第147話 二つ目の街は……
「街並みは最初の街と似たような感じだが、少々活気に欠けるな」
俺は辿り着いたドワーフの街を見渡しながら呟く。
この活気の無さは先程から降りしきる雨のせいではないだろう。街全体が失意に沈み込んでいる様などんよりとした雰囲気なのだ。
「それは無理ないっスよ。採掘場はドワーフ達の生命線、それが魔物に占拠されている上に奪還の目途が全く立たない訳っスから」
口調は軽いが、クーガーも声を顰めるようにして言う。雨音で遮られていないのが不思議なくらいだ。
それはさて置き、流石のドワーフもそんな状況では普段通りとはいかないか……最初の街の活気は、自分達の採掘場が普通に稼働しているからなのだろうね。
勿論彼らも不穏な物は感じていたのだろうが、人は目の前に危機を突きつけられなければ、危険だとは思っていてもどこか対岸の火事のように感じてしまうものだからな。
「早い所その不安を取り除いてやらねばな。クーガー、街長代行の所に行って俺達がこのまま採掘場に向かう事を伝えておいてくれ」
「了解っス!」
俺の出した指示を受け、その返事の余韻がまだ残っているにも拘らずクーガーの姿が消える。
「さて、俺達は採掘場の方に向かおう。俺達がここに来ることは既に伝わっているから問題はなかろう。クーガーが合流次第採掘場に突入する。全員準備は出来ているな?」
「はい」
「大丈夫」
「問題ないよ」
俺の言葉にリーンフェリア、レンゲ、オトノハが答える。
さて、今回の編成はダンジョンアタックという意味では少々編成が悪い。
まず人数。
レギオンズ基準で考えるのなら、RPGモードの1パーティは六人……主人公であるフェルズは確定なので、それ以外に五人を連れて行くのが普通だ。
次に編成。
物理アタッカー、魔法アタッカー、ヒーラー……この辺りは基本的に入れておく。まぁ、ジョウセン、カミラ、エイシャ……うちでベストなのはこの三人だね。
更にサブの物理アタッカー兼罠対策でウルル。そして最後の一人は、挑むダンジョンに応じて変えていくと言った感じだった。
勿論ここはゲームではなく現実の世界なので、パーティの人数制限なんかないし、俺が必ず参加する必要もなくなっている。
そんな中、今回俺達は五人……しかも戦力として鍛えていないオトノハが参加している状態だ。
更に物理系主体のメンバーばかりでヒーラーもいない。
ゲーム云々以前に、万全を尽くした編成とは言い難い。まぁ、全員魔法は得意属性なら十分使えるけどね。
しかし、リスク回避を考えるのであれば、カミラはともかくエイシャか他のヒーラーを連れて来た方が良いだろう。
転移が使えるようになっているし、エイシャでなくともだれか別のヒーラーを一人連れてくることも出来たのだが、今回俺はそれをしなかった。
そうしなかった明確な理由があるわけではないけど、なんとなく今回はギギル・ポーに最初に連れてきたメンバーでケリをつけたかったというか……このメンバーで特に問題が無いように感じたのだ。
まぁ、ヒーラーの代わりに下級ポーションだけじゃなく、オトノハ謹製の特級ポーションもあるし、万能薬もある。
万能薬に関しては、状態異常無効のアクセサリーもあるから出番はないと思うけどね。
「大将、まずは入ってすぐの場所で少し調査をさせてくれないかい?」
「勿論構わない。調査に関してはオトノハに頼るしかないかなら。必要な指示は適宜オトノハが出してくれ」
「あいよ。調査しながらだから進むペースは遅くなるけど、その間魔物の処理は任せるから、リーンフェリアとレンゲはしっかり働いとくれ」
「分かった」
「寝たい」
リーンフェリアは真面目に返事を、レンゲは明らかに返事ではなく己の願望を語った。
しかし、オトノハはそんなレンゲに構うことなく俺の方を向きながら言葉を続ける。
「クーガーには調査中、先行して採掘場の様子を調べて貰おうと思っているんだけど、それでいいかい?」
「オトノハがそれを最善だと判断しているのなら構わない。クーガーなら一人でも危険はないだろうしな」
斥候役であるクーガーは、ダンジョンでも働けるようにアビリティを取得しているので問題ない……というか、このメンバーの中で一番ダンジョン向けの能力を有している。
俺、というかフェルズはダンジョン攻略のメインメンバーではあったけど、ただ殴るだけだしな……まぁ、主人公の戦闘能力を重視しとかないと、ラスボスに勝てなかったから仕方ないけどね。
その点、クーガーはさっきみたいになんかスッと消えることが出来るし、気づいたら傍に居るしと隠密能力に優れる上、罠に対する造詣も深い。
いや、流石にドワーフ達が働いていた採掘場に罠なんてないと思うけど……精々鳴子的な、侵入を知らせる様な罠くらいじゃないか?
