俺がそう尋ねると、レンゲは眠たげな眼を一瞬オトノハに向けた後、指を一本立てながら口を開く。


「なんでも一個」


 オトノハを見たってことは、特級ポーションの褒美を思い出しての言葉ってことだろうけど……余興の褒美にしては破格過ぎませんかね?レンゲさん?


 いや、余興の褒美になんでも一つは、酔狂な王ならよくあるパターンか?


「良いだろう。俺に勝てば好きな褒美を取らせよう」


「頑張る。フェルズ様が勝ったら、私が何でも言う事聞く」


 ……いや、そんな……思春期男子がレンゲみたいな美少女に言われたら、一瞬でエロい事しか考え無さそうな台詞をば……っていうか、そもそも俺が命じたら大抵何でも言う事聞くでしょうに……。


「くくくっ……ならば、負ける訳にはいかんな」


 アホな事を考えていたせいか、何故か俺はアホな返事をレンゲに返してしまう。そして次の瞬間、リーンフェリアとオトノハから未だかつて向けられた事のない類の視線を向けられる。


 例えるならば……痴漢で捕まった知人を見ている様な……いや、俺の被害妄想かもしれないが……とにかく、今まで見られた事の無いような視線で射抜かれたのは確かだ。


 だが、覇王的に言い訳するのはおかしいし……そもそも俺は疚しい事は考えていない。


 そもそも、最初から俺の言う事なんでも聞くじゃん、ははん?的なノリである。


 故にそのような目で見られるのは甚だ遺憾であると表明したい。


「よーいどん」


 いやいや、落ち着け俺。これはあれだ、思春期的なアレは考えていないとは言え、そういうことを思い至ってしまった俺が見せる虚像……リーンフェリアもオトノハも他意があって俺の方を見た訳ではない。俺の心に曇りがあったからこそ、そういう風に感じてしまった……それだけの話だ。


 現に話を持ち掛けて来たレンゲだって……何も気にした様子はなく、元気に斧を振り回している。うむ、元気があって非常によろしい。


 そういう訳でほら、改めてリーンフェリアやオトノハを見てみれば……おかしいな?これは物凄く訝しむ視線というか……完全に疑いの眼差しでは!?ってリーンフェリアとオトノハだけでなくクーガーまで!?


 な、なんでだ!?夜の覇王的な思考が駄々洩れだったのか!?


 そんな動揺を気合でねじ伏せ、俺はとりあえずクーガーに問いかける。


「……どうした?クーガー」


「いや、えっと……いいんスか?」


 何が?


「レンゲはもう魔物を狩り始めてるっスけど……」


「……そうだな。俺もそろそろ行くとするか」


 俺は至って冷静な様子を維持しながら剣を抜き、大広間に飛び込んだ。


 待て待て!レンゲの奴いつの間に開始したんだ!?


 っていうか、これはアレじゃね?リーンフェリア達に、レンゲとの勝負に勝ったら何を命令してやろうか?ぐへへ……的な事考えるのに夢中で、勝負が始まったことに気付いてなかったとか思われたんじゃね?


 こんなところで、覇王の威厳がかつてない程ピンチなんじゃが!?


 俺は蟻の魔物をすれ違いざまに切り刻みながら、次の獲物に向かってダッシュする。


 しかし、俺が次の魔物に到着するよりも早く、巨大な斧が飛来して狙っていた魔物を粉々に粉砕してしまった。


 こりゃマズい!


 え?これ、勝負に負けるのは覇王的にどうなの?いいの?


 いや、色んな意味でやべぇ!?


 レンゲの一言で覇王の色々な部分が一気に窮地に追いやられている!


 レンゲ……恐ろしい子っ!


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