そう考えた俺の脳裏に、何か嫌な予感のようなものが過る……大丈夫だよな?
なんかドワーフ達のノリというか……面白そうだからやってみた的な軽いノリで、採掘場に自爆装置とかつけてそうな……。
踏んだら大爆発するトラップとか……いや、普段から使ってる採掘場にそんな恐ろしい罠を仕掛けているとは思えないけど……そういった点でドワーフ達は物凄く不安な相手だ。
不安と言えば、採掘場とか坑道で魔法を撃ったら崩落とかしそうだよね……魔物なら数が多かろうがドラゴンが出て来ようがぶっ飛ばせば良いだけだけど、崩落は流石に俺達でも厳しいだろうし、派手な戦闘はなるべく避けた方が良いだろう。
「採掘場の地図はクーガーが持っていたか?」
「いや、あたいが預かってる、どう調査していくか考えるのに必要だったからね。見るかい?」
「入口に着いたら見せてくれ」
ガルガドから聞いた話では、ここの坑道はそこまで大きなものではないらしいが、それでも内部はかなり複雑で、慣れていない者では簡単に迷ってしまうとのことだ。
出口に向かう為の印は教えて貰っているので、外に出られなくなると言う事はないが、俺一人では行きたい場所に辿り着くのはほぼ不可能だろう。
まぁ、その辺はクーガーに任せるので問題ない……と思う。
俺が今回気にするべきは採掘場の調査でも、道順でもない……採掘場を占拠している魔物達の事だ。
どうして採掘場が占拠されたのかとか、繁殖しているのか、それとも魔王の魔力から生み出されているのかとか、気になることは色々あるが、とにもかくにも戦闘要員である俺は魔物をぶっ飛ばさないといけない。
少なくとも、ドワーフ達が地の利を使い殲滅できると考えるくらいの魔物なのだから、一匹一匹が無茶苦茶手強いってことはないだろうけど……問題なのは数だな。
開けた場所なら魔法で一気に殲滅ってのも可能だけど……狭い坑道なんかではそうもいかないだろうし……連戦に次ぐ連戦ともなれば流石の俺達も疲労する……かもしれない。
いや、この世界に来てから精神的な物以外で疲労したことないからな……息切れすらしたことがないし。
でも長時間戦った経験は……訓練くらいでしかないし、実戦ともなれば疲労は溜まりやすいって、よく目にした記憶はある。
今の所、長時間の戦闘は経験していないのだから、油断するのは良くない……それに今回はオトノハを守るという役目もあるしね、万が一があってはいけない。
俺は気を引き締めながら採掘場への道のりを進む。
それにしても、採掘場を中心に街が出来たって聞いていたから、本当に街の中心地に採掘場があるのかと思ったけど……そういう訳ではないらしい。流石のドワーフ達も街のど真ん中には採掘場を持ってこなかったようだ。
とはいっても、街の中心地からは離れていくが、採掘場までの道すがら、活気はないものの多くの店が所狭しと軒を連ねている。
本来であればこの通りは物凄く活気があるのだろうけど……今はどこも閑古鳥が鳴いているというか……半数以上の店がやっていないようだな。
ちらほらと見かけるドワーフも俯きがちというか……っていうか、こんな状況でよくこの街の街長は殴り合いながらはっちゃけられてたな!
喉元過ぎれば熱さを忘れるとはいうけど……喉元過ぎてないからね?喉元在住なのに熱さ忘れてたからね?
ドワーフのメンタルどうなってるんだ?
今この街のドワーフ達も沈んでるけど……案外、他の大丈夫な街に移住したらはっちゃけだすのでは……?
街長のせいでそんな不謹慎な事を考えてしまったが、程なくして俺達は採掘場へと続く坑道の入り口に辿り着いた。
何故か坑道の入り口には既にクーガーがいて、俺達の到着を待っていたが……まぁ、うちの外交官に当たり前を求めても仕方ないしね。
「ここが坑道の入り口か。封鎖されているだけで、見張りは置いていないのだな」
「ここに近づくだけでも狂化する可能性があるっスからね。街の方に見張り台を立てて遠巻きに監視しているだけみたいっス」
「なるほど、距離を開けているのか。因みに街長達から聞いた話では坑道の外に魔物が出て来ることはなかったらしいが、それは今も変わらないのか?」
「そうみたいっス。今の所魔物が出てきた姿は確認できてないみたいっスね。入っていく魔物はいるらしいっスけど」
出てこないね……よほど魔物にとって採掘場は住み心地がいいってことだろう。新しい入居者もいるみたいだし……。
「そこの小屋で突入の準備をするか。雨が鬱陶しいしな」
「了解っス!鍵は開けてあるっスよ」
俺が坑道の入り口の脇にある小屋を示しながら言うと、クーガーがこんなこともあろうかとと言った様子で小屋の扉を開く。
その鍵……どうやって開けたのかは聞くまい。
きっと街長代理とかに小屋の鍵を借りたのだろう……そうに違いない。
俺は深く突っ込むことはせず、クーガーの開いたドアをくぐり外套を脱ぐ。
レインコートのようなこの外套は、雨を良く弾いてくれるのは良いのだけど……少々羽織るには重い。
いや、鎧を着ても何の問題もなく動ける俺なら気になるレベルでもないのだが、多分この外套五キロくらいはある。
どうやら、あのドラゴンの皮から作ったレインコートらしいが、販売するには軽量化が課題だな。
そんなどうでもいい事を考えつつ、俺はオトノハがテーブルの上に広げた地図に目を落とす。
「街長達は小さめの採掘場と言っていたが、かなり広そうだな。縮尺はどのくらいだ?」
「ドワーフ達は独自の単位らしいから凡そだけど……三センチで九メートル弱ってとこだね」
一辺一メートルくらい地図はあるから、直線で……何メートルだ?えっと、三十三かけることの九……?つまりあれだ、三百三十引くことの三十三だね!
直線距離で……約三百メートルくらいってことだ!
そんな地図が五枚……地下四階まであるらしい。
しかも直線だけじゃなくグネグネ曲がったり、広間っぽいのがあったり道が繋がったり何だったり……とにかく複雑なことこの上ない。
「この坑道はドワーフ達が魔法で崩れないように固めているらしいが、どの程度の強度なのだろうか?」
「土壁であっても表面の硬さは岩壁くらいはあるっス。流石に俺達の攻撃には耐えられないレベルなので、レンゲは特に注意した方がいいっス」
レンゲの武器は両手斧だからな……狭い坑道向きではない……。
「問題ない。いざという時は坑道ごとぶち抜く」
どうやら問題ないのは崩落後らしい。
「レンゲ。調査の必要があるから、出来る限り現環境を保全したい。坑道や採掘場には損傷をなるべく与えたくない。出来るか?」
「出来ます」
俺の問いかけに即座に答えるレンゲ。
まぁ、レンゲが本気で武器を振らないといけないような相手はいないだろうし、仮にそんな相手がいたとしたら、保全なんて言っている場合ではないから問題ないか。
「今日の所は時間も時間だしな。坑道に入ってすぐの場所の調査、それから少し進んで魔物と何度か戦ってそれで終わりにする。入ってすぐの調査で魔力収集装置の設置が可能と分かれば楽で良いのだがな」
「そうだね。あたいの勘では行けそうな気がするんだけど……」
「それは頼もしい言葉だな。最初の調査はこの少し進んだところにある小部屋の様になっている場所で良いか?」
「あぁ、そこで大丈夫だよ」
「よし。移動中は先頭をクーガー、最後尾をレンゲ。オトノハを真ん中に挟む形で進むぞ。それとドワーフ達のように俺達が狂化する可能性も否定は出来ない。もし何か違和感を覚えたら、どんな些細な事でも良い、必ず報告しろ。すぐに引き返し、魔力収集装置を設置した街まで戻る」
俺の言葉に全員が頷く。
無理は絶対にするなと釘を刺しておかないと、うちの子達は絶対無理するからね。
それで取り返しのつかないことになったらシャレにならん。
「俺にとって、お前達の無事が最優先だ。俺に忠誠を捧げるなら、その事を絶対に忘れるな」
俺が念押しするように言うと、全員が神妙な顔をして片膝をつく。
こう言っておけばきっと大丈夫だろう。
さぁ、これで準備は良し。いよいよ、ダンジョン探索……とは違うかもしれないけど、探索の始まりだ。
元はドワーフ達の採掘場な訳だし、本来はそこまで危険な場所ではないはずだけど、現状は超危険地帯……気を引き締めて行くとしよう。
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